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【書籍化】異世界来ちゃったけど帰り道何処?  作者: こいし
第十四章 魔法と騎士の学園
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剣をなぞる拳

 スキルが使えない――正確には使いこなすことが出来ないという事実が判明した後、明け方まで戻って来なかった僕を心配してレイラちゃん達が僕を迎えに来た。ルルちゃんに手を引かれて眠たそうにしていた屍音ちゃんも来たのは、少しだけびっくりしたけれど、散歩に出ると言ってずっと帰られなかったんだ。心配させてしまったことだし、素直に謝った。


 とりあえず全員が僕の無事を確認したということで、一旦宿に戻って来ている。

 そして皆に僕のスキルが今使えなくなっているということを伝えて、実質ほぼ無力な人間だと思ってくれていいということも伝えた。

 だが、フィニアちゃん達は驚きはしたものの、それほど残念だといった表情はしていない。寧ろ俄然やる気が湧いて来たような、何か漲っている様な表情に変わっていった。どうしたのだろうかと思って理由を聞いてみたら、


「そんなの関係無いよ、きつねさんは私が護れば良いんだし!」

「きつね君が無防備ならそれはそれで好都合かな♪」

「寧ろ、今までお前が前線に出過ぎなんだ。戦闘回数の多さもアレだが……これを機会にもっと私達を頼ってくれ」

「きつね様は、私が護ります……!」


 そんな感じに言ってくれた。弱くても構わない、それならそれで自分達が護る。それだけの話だと。

 全く、本当に良い仲間を持ったよ。もう僕無しでも十分やってけるんじゃないのかなぁ、この結束力は。各々の能力は最早Sランク下位中位にも匹敵する位になっているんだし、正直過剰戦力だよね。言うとそろそろ皆Sランク認定されてもおかしくないと思うんだけど。


 まぁそんなことはどうでもいいか。今の僕がやるべきことは、合格かどうかの確認を待つこと、そして早めにスキルの使用を解禁することだ。今の僕は『死神の手(デスサイズ)』を通じてでしかスキルを発動出来ないし、能力値的にもどう変わったのか分かっていない。だから早々に色々と確認が必要だ。

 特に重要なのは防御力だね。僕の一番の武器――いやメイン能力とも言える盾だからね、その辺しっかり確認しておかないといけない。後でリーシェちゃんに吸血ついでで噛みついて貰おう。そうすれば防御力がどうなっているか判断がつく。少なくとも歯が通らなかった時点で、リーシェちゃんの筋力値を大きく上回る防御力ってことになるね。


「ありがとう、それじゃまぁ今日はどうしよっか」

「入学式は明日ですので、それまでは暇ですね」

「成程、じゃあそうだね……とりあえずはご飯食べよっか」

「はーい!」


 とりあえずの方針を決めて、僕達は行動を開始する。ご飯を食べた後はどうしようかな、とりあえず皆僕を探してて寝てないだろうし……お昼寝でもしようか?

 まぁ僕は睡眠自体は取ったし、さくっと身体やスキルの使用云々の調査をしないとね。あの学園では結構武闘派な生徒達が多い様だし、いざという時に自分の身を護れないっていうのは中々辛いものがあるからね。アシュリーちゃんにも呆れられない様にしないと、いざって時にまたぶっ殺されちゃうよ。今は『初心渡り』も使いこなせない状態なんだし、下手な行動はしないようにしないと。


 とはいえ、やるべきことはやっておかないとね。まずはご飯だご飯。


「それにしてもきつね君……なんか昨日より良い匂いがするね♡」

「え、そう?」

「うん♪ それと……両眼共黒くなってるけど、何かあったの?」

「マジで?」


 レイラちゃんが僕の顔を覗きこむようにしてそう言ってくる。どうやら僕の身体は外から見ても分かりやすい形で変化している部分があるようだ。匂いに関しては全く心当たりが無いけど、瞳は虹彩異色から元の黒目に戻っているみたいだね。


