120話
馬車での旅は思ったよりも快適だった。馬車文化が長く続いている分サスペンションが優れているのか、心配していたような乗り物酔いも特になかった。
魔物に出くわすこともなく数時間馬車に揺られた後、街道沿いにある広場に止めて休息と昼食をとることになった。
ありがたいことに、従兄殿の指示でウルリカさんが教師陣だけでなく俺の昼食の用意もまとめて請け負ってくれたので、馬車の周りを散策しながら馬車移動で凝り固まった筋肉をほぐす。
「おぅい、坊主!旅の間動かねぇと体が鈍るだろぉ!ちっと手合わせでもするかぁ!」
「セフェリノさん! お願いします!」
セフェリノさんの得物は剣ではなく斧で、常に腰に大きさの微妙に違う二本の斧を差している。農夫として働く傍ら冒険者をしているセフェリノさんらしい選択だ。
「手合わせをするなら私も見学して構わないかな?」
「おぉ? 皇太子殿下に見せるほどでもねぇけど、それでも良けりゃぁ見てってくだせぇ!」
その言葉に、アメットさんがすぐさま椅子とテーブルを準備してウルリカさんが紅茶を淹れる。即席観戦席の完成だ。
従兄殿と共に席に着いたイバニェス伯爵。その後ろに控えるアメットさんとヴァレンティナさん。 ウルリカさんが再び昼食の準備のためにそばを離れたとはいえ、四人に見守られながら剣を振るのはちょっと緊張する。
「戦斧持ちを相手にしたことないんで、見てても面白くないと思いますよ?」
「気にしなくともいい。私はクロヴィスが面白いと言った君の剣術が見てみたいんだ」
「俺も気になっててよぉ!坊主は魔法も使うし、戦い方の発想が面白いんだろお?俺もよぉ、坊主の戦い方を知らなきゃぁサポートするにもできねぇしよぉ」
セフェリノさんが両手に斧を構えて軽く振れば、ブンッと重い音がする。
「好きにかかってきなぁ。相手してやるからよぅ」
「……では、お言葉に甘えて」
まずは身体強化の魔法をかけるために体中に魔力を巡らせる。
斧を相手取るのは初めてだ。キュリロス師匠には剣の基本的な振り方を、ミューラー先生には相手の攻撃を受け流す方法を教えてもらった。どちらも剣術の基礎であり、どちらもこちらから攻撃することは想定されていない守りの型ばかり。
俺にアドバンテージがあるとすれば、今まで誰も使ったことのない付与魔法を使えることだ。だから、それをうまく使わなきゃならない。
自分の体内に魔力を巡らせる身体強化と違い外側から魔力でコーティングする付与魔法の筋力強化や俊足の魔法は纏わせた魔力が霧散するまでの時間制限がある。常時使えるわけじゃないし、一度わかってしまえばセフェリノさんならすぐに対応してしまう。
ならば、すぐに対応できない効果を持つ魔法を使うしかない。
一度呼吸を落ち着けて、剣を構える。
「…………いきます」
グッと地面を踏みしめて、一気にセフェリノさんの懐に潜り込む。もちろんすぐに対応されてセフェリノさんは俺の剣を片方の斧で受け止めた。
そのままもう一方の斧を振りかぶるので、すぐさま後ろに飛びのいて距離を取るも、今度はセフェリノさんが踏み込んでくる。
「はっはぁ!クロヴィスの認めた剣がその程度かぁッ!?」
「うっるさいッ!そもそも俺は一対一は苦手なんだよッ!」
ミューラー先生に散々言われた通り、俺に剣の才能はない。
ただでさえ重い斧による攻撃。それも二本。慣れない武器相手に普通のロングソードしか使わない俺には荷が重い。対してセフェリノさんはありふれたロングソードを相手取ることには慣れているだろうし。
「なんだぁッ!?もう負けた時の言い訳かぁッ!?」
「事実ですッ!」
「ほぉか!でもなぁ、ここにゃぁ俺とおめぇの二人だけだぞぉ」
一度打ち込んでくるのをやめたセフェリノさんが重心を低く低く落としていく。
「ほんっと……、才能に恵まれてる人って嫌だなぁ……」
剣術の才能があるわけでもなく、体格に恵まれているわけでもない。よくある小説の主人公みたいに『俺つぇぇ』ができるチートが欲しいとまでは言わないけれど、それを羨む気持ちはある。人間だもの。
優れた反射神経と身体能力を持ったアルトゥール。恵まれた体格とそれに伴う筋力の持ち主であるセフェリノさん。そして、今はあまり目立っていないけど、将来キュリロス師匠にも届きそうな才能と能力を持つシロー。
そんな人たちに劣っていることなんて百も承知だ。侮るならば侮ればいい。
「俺の剣は守りの剣なんです。今度はどうぞセフェリノさんから打ち込んできてください」
俺はそんな才能のある人たちと渡り歩いて行くためならどう思われても構わない。
「ほんじゃぁ、遠慮なくいくとするかぁ。耐えろよぉ……ッ!」
明らかに俺の実力に合わせて落とされたスピード。
「……〈ラピドゥス〉、〈ウィス‐フォルテ〉」
タイミングを逃すわけにはいかない。せっかくセフェリノさんが俺を侮ってくれたんだ。この一瞬で必ずセフェリノさんに魔法を当てなければ。
振るわれた戦斧は自身に筋力強化の魔法を付与したため、重いはずの斬撃は俺でも受け止められた。
まさか俺が受け止めるとは思っていなかったのか、一瞬驚いた表情をしたセフェリノさんが続けざまにもう一方の斧を打ち込んでくる 。
だが、ミューラー先生との地獄の訓練で鍛えられた反射神経と俊足の魔法で素早く動く体があれば避けることは難しくない。
手を抜いていたとはいえ、確実に俺を沈めるつもりで放った攻撃を受けられ避けられ、動揺したセフェリノさんに大きく隙が生じる。
そんなセフェリノさんの前に手構え、呪文を唱える。
「〈キタール‐ルクス〉」
「うおっ!?なんだ、これッ!?」
これが自分の考えた魔法じゃないことがとても悔しいが、それでもオリバーに託された魔法がAランク冒険者にも効くことがわかって友として鼻が高い。
「前が、見えねぇぞッ!?」
人間の五感による知覚の内、視覚の占める割合は八割以上。
それが唐突に奪われたのなら?普通に動くことすら難しい。
それが五感をフルに使わなければならない戦闘となればなおさらだ。
流石にそんな状態のセフェリノさんを切りつけることはできないので、背後から膝裏を蹴り飛ばして地面に転がす。
なんとか咄嗟に受け身は取ったようだが、そこから体勢を立て直すのは難しいだろう。剣の切っ先をセフェリノさんの眼前に突きつけた。
「チェックメイト、なんてね」




