128話
そういえば、サルムルトのポートゥニ種がワタリガニならオストのクラーキー種ってなんだろう。そっちもカニなんだろうか。
いや、でも尾びれがどうのって言ってたし。 甲殻類繋がりで海老か??
なんて、余計なことを考えつつ巨大ガニの背後に回る。
セフェリノさんが注意を引き付けてくれているおかげで簡単に背後を取れた。
やっぱり、一人で戦うよりも仲間と協力した方が圧倒的に楽だな。
「セフェリノさーん!魔法発動させるんで、ちょっと距離保ってくださいね!」
「おーう!」
土壁の中にカニと一緒に閉じ込められたら死にかねないのできちんとセフェリノさんに声をかけておく。
セフェリノさんが距離を取ったことを確認してからスクロールに魔力を流してカニの背中に飛び乗った。
「うおっ!」
流石に動くカニの背中、それも濡れた甲羅の上では碌に動くこともできない。
魔力が通って活性状態になった魔方陣が淡く光を放つスクロールを甲羅の中央に貼り付けたらすぐさまその上から飛びのく。
貼り付け方はいたってシンプル。
スクロール紙の裏面を軽く湿らせ、濡れたカニの甲羅の上に置くだけだ。
決定打を与えずに挑発するだけにとどめていたセフェリノさんに対し勝てると踏んだのか、距離を取ったセフェリノさんに向かっていこうとするカニ。
その甲羅の上でスクロール紙に刻まれた魔方陣の光が徐々に強くなっていき、一際強く光った次の瞬間。
ズドォンッ!
重く鈍い音とともに地面が揺れる。
思わずその場に手をついてカニのいた方に目をやると、分厚い土の壁が出現していた。
「は、はは……。すっご……」
分厚さはわからないが、高さ五メートルほどの土の壁。
それもコンクリートのようにガチガチに固められた立派な壁だ。
壁の中から逃げ出そうとしているのか土壁を殴る音がする。
「おぉ……。俺ぁ魔法なんて詳しくないけどよぅ、あの厄介な水蟲をこうも簡単に捕らえられるたぁ驚きだな」
「このカニが群れないタイプでよかったです。流石に群れられると一人でターゲットとるのもスクロール発動させるのも大変ですしね」
姿が見えないと忌避感もましなのか、ヴァレンティナさんもいつもの調子で土壁の中に魔法を発動させてとどめを刺した。
地面から突き上げるように風の槍を発生させる上級魔法。即死できなかったのか、壁の中から最後のあがきのようにドンッドンッ! と暴れる音が響いたものの、すぐにその音も止む。
ちゃんと死んでいるのか壁の中を確認するために、ヴァレンティナさんに土魔法で階段を作ってもらって土壁の上に登って壁の中を見下ろした。
風の槍は関節や甲羅の境目といったカニの弱い部分を容赦なくえぐり取ったらしい。
四肢がバラバラになったカニの分厚く硬い甲羅は一見無傷に見えるが、その腹の下から流れ出た体液がカニの死を告げている。
ひっくり返せばさぞ腹側は無惨な姿になっていることだろう。
セフェリノさん曰く、ポートゥニの硬い甲羅や鋭い爪は武器や防具にもなるらしいのでありがたく採取させてもらおうと壁の中、カニの隣に降り立った。
あ、そういえば。
「これ、俺の初戦闘だ」
幼い頃から夢にまで見た魔物との初戦闘がこれとはいかに。
マリアやキュリロス師匠から寝物語の代わりに聞いた冒険譚に出てくる魔物との戦闘とは違い、やけにあっさり終わってしまった魔物との戦闘に、俺はなんとなく切ない気持ちになって肩を落とす。
手に汗握るギリギリの戦い、とまではいかずとも、せめて剣を抜いて魔物と戦ってみたかった。
理想と現実はこうも違うものなのか。
「世の中ままならねぇ……」
そんな俺のつぶやきは誰に拾われることなく空気の中に溶けていった。




