112話
従兄殿との予期せぬお茶会の次の日は、魔導士科の研究室でオリバーと魔法を作成する日ではなく、ミューラー先生との剣術の日であった。
できれば従兄殿やその従者について事前にもう少し為人がわかるような話が聞ければと思っていたので、ある意味元竜騎士のミューラー先生との特訓は都合もタイミングもよかったと言えるだろう。
ストレッチをしながら昨日あった出来事を軽くミューラー先生に説明する。
「それで、ミューラー先生って現冒険者の元オスト帝国軍人じゃないですか。そんなミューラー先生ならアメット様とウルリカ様のこともご存じかと思いまして」
「…………あなた、いくら学園では貴賤に差はないとはいえ、よく王族二人を平気な顔して相手どれますね」
「友人には肝が据わりすぎてて逆に怖いって言われました」
これは昨日カフェテリアで従兄殿とベルトランド兄様二人と一緒にお茶をしたと話した時にオリバーに言われた言葉である。
俺も王族だからね、と言えないから笑ってごまかすしかなかったが、確かに俺みたいに理由もなく王族を相手取って平気な対応をする学生がいたら俺だってビビる。
「長生きするには鈍感であるほうがいいこともありますが、あなたの場合はいささか考えものですねぇ」
今はオッキデンスへの留学までのほとんど時間をベルトランド兄様の研究室でお世話になっている俺のため、ミューラー先生が週に一度つきっきりで剣術の基礎を教えてくれる時間なので、友人であるアルトゥールやシローはいない。
留学まで期間もそんなにないため実戦形式メインでの授業だが、ミューラー先生と打ちあう前に軽く剣を振って動きを確認しつつ話を続ける。
「それにしても、留学でオスト帝国を選択しなくてよかったですね」
どういう意味かと首をかしげる俺に、ミューラー先生は俺の素振りのフォームを矯正しつつ言葉を続けた。
「今のあなたの剣の実力では強い魔物の跋扈する東に行っても無駄足だったでしょうし、ヴィルヘルム殿下と交流を持てたのであればそれこそあなたが西を希望した理由である人脈作りの目的はすでに達成されたと言えるでしょう」
「あっはは……、無駄足っていっそ清々しいほどはっきり言ってくれますね」
「言ったでしょう。あなたは体格に恵まれているわけでもなく才能が突出しているわけでもないと」
ミューラー先生の丁寧なくせに歯に衣着せぬ物言いにうぐっと思わず喉が詰まる。
「それで、ウルリカ様とアメット様についてでしたね」
フォームの確認を終えた後、ミューラー先生が会話を続けながら木刀で軽く俺に打ち込んでくるので慌ててその攻撃を受け止めた。才能がないと言ったくせに俺にマルチタスクを課さないでほしい……っ!
「おふたりはシュワルツチャイルド公爵家のご子息とご息女です。ウルリカ様が姉君、アメット様が弟君で、シュワルツチャイルド家にはもう一人お兄様がいらっしゃいますので、おふたりはヴィルヘルム殿下の側近として仕えていらっしゃいます」
「ちょっ、それッ! 落ち着いて真面目に聞きたい話なんですけどッ!?」
「このくらい、私の生徒なら打ち合いをしながらでも会話できてもらわねば困りますね」
徐々に速く、そして重くなる剣戟をいなしていくうちにどんどん息が上がっていく。
剣術の基礎力を底上げするための授業なので付与魔法や身体強化の行使も禁止されており、ありのままの自分の力で戦わねばならないから ミューラー先生の攻撃を受けるだけで精いっぱいだ。
「歳の割には基礎はしっかりしていますが、それでもあのシーシキンやナキリに並ぶには足りません。 今は付与魔法という真新しい戦法を編み出したことで並んでいるように見えたとしても、その内周りがあなたの付与魔法を使ったやり方に慣れればすぐに人並みになりますよ」
「そんっ、な、こと! 俺が一番、理解してますよッ!」
なんとか反撃しようと力を込めてミューラー先生の剣を払ってその胴に打ち込むものの、そう簡単に一本取らせてくれるわけもなく。
