入寮
レイラと戦い色々と能力を確認した翌日、桔音達は入学式ということで学園に来ていた。
学費の振り込みなどは合格したあとすぐに現金でギルドを通して済ませてあるので、桔音達はとりあえずいつもの服装で新入生の列に並んでいる。新入生達は基本的に私服か正装で並んでおり、見た目と私服か正装かで貴族か平民かがはっきり分かるようになっていた。桔音達もそのおかげで目立ってはいない。
元々この学園に入れば制服を着ることになるのだから、現時点での服装などそれほど問題ではないのだろう。桔音は学ランなので正装といえば正装なのだが、この世界では通用しない。
学園側で決められた順番に並んでいるので、桔音達は一緒にはいない。それぞれが決められた場所に並んでいる状態だ。故に桔音は一緒にいるフィニアとリア、そしてノエルに話し掛けながら暇を潰している。心配なのは魔王の娘、屍音だが―――いざとなればノエルに拘束してもらう算段になっているので、あまり不安というわけでもない。
長い教師陣の話は、地球でなくとも同じ様だ。周りを見渡せば同じ新入生である少年少女達もうんざりしたような表情を浮かべている。桔音はある意味懐かしいその光景に苦笑し、今度は教師陣の座っている場所へと視線を向ける。
「!」
すると、そこにはとても目に付く橙色がいた。アシュリーだ。腕を組み、足を組んで、大きな帽子を深く被ったまま寝ている。余程退屈だったのだろうな、と桔音は内心でその態度に同意した。おそらく桔音が同じ立場だとしたら、普通に寝ていたことだろう。
「――続きまして、新入生代表挨拶……」
司会が式のプログラムを淡々とこなしていく。現在は新入生代表挨拶らしい。初等部の男の子が壇上に上がって行くのが見え、その表情は少し緊張している様にも見える。微笑ましいなぁと見ていると、男の子は傍目からでも分かるほど大袈裟に深呼吸をして、事前に用意していたスピーチ用紙を読み始めた。
内容は地球で読む様なものと同様のもので、これから精一杯学んで行きます的なことを述べている。所々噛んだり詰まったりもしていたが、最後まで読み切ると、ふぅと息を吐いてぺこりと頭を下げた。その姿にハラハラしていた者もいたのか、一拍後に大きな拍手が響いた。
えへへと照れ臭そうに頭を掻きつつ、彼は壇上を下りていく。
すると、今度は中等部の列から綺麗な女の子が壇上へと上がった。碧銀の髪にウェーブが掛かっており、キリッとした瞳が特徴的で、凛とした空気を感じる少女だ。彼女は先程の少年とは違って全く緊張した様子はなく、堂々と壇上へ登って綺麗なお辞儀をした。
感心する桔音の周りでも、おぉ、と思わず漏れた様な声が聞こえたので、それほどまでに魅力というかカリスマに溢れているということなのだろう。
そして彼女はスピーチ用紙など用意していないかのようにすらすらと挨拶を述べていく。内容は中学生とは思えない程整然としていて、且つ自分の言いたい事をしっかりと織り交ぜたもの。桔音としては、地球ならきっと大成したことだろうと思わざるを得ない。素晴らしい挨拶だった。
「うーん、レベルたっかいなぁこの学園」
挨拶を終えた彼女を、先程の少年の時以上の拍手が包み込み、その音の中で桔音はそう呟いた。
『綺麗な子だったねぇ……ふひひっ』
「あ、高等部の代表の番みたいだよ、きつねさん」
「ん? うん、この空気の後にやるのはキツイ―――ってあれ?」
『ふひひひっ♪』
桔音がノエルとフィニアの言葉に壇上を上がる人物を見た。高等部代表の生徒だ。
ふんわりとした白い髪を靡かせ、赤い瞳を爛々と輝かせる少女。黒い外套を纏った彼女は、先程の少女と同じく堂々と壇上へと登っていくが……纏う空気は正反対にとても緩やかでふわふわしている。いつも被っている黒い帽子は腰に付いた鎖に繋がれており、スキップでもしそうな程軽快な足取りで壇上中央に辿り着いた。
「えーこんにちわ♪」
驚愕する桔音を余所に、高等部新入生代表レイラ・ヴァーミリオンはそう言ってにっこり笑った。
ほぅ、と周囲からその笑顔に見惚れたような溜め息が幾つも聞こえた。レイラは知っての通り見た通り美少女だ。恋を知って更に魅力を増した彼女の笑顔は、今や何も知らない男子達を一瞬で恋に落とす程の魅力を持っている。つまり、高等部首席入学の彼女は、一瞬で同級生の男子達を自身の虜にしてみせたのだ。
彼女は挨拶は続く。
「えーとそう、この学園に入学したということで、学園生活がとても楽しみです♪ こーんなにいっぱい人がいる光景は初めてだからちょっと緊張しちゃうけど――」
ふと、桔音の方を見てきたレイラと目が合った。
「――うん♪ 優しそうな人もいるし、安心した♡ あとなんだったっけ……そうそう、とても有名なこの学園に入学出来たことを誇りに思い、これから一生懸命学び、皆と競い合い、その上で切磋琢磨していきたいなと思います♪ 先生方、先輩方、そして同じ新入生の皆さん、これから……よろしくね♡」
