閑話 揺らぐか終わるか
桔音がクレデール王国をパーティを連れてステラ達と去って行った後、学園内にいた生徒以外の全員が死んでしまったこの国で、目を覚ましたクレデール王国の生徒達は茫然自失としていた。これからどうしたらいいのか、どうするべきなのか、平民も貴族も関係なく困っていた。
家も、家族も、国も消えた。自分を助けてくれる伝手もなければ、庇護してくれる王もいない。動く事が出来ない――その気力が、彼らにはもう無くなってしまった。
全ては桔音がやったこと、それが彼らの内心に燻ぶる最後の気持ちだ。
だがその当事者である桔音ももうここにはいないし、此処から桔音をどうこうする事も出来なければ、怒りを発散する事も出来ない。隣にいる生徒に頼ろうにも、隣もその隣も――まるで生気のない人形に見えた。
どうしようもない。その事実だけが、彼らに現実として立ちはだかっていた――
◇ ◇ ◇
「……何の用、ですか……」
「そんなに畏まらなくてもいいわ。それに、そんなに悪い話でもないから」
だがそんな時、図書館の研究室内で――大魔法使いアシュリーと、桔音の同居人フランが向かい合って座っていた。
何故こうなっているのかと言えば、アシュリーが桔音と別れた後にフランを此処へ転移させたのだ。桔音と喧嘩別れした彼女は、今日も寮の部屋から出てくるつもりはなかった故に今日の騒動もほぼ知らない。ただ部屋の中に閉じこもっていたら、この場に連れて来られたという認識だ。
だからいきなり目の前に今まで接点の無かったアシュリーが現れたことで、当然恐縮してしまう。世界最高の大魔法使いアシュリーの放つ圧倒的な威圧感と絶大的な存在感が、騎士団長という大きな背中を見て育った彼女すらも臆させる。
未だに彼女の中には、昨晩桔音と喧嘩した記憶がある。思い出せば、今でも泣き出しそうになってしまう。だが、それを気にせずアシュリーは告げた。
「さて、貴女に昨日何があったのか知らないし、泣き腫らした様な顔の理由なんて心底どうでもいいわ。でも、今は貴女だからこそやらなきゃいけないことがあるのよ」
「な……なにを」
アシュリーは、何も知らないフランに告げた。現在の状況を、この国の今を、全て明らかにする。
「貴女が部屋でびーびー泣いてる間に、この国は滅んだわ」
その言葉にフランは目を丸くし、音を立てて立ち上がった。
「なっ……滅んだって……どういうことですか!?」
「貴女のお父さんを殺した犯人が、今度はこの学院以外の全員を殺したのよ。この学院の生徒は私が護った――でも、この国の住民は纏めてぐちゃり……よ」
「そんな……」
「で、その元凶は貴女の同居人であるきつね」
「!」
「ってことになってるわ。この意味は分かるかしら?」
桔音の名前が出て来た事で、フランは更に驚愕の表情を浮かべて前のめりになった。アシュリーの言葉を聞いて、中等部首席である聡明な頭を働かせる。すると、すぐに現状の理解はある程度出来、そして桔音のせいになっているという言葉に――桔音がこの事件に関わったことを理解した。
昨日喧嘩別れしたばかり故に、フランはその桔音が今何処にいるのかが気になる。アシュリーに視線を送ると、フランの疑問が分かった様で、アシュリーは頬杖を付きながら答えた。
「きつねならもうこの国にはいないわ。アレでもSランク冒険者だし、救えなかったけどこの国を護る為に元凶を討った。でもこの国が滅んだことで彼はその責任を全て負い、この国を去ったのよ」
「Sランク冒険者……『死神』のきつね……? まさか、本当に?」
「ええ、実力は折り紙付きよ。多分この世界でもトップクラスの強さでしょうね……」
何せ『超越者』だし、という言葉を飲み込んで、アシュリーはそう言う。信じられない、という表情でフランは絶句している。だが全て真実、フランにはそれをまず言葉の意味として受け止めて貰わなければ話にならない。
