106話
「……こうやって君に勉強を教えていると、つくづくどうして君が魔導士科に入学しなかったのか疑問でならないよ」
西国への留学が決まって以降、ベルトランド兄様に言われ俺に魔法構築の基礎を教えてくれているオリバーが呆れ半分にそう言った。
「剣も魔法も楽しいからしょうがないよね」
せっかく面白い世界に生きているのだから、楽しまなきゃ損でしょ。と笑えば、オリバーは確かにそうかも、と少し笑った。
今俺がいるのはベルトランド兄様の研究室に隣接しているオリバーの研究室だ。
オリバーは前に俺がベルトランド兄様にぽろりとこぼした複合魔法の研究開発で、兄様の助手として研究に加わる都合で来学期より基礎を学ぶ中等部から研究をメインとした高等部に飛び級することが決まっており、その都合ですでに研究室が用意されているのだ。
俺の剣のクラスの先生であるミューラー先生から許可を得て、最近の俺はもっぱらこの部屋に入り浸っている。
「さて、神聖文字と魔法構築についてはもう大丈夫?」
「うん、たぶんね。あとは実践していってどこか抜けてるところがないか確認しなきゃだけどね」
元々王宮でベルトランド兄様に簡単な魔法は教えて貰っていたけど、それはどちらかと言うと身体強化の方法やすでに確立されている詠唱魔法の知識だった。それに対して、今オリバーから教えて貰っているのは自分で魔法を作るための知識である魔法構築学。 これがなかなか面白い。
そもそもこの世界で魔法を行使するうえで必要なものは、自身の魔力と世界を構築する精霊に命令を下す呪文のふたつ。
この世界の人々は日本の神道などにみられるアニミズム的思想を持っており、この世に存在するありとあらゆるものには超自然的な存在、精霊が宿っていると信じている。世界に光をもたらした神の御使いとして使わされたのが精霊であるという考えだ。
もっとも、地球での精霊や八百万の神とは違いこの世界の精霊は確実に存在していることが証明されているため、思想宗教のくくりではなく学問として魔法教養のくくりに入る。
最も弱い精霊は微精霊と呼ばれ、これは空気中水中問わずありとあらゆる場所に存在する。はっきりとした意思のある存在ではなく、どちらかというと微生物のようなもので、人に限らず動物や魔獣が生きる上で必要な存在という意味では空気中の酸素などに近い。
微精霊は大気をめぐり、動植物の体の中に入って循環し、吐きだされた後は再び世界をめぐる。
それぞれの微精霊の持つ性質によりとどまりやすいところ、とどまりにくいところが存在し、それによりこの世界の地球では見られない特異な自然環境は構築されている。
例を挙げるとするならば、朝の来ない常夜の国、常に重い雨雲とかみなりの落ちる音の轟く雷鳴の国、地面に絶えることなく火が燃え盛る炎の国。
その地にとどまる微精霊の性質によって引き起こされるそれらの自然現象は、一歩“境界”を踏み越えるだけでがらりと環境が変わるという。それだけ聞くとまるでマップの画面切り替えでステージが変わるゲームのようだ。
そんな『俺』からすると不自然な“自然の境界線”をこの世界ではそのまま国境線として利用し、国を分断しているのだ。
話は逸れたが、呪文とはそんな自然の一部である“彼ら”と意思疎通を図るための言語である。
彼らは、なんのためかはまだ明らかにされてはいないが、人や魔物、植物の体内で生成される魔力を得る代わりに力を貸してくれる。その力によって引き起こされる現象が魔法である。
「だから、魔力はお金、呪文は商品名、魔法陣は発注書。人と精霊の間で貿易を行って、俺たち魔導士は特定の現象を魔法として行使する、ってことでしょ」
「夢もロマンもない言い方だな……」
魔導士であることに誇りを持っているオリバーが眉根を寄せてそう言った。
「今までの俺は微精霊たちに大金ちらつかせてその都度オーダーメイドしてたってことでしょ? うっわ、俺嫌なヤツじゃん」
「そういうこと。だからライが今後も魔法使いながら冒険したいんだったら、神聖文字を勉強して、自分の望む効果を得るためにはどう言えばいいのか試行錯誤を繰り返して呪文に落とし込む必要があるんだけど、とりあえず西国に行くまでに時間もないし今回は僕も手伝うよ」
そう言ってオリバーは俺の目の前の机に紙の束をドンッと置いた。
「あー……、オリバーさん? コレ、ナニ?」
次々積まれていくそれらを手に取ってみれば、それは十中八九オリバーが書き殴った新しい魔法を作るための研究資料で、そこそこでかいテーブルを埋め尽くさんばかりの多さにちょっと嫌な予感がしつつそう聞くと、にっこりいい笑顔を向けられた。
「大丈夫だよ、ライ。魔法構築ははまれば抜け出せなくなるから」
「危ないクスリか何かなの?」
「少ない神聖文字を組み合わせて、正しい発音を模索して、思った通りの魔法が行使できた時の快感! 大丈夫! 絶対損はさせない! なんなら、これを機にはまって君も魔導士科に移動してくればいい!」
珍しくハイテンションなオリバーが、まるで布教するオタクのごとく懇切丁寧に新魔法構築の説明をしてくれる。以前もらったあの本に書かれていた魔法を作るための研究資料のようで、今回俺が作ろうとしている魔法と同じように他者、あるいは物質に魔法を付与する付与魔法の傾向や問題点、解決方法などが事細かに記されていた。
「…………オリバー、魔法ひとつ作るのにどれくらいの時間がいるの?」
「んー、大魔法なんかはそれこそ年単位で必要だけど、今回は、付与魔法の基礎は僕が作った理論を用いるから、早くてライが留学に行く三か月後に間に合うくらいじゃないかな?」
「……早くて三か月?」
「早くてね」
さっそく新しい紙に何かを書きつけるオリバーを横目に、俺はぎゅっと目をつむった
「……もう、精霊に大金叩きつける成金魔法でよくない?」
「ロマンは追及してこそだよ。既存の理論の最適化と新魔法の開発は魔導士のロマンでしょ」
「俺のメインジョブ剣士なんだけどなぁ」
現実逃避していても始まらないし、何より終わらない。
俺は諦め、オリバーと並んで机に向かいペンを走らせた。




