135話
「君が君自身の価値を一番わかっていないみたいだな」
従兄殿はそんな俺の言葉に、まるでしょうがないと言わんばかりの苦笑いを浮かべた。
「世界最高峰のSランクは血濡れの剣帝キュリロス・ニアルコスが冒険者を辞した後、活動の確認が取れているのは眠らずの護り手バシレオスくらいだ。神殺しのトゥバルトはSランク冒険者の地位を返上していないとはいえ、ここ数年冒険者として活動した形跡がない。バシレオスも自分の住む領域の露払いはしているみたいだが、災害級のクエストでなければ表に出てこない。Aランク冒険者は実質的な冒険者の最高ランクといっても過言じゃないんだよ。いまだこの大陸には未開の地が多く、魔獣被害も多い。それを最前線で食い止め人里を守る冒険者の最高位としての矜持がAランクにはある。ただ人では油断を誘うたところでそんなAランク冒険者に膝をつかせることができるはずもない。それは彼らにも実力と経験に裏付けされた自信とプライドがあるからだ。君はそんなセフェリノの膝どころか背中に土を付けたんだ。それがどれだけすごいことか、君自身が認めてやらねばセフェリノも一層悔しいことだろう」
やけに真剣な表情の従兄殿になんと言葉を返せばいいのかわからなくなる。
「セフェリノはあの敗北をまぐれなどとは思わない。それなのに、セフェリノを負かした君自身があの勝利をまぐれと呼ぶのはいっそセフェリノに失礼だ」
まるで子供に言い聞かせるみたいに穏やかな声で従兄殿はそう言い切った。
「君がすべきは他者と比べて自分を過小評価することじゃない。事実を事実として受け止めて、Aランク冒険者であるセフェリノを下したあの勝利を誇り、負けたセフェリノの誇りのためにも慢心せずに一層鍛錬に励むことだ」
その言葉に俺は何も言葉を返せなかった。
「周りがいくら認めていようと、他でもない当事者である君自身が認めてやらねば君もセフェリノも互いに報われない」
「……すみません」
その言葉に目からうろこが落ちたようだった。
そして途端にばつが悪くなり、もごもごと口の中でつぶやくような不明瞭な謝罪の言葉を口にした。
「いや、その事実に気付いてくれただけで私が話した甲斐があった」
俺は自分の周りにいる人たちと自分を比べて自分を優れた人物ではないと思うあまり、逆に傲慢になっていたのかもしれない。
生まれてから俺のそばにいたのは、剣術では世界最強の元Sランクのキュリロス師匠や魔法の分野では常に最先端を行くベルトランド兄様。それにバルツァー将軍をはじめとした王宮の騎士たちだって王族と国を守るのだから強くて当たり前だった。
さらに学園に入学してからの教師は元竜騎士でAランク冒険者のミューラー先生と、まだ若いとはいえ天才鬼才のアルトゥールとシロー。それに秀才と言うべきか、ベルトランド兄様について行けるだけの頭脳を持つオリバー。
そんな人たちに一朝一夕で追いつけるなんてさらさらおもってもいないし、どうしても才能が物を言う分野でもあるから自分自身を天才だなんて思えなかった。
それでも、キュリロス師匠に剣を習い始めてからずっと、ベルトランド兄様に魔法を教えて貰ってからずっと、俺だって努力を重ねてきた。
少しでも俺のあこがれる人たちに追いつきたくて。並び立てなくても、その背中に置いて行かれないように、ずっとみんなに助けてもらいながら頑張ってきた。
キュリロス師匠からミューラー先生にバトンは繋がれ、二人とも俺に合った剣術を伸ばそうと指導をしてくれた。シローとアルトゥールは、剣術だけなら劣る俺を認めて一緒になって魔法と剣を使った戦闘方法を試してくれた。魔法の基礎知識はベルトランド兄様に教わって、オリバーは一緒に新しい魔法を考えてくれた。
その積み重ねがセフェリノさんとの勝利につながっているのだから、俺がそれを認めなければ俺だけじゃなく、俺と一緒に今まで研鑽を積んできた他のみんなのことも否定することになる。