ぺこりと頭を下げたレイラは、頭をあげた後満面の笑みを浮かべた。それがまた男性陣の心を討ち抜いたようで、桔音の周囲にいた男子達が燃え尽きた様に、しかしとても良い笑顔で鼻血を出して倒れていった。こいつらとは仲良く出来そうだと桔音は感想を抱く。
貴族の男子達はプライドなのか倒れたりはしていなかったが、赤面して俯く者もいれば、レイラが平民ということで嫌らしく値踏みする者もいる。どちらにせよレイラの魅力に惹かれたという部分では変わらない。
ふい、と視線を移してみると、教師の中でも数名男性教師が頬を紅潮させていたり、緩みそうな唇を隠している者がいた。これでいいのかアースヴァルド学園。
「それじゃあこれで挨拶を終えたいと思います♪ 新入生高等部代表、レイラ・ヴァーミリオン♪」
またぺこりと頭を下げてから、レイラは笑顔のまま軽く手を振って、また軽快な足取りで壇上を下りていく。桔音の方を見て手を振っていたので、おそらくは桔音に手を振ったのだろうが、周囲の生徒達は――というか思春期真っ只中の男子生徒達は自分に手を振ってくれたんじゃね? という期待と妄想に胸がいっぱいになったらしく、だらしなく破顔していた。
「新入生代表なんて聞いてないんだけど……」
「きつねさんが一昨日散歩に出てる間に言ってたよ。合格発表の通知を貰った時に一緒に言われたんだって」
「成程、タイミング合わなかっただけか」
「きつね君にはヒミツ♪ って言ってたから確信犯だと思うけど」
「レイラちゃんの癖に生意気な」
レイラが新入生代表だなんて全く知らなかった桔音は、自分がいなかった時に教えられた事実をフィニアに教えて貰って、小生意気なレイラに苦笑した。なんというか、記憶がないせいかダイレクトな感情表現がなりを潜め、心理的な駆け引きの様な事をし始めたのだ。
このまま成長されると、心理的に異性の心を手玉にとる小悪魔レイラとなるかもしれない。と桔音は少しだけ今後の成長に一抹の不安を抱いた。
その後恙無く進んで、入学式は終わった。
◇
入学式が終わると、新入生達はそれぞれ次のスケジュールを行う。
今日新入生は入学式、寮への入寮手続きと鍵の配布、身体測定、制服の配布など、かなりスケジュールが濃い。制服の採寸などしていないのに、何故既に制服が用意されているんだろう? と桔音は疑問に思っていたものの、どうやらこの学園には鑑定の魔眼を持つ女教師がいるらしい。
もう使えないが桔音が持っていたステータス鑑定能力の、身体情報版といえば良いだろうか。スキルや称号やレベルや名前や種族等々は見ることが出来ないのだが、代わりに能力値や身長体重座高スリーサイズ、足のサイズ等々見ることが出来るらしい。
そして制服はあらゆるサイズが既に作られており、その場でサイズを見てそのサイズに合った制服を渡すという形式になっているようだ。
何故かというと、教師といえど自分達の体重やスリーサイズを測らせるのは嫌だと、貴族達が駄々を捏ねたからだ。それらを測るということは、つまり服を脱ぐということ。貴族としては素肌を他人に見せることに抵抗があるのだろう。それ故にこういう形式が取られている。
多少大きくても、成長の予定範囲内という目で配布されているので、特に問題はない。また、趣味に凝る者は自分で制服を改造したりもするので、この時点で特にサイズの誤差は気にならない。
新入生の数は多いので、入寮手続きと部屋の下見をするグループ、身体測定をして制服を受け取るグループの2つに分かれている。桔音は制服を受け取るグループの中だ。
「ん……? 能力値が見えない……まぁ良いわ。サイズは……はい、コレね。入学おめでとう」
「ありがとうございます」
測定を受けて制服を受け取る。見た所、制服はブレザーの様だ。学ランが基本だった桔音としては、中々新鮮な感じがする制服だ。とはいえ、女子の制服が可愛いのでその辺は気にしない。
制服を貰ってから、桔音は列の邪魔にならない様にそそくさと去っていく。制服を配布された生徒は、続いて入寮手続きへと向かう。
入寮手続きといっても、既に振り分けられている部屋の鍵とそれを受け取ったという署名をするだけだ。制服の採寸と配布と同じでさほど時間は掛からない。
この学園の寮は、かなり大きい初等部から高等部までの全生徒が入る『霜天寮』と、大学生の入る少し小柄な『星霜寮』との2つに分かれている。
『霜天寮』では初等部から高等部までの生徒が入寮しており、基本的に2人部屋故に相部屋の相手がいる。その相手は必ずしも同級生というわけではなく、例えば初等部の子と高等部の子が相部屋になることもあるのだ。
