その帰り道の行き着く先は
今回を以って、『異世界来ちゃったけど帰り道何処?』完結です!
あとがきにも色々と詰め込んだので、是非是非最後まで読んで頂けると嬉しいです!それでは、どうぞ!
「えーと、この人が向こうの世界で色々面倒見てくれたドランさん」
「あー、初めまして、だな。ドランだ、こっちの世界の知識はあるみたいだが、慣れないことで何かと迷惑を掛けるかもしれないが、きつね共々よろしく頼む」
「はい! 困ったことがあったらなんでも聞いてください! 私は篠崎しおりです!」
無事に再会を果たしてから、桔音はしおりを一先ず家に招いた。
とはいえ靴も履かずに飛び出してきた故に、身だしなみも何もあったものではない状態だったしおり。流石に家から鞄や靴などを持ってきて貰っている。
あの突然のキスの後、十数秒という時間互いの存在を確認するように抱き合っていた二人。
しおりは一旦家に戻って昂ぶっていた心を落ちつかせたものの、思い返せばかなり大胆なことをしたと密かに悶絶した。
どうにか普段の落ち着きを取り戻したようだが、流石に少しだけ照れが残るのか普段より若干テンションが高い。声も少し上擦っている様だった。
中に入ればまず互いの自己紹介が必要ということで、桔音はドラン達の紹介を始めた。
「で、こっちが向こうで僕の仲間だったリーシェちゃん」
「初めまして、私はトリシェだ。きつねと会ってからは渾名でリーシェと呼ばれているから、好きに呼んでくれて構わない」
「よろしくお願いします!」
リビングに招き入れられたしおりがドラン達を見て最初に思ったのは、何者かという疑問より、女子が多いということだった。しかも全員の顔面偏差値も軒並み高めという事実。
桔音が今まで異世界にいたという事前情報から、おそらくは異世界の友人なのだろうということは予想が付いた。だからこそ、そんなやや乙女チックな思考に飛んだのだろう。
目下、一番警戒するべきはこのリーシェだと瞬時に判断した。
「ぐぬぬ」
「? で、同じく僕の仲間で家族になったルルちゃん。向こうは獣人で、犬耳とか付いてたんだけど、こっちに来た時に人間になったみたい」
「初めまして、ルルです。奴隷として生きていた時にきつね様に救われて、家族として一緒に旅させていただきました。これからよろしくお願いします」
「あ、うん、奴隷? ……まぁいっか! よろしくね!」
対し、ルルに対しては警戒心は抱かなかった。
寧ろ犬の獣人だったせいか、無性に抱きしめたくなる衝動を抑え込む始末。おそらくルルの保有していた魅了の固有スキル『天衣無縫』が、そのままルルの魅力値になったのだろう。
元々大半が犬猫に対し愛着を抱く女子高生。
犬の様な愛くるしさと可愛らしい容姿、控えめで従順そうで、庇護欲を煽ってくる雰囲気を持つルルに、しおりが心を掴まれない筈もなかった。
だがルルがこの先成長し、桔音に対し恋慕の情を抱いた場合、強大なライバルになることにしおりはまだ気付いていない。
「で、最後にこの子が……なんかついでにこっちに来ちゃった魔王の娘、屍音ちゃん」
「来たくて来たんじゃないんだけど……」
「あ、あはは……よろしくね、屍音ちゃん」
「ふんっ」
未だにこちらの世界に来たことが不服なのか、しおりの言葉にそっぽを向く屍音。
地味に傍に立っている桔音の足を蹴っているが、パッと見反抗期の少女にしか見えないのでしおりも苦笑を禁じ得なかった。
魔王の娘、獣人、奴隷というファンタジーワードをさらりと流せるしおりも、中々大きい器の持ち主だが。
「ドランさん達は僕の家族としてこっちの世界に来たみたい。多分他の子達も来てるとは思うんだけど」
「あ、向こうできつねさんと一緒に居た妖精の子は私の中にいるよ」
「フィニアちゃんが? ……そっか、そういえばフィニアちゃんはしおりちゃんの想いから生まれた妖精だもんね、こっちに戻ってきたらしおりちゃんの中に戻ることになるのか……」
しおりから告げられた事実に、桔音は少しだけ寂しそうな笑みを浮かべた。
