思想種とはかくや
この力を手に入れた時から、この力の使い方もその内容もすぐに理解出来た。多分、ソレを使うことで生じる代償の大きさも、その時感覚が教えてくれた。
最初に使ったのは、魔王と戦った時。
目覚めたその時に使って、その詳細を知った。この力は、どんな形であれ私と相思相愛である存在の全能力を借り受けることが出来る力。あの時の私がそういう関係であったのは、きつね君だけ。まぁ恋愛というよりは、信頼し合える仲間としてお互いに思い合えていたってことなのが、少し残念だけど。
でもあの時、そのおかげで私の生み出した瘴気の外套は、当時のきつね君と同じ堅さを持っていた。私の身体能力にきつね君の身体能力が上乗せされたことで、戦闘能力もぐんと上昇させることが出来た。
魔王に善戦出来たのはそのおかげ。あの時は気持ちが晴れやかだったけど、それだけで適う相手じゃなかったのも事実だから。
ただ、戦いが終わった後無性に気持ちが落ち着いてしまったのを感じた。きつね君が好きな気持ちで高揚していたその心が、少し削り取られてしまったかのように。だから気付いた、この力は使うたびに借りた人への感情が削られてしまうことに。
とはいえ、この力には代償無しで使える部分もある。それはこの力の副産物だけれど、繋がれる人の感情を読むことが出来るというもの。
きつね君の気持ちを感じられるのは、なんだか特別で良いなと思ったけれど――彼が私達に対して抱く感情は外面では分からない程温かく、そして……そう、今なら分かるけど、きっと"愛情"に溢れていた。
私がきつね君に抱く好きという気持ちとは比べ物にならないくらい、深く、温かい感情。一方的な好意とは違う、私達を想い、そして慈しむ心。それを感じた時、私は人を食べるのを止めた。まぁ、結局きつね君に食べさせられちゃったけど。
実際の所。
この力を使えば、二度目の魔王戦や屍音との戦い、そのあとにあった戦いでも、私はきつね君の力になることが出来た。でもそうしなかったのは、きつね君がある程度余裕をもって戦えていた事もあるけれど、それ以上のきつね君への感情を失うのが怖かったから。
でも、いまとなってはそれも怖くない。
私の気持ちは、この力に目覚めたあの時以上に大きく、熱くなっているからだ。
失った感情は、きつね君と過ごす時間が増える度に大きくなって私に宿ってくれた。使用時間が短く、その分削られた影響が小さかったのもあるとは思う。でも削られた分の感情は、取り戻せるという事実は大きい。
私が戦わなくても勝ててしまうきつね君の力になるのは、意味のないことだ。
でも、一緒に戦っても勝てないかもしれないきつね君の力になるのを躊躇うのは、もっと意味がない。
「だから正真正銘、私の全てを賭けて――きつね君の願いを叶えてあげたい」
瘴気が私の身体に纏わり付く。そしてそれは次第に服の形を成して、私を覆う服の形をした鎧と化す。そして周囲に点在する私の瘴気が幾つもの刃と化し、そして私の手にも二振りの小剣を生み出した。
この戦いが終わればきっと、きつね君は元の世界に帰る方法に辿り着けるんだと思う。
そうなればきつね君とはお別れ――私が付いていくことは、きっと出来ないだろう。どんなに付いていきたくても、どんなに想っていても、世界を隔てた向こう側に行くことは出来ない。分かってる。
「あら―――そんなことまで出来るのね」
時間が止まる。
借り受けた力の使い方は、なんとなく分かるようになっているから、こういうことも出来る。きつね君、こんな力使っていたなんて反則も良い所だなぁ。
停止した世界で動けるのは私と、この力の持ち主であるきつね君のみ。
地面を蹴り、突然現れた女に突っ込む。二振りの刃をそれぞれクロスするように横薙ぎで振るう。女のお腹を切り裂いた。
けれど時間が動き出した時、私が切り裂いたのが残像だったのを認識する。時間が止まる瞬間を感知したのか、時間が止められるまでのほんの僅かな瞬間で移動したらしい。
「でも、桔音君よりお粗末だわ」
「そんなの、承知の上だよ」
「!」
――"妖精の聖歌"
呟くと、私の背後に回った女に白い炎の弾が襲い掛かる。連続するように着弾する音が響き、私の背後に爆炎が広がった。
「これは、私の……!?」
「私が使えるのはお互いに信頼出来る相手の力――私が信じているのは、きつね君だけじゃない」
もうとっくに私は信じている。私と同じく、きつね君に惹かれて集まった皆を信じている。気に食わない事もあるし、事あるごとに喧嘩になるフィニアだって例外じゃない。私以上にきつね君を理解し、私以上にきつね君の隣にいるのが自然に感じる存在。悔しいけれど、フィニアの存在がこの世界できつね君を生かしたのは変えられない事実。
だからこそ、私はフィニアの心を信じられる。
「そして……ふッ!!」
「! ……あら」
振り返りざまに振るった私の剣が、女の頬を掠った。
少し驚いた様な表情を浮かべた女に、更にもう一撃私は刃を突き出す。残念ながらそれは躱されて、大きく後退を許してしまう。
