レベルアップと巫女の考え
勇者一行の話を交えつつ
心臓が、大きく鼓動した。
血液の流れが加速し、命の鼓動が生まれて初めてかもしれない程に、猛々しく、そして生を感じさせる様に、ドクンと血液を生み出す。
苦しいと思った。胸が破裂しそうな痛みがあった。でも、それ以上に、全身を駆け巡る快感があった。
これは、成長する気持ち良さだ。
「ステータス」
猿を倒し、ふらふらする身体を地面に倒して、大の字に寝っ転がりながら、僕は僕のステータスを覗く。
◇ステータス◇
名前:薙刀桔音
性別:男 Lv20(↑19UP)
筋力:400:STOP!
体力:2500
耐性:3450
敏捷:2620
魔力:1220
【称号】
『異世界人』
『魔族に愛された者』
『魔眼保有者』
【スキル】
『痛覚無効Lv5』
『直感Lv5(↑1UP)』
『不気味体質』
『異世界言語翻訳』
『ステータス鑑定』
『不屈』
『威圧』
『臨死体験』
『先見の魔眼Lv6』
『瘴気耐性Lv5』
『瘴気適性Lv6』
『瘴気操作Lv4(↑1UP)』
『回避術Lv1(NEW!)』
『見切りLv1(NEW!)』
【固有スキル】
『先見の魔眼』
『瘴気操作』
『初心渡り』
【PTメンバー】
トリシェ(人間)
レイラ(魔族)
◇
強く、なれる。そう確信した。筋力が上がった。『STOP!』が付いたけれど、それでも上がった。僕がレベル1で、あの猿がレベル54だった故に、獲得出来た経験値はかなり大きかったんだと思う。19もの大幅なレベルアップは、僕のステータスを凡人の領域から突出させた。
耐性の値は3000を越えた。これならば、Eランクの魔獣の攻撃で死ぬことはまずないだろう。それほどまでに、堅くなったと言える。事実、そのステータスの効果がもう現れているのだ。
猿に殴られて揺れていた意識がもう回復している。自然治癒能力が大きく向上している証拠だ。
「よっと……んー…………よし、大丈夫かな? 魔眼の方は……」
立ち上がり、身体を動かして行動に支障がないことを確認し、ついでに魔眼を発動させてみようとする。
「……無理か、耐性の治癒能力とは全く別の制限ってことかな」
魔眼の方は発動しなかった。
おそらく、この力は固有スキルという強大な能力であるが故に、肉体の回復や疲労の回復といったことで発動が可能になる訳じゃない。限界まで発動した場合、それなりのインターバルが必要になるんだと思う。感覚的には、もうしばらくは発動出来そうにない。
でも、瘴気の新たな使い方―――というより、瘴気の増やし方を知れたことは大きな収穫だったね。ステータスの向上と同じくらいに重大な進歩だ。なにより、僕の攻撃手段が増えた訳だしね。筋力も上がったから、もう少し大きな武器を形成しても扱えると思うし。
「じゃ、帰ろうかな……猿一匹倒したし、もう動きたくない」
この場にフィニアちゃんがいれば、無邪気に悪意のない悪口を吐いたんだろうけど、一人でこんな独り言を言っていると、中々に物寂しいものがある。
なんて、少し感傷に浸ってみたりして。
「取り戻すさ、僕だけの無邪気な減らず口と、向日葵みたいな笑顔、それに……僕の家族も」
空に手を伸ばし、拳を握る。悲しくは無い、だってこの手の中に、大事なものは全部ある。何も失ってなんかいないんだから。
僕はそう言って、そのまま街へとその足を引き返した。
◇ ◇ ◇
一方その頃、勇者一行は桔音達とはまた別の街へと辿り着いていた。馬車を馬屋へと預けて、宿を取って休んでいる所だ。
部屋割としては、凪とセシルとジークが同じ部屋。そしてフィニアとルルとシルフィが同じ部屋だ。凪としては、男子と女子で別れるためにも、セシルにはフィニア達と同じ部屋に行って欲しいと進言したのだが、セシルは勇者と共にあるのが自分の仕事だということで、退かなかった。
ちなみにジークはそれに対して頭が固い女だと、人知れず呟いた。
現在、フィニアとルルはシルフィと同じ部屋で三人、ベッドで休息を取っていた。眠っている訳ではないが、横になっている。馬車の中では中々気を張り詰めていた故に、精神的疲労もかなり溜まっていたのだろう。
「大丈夫? ルルちゃん……」
「大丈夫です……少し疲れただけですから」
「……そっか、あまり根を詰めちゃだめだよ? 少し肩の力を抜いていこ? ね!」
「……はい、ありがとうございます」
未だ、精神的にはまだ十二歳程の年齢なのだ、如何に強くなろうと決意したとはいえ、肉体や精神はそれに付いてこれない。人間、そういきなりは変われないのだ。
とはいえ、例えそうだとしても、フィニアから見ればルルは少し生き急いでいるようにも見えた。
まるで、今すぐに強くなろうとしているような、そんな危うさを感じる。
だが、フィニアはそんなルルに対してそれくらいしか言えなかった。肩の力を抜いて、もう少しゆっくりと進むべきだと。急ぎ過ぎても良いことは何も無いのだから。
「それで? これから貴方達は何をするつもりなの?」
「……わた、私達は魔王討伐の為に作られた勇者のパーティ……だから、これから魔王討伐までの間は、経験を積んで、魔王を討伐出来るように最大限力を付ける……です」
魔法使いシルフィは、フィニアの問いにそう答えた。魔王を討伐しようにも、魔王討伐までには数々の魔獣や魔族を相手に戦い抜かねばならない。となれば、今のAランク程度の実力では話にならない。
まずは十分な力を付ける必要がある。その為、手っ取り早く分かりやすい力として、武器や防具を強い物にする。