桔音にとって、しおりとフィニアは既に別人の様に思っていた故に、もう話せないのかと思うと少し寂しく思ったのだろう。
すると、その表情を見たしおりは桔音の手を取る。
「大丈夫だよきつねさん! あの子と私、どっちも私だもん! これからもずっと一緒だよ!」
「!」
そう言って満面の笑みを浮かべたしおりに、桔音はフィニアの姿を幻視する。
やはり同じ存在なのだろう。しおりが浮かべたその笑顔は、やはりフィニアと同じように向日葵の様な天真爛漫さがあった。
桔音は自分の手を握るしおりの手に、もう片方の手を重ねる。
「そうだね……ありがとう、しおりちゃん」
「あっ……あはは! どういたしまして!」
桔音が素直に笑みを浮かべながらお礼を言うと、しおりはハッと手を放して少し挙動不審になりながら陽気に振る舞う。
ただ、両手で軽く仰ぐようにして熱くなった顔に風を送っていた。視線も桔音を見ないように逸らしているので、照れは隠せていなかった。
そんな二人を見ての反応は様々。
屍音はジト目で冷たい視線を送っており、溜息と同時に頬杖を付いた。
ドランとルルは微笑ましい物をみたとばかりに苦笑しており、同時に出た笑い声にはたと目を合わせ、また笑う。
しかしリーシェだけは頬を伝う冷や汗を隠せなかった。
何故なら、おそらく自分達とは違う形でこちらに来ているだろう彼女が見れば、修羅場待ったなしな事態になると容易に予想出来たからだ。
妖精であり、桔音とは身体のサイズも違ったフィニアと違い、しおりは人間であり、桔音にとって異世界に留まる選択肢を選べない程大切な存在だ。しかも、彼女が桔音に想いを寄せていることは、思想種の妖精の存在が証明している。
人間の少女であれば、フィニアと違って身体のサイズも問題ない上に、この様子だと桔音もしおりに対して並々ならぬ想いを抱いている様子だ。
「……中々苦労しそうだな」
「ハハ、精々頑張ってね。おねーちゃぁん?」
「屍音、気持ちは分かるが八つ当たりは止めてくれ」
大きな溜め息を吐くリーシェに対し、屍音はここぞとばかりに皮肉をぶつける。
異世界でも度々フィニアとレイラの仲裁をしていたのだ。これから先も苦労するであろうリーシェを想像し、彼女はケラケラと愉快気に笑った。
「というか、そろそろ学校に行く時間なんじゃないのか?」
「あ、そうだった」
「私も転校生だから早めに行かないといけないんだった!」
のんびりとした空気を終わらせるように零れたドランの言葉に、桔音としおりは慌てて準備を終える。高校までは近くの駅から電車で十分程度、急げばまだ十分間に合う時間だ。
支度を済ませた桔音としおりは玄関の方へと向かうと、リーシェもまた付いてくる。彼女もまた、桔音と同じ高校の生徒になったのだろう。
ちなみにルルと屍音は近くの小学校に通うらしく、この後ドランが一緒に連れていくらしい。
「きつね」
「うん?」
靴を履き、玄関の扉を開けようとした桔音を、ドランが呼び止める。
振り向けばそこにはドランとルルがいる。何の用かと首を傾げた桔音だったが、ドランとルルはお互いに目を見合わせると、揃って桔音にこう言った。
「いってらっしゃい、きつね」
「いってらっしゃいです、きつね様」
桔音はその言葉に目を丸くし、そのあと溢れ出したかのように笑みを零した。
今まで生まれてから、"いってらっしゃい"なんて言われたことがあっただろうか。少なくとも、物心ついてからの記憶ではそんな言葉を聞いた覚えはない。母は酒に溺れていたし、桔音に干渉することなどなかったから、すっかり何も言わずに学校に向かうことが当たり前になっていた。
だが、これからはそれがある。
他の同級生達が手にしていた『当たり前』が、これからは桔音にもあるのだ。
あまりに唐突な『当たり前』に、桔音が言葉に詰まっていると、
「いってきまーす!」
「いってくる」
しおりとリーシェが、手本を見せるようにそう言う。
そう、そうだ、この『当たり前』には、そう返せばいいのだ。桔音は玄関の扉を開きながら顔だけ振り返って、見送ってくれる二人に返す。
「……いってきます」
少しだけ、照れながら。
◇ ◇ ◇
