105話
「オッキデンス王国、ですか?」
後日、ミューラー先生から留学の話を本格的に話しあいたいと言われ、ミューラー先生と空き教室で話をする。
留学先は、やはりミューラー先生は武術に長けたオスト帝国への留学を勧めてきたが、俺は前々から考えていたオッキデンス王国がいいと希望を述べた。
「どうして武に優れた東でも、魔法に秀でた南でもなく商業国であるオッキデンスに行きたいんですか?」
「はい。 正直俺には魔法の才能も武術も才能もないですよね?」
質問を質問で、それも教師としては答えにくいことを聞かれ、一瞬ミューラー先生は言葉を詰まらせた。
「…………そう、ですね。魔法に関しては知りませんが、少なくとも剣術に関しては凡人。 今は年の割には固められた基礎があるので何とかアルトゥール・シーシキンやナキリ・シローにも食いついていけていますが、数年もすれば確実に置いて行かれることになるでしょうねぇ」
「魔法に関しても、今オリバー・ウッドに教えて貰っていますが、今から勉強を始めて彼のレベルに到達できるかと言われると無理です。 そもそも俺の考え方は魔法を構築することには向いていないようです」
魔法を勉強すればするほど、オリバーやベルトランド兄様のすごさがわかる。
『俺』の時も文系脳理系脳とかあったけど、少なくとも俺は魔法能ではなかったようだ。
勉強すれば基本的なことは理解できるけど、応用になると全くわからん。 説明されてもわからんかった。
「なので、俺が冒険者として才能のある彼らと肩を並べるために伸ばすべきことは、『俺』としての着眼点で気づいた理想を、どれだけ現実に昇華できるかだと思うんです」
もちろんミューラー先生は『俺』のことを知らないので、本当の意味で俺の言いたいことは伝わってないと思うけど。
「なるほど。 人脈を作りに行くと?」
「ちょっと傾いた店を立て直す機会がありまして。 自分には商人としての知識も才能もないことに気づきました。 と、同時に技術職の方にも伝手がないなぁと痛感いたしまして」
少し考え込んだミューラー先生だったが、一度フッと瞼を下して俺に視線を向けた。
「でしたら、留学先はオッキデンス王国にしましょうか。 自分で自分の限界を決めてしまうのはもったいないことですが、世の中にはどうしようもないことがあります。 神から与えられた才能、階級、種族、体格、性別。 自分の限界を知り、挫折するか。 それとも別の活路を見出すのか。 ライ・オルトネク。 人脈を作ることこそが君の活路だというのであれば、私は教師として全力でそれに協力しましょう」
ことさら柔らかく微笑んだミューラー先生が、少し腰を浮かせて俺の肩を軽くたたいた。
「ライ・オルトネク。 君はほかの生徒に比べてまだ幼い。 ゆえに体格も技術も拙い。 それを理由にあなたを侮る者もいるでしょう。 ですが、それに負けず、むしろそんな奴らからこそ、知識を、技術を、考えを盗み、そして自分の人脈を広げる糧にしなさい」
「はい、先生!」
無事留学先も決まり、あとはオッキデンスでどこに住むのか、単位の換算がどうなるのか、そもそもどの講義をとるのかを話し合う。
ある程度話がまとまり、今日の話はここまでにしましょう、と言ったミューラー先生の言葉でお開きに。
「あぁ、そう言えば」
空き教室を出て、廊下を歩いていると、今思い出しましたとミューラー先生が口を開く。
「君と同じタイミングで留学に行く生徒が三人いるんですけれど、そのうち一人と留学先が被ることになりましたねぇ」
「へぇ。 俺の知っている人ですか?」
「いいえ、たぶん三人とも面識はないと思いますよ。 全員学年も、科も、専攻も違いますからねぇ。 あぁ、でも」
建物から出て、棟と棟をつなぐ渡り廊下の中腹で不意にミューラー先生が足を止めた。
「お一人はご存じかもしれませんねぇ」
すっと腕を上げ、学園の一角にいたある人物を指し示した。
