歪んでいく戦い
最強ちゃんの過去の一部始終を見たエルフリーデ達は、言葉に詰まっていた。
エルフリーデは最強ちゃんが最強たる力を得るきっかけになっていたのだ。しかもエルフリーデ達から見れば、最強ちゃんがその力を手に入れたタイミングが全く分からなかった。夢の中で神に出会っていた最強ちゃんの記憶は現実世界ではなかったことだからだ。
しかしソレを除いてもおかしな点がある。
エルフリーデは最初にユーアリアの姿を見た時、てっきり彼女は最強ちゃんによって殺されたのかと思った。
しかし実際は最強ちゃんに殺されるなんてことはなく、彼女は悠々と旅を再開している。最強ちゃんが彼女を見た時に憎悪の表情を浮かべたのもあって、復讐も遂げられていないのだろうから、そうなるとユーアリアの死は最強ちゃんによるものではない。
だがそうなるとユーアリアは何故死んだのだろうか。彼女の実力はエルフリーデも良く知っている――間違いなく彼女は並の実力者、そして魔族や魔獣に殺されるような弱者ではなく、その精神性から自殺をするようなタイプでもなかった。
最強ちゃんなら彼女を殺し得ていてもおかしくはないと思ったからこそ、そうではない事実に疑問が浮かぶ。
「とはいえ……どうやらこの過去を見せても、君は弱ってはくれそうにないね」
「……」
この回想が見えている間、此処に閉じ込められた最強ちゃんは何度かユーアリアに攻撃を加えていた。映像故にその攻撃はすり抜け、ユーアリアもまたソレに反応することはなかったが、その様子を見れば、最強ちゃんの戦意は失われるどころかより増してしまったというべきだろう。
エルフリーデはユーアリアのことを考えるのをやめ、とりあえずは最強ちゃんをどうしようかと考えることにする。
だが、その時この場に居る人間とは全く違う声が響いた。
―――あら、思い出しちゃったのね。
不意を衝かれた様にエルフリーデ達は全員、その声の方へと顔を向けた。驚愕に目が見開かれる。
そこには、先ほどまで彼女達が見ていた映像にいた女性がいた。
映像の時の姿のまま、黒いドレスを揺らし、先程まで眠っていたかのような様子で小さく欠伸を漏らす。そして自分は映像ではないとばかりにエルフリーデ達の顔を一つ一つ確認すると、優しげに微笑みを浮かべた。
「懐かしい顔が一つ、二つ、三つ……ふふふ、久しぶりね。何故か以前に会った人と再会するなんてほとんどないから、なんだか新鮮」
「な……」
彼女は嬉しそうに、言葉通り懐かしむように、エルフリーデ達の方へと歩み寄る。
「どれくらいぶりかしら……ええと、確かエルフィちゃんに、ステラちゃん……あと――あの時のお嬢さん……皆昔見た時より成長してて見違えちゃったわ」
その言葉に対して、エルフリーデも、ステラも、最強ちゃんも、何故か警戒心も敵意も抱くことが出来なかった。寧ろ彼女に笑い掛けられたことに対して、喜びや懐かしさを感じてしまう。
まるで、彼女と自分との間には揺るぎない絆があるかのような、そしてそれを疑えないような、そんな感覚。
「ユーアリア……生きていたのか」
エルフリーデが、硬直した状態から辛うじてその言葉を漏らした。
すると彼女――ユーアリアはきょとんと目を丸くした後、少し考えるように目を斜め上へと向けて暫し黙る。すると、そういえばと思い出したように手を合わせた。
「ああ、そういえばそうだった……そういえば、そういうことにしたのだったわね」
「ユー、アリア……」
「あら……お嬢さん、どうしたの?」
すると、そこへ最強ちゃんが声を掛ける。
拳を握り、かろうじて戦闘態勢を取っているが、その瞳の奥は大きく揺れていた。感情と行動が一致しない、そんな様子は一目瞭然だ。しかし彼女の記憶は先程見た通り、ユーアリアが最強ちゃんの故郷を殺戮の海に沈めたのは間違いない。
だからこそ彼女は復讐を誓い、その力を得た。
「私に……何を、した」
「あらあら……そうね、お嬢さんには少しお世話になったし、正直に教えてあげるわね」
最強ちゃんは気付いていた。
自分の過去にあったソレと、自分の今日までの日常が全く違っていることに。何故あれだけの凄惨な過去の記憶を、無視して生きてこられたのか。
何が最強の証明だ、何が最強ちゃんだ――そんなものに欠片も興味はない筈なのに。
ユーアリアは尚も余裕綽々に笑みを浮かべながら、尚も優しげに最強ちゃんに語り掛ける。
「私にはね、感情と記憶を操ることが出来る力があるみたいでね……お嬢さんの町が無くなってしまった時も、この力を使ったのよ」
「感情……」
「そう、それであの後一年くらい経った頃かしら……お嬢さんが私の所に訪ねて来たでしょう? その時にお嬢さんがどうしても私に付いてきたかったみたいだから、私はお嬢さんに記憶をすこーし弄って、お嬢さんの記憶の中に住むことにしたの。そうすれば一緒に居られるでしょう?」
「記憶の中に住む……そんなことが出来たのか、ユーアリア」
ユーアリアの話に、最強ちゃんだけではなくエルフリーデやステラも反応する。
「ええ、名前は覚えていないけれど……確か誰かが、神葬武装『境界ノ枝』とか言ってたかしら?」
誰かなど、問わずとも玖珂だと分かった。
ユーアリアの持つその力は、玖珂が名付けた神葬武装。ユーアリアは別にその力を神葬武装と呼んでいる訳ではないが、名前があるのなら呼びやすかった。