「なぁきつね。知識としては知っているし、向こうでも少し通った経験もあるが、此方の世界の学校ってどんな感じなんだ?」
しおりちゃんとリーシェちゃんが初対面であまり親交がないからか、自然としおりちゃん、僕、リーシェちゃんという並びで歩いていると、リーシェちゃんがふとそう聞いてきた。
言われてみれば、リーシェちゃん達異世界組はクレデールでの学園生活くらいしか、学校というものを知らないのか。クレデールで通った学園は正直此方の世界じゃあり得ない規模とシステムとカリキュラムだったから、殆ど参考にならないし。
というか、リーシェちゃん達はこっちでの勉強は大丈夫なのかな。
知識はこっちに来た時に神によって叩き込まれてるっぽいけど、少し心配だ。
「んーと……これから通う高校って場所は、三学年あって、学年ごとに別れて授業を受けるんだ。教科は大体国語、数学、社会、理科、英語の座学五科目と、美術、音楽、体育、家庭科の実技四科目の計九科目。一年を三つの期間に分けて、それぞれの期間ごとにその時点での学力を測る試験を行うんだ」
「成程、知識は与えられているが、本当に剣術や魔法の授業は存在しないんだな」
「まぁ、向こうに比べれば戦争はあるけど魔獣や魔族もいない分、平和な世界だからね」
その分、人間同士の争いや過激なテロのような危険はあるけれど。
まぁ、普通に暮らす分には、常に魔獣や魔族の脅威と隣り合わせな異世界と比べて幾分平和だろう。
「まぁ、勉強だけじゃなくて文化祭や体育祭みたいなイベントもあるし、その気になれば幾らでも楽しめる場所になると思うよ。リーシェちゃんなら友達もいっぱい出来るだろうし」
「ああ……というか、此方の世界じゃ私の名前は向こうのままでいいのか? 桔音の家族になったのなら、家名とかも変わるんじゃ?」
「あー……じゃあ薙刀トリシェになるのか」
薙刀トリシェ薙刀トリシェ、そんな風にぶつぶつと新しい自分の名前を呟くリーシェちゃんに、少し苦笑を漏らす。気持ちは分からないでもない。どう聞いても外国の名前だしね。
まぁ、異世界組は容姿も純日本人って感じでもないから大丈夫だと思うけど。
「そういえばきつねさん! ドランさん達以外にもこっちに来てる子がいるって言ってたよね?」
「うん、最後に一緒に居たメンバーで考えるなら、少なくとも後二人……多くても六人、かな?」
「多いなぁ」
どういう形でこっちに来てるのかは分からないけど、神と会話した内容を考えればきっと学校に集まってくるはず。
そんな会話をしていると、最寄りの駅に辿り着く。
初めての駅におろおろするリーシェちゃんに対し、しおりちゃんが定期や切符の仕組みを教えながら一緒に改札を通り、駅のホームで電車を待つ。
反対車線を通過した電車を見たリーシェちゃんが、さっきからそわそわしている。その姿がなんだか新鮮で、少しおかしかった。
「きつね、さっき通り過ぎていったのが電車という奴か? 此方の世界ではあんな勢いで
やってくる乗り物にどうやって乗るんだ?」
「いや、あれはこの駅には止まらない特急電車なんだよ。次に来る電車はちゃんと止まるから大丈夫だよ」
「そ、そうか……あれが特急電車という奴なのか……扉も開いていなかったからどうやって乗るのか分からなかったぞ」
ホッとしたように胸を撫で下ろすリーシェちゃんだけど、走り去る特急電車の扉が見えたらしい。此方の世界に来て弱体化したとはいえ、その動体視力は並外れているようだ。
「リーシェさんって、なんだか可愛いね」
「かわ……た、確かにまだ此方の世界の常識を知らないが、子供扱いはやめてくれ」
「んーん! 子供扱いというか、なんというか……うん、可愛い!」
「う、な、……くっ」
未だに見覚えのない物ばかりな光景に目をパチパチさせているリーシェちゃんに、しおりちゃんがニコニコしながら絡んでいる。此方の世界で育った先輩として、未経験なことの多いリーシェちゃんに対し、天然でマウントを取っていた。
その証拠に、リーシェちゃんが何も言い返せないまま恥ずかしそうに目を逸らしている。
仲良きことは美しきかな、かな?
