神の庭
大分時間を空けてしまい、申し訳ありません。おかげ様で夢にも一歩ずつ近づけているのではないかと思っています。
亀更新で、またいつ時間が出来るか分かりませんが、必ず完結まで持っていきたいと思っていますので、どうぞよろしくお願いします!
「あれ? アリアナちゃんが追ってこない……ははーん、さては…………迷子だな?」
最強ちゃんが、能力を使うことすら許さぬ速度でアリアナを撃破した時、桔音はかなり離れた場所まで逃げることが出来ていた。
そして追ってこないアリアナに首を傾げるも、見当外れなことを考えながらその疑問を払拭する。
追ってこない時点で、桔音の追跡を中断するだけの何かがあったのだろうが、桔音にとってはどうでもいい。相性故に倒せぬ敵なら、倒さなければいいのだ。桔音にとって大事なのは、頭である玖珂の打倒であってアリアナ達序列組の打倒ではないのだから。
その過程で、桔音は現状やらなければならない優先順位を考える。
顎に手をやり、視線を適当な場所へと彷徨わせながら状況を整理。最終目的に玖珂の打倒を掲げながら、現状最も危険な敵や仲間の状況を考える。
「……うん」
数秒の思考が終わる。そして出る結論。
現状――最優先で当たらなければならない事柄は、
「レイラちゃんを迎えに行こう」
嫁に――ではない。冗談、桔音はやはり歪な笑みを浮かべながら、徐に歩き出す。
現状最も危険な状況にいるのは、レイラだ。何せ彼女は今、魔族であった頃の力を全て失っているのだから。瘴気も使えなければ、身体能力ですら並の人間と同等にまで落ちている。
そんな状況で、誰一人彼女の傍にいない。敵と接触した瞬間、殺されるか――自身に対する人質に取られてもおかしくはないだろう。
桔音にとって、レイラに限らずパーティメンバー全員がかけがえのない存在なのだ。
仮にレイラが人質に取られ、彼女を殺されたくなければ抵抗するなと言われたのなら、桔音は何の躊躇もなくそれを受け入れるだろう。
今の桔音は、仲間の為なら己の命すら賭けることが出来る。
「と言ったものの……瘴気探知を広げてみてもレイラちゃんかどれなのか分かんないな」
桔音は早速瘴気を広げてレイラを探すが、複数感知出来る気配のどれがレイラなのかが分からなかった。レイラが最強ちゃんと共に居ることが、桔音の判断を迷わせる原因である。
とはいえ未だステラと戦闘中なのか、リーシェ達は激しく動き回っているのが分かる――故に桔音は、レイラと最強ちゃんの気配に関して、場所と人数、そのサイズから、アリアナと、後から合流したエルフリーデではないかと判断する。
だがそうなると、
「あれ? レイラちゃんがいない……どこ行ったんだろ?」
そう、レイラの姿を見失うことになる。
「……まぁ、いいか。とりあえず、リーシェちゃん達の所へ行こうかな。アリアナちゃん達が遠くにいる内にステラちゃんを―――」
―――"ばきん"
不意に、そんな音が響いた。
しかも、耳でではない――頭の中に直接響くような音で。
そして次の瞬間、桔音はソレが何を意味する音だったのかを理解する。
何故なら、その音が鳴り響いた瞬間……周囲一帯全ての空気が、ズンと重くなるのを感じたからだ。そしてそれは重力の様に桔音の両肩を押し下げ、遂には片膝をガクンと落とした。
まるで押し込められていた何か凶悪なモノを、解き放ってしまったような感覚。
―――アハハハハハ……!!
