111話
「そうだ、ライ。君には私の従者たちを紹介しておこう」
ベルトランド兄様との会話に一区切りついたのか、俺にそう言葉を投げかけた従兄殿が軽く手を振ると、先ほどまで給仕をしてくれていた女性とカフェテリアの入り口付近に立っていた男性が近づいてきて、従兄殿の後ろに並んだ。
兄妹だろうか、男女の差はあるもののとてもよく似通った顔立ちをしている。
二人は黒に近いグレイヘアーを持っていて、ひと目でオストの皇族に近しい血筋だということがわかる。
「私の側近のアメットと侍女のウルリカだ」
アシンメトリーにした前髪は、アメットさんとウルリカさんが並ぶことで左右対称になるようだ。
アメットさんの髪は後頭部の高い位置でくくられているにもかかわらず、毛先は肩よりも下にくるほど長い。
一方ウルリカさんは夜会巻きというのだろうか。きっちりまとめられているため確かな長さはわからないものの、ほどけばアメットさんと同じくらいの長さになるだろう。
身長は男性であるアメットさんが頭一つ分高いが、それ以外は本当によく似ている。
いや、いっそ似せている、と言ったほうがいいかもしれない。
「アメットは白魔法の使い手で軍では医療従事者として経験を積んでいた。オッキデンスまでの道程では医者代わりと思ってくれていい。ウルリカは魔導士としての素質はないが、代わりに器用で体術にも優れているから有事の際は暗器で私の護衛を、それ以外は料理などの雑事などをこなしてくれる。 先ほども言ったが今回の旅程で魔物が出た場合スクロールを試験的に導入するが、その際君が私を気にする必要はない。自分の身を守ることに集中してくれて構わない」
どのような旅になるかはわからないが実際に魔物や賊の襲撃があった場合、俺が正体を隠している以上優先されるのは従兄殿の命だろう。
まあ身分を明かしていたとしても、代えの利く第七王子と五大国の次代を担う皇太子とではその価値は雲泥の差だけれど。
何人学園側から護衛がついてくるかは知らないが、彼らも俺ではなく従兄殿を守る動きをするはずだ。だから彼は今この場で自分のために命を懸ける必要はないと、ベルトランド兄様のいる前で言質を取らせてくれたんだろう。
さもなくば、旅程での不慮の事故で従兄殿に何かあった時、護衛を務めた者だけでなく俺もまた責められ咎を受ける可能性があるからだ。
「ありがとうございます。ミューラー先生に訓練を付けていただいているとは言えまだ若輩者の身ですので、アメット様やウルリカ様のような方がいらっしゃれば心安くあれます」
俺の言葉に一つ頷き返した後、従兄殿はそのまま席を立つ。
「改めて、今日は留学前に君と交流が持ててよかったよ。ベルトランド様もお話しできて楽しかったです。スクロールは実用化する前に一度学園にも持ってくる予定なので、その時はぜひお力添えください」
「もちろんだ」
そのままひらりと気さくに手を振ってから、従兄殿はアメットさんとウルリカさんを連れてカフェテリアを後にした。
平民のライとして話した感じ、従兄殿には好感が持てる。
学ぶ者に貴賤の差はないと謳う学園ではあるが、それでも平民を見下すような貴族は少なくない。
そんな中、留学先を共にするからと言ってまだまだ研究段階にあるスクロールの話や、旅程で何かあった時に他の護衛はともかく俺は俺自身の安全を優先させていいなど平民に対しての気遣いが見て取れた。
帝国の民でもない俺にすらここまでの心遣いをしてくれるとは。オスト軍の軍事力と忠誠心の高さを作り出した一端を見た気がする。
「オルトネク。もしも道中スクロール魔法を実際に見る機会があればどう思ったのか手紙を送ってくれ」
「もちろんですよ、ベルトランド先生」
その時はオリバーにも送ってやろう。魔法構築にあれだけ熱を上げていた彼のことだからきっとベルトランド兄様と同じように喜んでくれるだろう。