「あ、ほら電車来たよ」
「む」
そうこうしていると、以前と同じ見慣れた電車がやってくる。
今度は通過せずにホームでしっかり停止した。リーシェちゃんが小さく「おぉ…」と呟いたのを僕は聞き逃さない。確かにちょっと面白いかもしれない。
目の前に止まった扉が気の抜けた空気音と共に開くと、数人降りてくる。そして全員降り切ったのを見計らって、電車の中へと乗り込んだ。
「あ」
「あっ」
すると、見覚えのある人物が三人。
乗り込んだ扉に一番近い席に二人、その前に本を片手に立っているのが一人。乗り込んできた僕達とばっちり目が合い、お互いに短い声を漏らしてしまった。
そして僕達の姿を確認すると座っていた二人がそわそわし出す。その反応に気が付いたのか、本を読んでいた一人がゆっくりとした動作で僕達の方へと視線を向けた。
相変わらず無機質な露草色の瞳で僕の姿を捉えると、あぁ、と淡泊に声を発して本を閉じる。
「先程まで同じ場所に居ましたが、なんだか久しぶりな気もしますね……おはようございます、きつね」
「ああ……おはよう、ステラちゃん。それに、ノエルちゃんとメティスちゃんも」
「おはよー♪ きつねちゃん!」
「お、おはよ……きつねちゃん」
そこにいたのは、ステラちゃんとメティスちゃん、そしてドランさん同様生き返った様子のノエルちゃんだった。元々彼女の肉体はステラちゃんの素材にされたみたいだけど、そこは別として復活したらしい。
絶対神がラブコメ要因としてぶち込んだに違いない。
三人とも僕と同じ高校の制服を着ているから、当然学校に通う所なんだろうけど、相変わらずステラちゃんとメティスちゃんは白髪だから目立っている。
しかもその白髪が妙に似合っていて、尚且つ美少女だから尚のこと目立つ。
特にステラちゃんは纏う空気に神々しさすら感じられるからか、朝の通勤電車の中だというのに、周囲に少し空間が生まれていた。触れてはいけない聖域みたいな存在になってる。凄いな。
逆にノエルちゃんは黒髪のままだから二人に隠れることに成功している。とはいえ、口元を両手で隠しながらクスクス笑うその笑い方は、相変わらずの様だ。
「ステラちゃん達もこっちに来たんだね」
「気が付いたら此方の二人と民家の中に居ました。どうやら私達は三姉妹という設定でその民家に住んでいることになっているようです」
「姉妹か……確かに、メティスちゃんとステラちゃんは髪の色も似てるし、ノエルちゃんとステラちゃんは元々血縁みたいな関係だもんね」
どうやらステラちゃん達も人間になった上で、此方に来ていたらしい。
この三人で姉妹とは中々考えたものだと思った。訊けば、ノエルちゃんを長女に、ステラちゃん、メティスちゃんの順で三姉妹らしい。ノエルちゃんとステラちゃんが同い年、メティスちゃんが一つ下という設定になっているようだ。
というか、ステラちゃんの順応性が高すぎて引き攣った笑みしか出ない。
彼女はリーシェちゃん達同様与えられた知識を駆使して此処まで来たらしい。
なんでも家で他の二人の準備を手伝い、用意してあった最先端科学であるスマートフォンの地図アプリを初見で使いこなし、電車に乗る際も素直に駅員の助けを借りてスマートで此処まで来たのだそうだ。
しかもご丁寧に自宅にあった本を持ってきて、電車の中で読む始末。優秀過ぎてリーシェちゃんとは大違いだ。
「きつねちゃん……此処座って」
「ん? いや、いいよ、メティスちゃんが座ってて」
「違う……いいから、座って」
「?」
するとステラちゃんの神々しさが作り上げた空間を使って、メティスちゃんが青褪めた様子で僕に席を譲る。
親切なのかと思ったけど、僕が座ったと思ったら膝の上にちょこんと座ってきた。高校生にしては身体が小さいから重くはないけど、普通はしない。