そしてそれは俺の対戦相手になってくれたセフェリノさんにも言えることで。
「…………そっか、俺も強くなってるんだ」
「今さらか……」
いきなり湧いてきた、自分が成長しているという実感に気持ちがふわふわしながら呆然とそう言葉を漏らすと、従兄殿が呆れたような顔で少し笑った。
「君は自分のことを随分過小評価しているようだが、私は君もまた天才と呼ばれるに値すると思っているよ」
「ん、んー……? それは、どうなんでしょう。魔法も剣も、俺一人で成し遂げられたことってないですし。口だけのような気がします」
「付与魔法だったか。あれも君の発案だろう?」
「発案だけは、そうですけど。実際に魔法に昇華させたのは俺の友人のひとりです」
そう。あれはオリバーがいなかったら実現しなかった魔法だ
口先だけの俺とは違い、きちんと形にして発展させたオリバーこそが天才なのだと力強くそう答えると、従兄殿はまた言い聞かせるように穏やかに話す。
「そう。実際に発展させたのは君の友人でも、その最初の一歩を踏み出して道を作ったのはライ、君自身だ。有史以来誰も試みてこなかった分野の一歩を踏み出した。それはまごうことなき君自身の功績だと私は思うよ」
従兄の言葉を聞いていると、不思議と自分が素晴らしいものに思えてくるから敵わない。
でも実際には俺の功績と言うよりは『俺』の記憶のおかげという感覚がつよく、素直に誇れない。
「でも、それは、俺の功績と言えないというか……。俺と同じものを持っている人がいたら、俺じゃなくとも思いついたというか……。それも、俺がすごく努力して得たってわけじゃないから、天才って言われるとなんか違うって、思うんです」
『俺』だって別に特別頭がよかった訳じゃない。
記憶の中にある知識だって、そのほとんどはさっと表面を撫でた程度の浅いものばかり。
特筆すべきこともないような『俺』が普通に暮らして。大学を出て、仕事をして、その傍らでちょっと読んだ本やテレビを見てれば身に入るような知識ばかりだ。
その記憶がたまたまリセットされずに俺に引き継がれただけだから。
馬鹿正直にそんなこと言えるはずもなく。曖昧な言葉でなんと従兄に伝えたものかと考え込むうちに手を握りこんでしまい、つけていた革のグローブがギチッと悲鳴を上げる。
慌てて拳を開くと、この約半年程度でついた無数の傷が目に入る。
入学の時に新調したはずのそれには、剣を握りこむのに力の入りやすいところは大小さまざまな傷が随分ついてしまっている。
「……たぶん、君が何を背負っているのかを知らない限り、どんな言葉も君の心を撫でるだけでしみ込むことはないんだろうね」
その言葉にふと視線を従兄のほうへと向けると、伏し目がちな彼の瞳が俺の傷だらけの革グローブを映している。
おもむろに従兄が手を伸ばし、その傷に触れた。
「君は、その君の持つ何かをとても特別視している。それが特別なだけで、君自身は特別ではない。そう思っている。だから、その特別な何かではなく君自身を評価して欲しくて、見て欲しくて、こんなに傷だらけになるまで努力を続ける」
傷一つない従兄の指先が俺のグローブの傷をなぞるたびに、ぞわりと背中が粟立つ。それと同時にじくじくと心の奥が鈍く疼き、不快になる。
「君が頑なに自分の才能を認めないのは、認めてしまうとその特別が自分の全てになるからかな。その特別で判断されたくないのなら、その特別から得られるもの全て利用しなければいいのに。それでもその特別から得られるものを利用してしまうのは、周りに自分を見て欲しくてたまらないから」
知ったような口ぶりで。 まるでそれが俺の全てのように断定して語る口調に全身の毛が逆立つような心地がする。
「君は君以外にはなれやしないのに」
「やめろッ!」




