118話
(めちゃくちゃ楽しそうに笑ってこっち見てたんだが?何あれ、こわ……)
窓越しに合った視線。俺がそちらを見ることを予想していたように従兄殿に軽く手まで振られた。
カフェテリアでテキパキ動いていたアメットさんのことを思えば、皇太子殿下への不敬ともとれる発言に対しておちゃめに小首をかしげるような性格 にも思えない。
となれば、従兄殿がそこにいるのをわかっていて俺がそちらを認識できるように小首をかしげたってことでしょ。は?こっわ……。
俺現段階だと従兄殿のことちょっと苦手なんだよな。今まで俺の周りにはいなかったタイプ。
立場として一番近いのはフェデリコ兄様だけど、フェデリコ兄様は弟気質で何かと世話を焼きたくなる、力を貸したくなる君主。
一方で、ここ数回の従兄殿との交流で彼に感じたのは圧倒的カリスマ力、っていうのか。為政者の鑑って感じで、彼自身の為人が見えてこないんだよなぁ。
(もしかして俺、目つけられてる?)
警戒対象としてではなく、ヘッドハンティング的な意味で。
嫌われるよりはいいんだろうけど、俺に興味が向いているということは俺が平民のライではなく第七王子のライモンドであるとバレるリスクが高まるということ。
下手にバレてしまえば従兄殿の俺への好感度は間違いなく一気にマイナスをぶっちぎる。
もはや従兄殿の興味を俺からそらせることはできないだろう。
なんせ元帝国軍のミューラー先生とベルトランド兄様の教え子だ。
従兄殿が囲い込もうとするだけの理由がある。
こうなったら、できるだけ平民のライの状態で好感度を上げて、機を見てこちらから打ち明けるしかない。
「……えーっと。ひとまず、これ全部浮かせてしまいますね」
従兄殿のことは後で考えるとして、ひとまずこの荷物を移動させてしまわなければならない。
五大国の一つ、オストの皇太子ともなると、留学とはいえ自国に来てくれているうちに繋がりを持ちたい貴族たちからパーティーやお茶会の招待状がひっきりなしに届く。
下位貴族のお誘いは手紙でお断りすればいいが、王家に連なる公爵家などのお誘いとなればそうもいかない。
仮に貴族からのお誘いを一括してお断りしたとしても、滞在中オッキデンス王家が他国の皇族をおもてなししないはずもなく。
どちらにせよ何かしらの社交の場に従兄殿は参加せざるを得ない。
各国の交流が盛んなこの世界の特に大きな学園を持つ五大国には、他の大国の王族が滞在できるタウンハウスが設けられている。
もちろん従兄殿もオッキデンスにタウンハウスを持っているためこの程度、馬車一つ分の荷物で済んでいると言える。
「旅程にイバニェス伯爵がいらっしゃる割には荷物少ないんですね」
「んあ?どういうことだ?」
思わずつぶやいた俺の言葉に側にいたセフェリノさんが反応する。
「イバニェス伯爵がいらっしゃらなかったら、ヴィルヘルム様はこれも学生ならではの学びだと、野宿や野営、キャンプ料理でこと済ませられるんでしょうけど、他国の貴族の目がある以上旅程でも皇太子然とした対応が求められますからね」
それは従兄殿だけに言えることではなく、イバニェス伯爵もまた他国の皇太子に相応しい対応をせねばならず、荷物はおふたりの間で倍々に増えていく。
しかも、従兄殿は相手の伯爵よりも立場が上であることを示さなければならず、イバニェス伯爵はあまりに貧相な準備では皇太子への侮辱にあたりかねないので豪華にせねばならない。
それを思うと、本来なら馬車一つ分で荷物が収まるわけはないのだ。
「貴族ってぇのは面倒なんだなぁ……」
「アタシ農家でよかったわぁ」
まぁ、農家を兼業しているとはいえこの世界で一番自由な職業である冒険者になっている二人からすれば、窮屈に思うのも仕方がない。