けれど、僕の膝の上に座った途端、青褪めた顔が嘘の様に血色が良くなった。むふー、と満足気に息を漏らし、背中を僕の身体に預けてくる。
「きつねちゃんなら想像付くだろうけど、此処に連れてくるまで大変だったんだよ?」
「ああ……なるほど」
「もー、見るもの全部に反応して足を止めるし、電車に乗るのにも何本か見送らないといけないくらいだったんだから」
「臆病なのは治ってないのね……」
どうやらメティスちゃんは例の臆病を発症したらしい。
まぁこの世界は異世界と違って人がごった返ししているから、元々臆病だったのに拍車を掛けて反応したことだろう。そんな中僕と合流したものだから、必死に縋りついたと。
膝の上で満足気に安心し切っているメティスちゃんを見れば、なんとなく想像も付く。
「ね、ねぇきつねさん……その子達は?」
「ああ、向こうで……敵? だったけど和解した子達……かな。この子がステラちゃん、この子がノエルちゃん、そしてこの膝の上の子がメティスちゃん」
「そ、そうなんだ」
「三人とも、こちら篠崎しおりちゃん。僕の大切な親友だよ」
「えとえと、よ、よろしくね?」
なんだかしおりちゃんの表情が引き攣っている。
まぁ、キスもしたくらいだからしおりちゃんの気持ちは分かっているつもりだ。大方メティスちゃんが膝の上に乗っていることや、また女性が増えたことが複雑なのだろう。
大丈夫だよ、メティスちゃんはただの超依存型ヤンデレ兼メンヘラだから。
僕のことを依存する相手と思ってはいるだろうけど、恋愛的に見ている訳ではない。安心してほしい。
「んー……くひひっ♪ また面白いことになりそうだね、きつねちゃん」
「喧しいぞ幽霊……ではないのか」
「♪」
にしても、この三人も来てるなんてね。
もしかしたら、あの時ステータス的にパーティメンバーとして認識されていたメンバーが来ているのかもしれない。僕のステータスはもうなくなっていたけど、ルルちゃん達のステータスにはパーティメンバーが記載されていただろうし。
だとしたら、アシュリーちゃんや最強ちゃん、勇者夫婦、初代勇者の神奈ちゃんとかは来ていない可能性が高いかな? 神奈ちゃんは帰りたがってたから残念だけど。
「……お前がノエルか、なんというかちゃんと顔を合わせるのは初めてだな」
「くふふっ、そうだね! じゃあ……初めまして、リーシェちゃん! ノエルだよ♪」
「ああ、お前は知ってるだろうが、トリシェだ。よろしく頼む」
「あ、最初は誘拐しちゃってごめんね?」
「ああ……いいさ、過ぎたことだ」
そういえばリーシェちゃん達はノエルちゃんと会話するのは初めてか。
同じパーティとして同じ視界にいることは多かったけれど、こうして会話している姿を見るのは僕としても新鮮だ。
思い返せば、ノエルちゃんがリーシェちゃん達にやったことって結構えげつないよな。魂に干渉して目覚めないようにしたと思ったら誘拐したし、しかも幽霊相手だから取り返せなくて、そのまま二週間近く軟禁されたっていうね。
まぁ、そのあとくっ付いて来てくれたおかげで助かったこともあるんだけどさ。
そうしてしばらく電車に揺られて五駅ほど、目的の駅に辿り着く。
周囲には同じ制服を着た生徒が増えていたこともあり、目的の駅で一気に降りていく。
勿論、僕達もその流れに身を任せるようにして電車を降りた。
◇ ◇ ◇
それから学校に辿り着いて教室に入るまで、新たな異世界組の登場はなかった。
しおりは転校生故に教員室へと向かい、リーシェ達と共に教室に向かった。リーシェとステラは別のクラス、ノエルは同じクラスだったが、メティスは一つ下の学年なのでそもそも同じクラスにはならない。
その後行われた始業式でもそれらしい姿はなく、教室に戻るまでの間にも探してみたが、そこに彼女の姿はなかった。
