129話
「……あのポートゥニ種をここまで簡単に倒せるとは」
ライが魔物との戦闘にスクロールを使いたいと言うからそばでそれを観戦していたが、彼が動きはじめてすぐに決着はついた。 姿こそ確認はできないが、ヴァレンティナの放った魔法は確実にあの魔物の息の根を止めただろう。
「アメット、軍でも流用できそうか?」
「クラーキー種とポートゥニ種とでは動き方が違うので一概には言えませんが、試す価値はあるかと」
非常に強固な甲羅を持つ水蟲たち。海岸部にいると聞くハサミのないメクラ種とは違い、オストに生息するクラーキー種はポートゥニ種と同じように強力なハサミを持つ。
体はポートゥニ種よりも小さいとはいえそれでも人の身丈ほどの大きさがあり、左右にしか動けないポートゥニ種とは違いクラーキー種は前後左右にも動く。
河川や湖沼に多く生息し、毎年水汲みにでかけた住民がクラーキー種に襲われるなどの被害が出ており、繁殖力も強いためオストでは繁殖期である春から夏にかけて毎年軍が討伐に出ている。
足場の悪い場で戦わねばならず、倒したところで得られるのは甲羅や爪ばかり。それが武器や防具に使えればまだいいが、討伐せねばならない数が多すぎて素材ばかりが供給過多で利益につながらない。
そんなハイリスクローリターンな水蟲討伐を好んでこなす冒険者がいるはずもなく。
「後ほど父上、いや。皇帝陛下に手紙を書こう」
もしクラーキー種も先ほどと同じように土壁のスクロールを使って楽に倒すことができたなら、毎年の軍の被害を小さくできるかもしれない。
「……ところで、ライは土壁の中で何をしているんだ?」
「確認してまいりましょうか?」
ポートゥニ種を斃してしばらく経つが、死体の確認のために土壁の中に降りて行ったライが一向に出てこない。土壁の外にいるセフェリノと何か話してはいるようだが、少し離れたここでは会話の内容までは聞き取れない。
アメットが確認に動こうとしたその時、土壁の一部がぼろりと崩れ落ちて中からライがポートゥニ種のハサミを抱えて出てきた。
こちらに気付いたライが興奮した様子で嬉しそうに腕を振ってくるので、礼儀正しい彼にしては珍しいことだと思いつつ軽く手を振り返す。
「ヴィルヘルム殿下ッ! これっ! 見てくださいッ!」
「うん。 ずいぶん立派なハサミだね」
「はいっ! めちゃくちゃ美味しそうですよねッ⁉」
「うん……?」
今彼は美味しいと言ったか? これを? この魔物を⁇
「足の方軽く水で洗って食べてみたんですけど、やっぱり塩湖産だからですかね? ほのかな塩味がカニの身の甘みを引き立てていておいしかったんですよ! サシミも好きなんですけど、やっぱりサシミにはショウユがないといまいち物足りなくて。それにキセイチュウも怖いなぁって思って。じゃあ、やっぱカニと言えば茹でだから今から茹でて食べようかと!」
「たべ、食べるのか……⁇」
「はい!」
「そ、そうか……」
「セフェリノさん! 鍋! 鍋貸してください!」
よっぽど嬉しいのか、ハサミを抱えたままさっさと駆けて行ってしまった彼の背中を見送りながら、私は思わずつぶやいた。
「……流石は英雄になり得る人物、と言えばいいと思うか?」
「……私には理解しかねますので、なんとも」
軍では状況によっては虫や野草、斃した魔物を食べねばならないこともあるとは聞くが。
(少なくとも私は蟲を食べたことはない、が……)




