121話
「イバニェス伯爵。私はあまり冒険者界隈に明るくないのだが、セフェリノとライの手合わせをどう見る?」
「はっ。セフェリノは我が領地の冒険者としては間違いなく上位に入ります。このヴァレンティナもそうですが、農家を辞めて冒険者としてのみ活動することをギルドに打診されるほどですので。ライ君のことを私はよく知りませんが、竜騎士クロヴィス・ミューラー卿の教え子とはいえ順当にいけばセフェリノが勝つでしょうな」
「そうか」
ウルリカの淹れた紅茶で喉を潤しながら、相対するライとセフェリノを見やる。
正直、今回の留学に期待などなかった。
長らくオッキデンス王国の正当な後継者であるフランキスカ様とチェントロ王国の第四王子のオルランド様が婚約を結んでいたが、フランキスカ様の王位継承の前に正式な婚姻が近々結ばれる。
その前に同じ五大国の次期皇帝として交流を図るために父上が決めた留学だ。
チェントロ王国の第七王子、叔母上の息子である従弟のライモンドが同じ年頃だから交流を持てとチェントロの学園に入学したのと同じような理由だ。
もっとも、当の本人である従弟のライモンドは学園に入学はしたようだがどこにも見当たらなかったが。
(その分、あいつの婚約者であるレアンドラ嬢と交流を持てたものの。貴族の社交も放り出して何をやっているんだ)
皇太子として、人々の上に立つものとして、個人的な感情を表に出すつもりはさらさらないが、それでも自分の意見を言ってもいいのなら、私は従弟のライモンドが気に食わない。
私よりも二つ年下とはいえ私と同じ五大国の王の血を継ぎ、民の血税で生き、日々の生活を支えられている私達王皇族は、同時に民により良い生活を保障する公僕でなければならない。
力を持つが故、忘れてはならない王皇族としての責務だと教えられてきた。
だから私自身公人として常に民に恥じぬ皇太子としての振る舞いを心掛けている。
北のスィエーヴィルでは知識を、南のノトスでは魔法を、西のオッキデンスは農工業を、東のオストは武力を持って大陸の発展に尽力している。
それらのまとめ役、調整役として大陸中央部にチェントロが君臨する。五大国の持つ権力は平等でなければならない。
その天秤がひとたび傾けばその余波は大陸全土に及ぶことになる。
その中でも、調整者として君臨するチェントロは、国家としてはある意味五大国の中でも特殊だ。
優れた特定の分野を持たないチェントロは、仲介者としてその公平さで世界の調和をもって平和を維持するのだ。
五大国の血を混ぜる場合、必ずチェントロ王家を介するのもそのためだ。
チェントロ以外の四大国に属する貴族は自国の貴族、もしくはチェントロの貴族としか婚姻を認められない。
チェントロは最低でも二代チェントロの血が混ざった者しか他国に嫁がせたり婿入りさせることはない。
逆に四大国は当時の王族に近しい血族を必ずチェントロの王家、もしくはそれに類する上位貴族に嫁がせる。
そうすることにより四大国は他の四大国による謀略を受けづらく、誰も調整者たるチェントロに手を出そうとはしない。
チェントロも各国に自身に連なる子供たちがいるからどこかを不当に扱うこともない。そうやってこの世界は長きにわたり平和と繁栄を続けてきた。
五大国の王皇族の血を引くものとして、ライモンドも調整者たるべきなのだ。
だというのに、あの従弟は碌に社交をするでもなく、チェントロの王太子になるだのならないだのと、国内に不和を招いてチェントロ王家に迷惑をかけることしかしていない。
それならいっそずっと王宮内にこもって、自身の名が忘れ去られるまで大人しくしていればいいものを、亜人と人の間の子の不調に関する考察と研究などというレポートにベルトランド様と共に名を並べて学会で発表したり。
時が経ってなお有名な伝説のSランク冒険者キュリロス・ニアルコスを側仕えにしたり。たびたび貴族社会を無為に波立たせるなど、同じオストの気高き武人の血を引くものとして許しがたい
(……いや、これはただの言い訳だな)
齢一桁の従弟が当時どこまで考えて動いていたのか知らないが、表には一切顔を出さないくせにライモンドの価値が高すぎたのだ。
チェントロの公爵家のひとつグリマルディを後ろ盾に持ち、カッシネッリ公爵家当主のホフレを従え、バルツァー公爵家のレアンドラ嬢と婚約を結んでいる。
叔母上譲りのオストの黒髪とアブラーモ様譲りのチェントロの緑眼。
その上、今まで誰も有用な策を出せなかった亜人と人の間の子の健康改善案まで。
そのくせ、第七王子と身分は王族の中でもさほど高くない。
永きに渡って保たれていた天秤を傾けるには十分だ。
(父上が牽制しているものの、ライモンドをオストに取り込もうとする貴族は少なくない)
もちろんオストの直系皇族である叔母上の子供なのだから、ライモンドはチェントロ国内の貴族としか結婚できない決まりだが、欲深い人間が例外を作らないとも限らない。
例えば、私が死ねば私に弟や妹がいない以上次期皇帝はより血の近い者から選ばれる。
他国に嫁に出た叔母上の血筋から選ばれることは普通ありえない、が……。
(皇族である以上、公平でなければならない、が)
私にも父にも、我が祖国オストだけでなくこの世界に不和をもたらしかねない。
せめて貴族社会の社交の場に出てくれば牽制も監視もできるというのに、婚約者のレアンドラ嬢にも悟らせずにどこかで好き勝手自由にやっていると思うと……。
(…………むかつく)
おっと。ここにイバニェス伯爵しかいないからと言って眉間に皺を寄せるところだった。