少し残念に思いながら教室に戻り席に着くと、ひそひそとクラスメイト達がざわついているのに気が付く。彼らの視線の先には、桔音がいた。
「……ああ、そう言えばそうだった」
ぽつり、桔音は呟く。
そういえば、桔音はこの世界において迫害に遭っている存在だった。一年、二年と変わらぬ虐めの日々を送り、三年の始めを迎えたことをすっかり忘れていた。
異世界から帰ってきても、それは一切変わっていない様だった。
まぁ、桔音としては今更どうでもいいことだ。
今の桔音は幼少期の頃とは違い、この環境に負けない精神力を手に入れている。無理矢理自分を歪めなくても、素の自分のまま立ち向かうことが出来るのだ。
「ねぇきつねちゃん、始業式ってなんだか退屈だったね」
「まぁ形式的な物だから、仕方ないよ」
それに、今はもう一人ではないのだから。
だが、クラスメイト達の反応は以前とは違う桔音の変化に戸惑っているものだった。
それもそうだ。桔音の纏う雰囲気から、二年生の終わりまであった歪な不気味さはなくなっているのだ。戸惑いもするだろう。
しかしそれでも素の桔音が元々そうなのか、少々近付き難い、自分達とは違う世界に生きている様な雰囲気があった。加えて元幽霊であるノエルの不思議な空気も合わされば、二人が一緒にいる時の空間は最早別世界だ。
流石は四六時中一緒にいた元死神と元幽霊、良くも悪くも相性は抜群である。
「ほら、席に着けー」
そこへ教師が入ってきて、一旦クラスのざわめきは収束する。
全員が席に着き、ノエルも桔音の席からは少し離れた席に座った。元々あの席に座っていたのは誰だったかなんて思いながら、どうせ思い出せないことを考えるのは不毛と思考を打ち切る。
「あー……今日は転校生を紹介する」
何とも聞き覚えのあるイントネーションで、以前しおりが転校して来た時と同じ様に教師は転校生を招き入れる準備する。黒板に名前を板書し、入ってこいと扉の外に声を掛けた。
桔音は黒板に書かれた名前を見て、目を丸くする。
そこには『篠崎しおり』の名前が妙に小奇麗な字で書かれていた。それだけなら桔音も驚きはしなかっただろう。
だが、その隣にもう一つ別の名前も書かれていたのだ。
ガラリと音を立てて教室に二人の生徒が入ってくる。
まさしく対照的な二人だった。
先に入って来たのは烏の濡れ羽色とはこのことかと思わされる黒髪ストレート、青みがかった瞳は柔らかく、少し疲れた様な表情だが俗にいう美少女という呼び方が似合う少女。
「神奈川から転校してきました篠崎しおりです、よろしくお願いします」
そして後から入って来たのは、対照的に狂気的な程不純物を感じない癖のある白髪ロングヘア、紅い瞳は爛々と煌めいており、八重歯の似合うこれまた美少女だ。
彼女は教壇の横に立って教室見渡すと、目を丸くした桔音を見てにんまりと笑みを深めた。そしてマイペースなタイミングで口を開く。
その少女の名前は、
「私の名前はレイラ・ヴァーミリオン♪ よろしくね♡」
レイラ・ヴァーミリオン。
異世界において桔音に恋慕の情を抱いていた魔族の少女。今では人間となっているようだが、その容姿と醸し出す雰囲気の異質さにクラスの全員が呑まれてしまっている。
二人の美少女が自己紹介しただけだというのに、教室は時間が止まった様になっていた。
そんな中、レイラはやることはやったとばかりに歩き出す。
まるでファッションショーでモデルが悠々と歩くように堂々と、誰も邪魔することは許さないとばかりに真っ直ぐに、クラス中の視線を集めながら彼女はある場所へと歩いていく。
その足の向かう先にいるのは、当然のように桔音だった。
「きつね君♪ どうかな? この服、似合う?」
「レイラちゃん……うん、似合ってるよ」
「あはっ♡ ありがとう♪」
