交流授業
桔音がメティスやメアリーと出会った日の一週間後、桔音は久方ぶりに自分のパーティの全員と顔を合わせていた。
というのも、学園の授業で中等部と高等部の交流授業があったのだ。授業の主旨としては、中等部の希望者が高等部の授業を見学、体験するというものなのだが、ルルと屍音は基本的に桔音達の傍にいる感じになっている。
屍音は基本的に桔音の傍にいることを約束している。学園の規則故に、寮生活ではそれほど一緒にはいられなかったのだが、出来る限り傍にいるように言ってあるのだ。それに、週一でルルが屍音の様子を報告してくれているので、学園生活における屍音の様子もなんとなく把握している。どうやらルームメイトのおかげもあってか、今の所問題を起こしてはいないようだ。まぁ、クラスメイトからはそれほど好かれてはいないらしいけれど。
「久しぶりだねおにーさん。まだ死んでないの?」
「久しぶりだね屍音ちゃん。まだそんなこと言ってんの?」
挨拶としては上々といったところで、桔音と屍音は中等部高等部それぞれからぎょっとした目で見られている。
両者とも、中高等部それぞれでかなり有名なのだ。それも、とびきり悪い意味で有名であり、桔音も屍音も、あまり近づきたくない恐ろしい存在として認識されている。だから高等部の生徒達は桔音に暴言を吐く屍音を、中等部の生徒達は屍音の暴言を鼻で笑う桔音を、それぞれ信じられない様なものを見る目で驚いていた。
まぁ、どちらにせよこの2人が一緒に居る時点で近づきたくはないのだが――そこに獣人のルルや、桔音と一緒に居て尚特別視されているレイラ、そして密かにお姉様と女子生徒から人気を得ているリーシェが一緒にいるというのも、桔音達が視線を集めている要因でもあった。
何がどうなればそんな面々が集まるのか分からない、というのが、その場にいた全員の感想である。流石は冒険者パーティの中で最も異彩を放つパーティ『死神狐』、学園に入ってもその存在は異質だった。
『ねぇねぇきつねちゃん、なんか視線がいっぱい集まってるよ?』
といっても、周囲の認識とは違ってここには更に、幽霊であるノエルに、想いの品の中に入っているフィニアやリアという思想種の妖精が存在しているのだが――彼女達も認識出来たら最早授業にならないことこの上ないだろう。メアリーやメティスと一緒に居た時の様に、昏倒する者が続出する破目になるかもしれない。
一応、屍音と桔音が一緒に居る時点でそうなってもおかしくはないのだが、桔音が屍音に対し今のところは敵意を抱いていないこと、そして屍音の意識が桔音に向かっていることが、不気味な威圧感を軽減させている要因になっているのだろう。もしくは、レイラ達が周囲にいることがある種安心感に繋がっているのかもしれない。
ノエルの言葉に、桔音は念話でなんでだろうねと返し、分かっているくせに知らない振りをした。
「えー、静かにしろー……はい、それじゃあ今回の交流授業を始めるぞ。見て分かる通り、今日は高等部のお前達の普段の姿を見学すべく、中等部の後輩達が来てる。後輩達に幻滅されないよう、しっかり尊敬出来るんだぞという所を見せること。騎士や魔法使いの世界は実力主義、下手すれば後輩達に追い抜かれて蹴落とされることもあり得るからな!」
ざわついていた生徒達を静かにさせた教師が、そう言って高等部の面々を煽りだした。だが、言っていることは真実だ。
毎年この授業は行われているのだが、これは高等部学園生活における第一関門とも言える。無論中等部から高等部へエスカレーターしてきた生徒は、過去中等部の見学組として体験しているだろうが、それは全く関係無いプレッシャーがその肩に圧し掛かる。
後輩に実力で負け、騎士になれなかった者も過去多く存在している。故に、大概後輩よりも実力が上であるこの時期に、同じ新入生である中等部一年生に尊敬されることが出来れば――後々実力差が逆転したとしても、これがきっかけで蜘蛛の糸になる可能性もあるのだ。
