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【書籍化】異世界来ちゃったけど帰り道何処?  作者: こいし
第十四章 魔法と騎士の学園
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愛を超えた愛の様な何か

 ――君達は一体何者なのかな?

 ……私達?


 ――神を殺すというけれど、具体的にどうするつもりなの?

 ……殺すは殺すだよ、神様は怖いモノしか作らないから


 ――『神姫』とか『天使』とかって、一体どういう意味なの?

 ……そのままの意味だよ? 私やメアリーちゃん達が、そう呼ばれる存在だから


 ――何故異世界人を殺そうとするの?

 ……この世界が不安定になるから

 

 ――その不安定ってのは具体的にどういうことなの?

 ……"分からない"――


 会話。対話。それが、桔音の取れる最善の手だった。壊れたメティスは、その手錠の付いた両腕で桔音の腕に抱き付き、ボロボロの兎のぬいぐるみを自分と桔音の身体で挟んだ状態で虚空を見つめていた。薄暗い会議室の中、蝋燭の光だけが2人を照らしている。

 今、この瞬間にもこの国の人々が死んでいっている。滅亡までは、もう数十分も掛からないだろう。メティスを殺せばその狂気も止まるのだろうか、なんて考えながら桔音は思考を続ける。幸いにしてメティスに聞きたい事はいくらでもあった。そもそも、メティス達の存在がまず謎なのだ。ソレに付いて言及し続ければ、とりあえず何も起こらない状態のまま時間を稼ぐことが出来る。


 しかし、桔音は少しだけメティスに違和感を感じていた。問答をして、しっかりと返答が返ってくるのに、その返答には具体性が無い。まるでそれがそうだからそう答えている、というような感覚。過程は関係なく、ただ結果としてそうだったからそうだと、メティスは答えていた。

 そして挙句の果てには、ステラが言っていた世界が不安定になっているということを、彼女は説明出来なかった。


 はっきりと――"分からない"と告げたのだ。


「……メティちゃん、君達の上に立っている存在は――誰だ?」


 そして、此処に来て桔音は直接ソレを聞いた。ステラ達の上に立つ、おそらく異世界人の存在。その人物に近づく為に核心に迫る。一体その人物は何故ステラ達に神を殺させようとしているのか、何故異世界人を殺そうとするのか、その真実を聞き出す。

 すると、メティスはゆっくりと視線を桔音に向けた。桔音はメティスの瞳に視線を合わせる。


「―――ッ!?」


 メティスの目には、光が無かった。そこに、先程まであった筈のメティスの意識がなくなっていた。どす黒いぐちゃぐちゃした何かが、メティスの意識を乗っ取った様だった。

 咄嗟に桔音はメティスの腕を振り払って軽く距離を取る。すると、メティスが力なく開いていた口の端から一筋赤い血が流れ落ちる。


「ごふっ……ごぼ……!」

「な……これは……」


 するとメティスの身体がびくんびくんと痙攣し、その口から溢れる様に血が噴き出し始めた。桔音はその光景を見て、一体何が起こっているんだと表情を驚愕に染める。自分の聞いたことが、何かのトリガーとなったのか、それともメティスの身体に何かが起こったのか――なんにせよ、桔音はとりあえずメティスの傍に近づきその身体を支えた。

 溢れる血を止める為に背中を擦りながら、横向きに寝かせる。テーブルの上が血で汚れるものの、そんなのを気にしている暇は無い。


 しかし、その瞬間だった。


「げほっ……きつねちゃん?」

「……大丈夫? メティちゃん」


 急激に血を吐き出したかと思えば、メティスはいきなりけろっと元に戻った。血を吐いた事など知らないといった表情で、寝転がってる自分の状態に首を傾げ始める。

 どういうことだ、と考えるまでもない。桔音は直ぐに察した。これはおそらく、メティス達の上に立つ異世界人の施した呪いか何かだと。自分の事を聞かれた時、それを答えさせない為の処置。その問いに答えようとしたら今の様になるのだろう。

 

 そして、それはメティス達が自覚出来ないようになっている。


 その異世界人はかなりの屑らしい、と認識を改めながら桔音は先程の質問を繰り返しはしない。今ので十分分かった事がある。その異世界人とメティス達は別に団結した仲間というわけではないということだ。もしかすると、その異世界人がメティス達を唆して利用している可能性すら出て来た。

 桔音はとりあえずメティスの身体に何の異常もない事を確認してから、大きく溜め息を吐いた。


「ど、どうかしたの? きつねちゃん」

「メティちゃん、僕は君の上に立っている人間に会いたいんだ。君達の拠点って、何処?」

「拠点……それは、内緒……そこに行ったら、きつねちゃん殺されちゃうもん。そんなのダメ、絶対させない、どうしても行くって言うのなら……私がきつねちゃんを監禁して一生お世話しながらダメにしてあげるんだから」


 ゾッとするほどの眼で言われては、仕方ない。だが、メティスは壊れていながらも根幹は桔音の味方なのだ。桔音はメティス自身の臆病な部分で、護るべき庇護対象、そして歪んだ愛情を押し付ける対象。メティスにとって桔音は何より優先される重要な存在になっている。ならば、彼女は今の所敵にはならない。

 ただし、桔音の行動を全肯定してくれるわけではないので、その辺りの扱いにはやはり困るだろう。ならば、早々にカードを切った方が良さそうだ。桔音はそう判断した。


 故に告げる。


「――メアリーちゃんは、死んだ」


 メアリーの死を、桔音は告げる。


「……え?」

「さっき此処に来る途中、メアリーちゃんと戦った。そして僕が勝ち、彼女は死んだ」


 メアリーと戦い、桔音はメアリーが死ぬ所を見た。その死はおよそ人の死とは大きく掛け離れたものだったが、それでもメアリーが叫び声を上げて死んだのをしっかり目に焼き付けている。彼女は確実に――