桔音もレイラのいつもと少し違う雰囲気に、内心疑問を抱く。
口調はいつも通り軽快で、表情もニコニコと笑顔を浮かべているが――どこか空気が重い。
「……あの、レイラちゃん……なにか怒ってる?」
「んー? どうしてそう思うの? あ、もしかして何か後ろめたいことでもあるのかな♪」
怒っている、桔音は確信した。
何故かは分からないが、レイラは怒っているらしい。先程入って来た時、しおりの表情が疲れているように見えた故に、しおりと出会った時になにかがあったのだろう。
桔音が嫌な汗を流しながら視線を彷徨わせていると、どんどんレイラの放つ威圧感が大きくなっていくのを感じた。
クラスメイトも、教師も、レイラの威圧感にストップを掛けられないでいる。
「きつね君」
「むぎゅッ、ふ、ふぁい」
レイラが一転むすっとした不機嫌顔になり、視線を彷徨わせている桔音の顔を両手で掴んだ。そのまま力づくで自分の方へと向けると、その紅い瞳で桔音の目を覗き込む。
そしてそのまま、
「ん」
「んむっ」
強引に桔音の唇を奪った。
何かを吸い取るように数秒間。そしてその唇を離すと、レイラは不満を隠す様子もなく桔音にその不機嫌の原因を打ち明けた。
「ねぇきつね君、なんで私きつね君と別の家なの? それに、なんであの子とキスしてるの? 聞いたよ、ねぇなんで?」
「えーと、その」
「きつね君」
「はい」
今までにない迫力で行われるレイラの詰問に、桔音はしどろもどろになってしまう。
レイラは桔音の顔から手を放し、両手を腰に当てた。そのまま座っている桔音を見下ろしてこれ以上ない笑顔を一つ。
「大好き♡」
え、と顔を上げた桔音の唇に、レイラはもう一度その悪戯な唇を落とした。
◇
―――騒々しくなった教室の光景に、愉快気に笑う存在があった。
白い世界の中心で、白いテーブルに頬杖を付きながら、その存在は新しく紡がれる物語を楽しんでいる。
見れば、白髪の少女の行動にとうとう我慢が利かなくなった黒髪の少女が、少年に詰め掛かっていた。
再会出来たと思ったら、今度は見目麗しい少女達まで現れたのだから、待っていた側の少女からすれば堪ったものではなかったのだろう。次々現れる個性的なライバル達に戦々恐々としていたのに、ついには本気で強力な相手が出て来てしまった。
本来の歴史では、彼女のこんな姿は見られなかっただろう。
――ああ、なんて面白いんだろうね。
元の世界で少年に恋をした少女と、異世界で少年に恋をした少女。
本来なら出会う筈のなかった二人のヒロインが、一人の少年の我儘で何の因果か出会ってしまった。
譲れない想い、共有した時間、そして動き出す恋物語。
少年は忘れているのだ。
自分自身がそうだったのに、他の存在がそうならない筈がないということを。
――桔音君、これから嫌でも面白いことになるよ。
称号『異世界人』
異世界に行った彼に次から次へと災難を運んできた、最悪の称号。それはステータスという枠組みを消滅させた後も効果を発揮した。
異世界から別の世界へ飛んだ少女達もまた、その称号を得ることになる。
傍観するこの存在は、少年に一方的に言った通り、彼女達の異世界の設定等を調整したついでに、その称号に少し細工をした。
そう、人間関係になんらかのイベントが必ず起こるように、細工をした。
――君がどういう選択をして、どういうエンディングを迎えるのか。
見れば、少年は二人の少女に詰め寄られ慌てている。
命懸けの戦いなら何度も乗り越えてきたというのに、たった二人の少女に詰め寄られると途端に弱くなってしまう。
彼の求めた愛情や信頼とは、本来そういう選択と変化を乗り越えて築かれていくものなのだ。それに疎い彼は、きっと苦労し、悩むことだろう。
――楽しみにしているよ。桔音君?
