117話
「おっ!坊主、流石早いな!」
「おはようございます、セフェリノさん。今日からよろしくお願いしますね」
「それだけ早く起きて動けるんなら、ウチに来てからすぅぐに農家としてやってけるぞ!」
「いや、だから農家にはなりませんって」
オリバーに見送られてやってきた学園都市の大門前に着くと、ちょうどセフェリノさんもやってきたばかりのようだった。
軽く会話を交わしつつ、お世話になる御者さんに挨拶をしてから荷物を幌馬車に積み込んでいく。
平民扱いでの留学とは言え俺の本来の身分は王族なので、オッキデンスにはチェントロの学園都市同様俺が利用できる邸宅が準備されている。
なので、今回俺が持っていくのは最低限の荷物だけ。何か不足があればオッキデンスで随時購入すればいいしね。
セフェリノさんもあちらに自宅があるため比較的軽装だ。平民は、というより冒険者は身軽さが重要なので、冒険者希望ということになっている俺が軽装でも特に不自然ではないだろう。逆にあれもこれもと持って行っているほうが不自然だ。
セフェリノ節のせいで不安に感じていた俺のサポート担当の彼との関係だが、あの後何度か学園内でセフェリノさんとも交流を続けた結果、彼との会話のコツもつかめたため不便もない。
まぁ、ことあるごとに農家を勧めてくることに変わりはないのだが。
「あら、騎士の方たちは随分早いのね」
「おお!ティナ!おめぇも早いな!流石三十年間トウモロコシを育てているだけのことはある!」
「セフェリノ?年がばれるようなこと言うんじゃないよッ!」
俺たちの次に来たのは、従兄殿の担当である魔導士科学生サポート課のヴァレンティナさんだった。
彼女は父親がチェントロ王国の出身だったそうで、オッキデンス出身にしては珍しく燃えるような鮮やかな赤い髪に深いボルドー色の目を持つ妖艶な女性である。
唇にも赤いリップを乗せ、さらに少し紫がかったワインレッドのローブを纏う彼女はこの道三十年のトウモロコシ農家も兼任しているらしい。
ミス・スカーレットのトウモロコシと言えば地元じゃ知らない人がいないほど有名で、日々トウモロコシの質を高めるために使える魔法はないかを研究しているらしい。
セフェリノさんとの会話からわかるように、彼女に年齢の話はご法度である。ちなみに、ミスという敬称についてもだ。
「まぁ、お貴族様より後に来ましたって訳にはいかないじゃない?」
「イバニェス卿も皇太子殿下も人の好い方だってぇ話だけどよぅ、流石になぁ……」
正直、そんな話を聞いてセフェリノさんにもそういう感覚あったんだ、と思わないでもない。
ミューラー先生は貴族ではないものの、冒険者になる前は帝国軍では屈指の実力者で権力者と言っても過言ではなかったらしいし。
そんなミューラー先生にセフェリノ節を発揮していた彼はあまりそういう方面に明るくないのかと思っていた。
まぁ、普通に考えてAランクの冒険者ともなれば貴族と関わることも少なくないだろうし、ミューラー先生への態度は彼なりに考えてあの態度だったのだろう。
ミューラー先生も特に気にした様子はなかったし。
「おはようございます、ヴァレンティナさん。よければ荷物の積み込みを手伝いましょうか?」
「ボウヤおはよう。でも、そんなに気を遣わなくていいのよ?」
「俺がやりたいんです」
紳士教育を受けている身として女性を手伝わないなんてできるはずもない。
そう言って声をかければ、ヴァレンティナさんは少し気恥ずかしそうに俺に荷物を預けてくれた。
それを幌馬車に積み込んでいると、 まだまだ人気のない大通りの向こうからオスト皇族の紋の入った馬車が二台近づいてくる。
「おぉ、お貴族さまってぇのは移動に馬車を使うのがよっぽど好きみてぇだな」
「まぁ、貴族がその辺普通に歩いてたら護衛が大変って言うのもありますしね」
特に、従兄殿のような皇位継承権第一位の皇太子様が俺のように市井に紛れて暮らすことなんてできないだろうよ。
そんな話をしていると、二台目の馬車の御者台からアメットさんが降りてきた。
「すまない。荷物を幌馬車に移し替えるのを手伝ってもらえるか」
「アメット様。もちろんです」
すぐさま返事をしてから馬車の中を確認する。
「旅程で使う荷物はどちらでしょうか」
「黒いリボンの巻いてあるものだ」
二台目の馬車は人を乗せる目的ではなく荷物を運ぶことを前提としたもので、座席がなく全て荷物で埋まっていた。
その中から黒いリボンのついているものとそうでないものとをより分けながら幌馬車に積み込むのはなかなかに面倒くさい。
物を浮かせる魔法は風魔法の応用で、下から風で押し上げて持ち上げるというものだ。
単純に荷物を浮かせるだけならそれで十分なのだが、今回のように特定の荷物が上にくるように積み替えるのにはあまり向いてない。
「あぁ?なんでったーてこんなに荷物が必要になんだぁ?」
俺の後ろから馬車の中を覗き込んだセフェリノさんが訝し気にそう言った。
「あのねぇ、アンタやアタシみたいな冒険者と皇太子様みたいなお貴族様とを一緒に考えるんじゃないよ」
「ってぇもよ、イバニェス卿は普段こんな持ってこねえだろうよぅ」
「そりゃイバニェス様は伯爵とはいえあの人も冒険者。オスト帝国の皇太子様とじゃ出先の国でやることも関わる人も違って当たり前でしょ?」
「ほぉーん。貴族ってぇのは大変なんだなぁ」
ヴァレンティナさんの言葉にひとり納得したように頷くセフェリノさんだが、俺はその言葉にひやりと背筋が 寒くなった。
聞きようによっては皇太子殿下の荷物の多さを咎めるような物言いを、よりにもよってその皇太子殿下の従者、それも自身も高位貴族であるアメットさんの前でするとか、二人とも正気か?
恐る恐る側にいるアメットさんの方へ顔を向けると、アメットさんはこてりと小首をかしげて見せた。怒っているようではないのでほっと息を吐こうとした時、小首をかしげたことによってアメットさんの肩越しに見えたもう一台の馬車の窓が目に入る。
「ヒェッ」
「どうかしたか?」
「い、いえ。何も……」
「左様で」
穏やかに笑うアメットさんに何とか返事をしつつ、俺は意識を半ば無理やり馬車の中の荷物に集中させた。




