113話
時が過ぎるのは早いもので、オリバーと付与魔法の研究開発を初めて早三か月弱。
いよいよ留学出発を目前に控え、ようやく俺の使っていた付与魔法が魔力量にものを言わせる成金魔法からきちんとした詠唱魔法へと進化させることに成功した。
「はぁーッ!?なんっで久しぶりに出てきたと思ったらこのクソ眼鏡もいやがんだよ!」
「はっ!そんなの僕がライと一緒に完成させた魔法のお披露目だからに決まってるだろ?」
「元はと言やぁウチで使ってた魔法だろうが!」
「もー、アル!ライから仲良うせなあかんて言われたやろ!」
やはりきちんとした魔法に昇華できたのならば、以前のものと比べるためにもこの二人が一緒の方がいいだろうとアルトゥールとシローに協力をお願いしたのだが、アルトゥールの相変わらずの輩っぷりに思わず笑ってしまいそうだ。
「おいコラ、協力できない魚は帰ってもらってもいいんだぞー?」
「ハッ!せっかくテメェが留学に行く前にまたやり合えるんだから帰るわけねぇだろ、バーカ」
「え、何?ツンデレなの?切れデレなの?誰得だよ」
「あ?なに言ってんだ?」
もはやアルトゥールのヤンキー節は形骸化してしまったようだ。
最初の頃の棘はいったい何だったのやら。最近のアルトゥールとの会話は口が悪いだけで普通に仲良しの会話みたいになってしまった。
その事実に近所の猫ちゃぁんが懐いてくれたような嬉しさと一抹の寂しさを感じながらアルトゥールからの質問はスルーした。
女の子のツンデレはウェルカムだけど、男のツンデレはノーセンキューである。
「ほんで、何から試すん?」
「んー、とりあえずいつも通りシロー対俺&アルトゥールでやりたいんだよね。結局、付与魔法として呪文は確立させたんだけど、それがきちんと作用するか、効果に差はないか、魔力の減りはどんなものかを知りたいからね」
訓練場の使用許可をくれたミューラー先生と、今まで魔力量でぶん殴って使っていたとはいえ新魔法の初実践使用の監督としてベルトランド先生が、戦闘の邪魔にならない端のほうで何か話している。
そろそろ始めたいのでそちらに視線を送れば、流石はAランク冒険者。すぐに視線に気づいたミューラー先生がこちらを向き、遅れてそれに気づいたベルトランド兄様もこちらを向いた。
「それじゃ僕も端にいるね」
「ん。外から見て気付いたことあったらよろしく」
非戦闘員であるオリバーが小走りで先生と兄様のところに向かったのを確認してからアルトゥールと共にシローから距離を空ける。
「んで?戦場の指揮者サマの腕は落ちてねぇな?」
「ハッ!誰に向かって言ってんの」
俺の隣に立つアルトゥールと軽口を叩きつつ、離れた場所で向かい合ったシローと視線を交差させる。入学してから留学が決まるまでの数か月。毎日のようにこうやって向かい合って、仲間になって、戦ってきた。久しぶりの感覚に胸が震える。
視線の端、コートの外でミューラー先生の上げた手を捉えつつ、目線はしっかりシローに合わせて試合開始のコールを待つ。
「始めッ!」
「〈ラピドゥス〉」
手始めに、アルトゥールに速度アップの魔法をかける。
ギュンッと一気に加速したアルトゥールが一瞬驚いたような表情を浮かべた後、それを好戦的な笑みへと変えた。
「オラオラオラァッ!!遅っせーじゃねぇか!シロォッ!!」
ギィンッ!と鈍く鋭い音が鳴り、シローとアルトゥールの剣が交わり弾いて音を出す。
以前の魔力量で精霊を従わせる成金魔法と比べるとその効果は見た感じ一・五倍ほどといったところか。感覚を研ぎ澄ませて戦っている剣士にとってその差は歴然。かけられたアルトゥールはもちろん、相手のシローも思ったよりも早く剣が交わったことで少しばかり体勢を崩した。
