憎悪の矛先
桔音と対峙するステラ。ドレス姿は変わらないが、その上から長袖の白いロングコートを羽織っているのを見ると、少しだけ背が伸びた様な成長を感じさせる。露草色の瞳は相変わらずで、感情の無い表情からは内心を読み取ることすら出来ない。
だがもっと驚きなのは、先程放たれた光の柱――『天霆』を放った後だというのに、全く消耗した様子が無いのだ。前回の消耗具合から比較すれば、正直驚きの成長だと分かる。相当に訓練を積んだのか、彼女はおそらく魔力の消費がかなり効率良くなっている。そして『天霆』に関しても、膨大な自然のエネルギーと自分自身の魔力を上手く集束する事が出来ており、自分自身への負荷を大幅に減らしているのだろう。
防御貫徹の性質を持った彼女の魔力。もしかしたらこの魔力であれば桔音の防御力をも貫くことが出来るかもしれないと思わせる程に、彼女は強くなっていた。
「もう一度言いましょう。貴方を私達の拠点へ招待します――どうやら、"あの方"もそれを望んでいるようですから」
ステラの言葉に、桔音は軽く眉を潜める。"あの方"というのがメティスを改造した人間だとするのならば、その人間が桔音に会いたがっているということだ。嫌でも警戒してしまうのは、仕方の無い事だろう。
それに、メアリーと戦い、メティスと戦い、連戦連勝の桔音であっても、目の前にいるこのステラには数々の辛酸を舐めさせられた。メアリーやメティスという特異な力と違って、彼女は素直な超火力が武器なのだ。
真っ直ぐで、技術も高い超火力武装は、ある意味今の桔音にとってかなり相性が悪い。超防御と超火力のぶつかり合いは、純粋に押し負けた方の負けなのだから。防げれば勝てるが、防げなければ負けになる戦いだ。少しだって気を抜けない。
「その前に聞かせてくれないかな」
「なんでしょうか?」
「君は――いや、君達は……異世界人なのかい?」
しかし、桔音はそれを承知でそんな問いを投げ掛けた。
メティスは異世界人だった。メアリーは消滅した故に確認のしようがないが、もしかしたら改造を受けた異世界人なのかもしれない。もしも序列の付いた彼女達が、桔音とルーツを同じにする異世界人なのだとしたら――メティスと同じ様に元に戻すことが可能だ。ステラもマリアも、そうすることでもしかしたら此方の仲間になってくれるかもしれない。
だからまずは確認だ。ステラは元々異世界人なのか、自覚の有無は置いておいて――彼女達が自分達の事をどう認識しているのかを知っておくべきだと判断した。
その問いを受けたステラは、何故そんなことを言うのか疑問だとばかりに首を傾げたが、答える。
「私は異世界人ではありませんが……メティスを連れて来たのは私ですから、彼女が異世界人である事は知っていますよ」
「……じゃあ君はなんで『使徒』になった訳? その経緯は?」
「さぁ……私は気が付いたら『使徒』として生きていましたから」
気が付いたら既に『使徒』だった。それが彼女の認識であることに、桔音は怪訝な表情をする。気が付いたら、という言い方に疑問を抱いたのだろう。気が付いたら、とはいつの時点の事を言っているのか分からないのだ。
幼い頃からそうだったのなら、そもそも気が付いたらだなんて言葉は使わない。普通なら、"物心ついた頃から"というべきだろう。気が付いたら、だなんておかしな言い方だ。
ならば聞こう、一体その気が付いた瞬間というのは――
「気が付いたら、というのは……君が何歳の時だったのかな?」
「……」
何歳だったのか、それが彼女の認識で何時なのかを知る。異世界人かどうかなど、彼女の認識だけでは確かめられない。ならば、彼女が自分を『使徒』と認識した時点を確かめるだけで疑わしいかどうかが分かる。
もしも彼女がかなり成長していた時点で『使徒』であることに気が付いたというのなら、ソレは明らかにおかしいことだろう。完全に記憶に何か手が加えられているのが分かる。
それに気が付いたのだろう。ステラも少しだけ怪訝な表情を浮かべた。そして、少しだけ思考した後に答えた。
「……そういうことですか。そうですね、確かに肉体年齢で言えば今より多少幼かったでしょうが……物心はとうに付いていないとおかしい年齢ではありましたね」
「てことは、君の認識は当てにならない訳だ。君の記憶で小さい時の記憶はあるの?」