二人の少女を必死に宥める少年を見て、傍観者はクスリと笑った。
元の世界で大切な人を守って死に、異世界へ渡った歪な少年。そこで出会った人々との思い出、そして乗り越えてきた数々の戦いと死線、その度少年は多くの人を変えてきた。
得たものもあれば、失ったものもあり、学んだこともあれば、挫折にも似た経験もあった。喜びも、悲しみも、怒りも、楽しみも、多くの人々と共有した。
その中で、たった一つの約束を道標に、必死に自分の帰り道を探した少年。
その帰り道で手に入れたものは少年を大きく変えた。
そしてささやかな我儘を通した少年は、無事に帰ってきたのだ。両手いっぱいでは抱えきれない程の、異世界で手に入れた大切な全てを持って。
約束も、絆も、全部欲した少年。
これから生まれて初めて与えられる愛情や信頼に、必死に応えていく。
何が正しいのかとか、どうしたらいいのかとか。そんなありきたりな青春漫画の様に悩み、苦しみ、少しずつ答えを見つけていくのだろう。
今度は帰り道ではなく、自分の進んでいく道を探して。
それがどのような結末を迎えるのかは、きっと、
―――少年次第だ。
異世界来ちゃったけど帰り道何処? 完
これにて『異世界来ちゃったけど帰り道何処?』の本編を完結とさせていただきます!
2012年12月24日のクリスマスイブから始まり、今日まで6年間に及ぶ執筆活動でしたが、無事に完結まで持って行けるかどうかは正直全く想像出来ませんでした。
これもひとえに読者の皆様の感想や評価などの応援あってのことだと思います。
レイラちゃんやルルちゃんを可愛いと皆様に何度も言っていただいたり、勇者がルルを連れて行った回に対して約300件にも及ぶ恨み辛みが書かれた感想爆撃をいただいたり、時に未熟な点を指摘していただいて『ぐあー!恥ずかしー!』と頭を抱えたり、本当に楽しく充実した日々でした笑
皆様はこの6年間、如何だったでしょうか?
自分としては、皆様の人生の中にこの作品が少しでも登場するということが、凄く素敵なことだったなと思っています。
休載も多く、中々更新出来ないこともあった本作を根気良く読んで頂いて、本当にありがとうございます。
ちなみにですが、本作はまだ完結扱いにはせず、本作中にあった日常的な小話や、ギルド嬢達の視点での話や、最終話後の小話なんかをちょこちょこ投稿するつもりです。
シリアスばかりな本作の中にも、ちゃんと日常的な話はあったんですよ!汗
それに、気付いている方は気付いていると思いますが、あの音楽姉妹!
彼女達の呪いの件、全然解決してませんよね?
そうなんです、彼女達が主人公のお話も実は存在するんです。
なので、本編完結からの番外編の投稿も是非読んで頂ければ幸いです!
最後に!
本作が、株式会社マッグガーデン様より『書籍化』致します!!✨✨
Web掲載版では無かった書き下ろし話なんかも入れる予定ですので、是非是非お手に取ってみてください! また、今後は本作の書籍化に関する詳細情報に関して、Twitterや活動報告で報告させていただきますので、よろしければフォローして頂ければ幸いです!
こいし @koishi016_kata
今後も、本作が皆様の生活を少しでも彩ることが出来るよう精進致しますので、今後もきつね君達を温かく見守っていただければ幸いです!
どうか応援して頂ければと思います。
それでは長くなってしまいましたが、これまで応援して頂いた全ての皆様。
最後に自分から皆様への感謝の気持ちを込め、この言葉を以ってご挨拶とさせていただきます。
6年間、本当にありがとうございました! 今後ともよろしくお願いいたします!