その隙に自分の剣に指を這わせて属性を付与。
「〈ダル‐ヴェント〉」
これは以前オリバーから貰った、オリバーが自分で考えて作った正真正銘オリバーの付与魔法。武器に風魔法を付与するものだ。
風魔法を刃の周りに纏わせることで空気抵抗を減らして振り抜きを速くさせる効果の他、一度しか使えないがちょっと面白いことができるのだがそれはまた後で。
せっかくアルトゥールが突っ込んだのに、俺が付与する能力如何によって戦況が大きく左右されることをよく知っているシローは、アルトゥールの脇を抜けて俺のほうへと向かってきた。
「そりゃ狙うんは指揮官よ」
シローの攻撃は大剣使いということもあり大振りではあるがその分威力が高い。シローの後ろからアルトゥールが追いかけているのは見えているので一発いなせば、アルトゥールも追いつき再びアルトゥールに付与魔法をかけることができるはずだ。
「ライ、お覚悟ッ!」
「ミューラー先生の地獄のしごきに堪えた俺を舐めんじゃねぇよ!!」
週に一度とはいえ、ミューラー先生には時間いっぱい、それこそ死にそうになりながらありとあらゆる攻撃を受け流す方法を叩きこまれた。
俺の目指す戦闘スタイルをミューラー先生と話して決めたあの日から、本当にぼろ雑巾になるくらいまで剣戟を叩きこまれてるんだよッ!
倒れれば襟を掴まれ立たされて、膝を折れば脇に手を入れ引き起こされて、もう無理だ休ませてくれと懇願すれば顔面すれすれに木刀を突きつけられた。
ここでシローの攻撃を受けられなかったとなれば、あの地獄のしごきが悪化するに違いないッ!!
上段から大きく振り下ろされるシローの大剣を受けるために剣を頭の上で横に構える。
受けるんじゃなくて、受け流す。ただそれだけに意識を集中させる。
シローの振り下ろした剣が俺の構える剣に触れる瞬間、体捌きのみで自身の体を半歩横にずらす。シローの剣が俺の体の側面を通るように、俺の持つ剣を斜めに傾けて剣の流れる道を作ってやる。
刃に纏った風属性の魔法も手伝い、シローの剣が勢いを一切殺されずにズドンッ!と地面に沈んだその瞬間。
俺は驚き目を見開くシローの脇を飛び込み前転の要領ですり抜けて、すぐそこまで迫っていたアルトゥールに向かって呪文を唱えた。
「〈ウィス‐フォルテ〉」
筋力強化の魔法を受けたアルトゥールはそのままの勢いでシローに向かって切り込むも、元々筋力で言うならシローに軍配が上がるため、通常なら付与魔法ありのシローと五分五分といったところ。
詠唱魔法に昇華した呪文を唱えたことで魔法の効果が上がっているとはいえ、それでもアルトゥールが少し有利になった程度。シローに打ち勝つのはまだ厳しい。
しかし俺に対しての大振り攻撃を直前にいなされて失敗したために体勢が悪く、シローはアルトゥールの攻撃を押し返しあぐねている様子。
ここで俺も近づき一発!何てしようものならそれこそ飛んで火にいる夏の虫。多少無理やりでもシローに切り捨てられて終わってしまう。そこで役に立つのが。
「シロー!アルトゥール!これっ、がッ!魔法剣術だッ!!」
武器に属性付与をした場合の面白い効果。再びそこに魔力を流すと纏った属性魔法は実体を持ち、剣を振り抜くタイミングで魔力を流すのを止めることで剣に纏わりついていた属性魔法が剥がれて振り抜いた先へと飛んでいく。
剣先からエアカッターを飛ばすような感じ。今回はただの摸擬戦だしそこまで力を込めなかったけど、急に離れた位置にいた俺からの攻撃になんとか対処しようと思考を取られたシローにできた隙をアルトゥールが逃がすはずもなく。
「俺様のッ!勝ちだッ!!」
「いや、俺たちの勝ち、な?」
勝手に人の功績をなかったことにしないでもらいたい。