「ありません。私は気が付いた時には既に『使徒』でしたし、肉体年齢も今よりも若い位でしたから……それ以前の話は分かりません」
ステラも気付く。自分の認識の異質さに。
自分が異世界人である認識はないが、しかしこの記憶の認識はどこまでも偽物に見えてしまう。桔音の言いたい事はステラに伝わった。本当に、桔音は変な所に目敏い人間だと思う。ステラにとってはあまり認識したくなかったことだが、分かってしまえば目は逸らせないのだ。
ステラは自分の手を見つめてから大きく息を吐く。そして視線を桔音に向け直した彼女は、その口を開いた。
「……確かに、私自身も異世界人であるかどうか、否定しきれませんね。ですが、それも"あの方"なら知っている筈ですし……貴方も拠点へ行けば解いてしまうでしょうから」
「そうかなぁ……ま、いいや。分かった、それじゃあ連れて行って貰おうかな」
問答は後回しだ。今の問答だけでも、十分ステラが異世界人である可能性が出て来たから良いとする。そもそもメティスやメアリーと二連戦した後なのだ――ステラと一戦構えるつもりは毛頭ない。相性的にもあの超広域殲滅攻撃『天霆』に耐えられるかも分からないのだから。
だがこのまま桔音はステラと共にこの国を出るわけにはいかない。レイラやルル達を置いて行くわけにはいかないし、そもそも学園を勝手に出て行くのもなんなのだ。屍音をステラに会わせたら即浄化という風になる気もするのだが、その時はまぁその時だ。
屍音を殺すということに少々嫌な予感もするのだが、ステラもレイラの一件を経ているのだ。問答無用で殺しに掛かっては来ない筈だ。
「……まずは僕の仲間と合流してもいいかな?」
「……良いでしょう、それでは私はこの国の外門で待っています。荷物をまとめ次第合流して下さい」
「分かったよ。それじゃまた後で」
桔音はステラに背を向け学園の入り口へと戻っていく。
「ええ……貴方が何かを変えてくれることを祈っています」
背後でステラがそんなことを言ったが、桔音はそれを聞かない振りした。
◇ ◇ ◇
結界は崩壊寸前だったが、どうにか無事だ。ならば中にいた生徒達も無事の筈――国中の人間が死んでしまったけれど、その元凶であるメティスはもういない。此処にいるのは、桔音が救ったメティスだった異世界人だ。
それでも怒りを収められない者もいるだろうが、桔音としても既に言い訳は考えてある。都合よくその手に神葬武装『叛逆の罪姫』もあるのだ。いくらでも言い訳は出来る。
校門に辿り着くと、桔音に気が付いた様に周囲を覆っていた結界が消失した。すると、外からは誰もいない様に見えたというのに、校門には大量の生徒達が現れる。おそらく認識阻害で外からはただの学園にしか見えないようになっていたのだろう。結界が解けた瞬間、現実にそこにいた生徒達が現れたということだ。
彼らは校門を挟んだ向こう側に桔音の姿を見つけた瞬間、疑問にざわめく。何故一切出られなかった学校の外に、悪い意味で有名な生徒である桔音がいるのか、と思っているのだろう。しかも、何故か1人の少女を背中に背負っている。さぞ異質な光景に見えたことだろう。
『……どうするつもりなの? きつねちゃん』
「……」
ノエルの言葉に、桔音は何も答えなかった。代わりに、薄ら笑いを浮かべながら目を閉じる。自分の内側を探る様にして、桔音はあのスキルを発動しようとしていた。桔音の言い訳には、今あのスキルが必要だったからだ。
あのスキルは、桔音が一番最初から手に入れていたスキルであり、この世界で最も彼らしいスキル。彼はあのスキルを使って生きて来たし、あのスキルでもって死神と呼ばれた。
――今だけでも良い、僕に味方してくれよ
そして、桔音はじんわりと滲む汗を感じながら、掴み取る。そのスキルの感覚を。幾度も発動してきたあのスキルの感覚を。
そのスキルの名は、『不気味体質』
桔音の身から放たれる死神の威圧感となったそのスキルは、桔音という存在に同化したことでその本領を存分に発揮する。認識違いによる効果の半減などもうなく、その効果を完全に発動させる。
威圧感は生徒達全員を襲い、そして彼の姿は絶望的な恐怖を抱いた。自分の最も恐ろしいと思う存在として、桔音を認識してしまう。