本題はこれからなのだ。国が滅んで、学院の全員がどうにか今後の生活を確保する必要があるのだから、フランにはそれなりにやって貰わなければならないことがある。
高等部首席であるレイラが桔音と共に去ってしまった以上、中等部代表であるフランに頼るしかない。アシュリーが有象無象と評する生徒達には今、先導してくれる主導者が必要なのだ。アシュリーはその主導者に、フランを置こうと思っているわけである。
中等部首席にして、騎士団長という騎士団の頂点に立っている者の背中を見て来た人材を。
「貴女には、この学園の生徒達を率いて私とルークスハイド王国までやって来て貰いたいのよ」
「そんな……貴女がやれば……」
「私は確かに稀代の大魔法使いだけどね……この学園の生徒に尊敬されるだけの何かをした訳じゃないわ。率いるなら、中等部首席という分かりやすい成果を得ている貴女の方が適任よ」
アシュリーの言葉に、フランは押し黙る。
そうは言われても、自分はまだ誰かを使う側の人間になるには経験も何もかもが足りていない。初等部、中等部の生徒ならまだしも、高等部の生徒達は従ってはくれないだろうし、大学の学生なら尚更だ。寧ろ教師がいるのなら教師達がやればいいのではないだろうか。そうも考えてしまう。
だが、アシュリーとてそれ位分かっている筈。分かっていて尚フランにそれを頼むということは、何か理由があるのではないだろうか。
教師ではだめで、同じ生徒であるフランなら良い理由が。
「……何故、同じ生徒である私なんですか……?」
「決まってるでしょ、絶望を知った者は大きな希望に出会った際に依存するからよ。教師なんて明らかに指導者である奴らが先導したら、生徒達はこれから先生無しに行動する事が出来なくなるわよ? ただでさえ、今気力無しの根性無しになってるんだし……なら、多少危険性を感じつつ微かな希望である貴女が前に立った方が、完全でない分自分で行動しないといけないって思うでしょう? それである程度立ち直ってくれれば良いかなってところね」
「……でも、私にそんな力は……」
理由を示されても尚、渋るフラン。桔音と関わって、桔音という格上を見て、自分の矮小さを知った彼女は自信を失っていた。
自分に人を率いる能力はない。少なくとも、今はまだ――しかも、国が滅んだという絶望から人を救う為に動くなど、荷が重すぎて押し潰されてしまいそうになる。
だが、アシュリーはそんなフランを一蹴した。
「ないかどうかは関係ないわ――貴女がやれば、救われる人間は少なくとも"存在する"のよ」
やるのかやらないのか、それだけのこと。フランがやれば救われる人がすぐそこにいて、やらなければ茫然自失のまま野垂れ死ぬような人がそこにいるのだ。
――選択肢は示された。
人を救うか、
見捨てるか、
それだけである。
「やらないなら良いわ、私はこのまま自分だけルークスハイド王国へ行くから。元々、この国には世話になったから借りを返す様なものだったしね。救いの手を掴めない者を救う程、私も慈悲深くはないわ」
「! ……っ……や、やり……ます」
「聞こえないわね」
「――やります! 私が、彼らを率いて……みせます……!」
アシュリーの煽る様な言葉に、フランは食って掛かる様にそう言った。
考えてみれば選択するような問題でもない。彼女は騎士になりたいのだ。それは今も変わらず、目を閉じれば追い掛けるべき背中がそこにあった。父の背中が、映っていた。追い付く為には走らなければならない。走るのなら、救わなければならない。
人を救うのが騎士。誇りを胸に、魂に剣を、命を民に捧げるのが騎士。