その意図としては、幼い頃よりずっと上の生徒の姿を間近に見ることが出来るし、相部屋故に気軽に何か相談したりすることが出来る環境が生まれる、という所にある。また年下を見ることで初心を思い出す機会に恵まれ、かつ後輩に格好悪い部分は見せられないという意地から、真面目に努力するという後押しにもなるのだ。
つまり、相部屋のパートナーと仲が良くなればなるほどその効果は発揮され、お互いがお互いを伸ばす促進剤になるのだ。実際、そのおかげで成長出来たと述べる卒業生はかなり多かったりする。更に言えば、卒業後のつながりにもなるのだ。先に卒業した者が、後から卒業した後輩に相部屋だったという繋がりで仕事を紹介したりすることもある。
その仕事を足掛かりに名をあげていく者もいるので、やはりこの寮も将来に繋がるシステムとなっていた。
「というか、屍音ちゃんは相部屋の子と仲良く出来るのか……? 寮だから目の届かない場所にいることになるけど……不安だ」
気分はすっかりお父さんだ。だが、そこまで年老いたつもりはないので、お兄さんということで自分を納得させた。魔王の娘の兄とはこれは中々奇妙な立ち位置だ。となるとルルも妹的立ち位置なので魔王の娘の姉となるのだろうか。
「止めよう、なんだか不毛な思考だった」
制服を持ったまま、桔音は寮へと向かう。道には在校生が立っていて、道案内をしてくれているので、道に迷う事は無さそうだった。
そして大きな寮と小さい寮が見えて来た辺りで、桔音は立ち止まる。そして遠目で2つの寮を見た。大分綺麗な風貌で、綺麗に配置された木々や花などの自然に囲まれている寮は、正直言って壮観だ。あの場所にしばらく住むのかと思うと、なんだか場違いな印象を抱いてしまう桔音。すっかり冒険者暮らしが馴染んでしまっているようだ。
すると、
「貴方、邪魔よ」
「ん?」
後ろから掛けられた声に振り向くと、そこには先程の中学生。碧銀の髪をウェーブにした美少女がいた。凛とした空気を纏った、中等部新入生代表、名前は確か―――
「誰だっけ?」
「……貴方、入学式にいなかったの? それか入学式で寝てた愚か者ね」
「ああ、君のスピーチは聞いてたよ。ただ君に興味は無かったかな」
「…………そう、まぁいいわ。邪魔よ、道を空けなさい」
現れたのは中等部代表の少女だ。だが、桔音が自分のことを知らないと言った様子を見せると、少し不満気に表情を曇らせてから会話を切り上げた。元々桔音に興味は無かったらしく、さっさと入寮手続きを済ます腹積もりのようだ。
桔音も意地悪するつもりはないのか、素直に道を譲った。道は広いから避けていけばいいのにとは思うものの、そこは年上としての余裕という感じで心の中だけに収める。
しかしまぁ行き先が同じならば、会話相手にとばかりに桔音は通り過ぎようとした彼女に声を掛けた。
「僕も一緒に行っても良いかな?」
「……隣を歩くだけなら貴方の自由よ」
声を掛けられるとは思っていなかったのか、彼女は少し目を丸くしたものの……すぐに表情を凛としたものに戻すと、そっけなくそう言ってまた歩き出した。
桔音はそんな彼女に苦笑し、自分の肩程の身長である彼女の隣を歩く。特に会話は無いが、ざわざわと新入生達の放つ雑踏の音の中、彼女の視線を度々感じた。
そして寮へ辿り着き、それぞれがそれぞれの部屋の鍵を受け取り、その受け取りのサインをする。それから彼女は何の言葉も無いままに踵を返して去って行った。
桔音はそんな彼女に苦笑しつつ、貰った鍵の番号を見た。
「うん、それじゃ部屋の確認と行こうか」
桔音はそう言って聳え立つ寮の中へと入って行った。
中には広いホールがあり、綺麗な装飾のある階段があった。繋がっている廊下には幾つもの部屋が見え、新入生達がそれぞれの部屋を探して歩いている。桔音も階段を上っていき、自分の部屋を探した。階段を上っては部屋を隅から確認していき、自分の番号の部屋を探して行く。
そして―――
「あ」
「……邪魔よ、どいて」
―――やっと自分の部屋を見つけた、というところでまたあの彼女と出会った。
「ここ、君の部屋?」
「そうよ、ほら」
「……僕と同じ番号だね」
「嘘でしょう? そんなわけ……どういうこと?」
部屋番号が同じ鍵、それを見せ合いお互いに目を丸くする。相部屋といっても、同性同士が通常だ。普通異性で相部屋になることなどない。なのに、桔音と彼女は同じ部屋に振り分けられている。困惑する桔音と彼女は、少しの間硬直してお互いの顔を見合った。
そしてお互いに考えた結果、ゆっくりと2人は動き出す。彼女が自分の鍵で扉を開けて、中に入る。桔音も続いて部屋の中へと入って行った。
「後で考えましょう」
「そうだね」
結論、後で考えるという結論を出す程度には――2人ともマイペースだった。