魔獣より恐ろしく、魔族より恐ろしく、魔王より恐ろしく、死よりも恐ろしく、死神以上の恐怖の権化。恐怖よりも恐ろしい、そんな存在に――桔音はなった。薄ら笑いが恐怖を加速させるが、桔音は自分の手を操る感覚で、スキルの威力を少々落とす。
恐怖で卒倒し、死にそうになっていた生徒達はギリギリ生き延びる。重圧から少しだけ解放され、息苦しい空間の中で一歩も動けず桔音に視線を向けていた。
そして、そこまで来てやっと桔音は口を開く。
「この国の人間は、さっき皆死んだ」
事の顛末と言い訳を、始める。
「犯人は『神姫』と呼ばれる、メティスという名の少女だ。彼女はこの国中に作用する程効果範囲が広い能力の持ち主で、その能力は――『同士討ち』を強制させる能力だった」
『きつねちゃん……まさか……』
「その能力で操られた国民は、自分達で友人を、家族を、同じ国民を、騎士達を、全部殺した。国民が国民を殺して、皆死んだ」
桔音の説明は、恐怖に耐えていた生徒達を茫然とさせる。
「ふ、ふざけんじゃねぇ!! そんなわけあるか!!」
「あるんだよ。彼女はそれほどの脅威だった……結界内にいたなら分かるだろう? さっきの光の柱は、メティスの仲間がやった攻撃だ……直撃なら、君達は今頃消し炭にすらなれずに消滅していたよ? しかも、その仲間はあの攻撃をおそらく連発出来る。それぐらい脅威的な存在なんだよ……分かるだろう?」
「そんな……そんな………!!」
「……僕はこの学園の生徒だけど、同時にSランク冒険者の『きつね』でもある。だからメティスを止めに行ったけれど、殺したけれど――救えたのは、今背負っている"この子"だけだ。分かるかい? Sランク冒険者に名を連ねる僕が出向いても、救えたのは"この子"だけなんだよ」
桔音は、背中に背負っているメティスを――メティスの被害者に仕立て上げた。彼女はメティスではない。メティスは既に死に、此処にいるのはただの異世界人の少女なのだ。こうすることで、彼女に振り掛かる罪は消失する。
生徒達は理解する。この国を襲った脅威が、どれほど強大なモノだったのかを。この国を滅亡に追いやるほどの脅威が2つ。それがつい先程この学園を襲っていたというのだ。理解した瞬間に背筋に悪寒が走る。桔音への恐怖も相まって、顔面が蒼白になっていく生徒達。
だが、人間の心理は脅威が去った程度では怒りを収めてくれない。メティスという脅威は去った、先程の光の柱の脅威も、おそらく桔音が退けたのだろう。だがそれで収まってくれるほど、人は単純ではないのだ。
故に、彼らは行き場の無い怒りを"桔音の思い通り"――
「こ、このっ……ふ、ふざけんなよこの野郎がぁぁあ!!!」
「おま、お前がもっと……もっと早く動いてくれれば……!!!」
「うぁあああああ!! 殺すッ……殺してやるぁあああ!!」
――それを桔音にぶつけた。行き場の無い怒り、それを桔音にぶつけるのはお門違いだ。それは彼らもきっと分かっている。分かっていても、ぶつけるしかないのだ。理性が、その感情の叫びを押し留めてくれない。止め切れないのだ。
自分が何も出来なかった怒り、大切な国の人々が死んだ悲しみ、戦うことが出来た桔音への嫉妬、その全てが混じり合って桔音への怒りになった。
桔音はそれを全て受け止める。
そして彼は意図した通り、見事に憎悪の対象をメティスから自分へ逸らしてみせた。更に、この学園から去るだけの理由を作り上げる。後はどうにかして退学届でも出せば、彼はなんの後腐れも無くこの学園を去ることが出来るだろう。
レイラやルル、屍音、リーシェを連れて、後はこの国をステラと共に去れば良い。この国が滅びたのは桔音のせいにしてくれても構わない。なんなら、Sランク冒険者の称号すら剥奪したって良い。犯罪者として認定されようが構わない。
それを全て受け止めて―――桔音はこの国を滅ぼそう。
「残念だけど、殺されてやる訳にはいかない……でもこの学園から、そしてこの国からも消えるさ。好きなだけ恨むと良い、君達の憎悪の対象は残念ながら――僕が殺しちゃったからね」
桔音はわざとらしくそう言って、煽る様に薄ら笑いを浮かべた。
そうして増大した憎悪は、桔音の放つ威圧感と拮抗するほどとなるが、桔音がまた全力で威圧した瞬間、
生徒達は今度こそ全員失神した。