しかし、エルフリーデはユーアリアのその力を恐ろしいと素直に思う。先程ユーアリアに警戒心を抱けなかったのも、おそらくその力に掛かっていたのが原因だ。否応なしに相手の感情と記憶を自分の思い通りに弄ることが出来る力は、大凡敵を敵としていられなくすることも、味方を敵にすることも簡単。
彼女の手に掛かれば、希望も絶望も思いのままだ。
「まぁ、お嬢さんが私のことを思い出したら出てきちゃうのだけど……この状況だと、エルフィちゃんが思い出させちゃったのね。ふふ、まぁ良い頃合いだったからいいとしましょう」
「じゃあ、私たちが死んだと思っていたのも、」
「そういうことにしておけば、私を探さなくていいでしょう? 皆の手を煩わせるのも申し訳ないもの」
あくまで自分の後始末をしただけだと言うユーアリア。
実は生きていました、なんて別段驚くことでもないだろうと言わんばかりに彼女は微笑んでいる。しかも、皆に余計な手間をかけるのが申し訳なかったという理由で、自分を死んだことにするなど、動機と行動のスケールが噛み合っていない。彼女にとっては、どれも些細なことなのだ。
最強ちゃんが今攻撃を加えるのを躊躇するのは、ユーアリアに対して敵意を抱けないようにされているからだろう。分かっていても、攻撃を加えたくないと心が変えられてしまっている。
ソレを見てユーアリアは駄々をこねる子供を見て、仕方ないなぁと思う様な慈しみを感じさせる笑みを浮かべる。
「ふふふ、最強ちゃんと呼ばれるようになっても、まだまだ甘えたい年頃だものね。お嬢さんは本当は優しくて頭の良い子だから、無暗に暴力を振るうなんて出来ないわ」
「っ……この……」
「さて……それじゃあエルフィちゃん、そろそろ此処から出してもらえるかしら。いつまでも此処に居ちゃ息が詰まってしまうわ」
「あ、ああ……」
ぐ、と歯を食い縛って黙る最強ちゃんから、ユーアリアはエルフリーデに声を掛けた。彼女の頼みに対して、エルフリーデは何か考える前にそれを受け入れてしまう。
は、と気がついたのは空間を解除した後のことだった。
空間を解いてしまえば、せっかく閉じ込めた最強ちゃんをまた自由にさせることになってしまう。準備に時間が掛かる故に、最強ちゃん相手では何度も使える様な手ではない。明らかに失策だったとエルフリーデは一抹の焦りを感じてしまう。
だが、そう考えて直ぐに次の行動に移ろうとした時、
「ありがとう、エルフィちゃん」
「あぐ……な、……!?」
「エルフリーデ!」
何処から取り出したのか、いつ動き出したのか、全く分からない。
それくらいあっさりと、いつのまにかユーアリアはエルフリーデの心臓にナイフを突き立てていた。これ以上なく深々と根元まで、刃の部分が全てエルフリーデの身体に隠れてしまう程力強く、突き立てられていた。
血を吐いたエルフリーデに、ステラが声を掛ける。だが、遅れてエルフリーデの身体が倒れていき、ずるりとナイフがその姿を見せた。血塗れなのは刃だけではなく、柄を握るユーアリアの白い手もそうである。
それ程までに勢いよく夥しい量の血が噴き出している。序列第一位であるエルフリーデをこんなにもあっさりと殺しに掛かった当のユーアリアは、特に思い入れはないのかナイフを手放し血塗れの手を軽く振った。倒れたエルフリーデの顔にピピッと血が付く。
「ぐ、ぅぅぅ……!」
「あら、大丈夫エルフィちゃん? ごめんなさいね、久しぶりで新鮮だったものだから……なんとなく嬉しくなっちゃって、ついやっちゃったわ」
「ゆ……あり、あ……ッや、め」
「でも『天冠』と呼ばれてもあまり人間と変わらないのね、血も赤いし温かいもの。良いことだと思うわ、実際は普通が一番尊いのよ?」
苦しむエルフリーデの傍にしゃがみ込むと、ユーアリアは慈愛すら感じられる微笑みのままその両手をエルフリーデの傷口に突っ込んで掻き回す。エルフリーデは激痛と中身を弄られる気持ち悪さにユーアリアの手を止めようともがくが、ユーアリアの手はびくとも動かない。皮膚と筋肉を引き裂くように傷口を広げ、中にある心臓を掴みとる。
ビクン、とエルフリーデの身体が跳ねた。
「自分の心臓って見たことあるかしら? 私は……そういえばないわね、なんでかしら? 羨ましいわ、こんなに綺麗なものなのね」
「! ……ッ……ぁ……」
「あら、死んでしまったわ……悲しいわ、どうして生き物は殺しちゃうと死んでしまうのかしら……残念ね」
エルフリーデの瞳から光がなくなり動かなくなると、ユーアリアはずるりと取り出した心臓を戻しゆっくり立ち上がる。
その行動に対してステラも最強ちゃんも動けなかった。ユーアリアがその力を使い、彼女の行動を止めたくないという感情に支配されていたからだ。
ユーアリアは周囲を見渡すと、その場所が何処かを理解したらしい。
「じゃあ行きましょうか。ふふふ、久しぶりの里帰りみたいな気分だわ」
彼女は息絶えたエルフリーデのことなどなかったかのようにお淑やかに笑うと、そのまま歩き出す。
向かう先には、先程ステラ達が飛び出してきた神殿があった。
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