実技試験
実技試験。アースヴァレル学園の歴史の中で、この試験は所謂自分という存在を最もアピール出来る試験であり、この試験の中でどれだけ自分が有能な力を保有しているのかを示すことが出来るかで、筆記や面接という試験の結果を覆すことも可能である。
その試験の空気は、試験というよりも最早行事と言っても良い程の熱狂ぶりをみせることで有名だ。一般人は無理ではあるものの、この試験は在校生であれば観覧する事が出来る。入学前に有望な新入生を見ておく事が出来、新入生全体の質を測ることも出来るので、例年在校生の約7割はこの試験を見に来る。
桔音達はその実技試験の会場、アースヴァレル学園内の『闘技場』へとやって来ていた。
この『闘技場』は創立時より存在しており、主にイベント事で使用される場所だ。普段も開放されてはいるが、この場所は学園の歴史ある場所なのであまり使用されることがない。まして、『中庭』も十分広い場所であり、『闘技場』を使う程の用件は大抵そこで済ませることが出来る。そういう理由もあって、この『闘技場』は主にイベント事の時に使われる。
「いやぁ、中々騒々しい試験だねぇ」
『闘技場』に設置されている控室で、研究型以外の受験生達は各々自由に待機している。剣の点検をしている者も居れば、魔力を練って集中力を高めている者もいた。魔法具を作ったり魔法を研究したりする方面の研究型の受験生は、他の場所で試験中だ。
桔音達はその中で一ヵ所に集まり、進行中の試験を見ている。魔法具らしい鏡の様な機械に映る試験会場の様子は、まるでオリンピックか何かの様な熱狂ぶりを見せている。音声は無いけれど、映っている在校生達や教師陣、そして試験を受けている受験者の様子を見ればその興奮は十分伝わってくる。
この試験は初等部から大学までの生徒を全員まとめて試験する。といっても、初等部と中等部と高等部と大学、それぞれで試験内容は違う。
初等部を例に挙げると、今年はどうやら1人ずつ前に出て30秒程のアピールタイムの中、好きなことを好きにアピールする、という試験内容らしい。30秒の間であれば何をしても良いし、失敗してもやり直しが可能だ。
全て終了するにはかなり時間が掛かるものの、それぞれの持つ特技というのはそれぞれで違う故かあまり飽きることはないし、稀に現れる天才が見せる技は見ている者を魅了する。
「初等部から順々に行うみたいだから、僕達の順番はまだまだ先だろうけど……皆は何をするの?」
「私は普通に『先見の魔眼』を使った剣技を見せようと思うが……まぁ試験内容はその時まで知らされないからな、臨機応変にやるさ」
「なるほど」
現在は初等部の子供達が試験を受けている所だ。初等部から順々に行われる試験故に、桔音達は大分暇になるのだが……この試験はその時になるまで試験内容を知らされない。
つまり、そこで臨機応変に対応する能力や提示された課題に対する即興力、そしてその中で冷静に自分をアピールする力を見ているのだ。実技試験では、そういう細やかな場所でも隅々まで採点される。そういう面ではかなり厳しい試験ではあるだろう。
だが、裏を返せば隅々まで見て貰えるということ。こんな試験を行う側の責任として……分かり辛い能力であろうと、ぱっとしないアピールだろうと、その真意までしっかり汲み取ってみせるという意志の表れでもあるのだ。
「んー……じゃあ僕はどうしようかなぁ……全校生徒を皆殺しにでもする?」
「それは駄目だろ」
「やっぱり?」
「おにーさんってさー……時々頭おかしい事しようとするよね、死ねば?」
「頭おかしいとか君に言われたくはないんだけど」
屍音の言葉に、桔音は凄まじく嫌な顔をしてそう言った。頭のおかしい屍音に、頭がおかしいと言われるのは癪に障った様だ。特に、そのことで死ねと言われることに関しては尚更納得がいかない。頭がおかしい事に対して死ねと言われるのなら、頭のおかしいお前は今すぐ死ねよと思った。