 ――人とは全く違う異質な死に方で、この世界から消滅した。


 ソレを聞いたメティスは、茫然と目を丸くする。メアリーが死んだというのは、メティスにとって普通にあり得ないことだったからだ。アレほどの神葬武装を持ち、飛ぶことすら出来るあの少女が早々に殺される筈がない。メアリーの実力はメティスも良く知っている。なのに、桔音はそのメアリーを死に追いやったという。


「……」

「僕は何が何でも、君の上に立っている人間に会いに行くよ。例え君達全員皆殺しにしてもだ」


 桔音の真剣な瞳に、メティスは動揺する。メアリーが死んだこともそうだが、桔音がこれ程強い意志の籠った眼で自分を見てくるとは思っていなかったのだ。何故、そこまでしてこの少年は自分達の上に立つ存在に会いに行こうとしているのか、それが分からなかった。

 しかし、そこまで言われれば、止めても無駄なことくらい分かる。監禁しても無駄なことくらい分かる。これは、何をしても止まらない者の目だ。


 ――でも、それでも止める。


 メティスは、ゆっくりとテーブルから下りて桔音の目の前に立った。小さい彼女は、桔音を見上げる様にして桔音の眼を見る。


「それでも、私はきつねちゃんを行かせない。行かせないもん。行かせたくない。行かせないよ。行かせるもんか……きつねちゃんは私が一生傍にいて護ってあげるんだから。一生、私がお世話して、私がいないと生きていけない位に堕落させて、私がいないと震えて泣いちゃう位私を染み込ませて、きつねちゃんの全部を私で埋め尽くしてあげるの。だから私だけを見て、私だけを感じて?」

「……メティちゃん」

「私の息を吸って、私の唾液を呑んで、私の視線に蕩けて、私の声に惚けて、私の温もりに安堵して、私の笑顔に歓喜して、私の涙を舐めて、私の手を受け入れて、私の言葉に縛られて、私の愛に駄目になって、私の嫉妬に怯えて、私の恐怖を抱き締めて、私の全部で貴方を満たして、私の全てをきつねちゃんの全部で愛してよ」


 何度も言うが、メティスは壊れている。壊れてしまった。恐怖心は桔音への盲目的な信仰にも似た強い感情で抑え付けられ、そして世界一の臆病者が抱いていた途方もない恐怖心が狂った愛情へと変わった。その感情の爆発は、最早自分自身ですら止められない。


 動き出した歯車は、もう止まらないのだ。


「行かせないよ――これからきつねちゃんは、私の吐く息で呼吸して、私の唾液で喉を潤して……私の全てで生きていくんだから……私の全てで生かしてあげるんだから……私の全部で雁字搦めにして、何もかも縛り上げて私が何もかもお世話してあげるよ? 食事も食べさせてあげる、勿論噛むなんて無駄な事はさせない……だから口移しだよ? 飲み物も飲ませてあげる……その度にキスしようね。拘束具なんて付けないよ? でも視界にはずっと私だけを入れていてね。匂いも私の匂いしか感じちゃダメだよ? 触れるのも私の身体だけ、聞くのも私の声だけ、頭の中で考えるのも私のことだけだからね? 私が笑ったらきつねちゃんも楽しくなるの。私が泣いたらワンちゃんみたいに涙を舐めて慰めて? 壊れる位強く抱きしめて、私だけを愛して?」


 そうしてくれたなら。メティスはそう言って続けた。


「――私はそれ以上に、きつねちゃんを愛せるから……えへへ」


 とても幸せそうに言うメティスは、最早愛情を大きく逸脱した好きを爆発させている。過保護を超えて、管理となり、管理を超えて束縛となり、束縛を超えて拘束になり、更に拘束を超えて支配となり、支配を超えて共支配とも言える様な領域に足を踏み入れている。


 愛するが故に、支配し、支配させる。


 自分だけで満たされ、堕落しきって、自分に思考の中まで浸食された相手を支配し、その相手に背負うことも出来ない自分を強引に背負わせる。ソレがメティスの愛の形――ヤンデレという領域を最早大きく逸脱した、歪に狂りまくった究極の最終愛。


 愛などという言葉が軽く見える程だった。

 おそらく今の彼女なら、桔音の何もかもを受け入れるだろう。例え桔音が自分以外の女と一緒にいた所で、呼吸をするようにその女を殺してその場所に自分をねじ込むだろう。そうする事が当然であるように、そして当然だと思わせるように。

 嫉妬などしない、怒りもない、殺意だって抱かない。何故ならソレら全ては全部桔音の中にあるから。自分の嫉妬は桔音の愛に変わる。自分の殺意は桔音の愛に変わる。自分の怒りは桔音の愛に変わる。


「だから―――とっても幸せだよぉ……」


 恍惚とした表情。嫉妬も怒りも殺意も悲嘆も欲情も、何もかも桔音の愛に変わるのならば間違いなく幸せだ。疑う余地なく、不正解などあり得ない程に、それは確実に幸せだ。幸せでないと、オカシイ。


「行かせないよ、行かせない、行かせないから、行かせないもん、行かせないんだから、貴方が行く場所は……私の腕の中だけだよ」

「……じゃあメティちゃん、僕は君を殺してついでにこの国を救うとしよう。それから、君達の上に立つ存在をゆっくり探すよ」


 序列第4位『神姫』メティスと死神と呼ばれた冒険者桔音。

 片方は相手を永遠に生かし続ける為に、片方は相手を殺すために、敵対していない筈の2人はお互いの主張を押し通す為に敵対関係に似た何かとなった。


 そして、異質な戦いが今――始まる。


ヤンデレの超越

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