新入生気分で浮かれているこの時期―――その意図に気が付ける者だけが、この隠れたチャンスを手にする事が出来る。
ここは騎士になる為の準備をする学園、楽しい学校だ。されど、"騎士と魔法使い"の学園である。教師達は彼らを立派な騎士にする為の心構えを全力で教えに来る。そして、生徒達がのびのびと努力できる環境と課題を持ち得る力全て使って用意してくれるのだ。
チャンスは、チャンスと認識出来た者だけが掴み取ることが出来る。
だが、今回の授業は事前にチャンスをチャンスと教えてくれている。高等部の生徒達はその顔に真剣な表情を浮かべた。空気がキリッと引き締まる。全員が無意識なのか、剣の柄に触れたり、大きく深呼吸したりと、各々のやり方で集中力を高めていくのが分かる。
「なんだろうね、この場違い感」
「皆真剣だねぇ♪ うふふっ♡ ……どうなるかなぁ?」
「ソンケーかぁ……うーん…………どれもつまんなそうだなぁ」
「辛口だねぇ屍音ちゃんは」
「死ね」
「いきなりすぎんだろ」
桔音の呟きに反応するレイラと屍音だったが、桔音が屍音に話し掛けると即答気味に暴言が飛んできた。あまりにもいきなりすぎて、桔音は少々びっくりしている。その反応に気を良くしたのか、屍音はにんまりと笑顔を浮かべた。
すると、教師が更に授業の内容を説明し始める。やる事は今日までの授業で培った物の披露だ。実は入学してから今日までのおよそ1ヵ月半、授業は実践授業がおおよそ7割を占めていた。つまり、授業時間のほぼ7割が彼らの実力を伸ばす為のものだったということ。
中等部レベルでは習わなかった高等テクニックや、戦術、上位魔法等々、1ヵ月半という短い時間であっても――彼らの実力は十分に底上げされたと言って良い程、密度の濃い授業の数々だ。十分な努力を重ねていれば、早い話今までの倍は強くなった者だっているのである。
全てはこの授業でチャンスを掴む為、強くなる為の1ヵ月半だった。
「今日は、今日まで培った技術を全て用いて……お前達の実力を中等部の後輩達に見せて貰う。つまり、やることは今までの授業と一緒だ……"模擬戦"を行う」
引き締まった空気に、ピリッと張りつめた緊張感が走った。
「組み合わせはこちらで既に決めてある。ああちなみに……今回は中等部の生徒とコンビを組んで模擬戦を行って貰う。つまり、此処でお前達が見せるべき能力は個々の実力ではない……しっかり考えて立ち回る様にな!」
個々の実力を見せれば良いという訳ではない。ソレが最も手っ取り早いのは、教師達も分かっているのだ。その上で、毎年こういった仕掛けがなにかしらあるのが通例なのである。
今回は中等部の生徒をコンビとしてタッグ戦を行う。それは実力の劣る中等部の生徒に出来ないことを、どれだけ自分が肩代わりし、そして上手く戦えるかが見られるということである。
具体的に言えば、後輩がやりたいと思う事をしっかりフォローしてやらせ、戦いやすいと思わせることが出来れば、それが尊敬に繋がるというわけだ。
実力的に劣る存在を如何に戦いの中で生かし、伸び伸びと実力を発揮させるか――騎士団長や隊長達のように、上に立つモノの素質を問われる課題である。
「では、コンビとなるペアを発表するぞ。呼ばれた者は前に出て、戦術を練るように」
そして、教師がペアを発表していく。次々と組まれていく中で、中等部の生徒達はあの先輩と組みたい、といった表情をちらほらと見せていた。この時期でも有名な生徒は有名なのだ。具体的に言えば、新入生代表だったレイラや、有名貴族のイケメン、将来有望な騎士候補、家系が有名な者等々である。
ちなみに、悪い意味で有名な生徒は寧ろペアになることを拒否されたりする。今回の場合、桔音はその部類に当たる。
次々と呼ばれていく生徒達。教師陣も、ペアになる生徒には気を使っているらしく、ルルのペアは同じく獣人の女子生徒だった。屍音も悪い意味で有名な生徒だったものの、組んだ生徒はそれを知らなかったのか、優しい顔で屍音に話し掛ける普通の男子生徒だった。