「レイラ様、瞳の色が……」
「あれは、ルルちゃんの」
身体に力が漲るのを感じる。これはルルの『星火燎原』。
感覚が鋭く研ぎ澄まされ、鋭敏化された目と耳と鼻、そして皮膚から伝わる情報が増し、全身で感じられる視野が大きく広がった。身体能力が時間を増すごとに高まっていくのが分かる。
瞬間――私は一息で女の懐に入り、下から上へと切り上げる。女は上体を逸らして躱そうとするけれど、私は切り上げる瞬間に瘴気を操作し刃の長さを伸ばした。
「色々出来るのね……!」
それでも傷は浅かったけれど、右肩を軽く斬った。
すると、今度は彼女の方から接近してくる。手に持っているナイフは、私の小剣よりも小さい。けれどアレできつね君の腕を切り落としたのだから、油断は出来ない。きつね君の防御を突破出来るだけで、その脅威は計り知れない。
でも、それも私には見えている。
「レイラの奴……私の瞳まで使えるのか、凄いというか照れくさいというか……」
「リーシェには感謝してるよ、あの時リーシェがいなければ……私はきつね君から離れていたかもしれないからね」
リーシェの魔眼が彼女の動きの数秒未来を教えてくれる。恐ろしいくらい速い動き、予知と現実がほぼほぼ同時なんて、本当に化け物染みているなぁ。
でも全く同時ではなく、ほぼ同時―――そのほんの少しのズレが教えてくれる未来に、今の私は対応出来る。
躱し、時には受け流し、彼女の攻撃を捌いていく。
「ふッ……!!」
「ッ……っふふふ、桔音君といい貴女といい……退屈しなくて困っちゃうわね」
その中で彼女の横っ腹を蹴り飛ばすと、彼女はなおも笑みを浮かべながらそう言った。痛みを感じていないのか、そもそも痛みに寛容なのかは分からないけれど、それこそ不気味な気配を放ってる。
きつね君とは少し違う雰囲気だけど、絡みつくようなその不気味さはなんだか嫌な感じがした。
「ただ、色んな力を使えてもこの分じゃ私は死なないわね」
「……」
その通り――皆の力を借りられても、私の身体は一つだけ。併用出来る力もあるけれど、攻撃する際は基本的に手数が限られる。そうなれば彼女に大きなダメージは与えられない。
さて、どうするかな。
「分かったよ……認めてあげる、レイラの覚悟は本物なんだね」
「……フィニア」
すると、私の横にフィニアが近づいてくる。複雑そうな表情ではあるけれど、仕方がないといった笑みで私の肩に座った。
「あら、今度は妖精の貴女も何かするのかしら?」
「そうだよ。レイラだけに任せてられないからね」
そう言ったフィニアの身体を、ゆらりと薄い朱色の光が包み込む。その光の中で、フィニアの髪と瞳が、それぞれ黒と青に変わっていった。まるで最初からそれが正しい姿であるかのように似合う姿。
フィニアの半透明な翼が輝きを放つ光の羽に変貌し、その羽からはキラキラ光る粒が飛んでいる様に見えた。
「レイラの覚悟も気持ちも、認めたくはなかったけど……ここまでされれば認めざるをえないから」
「フィニア……」
「きつねさんは私が護る……ついでだから、レイラの感情も私が護ってあげるよ!」
今までのフィニアとは何かが違う。私が見たことのない力を使っているのは、一目で分かった。
纏う光はまるでお日様のように温かく、彼女の輝く羽も太陽の様に綺麗。一体何をしているのかは分からないけど、フィニアから感じられる存在感が今までとは桁違いに高まっているのは確かだった。
「これが私の固有スキル……『永遠不変』」
フィニアがそう言った瞬間、不思議な音色の歌が聞こえた。
歌詞と呼べるような言葉はなく、音楽と言えるような旋律はないけれど、それでも単調に流れる音色が、この空間を色づけていくのを感じる。
フィニアを包む朱色の光が、この空間を埋め尽くしているようだった。
その光自体が何か影響を及ぼしている訳ではなさそうだけど、なんとなく心が温かいものに包まれている様な安心感があった。
「レイラ、私はある人の片思いから生まれた思想種の妖精。名前はフィニア、これはきつねさんが名付けてくれた唯一無二の大事な名前」
「……」
「私もきつねさんが大好き! 私の親の気持ちが私を形作っているけど、それは別で私自身もきつねさんが大好き、だからこそこの力は応えてくれた」
フィニアが両手を広げると、彼女の頭上に光の輪が浮かぶ。まるであのメアリーとかいう子とは形が少し違う輪だ。彼女の身体から魔力が溢れるのを感じる。
フィニアの気持ちは良く知っている。彼女の気持ちは私よりもずっと前からきつね君を支え、きつね君の力になってきた。
それこそ、私が初めて会ったあの時から、彼女はきつね君に襲い掛かる全ての障害と戦っていたんだ。
「感情を力に変える力、それが私の固有スキル」
フィニアは言う。響く音色に乗せるように、歌う様に。片方の手を掲げながら――
「私の心が折れない限り、私は何だって出来る!」
瞬間、手を振り下ろしながら言ったフィニアの言葉と同時、笑みを浮かべていた女がかつてない爆炎に包まれた。




