115話
いざ出発が目前に迫ったある日。俺はオッキデンスの学園から派遣されたオッキデンスの学園までの旅中や、現地に着いてからのサポートなど諸々を担当してくれる騎士科の担当教師との顔合わせをすることになった。
「おーう!坊主が騎士科なのに東じゃなくってウチに来たいってぇ言う奇特な生徒かい!」
俺の担任であるミューラー先生に連れられて顔合わせのための会議室に入った途端、大柄な男がひどくうれしそうに笑いながら俺とミューラー先生の方へと近づいてきた。
「セフェリノ・サンチェス、教師であるあなたがきちんと挨拶ができてなくてどうするんです」
「おお!クロヴィス!おめぇさんが推薦した生徒ならさぞかし強ぇんだろう?なんでまたウチなんかに送ってくるんだ?おめぇの古巣の帝国軍にでも連れてった方がよっぽど坊主のためになるだろうに」
「セフェリノ、話を聞きなさい」
「んでもまぁ、ウチとしちゃぁ助かるけどよ!今季は特に東の皇太子殿下も来るってぇんでウチはちょっとピリピリしてんだ」
「………セフェリノ」
がはがはと笑いながら、ミューラー先生の言葉を全てスルーして勝手に会話を進めていくセフェリノさんに、俺はどうすればいいのかわからずミューラー先生を仰ぎ見る。
しかし、ミューラー先生は珍しく眉間に皺を寄せてこめかみを手で押さえていた。なるほど、この人はいつもこんな感じなんだろうな。
「いい加減にしなさい、セフェリノ。留学するのは私ではなくライ・オルトネクです。会話しろとは言いませんが、自己紹介ぐらいなさい」
「いや、会話しろって言ってくださいよ」
と、思わず突っ込んでしまったが、ミューラー先生は深いため息をつきつつ、できたらしていると非常に深刻そうな顔で言った。
「んで、どうしても馬車じゃなくて機械で走るんだって聞かなくてよぉ!勝手に隣の爺さん家の炉を使ってマシンを作って三軒先の納屋に突っ込んだんだ!」
気づけばセフェリノさんの話はいつの間にか彼のご近所さんの失敗談に及んでいた。このままだとらちが明かないのでセフェリノさんの視界に入るように一歩前に歩み出て、できるだけ大きな声ではっきり喋る。
「あの! 今度お世話になりますライ・オルトネクです!」
「ん? おお! 俺ぁオッキデンス学園、騎士科学生サポート課のセフェリノってぇんだ!」
大きな声を発して初めて俺を認識したようで、セフェリノさんの優し気な榛色の瞳と目が合った。
深い森のような深緑の髪は短く切りそろえられておりさぱりとした印象を受けるものの、優に百九十センチはあろうかという身長と、それに見合うだけのむっちりとした筋肉を持つ彼は、ぱっと見苔むした巨岩が動いているように見えてしまう。
その体躯に見合う野太い声は大地に響くように大きく深い。その迫力に負けないように、こちらもさらに大きな声で挨拶をする。
「よろしくお願いします!」
「おお! 威勢のいい坊主だなぁ!んで?クロヴィス、なんでったってこんな坊主がウチに来るんだ?」
「ですから、それを説明しようとしてたんですが?」
表情はいつもと変わらないが、いつもよりも数段低い声で脅すように唸るミューラー先生の肩を遠慮なしにバンバンと叩くセフェリノさん。
「まぁ、こまけぇことはいいから座れ座れ!おめぇは堅くてかなわん!」
「…………はぁぁぁぁ」
特大ため息をつくミューラー先生に促され、セフェリノさんと机をはさんで向かい合って座る。
「んで?ウチは東と違って畑と機械いじりの国だからよぅ。そりゃぁ森ん中に分け入ればウルフ系の上位種のフェンリルもいるかもしれねぇけどよ。そうじゃなきゃぁ野菜を食いにくるボアやらベアーやらのいわゆる害獣退治か、ゴミ捨て場の屑鉄やら岩石なんかにひっつくゴレムくれぇしかいねぇぞ?」
セフェリノさんが座っている椅子は普通の会議椅子のはずなのに、巨躯のせいでやたらと小さく見えてしまう。まるで自分がホビットにでもなった気分だ。
「まず、あなたはこの子の目的を勘違いしています」
「ぁあ?勘違いぃ?」
「そも、この子に剣の才能はありません」
「ちょ、ミューラー先生ッ!?」
もはや慣れたこととはいえ、唐突に留学先の教師への連絡事項に俺の才能のなさをぶっこんできたミューラー先生に思わず声を上げてしまった。
「んんっ?そう、なるってぇと、この坊主はウチの農家希望か?」
「違いますけどっ!?」
「いやいや、坊主。ウチの農家は春の繁殖期の後の害獣被害がひどくてよぉ!戦闘できることが必須なんだわ!だから農家になった後でもちゃぁんと剣の訓練は受けれるぞ!」
「いや、農家になりたいわけじゃないんですって!」
「一から十までこの俺が教えてやるからよぉ!安心しとけって!」
「ほ、ほんとに会話が通じないッ!」
縋るようにミューラー先生を見ると、諦めなさいと言わんばかりの表情だった。だから言ったでしょう?って顔してる!