その為、今勇者一行はルークスハイド王国とは逆方向へ進んだ先にある、『工業大国 ジグヴェリア』へと向かうことになっている。ちなみにこの指針はセシルの考えだ。
正式名称『ジグヴェリア共和国』という国は、グランディール王国やルークスハイド王国と違って、王ではなく、国民全員が国を所有している、王のいない民主主義の国だ。といっても、その土地は狭く、国というよりは街と言った方がしっくり来る大きさだ。
また、この国は工業都市でもあり、魔法具職人や武器職人といった職業の人間やドワーフといった種族が多く住んでいる。
そしてその物作りの技術の高さは、世界各国で、ここで作られる武器や魔法具が証明している。名声は轟き、『ジグヴェリアの技術は世界一』と各国が認めている。故に、此処で作られた武器は多くの冒険者や騎士達に愛用される。
過去この国の歴史上では、聖剣を作りあげた伝説の武器職人も存在し、今でも『Braveシリーズ』や『Phantomシリーズ』等、有名な武器職人の銘が打たれたシリーズ作品など、数多く輩出されている。
勇者の装備を整えるには、絶好の場所だろう。
「ふーん……そう、分かった」
フィニアはただ、そう頷いた。シルフィはそんなフィニアの態度に少し肩を落とす。最初にあった拒絶するような感覚は無くなったとはいえ、それでもフィニア達と勇者達の間には大きな溝が出来ているようだ。
◇
―――失敗した。
私はグランディール王国で生まれた巫女、勇者の為に働き、身も心も捧げる役目を担った存在。でも今は違う。私は私の意思で、ナギ様に付いていこう、尽くしていこうと決意しています。
彼は、召喚された時から勇者としての片鱗を見せていました。唐突な召喚、にも拘らず冷静に状況を理解しようと行動していました。
それに、魔王の話をすると危険な勇者という役目をとても強い眼で受け入れてくれたのを、今でも覚えています。あの時のナギ様は、まさしく勇者を名乗るに相応しい威厳と風格を魅せてくれました。
そしてそれから一週間程で勇者に違わぬ実力を身に付け、今もメキメキとその力を伸ばしています。その伸びしろは全く見えず、やはり天賦の才を持った御方だと改めて確信出来ました。
故に、私はナギ様を密かに好きになってしまったようです。そういった経験は皆無でしたので、少し戸惑ってはいますが、今は魔王討伐に動き、勇者と巫女という関係である身……恋愛に現を抜かすわけにはいかないのです。でも、魔王を倒したその時には………。
とはいえ、私達は魔王を討伐するために行動している身。故に、私はあの不気味な少年を敵に回してしまったことを失敗したと思っています。
魔王は圧倒的な破壊の象徴―――その力とプライドの高い魔族達を平伏させる魅力を持った絶対君主。当然、今も打倒出来るかどうか不安で仕方ないです。
でも、あの少年は魔王とは正反対―――弱者でありながら圧倒的強者に恐れられる恐怖を持った死神。アレは、アレだけは対峙したく、ない……勝てる勝てないではなく、戦うこと自体が、怖い。
私はそれを知らず、あの思想種を奪ってしまった。あの死神の逆鱗に、触れてしまった。あの時、私は私に言葉を投げかけてくるあの少年の眼から視線を逸らせなかった。
枯れ草色の右の瞳と、赤黒く穴の空いた空虚な左眼、眼球は一つしかなかったのに、あの時私は全身を全方向から全て見透かされているような感覚に陥った。
―――全力で逃げるんだね、僕はお前を追いかけて追いかけて追いかけて追いかけて、最後は僕にしたことを後悔する位に叩きのめしてあげる。その綺麗なお顔を涙と鼻水で歪ませて、足腰立たない位の恐怖を与えて、子供みたいに失禁させて、最後は地面に頭を擦りつけながら必死に僕に許しを請わせてやる。
あの言葉が、私の心に楔を打ち込んだ。一字一句、あの時の恐怖ですら、鮮明に思い出せる。
だから失敗した。あの少年に手を出すべきではなかった。ナギ様が殴った時、止めるべきだった。下手すれば、あの日あの時……ナギ様も心を折られていたかもしれないのだから。
「きつね……確かHランクの冒険者でしたか……どうすれば人間があの様に変われるのでしょうか……」
呟き、私は懐に入れた奪ったお面を取り出す。私の結界術で衝撃やダメージから護る様にしているので、魔王や魔族と対峙しない限りは壊れる可能性はないでしょう。
これはあの妖精にとって、そしてあの少年にとって、大事な想いの品なのでしょう……でも私にはこのお面が、あの少年と私を繋ぐ鎖に見える。今すぐにでも壊してしまいたいと考えてしまいます。
でも、それはしてはいけない。絶対に、それだけはしてはいけない。
これが私の手にある内に壊れた場合、今度こそ私やナギ様はあの死神に心を折られてしまいます。いかにナギ様が勇者であっても、アレはそういった肩書を無視して『人間』としてのナギ様を壊すでしょう。
だから壊してはいけない。この鎖は絶対に壊してはいけない。
「怖い……でも、私はそれでも巫女としてナギ様を支えないといけません」
負けてはならない。私はまず、あの少年に立ち向かえる強さを手に入れなければならないのでしょう。勇者の巫女として、そしてナギ様のパートナーとして。
あの妖精も、獣人も、あらゆる全てを利用する。
それが、それだけが、勇者の為に、巫女である私が出来ること―――しなければならない役目なのだから。
桔音君大幅レベルアップ。
巫女はなんだか悪役っぽく見えなかったかもしれません。でも、それだけ桔音君を怖がってるみたいです。死神って……(笑)