「ホントだ! きつねさんの瞳、以前より黒くなってる!」

「え、どんな黒さ?」

「前がヘドロみたいな黒だとしたら、今は漆みたいな感じ? なんか澄み切った黒って感じがする!」

「ヘドロみたいな黒って何? それ遠回しに僕の目腐ってるって言ってない?」


 フィニアちゃんも僕の眼を覗きこんで来て、それにつられるように皆が僕の顔に視線を集中させた。気がついてはいたんだろうけれど、フィニアちゃん並に色の変化に気が付いていた訳じゃないみたいだ。

 まぁどうでもいいけど、そういえば視界が何だか前よりクリアな気がしてきた。具体的に言えば、窓の外から結構遠くにある城の全窓にある四角形の数が数えられる位にはクリアな気がしてきた。もしかして敏捷値が肉体に還元されたことで、視力とか動体視力とか色々その他多くの感覚器官も強化されたってことなのかな? おお、発見だねぇ。色々考えててあまりそういうのに気が回って無かったよ。


 ってことは、耳も鼻も舌も肌も色々強化されたってことで良いみたいだね。耳を澄ませば雑踏の中から足跡の数を聞きわけることも出来るし、鼻に集中すれば皆の匂いも1つ1つ違いがはっきり分かるし、目を閉じても周囲の空気の流れとか気配が肌で分かる。以前には出来なかったことだ。

 うん、これをあの最強ちゃんも持っているとしたら――この感覚器官の強化も超感覚の一端なのかもしれない。まぁ五感が高いのは前提条件で、彼女の超感覚は元々第六感的な本能とかが関与しているんだろうけどさ。

 でもなんかずるいよねぇ、こんなの持ってたんだあの子。くっそー、卑怯な……! っと、ソレは置いておいて、レイラちゃん達に説明はしておこう。


「さっきのスキルが使えないこと関係でどうやら目も元の色に戻ったみたい」

「説明は省略?」

「んー、説明が面倒なのもあるけど……色が変わっただけで特に変化ないから説明する事もないんだよね」

「ふーん……そっか、じゃあいいや。きつねさん、ご飯食べに行こう!」


 フィニアちゃんが少し離れると、皆もちょっと珍しいといった反応だけで引いてくれた。神様とか奴隷の少女アイちゃん(?)とか説明面倒臭いし、ありがたいね。


 そう思いながら、僕は部屋を出ていく皆に付いて行き、部屋出てから後ろ手で扉を閉めた。



 ◇ ◇ ◇



「それで、私はどうすればいいの?」

「うん、軽く僕と戦って貰いたくてね」


 朝食を終えて、桔音はレイラと対峙していた。

 場所はクレデール王国ギルドの訓練場。とりあえずはパーティとして挨拶を交わしておく為に来ただけなので、依頼は受けずついでとばかりに訓練場を使用させてもらうことにした訳だ。

 目的としては、桔音の身体能力というか肉体の変化を確認する為。戦闘としてはレイラが一番桔音に近い戦闘スタイルを持っていて、使う力もかなり近い。故に彼女に相手を頼んでいる。後でリーシェに噛んでもらう方法を試すつもりでもあるが、戦闘においてどれほど通用するのかを試すつもりなのだ。


 レイラはその手に瘴気で作った2本の瘴気剣を持っており、地面をその黒いブーツを履いた足で均しながら佇んでいる。桔音と戦うことに関しては命の取り合いというわけでもないので、特に異論もないようだ。

 しかし、桔音が今無力な人間と同じレベルと聞いた後では中々気後れしてしまうのも事実。実際レイラは桔音に対して刃を振るうのは、ちょっと危ないんじゃないかとすら思っている。何せ、無力な人間といってもどの程度まで無力化しているか分からないし、あの防御力まで失ってしまっているのだとしたら、それこそ危ないどころじゃ済まない。


「まぁ、軽くね。当たってもある程度なら大丈夫だよ。フィニアちゃんもいるし」

「うーん……まぁきつね君がいいなら良いけどさ♪」

「じゃ―――始めよっか」


 桔音がそう言った、と同時にレイラが地面を蹴る。その速度は常人からしてみれば消えたと錯覚してしまう程速く、トップスピードに乗るまでのタイムラグがほとんどなかった。即座に彼女の足は桔音の懐まで踏み込んでおり、その剣も横薙ぎに振り抜かれようとしている。

