109話
皆様からの感想を拝見してたまげました。
なあぜか話数がぶちとんでおりましたので修正します
「ヴィルヘルム、あまり私の生徒をからかうな」
「ベルトランド様、ライ・オルトネクと知り合いなら私に紹介してくださったらよかったのに」
「オルトネクを?」
「今度の留学で私と同じオッキデンス王国への留学が決まっているのはご存じでしょう」
すかさず有能ウェイターたちは数人がかりで食べ終えた俺とベルトランド兄様の皿を下げ、従兄殿のために椅子を追加し、俺たち三人の前に食後のティータイムの準備をする。
素晴らしい職人技である。
従兄殿も、決して無様に見せないようにゆったりと移動し、ごく自然に椅子に座る。ここに他の貴族の目がなければ拍手を送りたいほど洗礼された動きである。
「突然会話に入ってすまないね。ベルトランド様が平民である君を連れていたから気になってね。 あぁ、誤解しないでほしいんだが平民だからどうこうという意味ではないよ」
「いえ、大丈夫です。ベルトランド先生のような高名な方のそばに、今まで接点のなかったはずの自分のような平民がいれば、疑問に思うのも当然のことです」
「理解してくれて嬉しいよ」
先ほど料理を提供してくれたウェイターとは別の、メイド服を着たグレイヘアーの女性が食後のコーヒーと紅茶をサーブしてくれる。
ベルトランド兄様と従兄殿の好みを把握しているのか、ベルトランド兄様の前にはコーヒーを、従兄殿の前には紅茶を給仕し、その後俺に目を向けたので手で紅茶の方を頼むと、一瞬動きをとめたあとに何事もなかったかのように紅茶を給仕してくれた。
有能なメイドである。王宮に残してきた俺付きだったイリーナだったらこうはいかないだろうな、と少し王宮での生活を思い出して笑みをこぼした。
「以前ミューラーに連れられてきた時から思ってはいたんだが、君は随分と上流階級慣れをしているね」
不意にそんなことを従兄殿が言う。まぁ、そりゃ目立たないとはいえ王族の端くれだもの。でもそんなことは口が裂けても言えないので努めて冷静に、少し恥ずかしそうに見えるような表情を浮かべておく。
「そうおっしゃっていただけるなんて感激です。故郷に帰った時に母に自慢します」
「君の故郷はオストかい?」
「オスト帝国とチェントロ王国の中ほどに位置する小さな国なのですが、両国との交流も多く私のような竜の加護持ちも多くいます」
竜はオスト帝国の皇家の紋章にも用いられているほど皇室と縁深い生き物だ。母上のように婚姻後他国へ出てしまう皇族は除くが、それこそ皇太子のようにこれから先もオストに根付き守っていく皇族は、ある程度の年齢になるとドラゴンの卵を温めて孵し、育てる風習があるほどに。
そのため今の俺やホフレの側近のセルジオのような灰色の髪色を持つものは、オストの皇族の証である黒髪に敬意を表し竜の加護持ちと呼ぶ。この風習はオストに近ければ近いほどよく見られ、色も黒に近ければ近いほどいいとされる。黒に誇りを示すことは同時にオストの皇族を讃えることでもあるため、その意味をもちろんよく知る従兄殿は満足げに頷いた。
「そうか。卒業後の進路が決まっていないのであればぜひオスト帝国軍への入隊も考えてくれ。ミューラーとベルトランド様の生徒であれば活躍できるだろう」
「ありがとうございます」
ベルトランド兄様からの何か言いたげな視線を無視しつつ俺がそう礼を述べると、あきれたような顔をしたベルトランド兄様が軽く咳払いをする。
いやまぁ、チェントロ王家の一員なんでオストの軍に所属はできないけど、この場ではこういうしかないでしょ。俺の正体を知っているベルトランド兄様からすれば茶番みたいなやりとりかもしれないけど、この従兄殿は俺のこと知らないんだからさ。
咳払いをしたベルトランド兄様に俺と従兄殿が目を向けると、ところで、とベルトランド兄様が改めて会話を切り出した。
「プロトタイプの発明とやらについて聞いても?」
「ええ、もちろん。ベルトランド様は以前からスィエーヴィルが 事前に描いておいた魔方陣を利用する魔法の研究を熱心にしていたことはご存じですか?」
「もちろん知っている。私の母の母国でもあるからな」
「本来は長ったらしい名前があるのだが、ここでは便宜上先ほど君が言っていたスクロールと呼ぼうか」
従兄殿は、紅茶を飲みながらゆったりとした口調で説明を始める。
「精霊の目を持つ者がいない以上数を試すしか方法はないからね。数十年前のスィエーヴィルの国王と、我が国の皇帝の間で魔物や鉱石の取引に関する協定が結ばれていたんだけど、近年相手からドラゴンを研究したいとの申し入れがあってね。流石に我が国を象徴するドラゴンをおいそれとやるわけにはいかず、数年前から正式に共同研究所を設けることになったんだ。そこでドラゴンの血を用いた魔力媒介を使用したスクロールのプロトタイプが完成したんだ」
「プロトタイプ、というと実用化はまだ先か」
「はい。ドラゴンの血も無尽蔵に使えるわけじゃないですし、紙の代わりにした魔物を狩るのも容易じゃない。その上スクロールの成功例は歴史上初ですから、今回作ったスクロール魔法が実戦で使えるかどうかもわからないですし。プロトタイプは試験的に私や軍上層部数名が所持し、実際に対魔物戦でどれだけ使えるのか機会を見て試す予定です」
ベルトランド兄様は、希少なドラゴンの血を使用した魔法の開発ということもあり興味深々でさらに質問を重ねていたが、一方俺の表情は少しずつ固まっていく。
いや、どう考えてもいち平民の生徒が聞いていい内容じゃないでしょ、これ。いや、本当は王族だから問題ないかもしれないけどさ。
事前に人払いを頼んでいたのか周囲を見渡しても、俺とベルトランド兄様が来た時にいた他の貴族子女たちの姿がいつの間にかいなくなっており、俺たちだけしかいない。つまり、万が一このスクロールに関しての話がどこかに漏れれば俺は容疑者になるってことでしょ? 嫌すぎる。
そんな俺の思いが顔に出ていたのか、従兄殿は申し訳なさそうな苦笑いを浮かべた。
「君に話をしたのは、今度のオッキデンスまでの道程で魔物が出ればスクロールを使用する可能性があるからだ。急に未知の魔法を使われると驚くだろう? まぁ、君に魔法の知識がなければ出発日に魔法を使う旨だけ伝えればいいかとも思ったんだけど、どうやらそうでもなさそうだったからね」
「わたくしのような者にまでお気遣いいただきありがとうございます」
「構わない。国民を守ることもまた皇族としての務めだからね」
そう言って笑う従兄殿は、どこまでも高潔な皇族の一員に見える。あの日、俺の誕生日パーティーでこちらを睨みつけていたのと同一人物とは思えないほど。
(何か、ライモンドとしての俺の行動が従兄殿の気に障ったのか……)