また、リーシェは中等部の生徒にも密かなファンを増やしていたのか、とても感激した様子の女子生徒に苦笑している。だがどうやら仲良くはやっているようだ。
そしてレイラだが――少し小柄な男子生徒と組むことになった。
憧れのレイラ先輩を前に小さな身体を更に縮こまらせる少年は、顔を紅潮させてもじもじしている。屈んで、どうしたの? と聞いているレイラだが、それは逆効果だと桔音は内心でツッコんだ。屈んだことで強調されたレイラの大きな胸は、思春期突入直後の初心な少年にとって刺激が強すぎたようだ。目を白黒させて緊張に体を硬直させていた。
だがレイラはそれに気が付いていないらしく、変なのー、と少年の頬をぷにぷにと突く。段々と増して行く緊張感にカチコチになっていっている。しかも、そこに同級生達からの嫉妬の視線が加わるのだ。気が気ではないだろう。
「くっそー……レイラさんとペアなんて羨ましいなぁ……」
「俺も中等部だったら……!」
「おい少年そこ代われ」
いや、どうやら高等部も同じ馬鹿がいるらしい。思わず溜め息を吐いてしまう桔音である。
すると、
「高等部Aクラス――きつね」
「おっ」
唐突に桔音の名前が呼びだされた。次はどうやら桔音の番らしい。途端に空気が張り詰める。高等部の生徒達も、中等部の生徒達も、きつねという人間のペアになる相手は気になるらしい。
途端に静かになった数秒後、教師はペアの相手を発表した。
「中等部Bクラス――フラン・エリュシア」
途端に生徒達がざわめいた。なにせ、高等部の中で最も問題児である生徒と、中等部の中で最も優秀な生徒がペアを組んだのだから当然だろう。しかも、現在フランは騎士団長を失ってショックを受けているタイムリーな時期だ。人の心を抉る様な発言をしてくる桔音が、フランに色々と妙なことを言わないか不安にもなるだろう。
だが、飄々と前に出る桔音と、凛とした雰囲気を纏いつつ前に出てくるフラン。両者は向かい合うと、ふと笑みを浮かべた。
「よろしくフランちゃん、調子はどう?」
「要らぬ心配よ、何処かの愚か者のせいで落ち込む暇もなかったから」
軽口を言い合って握手をする桔音とフラン。
この一週間、フランは最初こそ騎士団長の件で落ち込んでいたのだが、桔音がしつこいくらいにいつも通りフランに絡んでくることで、フランもいつも通りの調子を取り戻すことが出来ていた。騎士団長である父親が死んだのは確かに彼女の心に大きな衝撃を与えたが、それで何時までも不安定なままでは居られない。
殺されたというのなら、その犯人を探すなり、出来なくとも彼女なりに出来ることがあると、なんとか立ち直ろうと努力している様だ。完全ではないものの、悲嘆よりも強い意志があったということなのだろう。
思わぬやりとりに驚く生徒達だが、2人が同居人であることは誰にも知られていないので仕方の無い事だろう。
「まぁ、安心すると良いよ。僕が君を勝利へ導いてあげるから」
「愚かね、逆よ――私が貴方に勝利のおこぼれを与えてあげる」
反発しているようで、息の合った2人。その姿に周囲の生徒達は得も知れぬ威圧感を感じた。問題児と優良児、このコンビがもしかしたら――最も厄介なコンビなのかもしれないと、そう思ったのだろう。
そして桔音がそのポケットから漆黒の棒をずるずると取り出した瞬間、ざわついていた周囲がまた沈黙に陥る。今まで全ての実践授業において相手の剣を回避することしかしてこなかった桔音。その手で防御すらしなかったその桔音が、初めて見せた己の武器。剣でなく、盾でなく、ただ漆黒の棒。見たことも無いその武装をくるりと回した桔音は、不気味な薄ら笑いを見せる。
しかし、
「きつね、模擬戦は実践武器禁止だと言っただろう。此方で用意した刃引きされた剣を使え」
「あ、はーい」
桔音のその武器は、教師の一言ですぐポケットに戻されたのだった。