「剣の才能はない代わりに面白い発想をします」
「あぁ?……その面白れぇ発想とやらで農業を?」
「農業から離れなさい。その面白い発想も、農業工業共に実際に目にしないと思いつかないものでしょう。それにこの子が実際何かしたいと思った時に、それを実現するための人手もいる。この子が騎士科にいるのは今一番やりたいことが騎士科でできるからであって、他に興味のあるものができたら科の垣根を越えて何度もトライするブロッカーボアみたいな子なんです」
「はっはぁ……!ブロッカーボアたぁ、おめぇも苦労してんだなぁ」
「え、ブロッカーボアってなんですか」
俺の為人を説明するのに急に出てきたおそらく魔獣の名前。しかも、それを聞いた瞬間急にセフェリノさんまでしみじみとミューラー先生を労わっていて、そんなものに例えられた張本人としては聞かざるを得ない。いや、ブロッカーボアってなんぞ?
「ブロッカーボアは……、オッキデンスに行けばわかりますよ」
「あぁ。ウチに来れば一発でわかるなぁ」
意味的には猪突猛進とか、そういう類のものだと思うんだけど、なんせ平民のふりしてるけど王宮生まれの王宮育ちだから魔獣とか魔物はいまいちぴんと来ないんだよね。
いくら聞いても行けばわかる、見ればわかるとしか言われず、俺の質問は流された。
その後、たびたび勝手に一人で話を脱線させるセフェリノさんにお構いなく、俺が魔導士科と合同で面白い戦術を編み出してるとか、西の国の商売に興味があるとか、剣はどういう方向性で鍛えて最終的にどうなりたいかなどの展望など、ミューラー先生はとにかく俺に関する様々なことをセフェリノさんに伝えていた。
「はっはぁ。なんともまぁ、騎士科には珍しい坊主だなぁ」
「えぇ、まぁ。見ている分には面白いのですが、私の目の届かないところに行って何をしでかすのかだけが心配です」
冤罪である。オレ、メイワク、カケテナイ……、と言い切れないのが恐ろしい。
混合魔法の研究はベルトランド兄様が率先して研究してくれ、付与魔法開発はオリバーに主になってもらって開発し、ジュリアの店は最終的にジュゼッペオーナーにぶん投げた。
あれ、俺色々首ツッコんではいるものの、その時々で都合のいいひと見つけて押し付けているだけでは?
認めてしまうと自分がすごくかっこ悪いような気がするので考えないようにしよう……。
それはさておき、セフェリノさん曰く、今回のオッキデンスまでの旅程はオストの皇太子殿下がいらっしゃるのでオッキデンス学園の騎士科と魔導士科のサポート課から一人ずつ。
それとは別に、オッキデンス学園から依頼された貴族位を持つ魔導士も一人旅の供としてチェントロに来ているらしい。
今度オッキデンスに向かう際は、その三人プラス俺と従兄殿、従兄殿の側付き二人。
従兄殿と貴族位を持つ魔導士、アメットさんとウルリカさんの四人は一つの馬車に。
荷運び兼それ以外の乗る幌馬車が一つという計二台での移動となるだろう。
従兄殿もそのそば付きたちも貴族なので、どれだけ荷物が多いかはわからないけど、ある程度狭いのは覚悟した方がいいかもしれない。
あと、俺ってば今まで王宮の高級馬車で街の石畳の上しか走ったことがないから酔い止めだけがちょっと心配。
そうしてミューラー先生からセフェリノさんへと情報の引継ぎが終わり、ミューラー先生から改めて行ってらっしゃいと多くを学んできなさいという言葉を聞くと、いよいよ生まれてこの方出たことのないチェントロ王国を離れるのかと実感がわき、言葉に言い表せない寂しさが心に募った。