それは騎士を目指す生徒達だろうと同じ。救いが必要なら、彼らも同じ民である。フランが救う事が出来るのなら、救いたい。
「上等、良い眼をしてるわ。それじゃ、行きましょうか……さっさとあの有象無象のけつを叩いて、この国にサヨナラしましょう」
アシュリーも立ち上がる。フランは見下ろされても、ぐっと強い意志を秘めた瞳で見返す。その佇まいには、かつての凛とした覇気が存在しており――アシュリーは彼女の中に、誇りと騎士としての魂を垣間見る。僅かながらに輝いて見せる目の前の少女は、きっと強くなると分かった。
そうして、アシュリーとフランは動き出す。桔音のいなくなったこの国で、民の死んだこの国で、たった2人――人を生かす為に動き出す。
大魔法使いと騎士団長の娘。初対面でありながらも、2人は絶望の中の希望として光を放っていた。
◇ ◇ ◇
そして、このクレデール王国の滅亡から世界は異質な嵐に狂い出す。
均衡の保たれていた世界の平穏は、魔王という脅威でさえ、勇者という存在によって均衡が保たれていたこの平穏は、"異世界人"という一石を投じられたことによる波紋に揺れ始めた。
現れた異質な異世界人、桔音の登場によって――あらゆるモノが変わり出したのだ。
身を潜めていた使徒達が姿を現し、そのバックに潜んでいる異世界人も引き摺り出された。初代勇者が復活し、魔王が死に、その娘が解き放たれ、そしてその称号によって彼は多くの災害を呼び寄せる。そしてその末に人間を超越し、世界に対しての反抗の旗を振った。
戦いが始まる。異世界人と、異世界人の戦いが。
神によって仕組まれた、8人の異世界人がその姿形を変えて一同に会そうとしている。お互いの顔も知らない、能力も、目的も違う。しかしその全員が異世界という環境で変わってしまった人間達だ。出会った瞬間に、その強すぎる精神と変化による狂気は衝突する。
『死神』
『解析者』
『亡者』
『博愛主義』
『臆病者』
『阿修羅』
『救世主』
『無能』
神によって送り込まれた8人の異世界人、その全員の良く先とは一体何処になり――そして一体その衝突の末に何が起こるのか。この世界はソレに巻き込まれた。もう逃げる事は出来ない。コレは世界と世界の戦争だ。異世界人はこの世界に送り込まれた怒りを世界にぶつける。
神は笑う、嗤う、おかしいおかしいと、遥か天井のその上から嘲笑う。
異世界人達は激怒する。その手に持ったそれぞれの武器を、己が足の踏みしめる大地に突き立て、その遥か下の世界を狂わせる。
そして世界は叫ぶ。神と異世界人と平和に過ごしていた世界の衝突が、魔王では比べ物にならない狂気を撒き散らす。
滅ぶのはこの世界か、それとも神か、それとも異世界人か、それとも――その全てか。
圧倒的な危機、それに気が付く事が出来る者がどれだけいるだろうか。
「…………さいきょー、決める」
とある橙の最強少女は拳を握り、力強く大地を踏みしめた。
「星が陰ってんな……」
「……そうですね」
とある音楽姉妹は空を見上げ、得体の知れない不安に包まれた。
「雲行きが怪しい……」
「どうかしたんですか?」
初代勇者と現勇者もまた、世界の空気の変化に気が付いた。
気が付く者は気が付いている。この世界に存在する実力者達が、異世界人達に敵対する運命を背負うことの出来る怪物や人外達が、その変化に気が付き――そして本能で危機を察知している。
舞台は整った。全ての役者は出揃った。
開始される世界規模での戦争。
――世界を飲み込む狂気の嵐が、1人の少年を中心に暴走を開始する。
第十四章完結です。
それで、以前言っていた様にリメイクに入ります。こちらの更新はしばらく打ち止めです(汗)
【リメイク版】異世界来ちゃったけど帰り道何処?改
http://book1.adouzi.eu.org/n8062cm/