原則、学園において外での階級は考慮しないものとなっている。
しかし、学園に来る理由も平民と貴族とでは異なるため、必然とクラスや使われる教室は別れているため、『暗黙の了解』として平民と貴族を分けるいくつかのルールが存在する。
そして、そんな暗黙の了解の一つ。 貴族のサロンとして使われているカフェテリアのテラス席。 俺がよく知る色を持つ一人の人物。
「ヴィルヘルム・フォン・オスト。 オスト帝国の皇太子であらせられます」
俺の持つ本来の色と同じ黒い髪。 周りにいるのは俺も知っている各国を代表する有名貴族のご子息やご令嬢。
「レアンドラ嬢……」
中でも俺の目を引いたのは、綺麗な珊瑚色の髪をなびかせるレアンドラ嬢だった。
思わず見つめすぎたのか、ぱちりとレアンドラ嬢と目があった。 こちらを見つめる俺とミューラー先生に不思議に思ったのか小首をかしげる。
そのしぐさに気付いたヴィルヘルム皇子が何やらレアンドラ嬢と言葉を交わし、次いでこちらに目を向けた。
伯父上や母上とは違う、血のように赤い瞳。 俺の従兄だ。 俺の誕生パーティーで鋭い視線を俺に送っていたその人が、穏やかに微笑みながら手を振ってくる。
「私に気付かれたようですね。 呼ばれていらっしゃるので行きましょうか」
冒険者になる前はオスト帝国軍で有名な竜騎士だったミューラー先生は従兄殿と面識があるようだった。
ミューラー先生に促されるまま、俺も一歩遅れて従兄殿やレアンドラ嬢たちのいるカフェテリアに歩を進める。
「久しぶりだね、クロヴィス。 帝国軍を辞めてから冒険者としての活躍は聞いているよ」
「もったいなきお言葉でございます」
その場に跪いたミューラー先生に倣い、俺も後ろで跪く。
実を言うと、俺は伯父上同様この従兄殿に会ったことはあるものの、その記憶があまりない。
『俺』と今の俺の意識のすり合わせをしている時、まさに知恵熱で意識がもうろうとしている時にこの五つ上の従兄殿は王宮に足を運んでくださったらしいんだけどね。
「後ろにいるのはお前の生徒かな?」
「はい。 今年入学した者で、ライ・オルトネクと申します」
基本的に平民のふりをしている俺が、目上の従兄殿に声をかけるのは不敬に当たるので、さらに頭を低く下げるだけにとどめる。
「実は、ヴィルヘルム様と同じく来期オッキデンス王国への留学が決まりまして、もし差し支えなければご挨拶申し上げてもよろしいでしょうか」
「許す」
俺が挨拶をしやすいように頭を下げたまま少し横にずれたミューラー先生に、俺はそのまま気持ち前に進み出る。
「ご紹介に与りました、ライ・オルトネクと申します。 お目もじがかない大変光栄でございます」
とりあえず当たり障りなく挨拶をすれば、自分の目の前に従兄殿が歩み寄る気配がした。
「そう言うのであれば、ぜひ君の顔を見せてはくれないか? 確かに私は皇太子ではあるけれど、学園では貴賤の差は関係ない。 そうだろう?」
正直、顔を見せれば前髪や眼鏡で隠しているとは言え、ばれそうな気がする。
さらにいれば、色付きの眼鏡なのでこれを取れと言われたら詰む。
とは言え、皇太子さまの言葉を無視するわけにはいかないので恐る恐る顔を上げた。
きりりとした涼やかな赤い目。 オストの皇族の人はどちらかと言うとつり目がちなのだろうか? 母上も伯父上もきりっとした目をしていたな。
そして、皇族の証とも言える射干玉の髪。
俺と違い顔を隠す必要はないので、伯父上や母上によく似たそのきれいな顔を存分にさらけ出している。
「同じ国にほかの生徒と一緒に留学に行くことなんてほとんどないからね。 あちらでは一緒に行動することもあるかもしれない。 先ほども言ったが、学ぶことに貴賤など関係ない。 よろしく頼むよ」
「もったいなき、お言葉です」
俺知ってる。 こう言う展開、フラグが立ったって言うんでしょう?