じわりと冷や汗を額に感じながら、桔音の耳は遠くから聞こえる笑い声を捉えた。
その声は、まさしく楽しそうと言うべき無邪気さを感じさせながら、同時に凶悪なまでの狂気を孕んでいる。
そう、桔音は聞いたことがあった。その声は、桔音が無事である以上もう二度と聞くことはなかった筈の声。
「まさか……屍音ちゃん、復活しちゃった……?」
魔王の娘、屍音の笑い声だった。
◇ ◇ ◇
それは、本当に偶然な出来事だった。
ステラとの戦い、取れる中で最も有効な戦術は距離を空けないで戦う超接近戦。雷の槍は超近距離から超広範囲かつ長距離を全て補うことの出来る武器だ。その恐ろしさを、リーシェ達は身をもって知っている。
特に第二開放から放たれる超広範囲殲滅攻撃技、『天霆』は、放たれた時点で対処のしようがない。
故に、リーシェとルルは真っ先にソレを判断し――ステラに対して距離を空けない接近戦を仕掛けた。
雷の槍から放たれる遠距離攻撃を失くし、せめて人並みの武器と同じリーチで戦うことで、彼女の武器の利点を少しでも削る戦術。
ステラと戦ったことのない面々は、二人の戦い方に乗る形で立ち回っている。良かったのは、接近戦を強いられるステラに対し、効果的な遠距離攻撃の出来るフィニアがいたことだろう。彼女の魔法攻撃は、確実にステラの動きを制限していた。
だが、問題はそれでもステラに対し押し切れないということだ。
「ハァッ!!」
「埒があきませんね……」
もう何度目になるか分からないルルとリーシェの同時攻撃。しかしそれを難なく捌くステラ。近距離戦闘を開始してからというもの、何度も見た光景だった。
ステラはその雷の槍を縦横無尽に振り回し、時に形を変えながら攻撃してくる。威力は折り紙付き――普通の槍と同じように振るっていても、掠っただけで大きく肉を抉り、直撃すれば確実にその肉体に風穴を空けるだろう。
人数と戦術をフルに使ってステラを抑え込んでいるものの、実際精神的に圧されているのはリーシェ達の方だ。特にリーシェとルルはその槍の一閃一つ一つに最大の集中力を使わねばならない分、疲労は予想以上のハイペースで溜まっている。
「ハッ……ハッ……」
「!」
「む……ホント、後ろに目があるみたいだよねー」
彼女らが未だ致命的な一撃を貰っていない理由は、魔王の娘である屍音にあった。
彼女はリーシェとルルが攻撃を仕掛け、その攻撃を捌かれた瞬間にステラに攻撃を仕掛けている。そうして屍音が上手くスイッチすることで、二人は捌かれ体勢を崩しても、立て直すだけの時間を得ることが出来ていた。
魔王の娘としての力の殆どを封じ込められながら、ステラと同等に渡り合える屍音の戦闘センスと潜在能力には、流石のリーシェ達も舌を巻く。味方であればこれほど頼りになる者もいない。
しかし、やはりそれでもステラは強い。その屍音の攻撃を、リーシェ達の攻撃を受けながらもしっかり対処してくるのだ。
屍音もだが、ステラもステラでその戦闘技術の高さは脅威的。彼女の槍は、まるで無駄な動きを全て削り取ったように洗練されており、しかもその軌跡が恐ろしく速い。
こちらの剣が振り下ろされる動きに対し、剣の振り下ろされる場所へ既に槍が置かれている感覚。完全にこちらの動きが読まれていた。
「仕方ありません……此処は一人ずつ叩いていくしかありませんね」
そして、均衡が崩れるのは容易かった。
「!」
「まずは貴女です」
ステラがその照準を屍音に集中したのだ。彼女の狙いは各個撃破――そして最初に狙われたのは、この均衡を作り上げている要である屍音。
今まで以上の速度で振るわれたその槍の軌跡から、閃光と共に雷が飛来する。
「くっ……っと……!?」
屍音はソレを一つ二つと躱すも、追撃とばかりに何度もソレは振るわれ、その分だけ飛来する雷は増えた。威力、速度共に躱すにも限度がある。
何せ、その一つ一つが簡単に人間を消し飛ばせるだけのエネルギーを持っているにも関わらず、それが流星の如き速度で飛んでくるのだから。
そして、遂に屍音は避けられない一撃に身を晒す――
「ッあああ!!」
咄嗟に両腕を盾の様に身体の前へ。
身体の前に張られた両腕の盾は、見事に雷の直撃を受けた。
これで一人――とステラはその直撃からそう確信する。そして即座に体の向きを反転させてリーシェ達を、と考えたその時だ。
―――"ばきん"
そんな音が、屍音の方から聞こえた。
見れば、屍音は無傷だった。だが代わりに、彼女の両手首に嵌っていた青白い腕輪が壊れ、地面に落ちていく。それは地面にぶつかると同時に、粒子になって消えた。
すると、攻撃が当たったわけではないだろうが――彼女の首にあった黒い首輪も、抑えが利かなくなったように罅割れ、その下にある白い肌を晒していく。