 しかし、レイラの赤い瞳が見たのは……桔音の漆黒の視線。そう、桔音の瞳はレイラの動きを最初から捉えていた。動き出しの一歩目から、一気に目の前まで飛ぶような移動を見せた歩法まで全て見ていた。


 だから、レイラが振り抜こうとしたその時に、桔音は手の甲を刃に添えていた。


「―――ッ!?」


 ガギ、という鈍い音と共に漆黒の刃が桔音の手の甲に弾かれた。レイラは瞳に驚愕を浮かべながらも、弾かれて勢いを利用して片足を軸に回転、返すように斬り上げの一撃を繰り出す。円を描くように足先が地面をなぞり、桔音の足の横へと付けると、上半身は捻る様にしてその漆黒の刃を振り回していく。

 桔音はその場から一歩も動かずにその全てを手の甲で弾き返した。まるで腕に手甲を付けているかのような硬さ……レイラは刃を通して手に伝わってくる痺れを感じ、若干表情を歪めた。


 最も不気味だったのは、桔音に一切攻撃してくる気配が無い事だ。今までの桔音であれば、カウンター狙いではあったものの、自分から攻撃を繰り出して相手を動かそうとしていた筈。それなのに、今の桔音からは一切その気配が感じられない。

 

 まるで――


「――……手を抜いてる?」


 一端地面を蹴って距離を取る。それでも追って来ようとはしない桔音を見て、更にその疑惑を深めた。レイラは首を傾げながら、桔音に問う。

 すると、桔音は苦笑しながらもこう答えた。


「いや抜いてないよ……今も全力でレイラちゃんの猛攻を捌いてる」


 嘘は吐いていない。桔音は本当にレイラの猛攻を必死に捌いていたのだ。


「それにしては……攻めっ気がないね♪」

「攻める力がないからね。僕は今後攻撃に転じるつもりはないよ……耐えて、生き延びることが僕の戦い方だから」

「……あはっ♪ 確かに今のきつね君には一太刀も入れられる気がしないかも♡ うふふうふふふ♪ 身体が疼いちゃうよぉ……♡」


 桔音の言葉にレイラはお腹を抑えながらニコニコと笑う。記憶が薄い故に、彼女は恋愛感情を理解したて。故に彼女の桔音に対する反応は以前の食欲の方によく似ていた。桔音も少しばかりその違和感を感じたものの、レイラが首を傾げて疑問符を浮かべて来たので頭を振って疑問を打ち消した。


「とりあえず、もう一丁お願いできるかな」

「いいよー♪ 但し……今度はもうちょっと本気で行くからね♡」

「望む所だ」


 桔音とレイラはそれぞれ構え、同時に動き出す。レイラが一瞬で斬り掛かり、桔音が斬り掛かられる前にソレを弾き飛ばす。

 二刀の高速連撃は最早剣撃の嵐と言っても良い程の斬撃数。最早その空間の中に刃が通っていない場所など存在しないかのような、それ程の攻撃だった。

 にも拘らず、桔音は彼女のその剣撃の嵐を両の手で弾き返す。剣が振るわれる瞬間に拳が剣の側面をなぞる。なぞった時には手首を返すように刃が弾かれていく。そして弾いた手は直ぐに次の剣へとその軌道をなぞっていく。


 鈍い音が連続して響き、最早剣と拳の衝突する音が幾つか同時に響くほどだ。


 両者の顔には笑みが浮かんでいる。浮かんでいる笑みが、両者の勝負の楽しさを物語っている。

 楽しい、楽しい―――命の削り合いではなく、武の競い合い。どちらが勝つか、レイラが一撃を入れるのか、桔音が一撃も入れさせないのか、それのみを競う演武と言っても良かった。


「あはははっ♪」

「あははッ」


 笑う2人は、楽しげで……その武の競い合いの音は、城から聞こえてくる昼を告げる鐘が鳴るまで続いた。



桔音の肉体変化は追々纏めて説明が入ります。

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