逆に大きく隙を作ってしまった俺の横っ腹にミューラー先生の鋭い一撃が決まり、息が詰まって咳き込んだ。そのまま 体力的に限界が近かったこともあり、乱れた息を整えるために その場に座り込む。
「あなたの剣術はなんというか、攻撃に向いてませんね。学園に入るまでの間どのような方に習ったかはわかりませんが、冒険者や軍人に教える剣というよりは応援が来るまで持ちこたえるための護身剣術といったところですね」
「あー、なるほど。元々剣術を習い始めた目的は護身なので。俺の師匠も多分そのつもりで稽古つけてくれてましたし」
「攻撃を受ける型の中でもいなし続けることに特化しているため攻撃に転じにくく、攻撃の型も相手をけん制する動きばかりですね。既に癖もついていますから今からスタイルを変えるのは時間がかかりすぎるかもしれませんね」
さて、どうしたものかとミューラー先生が顎に手を当てて思案しはじめるのを横目にそのままストレッチをして体をほぐす。
「防御の型を極めて持久戦に持ち込むのは無理そうですか?」
「あなたはまだ成長期ですから一概には言えませんが……。あなた、体力も人並みでしょう?」
「俺ってばいいとこなしでは?」
自覚していたとはいえ才能がなくて嫌になるね。
なお難しそうな顔をするミューラー先生。
俺が剣士としてやっていきたいと言ったから、才能がないと言いつつもこうやって一緒に考えてくれることに俺は感謝しかない。
キュリロス師匠と並ぶ俺のもう一人の恩師である。
「俺なら他の魔導士がいなくても自分で付与魔法を使えますし、自分の強化と敵の弱体化をうまく利用すればどうでしょう。俺が敵を倒すと言うより、敵の注意を引いて仲間に倒してもらうことを前提とした戦法とかでも駄目ですか?」
「それならできないこともないと思いますが、その付与魔法の開発具合はどうなんですか?」
「魔法完成まで数か月かかるそうなので、しばらくは魔力量で精霊に命令する成金魔法で頑張りますよ……」
「なりきんまほう……。まぁ……、私は魔法はからっきしなので、そこはベルトランド教授にお任せしますが。目途がついているのなら次回からはもっと防御の型を中心に、攻撃を受けるのではなく受け流す方向で鍛えましょう」
だいぶ先ほどの打ち合いでの疲労も取れてきたので再び立ち上がり、地面に落ちた剣を拾い上げる。
ミューラー先生はそんな俺を見て薄く笑いって剣を構えた。
「さて、今度は防御だけに集中しなさい。手加減しませんよ」
「上等ッ!」
学園に入学してまだ半年。それでも自分の進みたい道を自分の足でこれからも歩いていくための道筋が見えてきた。
アルトゥールとシローからは仲間との戦い方を、ミューラー先生からはこれから剣士として生き残るための道を、オリバーからは魔法の基礎と構築方法を、ベルトランド兄様からはライモンドじゃなくてライとしての貴族とのパイプを。
(次は、西の国でヴォリアさんの知り合いの職人と会って技術方面での人脈作り、頑張ろう)
この世界にはまだまだ俺の知らないことややってみたいことに溢れている。俺が死ぬまでにどこまでやれるのか。それを考えるだけで勝手に口角が上がってしまう。
「……ずいぶん余裕そうですねぇ。 では、今後体力づくりのために留学に行って帰ってくるまでの間、毎日体力の限界まで走るのを課題にしましょうか」
「た、体力の限界まで、って?」
「もちろん、吐いてその場から動けなくなる程度まで」
ミューラー先生の柔和な笑みが、今日ばかりは悪魔の微笑みに見えてくる。サァッと血の気の引かせた俺を見て、先生はより一層笑みを深めた。
「大丈夫。最低限寮に帰るだけの気力は残しておきます」
「じ、地獄では……ッ!?」
残すのは体力ではなく気力であるところも味噌である、なんてふざける余裕もない
(これは、留学に行く前に本当に死ぬかもしれん)
思わず固まってしまった俺の手の中からはじかれた剣が空を飛ぶのを見ながら俺は自身の死期を悟った。