「ヴィルヘルム様が今はいち学生であるため過度なもてなしや気遣いは不要だという考えだからだ」
「貴族としては珍しい。百聞は一見に如かずってやつですね」
さて、荷物をちゃちゃっと移動させてしまおうか。
重力魔法はこの世界にはまだ発明されていない。なぜならこの世界にニュートンはおらず、万有引力の発見がなかったから。
リンゴが木から落ちる様を見て、それを自然の摂理だと受け入れる者はいても、それをなぜかと考える者がいなかった。
どれだけ不自然でも自然現象は精霊の働きによるもので、そこに理由を求めるものなどいなかった。
そもそも重力の概念がなければ無重力を思いつくはずもない。飛ぶためには鳥のように羽ばたくか、一部の魔物のように風魔法を駆使するしかない。
せっかくオリバーから魔法構築学を学んだのだから、ぱぱっと新しい魔法を発明出来たらかっこいいのだけれど、魔法構築学はトライ&エラーが物を言う学問だ。
学問の入り口に立っただけの俺がすぐに新しい魔法を作れるはずもない。
(対象の起点を荷物一つ一つに設定して、その周りを無重力に)
地球では起こりえない状況も、魔力を餌に微精霊たちに頼めば実現する。
俺の魔力の発動と共に荷物がふわりと動き出す。
きちんと魔法がかかったことを確認してから荷物の一つに手を伸ばせば、軽い力でそのままふよふよと動いてくれる。
「え、え?ちょっと!ボウヤ!?アナタ何の魔法使ったの!?」
流石魔導士科に所属しているだけのことはあって、ヴァレンティナさんが通常の風魔法では再現できない現象に声を上げた。
「んー。説明するのはちょっと難しいんですけど。簡単に言うと荷物を風魔法以外の魔法で浮かせました。風魔法で支えているわけじゃないんで、難しい魔力操作なしでそのまま空中を移動させることができます」
「すっごい便利!」
「魔力量任せの魔法なんで、たぶん原理きちんと知らないと魔力不足で倒れると思うんで、試さないでくださいね」
「わかってるわよ!」
キャーキャー言いながら、馬車の中から引っ張り出したふよふよ浮く荷物をあちらこちらに移動させて遊ぶヴァレンティナさん。
セフェリノさんはあまり魔法に詳しくないのか、何がすごいのかわかっていない様子でせっせと荷物を幌馬車へと移動させてくれている。
「……ベルトランド様が気にかけていたから魔法にも明るいのだとわかっていたつもりだったが、これは想像以上だな」
思わずといった様子で、素直に感嘆するアメットさんに笑みを向ける。
「ベルトランド先生やミューラー先生には発想が面白いといつも言われるんです。でも既存の魔法は魔導士科で必修に指定されている基礎分野の二学年 の範囲までしかわからないんですけどね」
「いや、騎士の身でそこまで理解できているなら十分だろう。それに、こういった新たな魔法を思いつく発想力は何物にも勝る」
「ありがとうございます」
従兄殿と一緒にいた時はほとんど喋らなかったが、こうして話してみると平民の俺にも丁寧に接してくれるいい人だ。
はしゃぐヴァレンティナさんから荷物を奪い返して、全て幌馬車に積み込んでから魔法を解く。
荷物を移動させ終わると、アメットさんが従兄殿の乗る馬車の戸をノックしてから扉を開けた。
「手伝い感謝するよ、ライ」
「いえ、皇太子殿下のお役に立てて光栄です」
馬車を降りた従兄殿が早速俺に感謝の言葉を述べるので、それに笑顔で応える。
流石に平民の俺とそれ以上の交流をはかるようなことはせず、従兄殿はそのままイバニェス伯爵と共にオッキデンスまでの旅のために用意された馬車へと乗り換えた。
ウルリカさんも同様に馬車に乗り込んだので、俺はセフェリノさんとヴァレンティナさんとともに荷物で狭くなった幌馬車へと乗り込むことにした。




