133話
いまだカニの身を食べながら、どうにかこの水辺の厄介者を食糧難の小国で流通させられないかと話し合う従兄とイバニェス伯爵に声をかける。
「伯爵と皇太子殿下ができないのであれば、俺が動きましょうか?」
そう声をかけると、二人ともちらりと俺に視線を向ける。
ピリッと殺気に似た鋭さを含む視線がウルリカさんとアメットさんからも向けられる。
「我々にできないことがお前にはできると?」
先ほどまで楽しそうにカニの身を食んでいたとは思えないほど冷徹な目をした従兄に問われた。
イバニェス伯爵も冷静な目で俺が何を言うのかと言葉を待っている。
ただ、俺と同じ平民であるセフェリノさんとバレンティナさんだけがわずかに顔を青ざめさせて俺を心配するように視線をうろうろと泳がせている。
「これが美味いとわかれば餓えている平民ほど気にせず食べますよ」
「それで? 私とイバニェス伯の名を使わずにどうやって食べさせると?」
「食うに困らない貴族の言葉よりも、実際に食うに困ってなんとか食い物を探した平民の言葉の方が刺さるとは思いませんか」
実際には、俺も食うに困ったことのない王族なのだが。言う必要もない。
「そうですね。 セフェリノさんとバレンティナさんに協力していただければ助かります」
「お? 俺かぁ⁉」
まさか自分の名前があげられると思っていなかったセフェリノさんが大きな声をあげ、バレンティナさんも青い顔を白くさせた。
「少年、続けて」
イバニェス伯爵に促されて一つ頷く。
「サルムルトの村に着いたら、カニ、……水蟲の足を抱えて俺とセフェリノさんが幌馬車をおります。それだけで注意はひくでしょうけど、そこで俺がセフェリノさんにカニの美味しさをヒートアップした様子を装って大声でプレゼンします。半信半疑のセフェリノさんと、断固拒否のバレンティナさん。なら実際に食べてみてくださいって引かない俺。手当たり次第住民に声をかけて調理場を探します」
「アタシぜぇったい、食べないわよ⁉」
まさかそのまま食べさせられるのかとバレンティナさんが声を荒らげて拒否するので苦笑いを浮かべる。
「いえ、むしろバレンティナさんには食べていただかない方がいいんです。俺とセフェリノさんがバレンティナさんに勧めるけど断固食べないって反応をしてもらって、じゃあ別の誰か食べてみないかってサルムルトの住民に呼びかけます。そしたらバレンティナさんのように嫌がる人はいるでしょうけど、セフェリノさんのように興味本位で食べる人もいるとおもいますよ。よしんば誰も食べなくても、あれが食えるものだとサルムルトの人たちに見せつけることはできますから」
じっと黙って俺の話を聞いていた従兄殿が表情を緩めることもなく口を開く。
「それで? 私とイバニェス伯はそれを支持でもすればいいのか?」
「まさか。黙認していただくだけで結構ですよ。自分の知らない文化に触れることも留学も目的の一つですので。 ヴィルヘルム殿下は俺のことをなかなか面白い文化圏から来た平民だなと否定せずにいて下さればいいんです」
実際これが一番角が立たないだろう。
騒ぐのも、動くのも、食べるのも平民ばかり。イバニェス伯も従兄もそれが違法でないなら止める義務もない。留学へ赴く旅程であれば、同行者の見慣れぬ食文化も交流の一つと放置していてもおかしくない。
無表情で怜悧な視線を俺に向けていた従兄殿が不意にふっとふきだした。
「確かに。相手が平民だからと見慣れぬ文化を否定することは私にもイバニェス伯にもできない。なにせ、私はいずれオストの竜騎士団を率いる皇太子だ」
魔物によるスタンピード、大量派生が起きたとき、オストの竜騎士は世界の秩序を守るためにドラゴンにまたがって被災地に赴き救援に当たる。
そのため、オスト帝国軍人は世界全土に派遣されうるし、任務が長期に渡ればその国の文化の中で生きる必要がある。
オストの皇帝はその帝国軍のトップに君臨する象徴だ。皇太子である従兄が他国の文化を知るための交流を咎めることは従兄が帝国軍のトップ、すなわち皇帝になることを否定しているととられかねない。
それを理解できないやつは貴族にむいていないので無視するに限るというわけだ。
「別に悪いことをするわけじゃないし、建前さえ整えておけば問題はないでしょう? 公的な場ならまだしも、今の俺たちは皇太子殿下含めていち生徒なわけですので」
「私の留学をサポートする立場にあるイバニェス伯も、私が新たな文化に触れる機会を阻止する権利はないからな」
「そうですね。生徒の自主性に任せて交流させていたら平民の少年がカニを食べ始めただけですから」
「平民のライが調理の関係で村の調理場を借りはしても、私とイバニェス伯にそれをサルムルトの民へ広める意図はないからな」
「そうそう。たとえそこで塩湖の話をしたとしても、俺が勝手に自分の故郷で得た知識を話しているだけですし?」
「それを聞いた民がどう行動したとしてもそこにオストとオッキデンスの貴族による介入はなかったと言い張れる。なぜなら私とイバニェス伯爵は君たちの行動を馬車の中から見ていただけだからな」
「結果カニ食が広まってもそれは俺の話を盗み聞いたこの地の方たちの涙ぐましい努力の結果ということで」
二人で交互にそんな子供だましの言い訳を言っていくうちになんだかおかしくなってどちらからともなくふふっと笑みをこぼす。
「事実はどうであれ、建前としては上出来だな」
「いやいや、事実として俺たちはカニ食を広めるつもりはないですよ」
「あとは、イバニェス伯爵の協力次第と言うわけか」
オスとの皇太子にチェントロの平民。そこにオッキデンスの貴族の証言が加われば、どれだけ怪しくともそれが事実になる。
俺と従兄に見つめられたイバニェス伯爵はやれやれといった様子で首を振り、ひとつコクリとうなずいた。
「殿下も少年も我が国に留学に来る一生徒。生徒同士の交流を止める権利は私にはありませんよ」
その言葉を聞いて二人して顔をパッと明るくさせた。