屍音はその瞬間――己の中に久しく感じていなかった狂気の奔流を感じ取る。
その狂気は膨れ上がり、彼女に凶悪な破壊衝動と彼女自身の持っていた自己中心的思想を取り戻させた。まるで今まで抑え込んでいた分のソレが溢れ出たように、屍音はゆらりと身体を揺らした後、
「ぁ―――アハハハハハハハハハハハハハ!!!!」
爆発するように笑い出す。その瞳に鈍い光が宿り、瞳孔が開く。
その身から、笑い声と同時に覇気と凶悪なプレッシャーを放っている。ソレは彼女の周囲が歪んでいる様な錯覚すら起こし、吹き荒れる重圧は暴風に晒されているかのような感覚にも似ていた。
そして、一頻り笑った後――屍音の姿が消える。
「ッ……!?」
「アハッ☆」
ステラは紙一重、後ろに身体を逸らす。瞬間、先ほどまでステラの顔があった場所に屍音の拳が通った。まるで巨大な鈍器を振り回したような風切り音と同時、外れた拳のあまりの威力に、ステラの後方の木々が衝撃波で次々に圧し折れる。
当たれば流石のステラとて、ただでは済まないことを強制的に理解させられた。じわり、とステラの頬に冷や汗が一筋流れた。
感情のない彼女でも、生存本能が感じる根源的な恐怖は身体に確実な緊張を齎す。
「どうやら……余計なことをしてしまったみたいですね。先程の腕輪は、封印でしたか」
「うーん……はぁぁ……最高の気分だよー☆ 力が漲るってこういうことを言うんだね、アリガト☆ お礼を言ってあげる、感謝してね?」
「……」
「ホント、おにーさんには困らされたよねー。あんなクソみたいなモノ嵌められて、好き勝手弄ってくれちゃってさぁー……おっと、アハハ☆ いけないいけない、また汚い言葉を使っちゃった、反省はんせー……さて」
屍音は興奮した様子でコロコロ表情を変えながら饒舌に喋る。
そして両手を組んでぐいーっと前に伸ばすと、ペロっと赤い舌で舌なめずりを一つ。魔族特有の縦筋な瞳孔を揺らめかせると、
「ムカつくから、この場にいるみーんな――私が壊してあげる☆ 嬉しいよね? だってこの私に壊して貰えるんだもん……胸がどきどきして仕方ないよね? もう心残りなんて一切ないってくらい幸せだよね? 大丈夫、ちゃーんと心に残るよう、いっぱい痛くして、いっぱい傷付けて、綺麗なお顔がぐちゃぐちゃになるまで死ぬことなく、喉が擦り切れる位いっぱい泣かせてから……サクッと殺してあげるから!」
桔音に敗北してから鳴りを潜めていたその自己中心的破壊衝動と、それに伴う狂気的な価値観。
まさしく最強クラスの実力を持った、かの魔王の娘。その小さな身体に秘められた暴力が、今まさに嵐となる。
だが、屍音が一歩前に踏み出した時だ。
「いやいや、それは困るんだ……だから、君は少し大人しくしててくれるかな?」
狂気の重圧の中、まるでなんてことのないような穏やかな声が聞こえた。
暴風の様な覇気が空気を揺らし、結果地鳴りの様に辺りが揺れて煩かったのにも拘らず、その声は何も遮るものがないようにその場に居た全員の耳にするっと入ってきた。
そしてその声のした先へと視線を移そうと、屍音が振り向いた時、そこに居たのは、
「やぁ、遅いから私が迎えに来たよ。手を貸すよ、ステラ」
「エルフリーデ……」
「エルフィで良いって言ってるのになぁ」
序列第一位『天冠』エルフリーデ――穏やかに苦笑しながら、ゆっくりと屍音の後方から歩いてくる彼女。
長い髪を揺らしながら、彼女は普通の日常の中にいるような自然さで屍音の隣に立つ。そのあまりの敵意の無さに、屍音は少しだけ気を緩ませてしまった。
だが、そんなことはない―――エルフリーデは、ゆっくりと屍音の肩に手を置いたと同時、笑みを消さぬままにその"神葬武装"を発動させる。
「――」
そして屍音はソレに気付いて距離を取ろうとしたが、言葉を発する間もなくその姿を消した。音もなく、その場に初めから居なかったように、消えた。
「なっ……!?」
リーシェ達はその事象に驚き、目を見開いた。あの屍音が、まるで何も出来ずに消失したのだ。エルフリーデの醸し出す雰囲気もそうだが、まるで日常の一コマであるかのような自然さで屍音を消してしまったその手腕は、まさしく序列第一位と言っていい得体の知れなさを感じる。
戦慄するリーシェ達に、エルフリーデは苦笑しながら言う。
「そんなに怖い顔をしないでも大丈夫だよ。彼女はまだ死んじゃいないよ……ただ、ちょっとこの戦いから一時退場して貰っただけ」
「ソレが……お前の神葬武装、というわけか……」
「そう、私の神葬武装……その名は」
―――『神ノ庭』
私には勿体ないくらい、素敵な力だよ――彼女はそう言って、なんてことないように笑った。