とはいえ、そのことは一切口に出さない。桔音は必死に自分を自制した。ソレを口に出さないことが大人だからと、桔音は必死に青筋を立てながら笑顔を浮かべるのみ。屍音はそんな桔音を見て、きょとんと首を傾げていた。
「ふー……で、そんな屍音ちゃんはどうするの?」
「試験内容分かんないじゃん。何するかなんてまだ決めてないよ、それくらい分かんないの? はぁ……あったま悪……死ねばいいのにったぁ!?」
「どうしたの? 変な声をあげて」
「おにーさんが私をぶったんじゃん! 何!? 私何も悪いことしてないじゃん!」
桔音の質問に対する屍音の返答は、桔音の鋼の精神を容易に打ち破る。桔音は屍音の頭をグーで殴った。特に痛くは無い筈だが、唐突に殴られたことで反射的に痛いと言ってしまうアレだ。頭を抑えて髪の毛を整えながら、屍音は桔音を涙目で睨みつけた。
何もしていないと言う屍音だが、あの暴言を以って悪い事をしていないという屍音の感性に呆れた桔音は、ハッと鼻で笑った。
視線が衝突し火花を散らす。怒りと怒りがぶつかり、また視線の喧嘩が起こっていた。これもまぁ一種の日常になっているから、リーシェがいつもと同じ様に溜め息を吐いた。
といっても、魔王クラスの化け物が喧嘩しているという事態はそんな溜め息で見逃して良いものではないのだが……その辺はやはり気にしてはいけないのだろう。とりあえず、マジバトルに発展しないあたり周囲の受験生達は命拾いしている。
「あ、そろそろ中等部の試験が始まるよ」
「試験内容も発表されてるな……何々―――」
桔音が地団太を踏む屍音を無視しながら、鏡に映る映像を見る。そこには初等部最後の受験生がアピールを終えたシーンが映っており、次の瞬間には中等部の試験内容が書かれた看板へと視点が移った。待機していた受験生達、時に中等部の生徒達が映像に視線を向ける。
そこには、こう書かれていた。
「……受験生同士の模擬戦、ですか」
中等部実技試験内容、それは受験生同士の模擬戦だった。1対1で戦い、その実力を見せるという試験。無論、魔法具を作ったり、魔法の研究をしたりする方面に進みたい受験生は予め願書の方で把握しており、その受験生達は別の試験内容でしっかり見させて貰うことになっているので、問題はない。
「ルルちゃんと屍音ちゃんならまぁ……大丈夫じゃないかな」
「頑張ります」
「勢い余って殺しちゃうかもしれないよ?」
「駄目だよ、手加減すること。殺さない程度……あー……後遺症を残さず、気絶する程度ならダメージを与えても良いから」
「つまんないの」
桔音の言葉に屍音はそっぽを向きながら溜め息を吐いた。手加減というものがあまり得意ではない、というか好きではない屍音は、その言葉に対して心底面倒臭いという表情を浮かべている。
だが、桔音によって縛られていることもあり、さらに約束を結んでいる彼女としても、その指示を反故にするつもりはないようだ。黒い手袋に包まれた小さな手をぐっぱぐっぱと握ったり開いたりしている彼女だが、不服ながらも手加減をしてくれるだろう。
「ああ、早いね―――じゃ、行っておいで」
桔音が映像を見て、薄ら笑いを浮かべる。そこには、ルルの受験番号と相手の受験番号が書かれていた。この試験における最初の受験生、それがルルだったということ……ルルは腰の『白雪』の柄に触れながら目を瞑り、大きく息を吸って吐く。
思い出すのは、記憶を失ってからの日々。取り戻したい記憶があり、そしてその為にかつての自分に近づく努力をしてきた。家族としても、好きな人としても、どちらの意味でも大切な桔音を護るために、ルルは心から強くなった。追い付かない剣の実力を補うために、心を強くした。
ならばこんな所で挫ける訳にはいかない。それが、記憶を失ったルルの決意だ。
「……行ってきます」
そして、次に瞼を開いて覗いたルルの瞳は――太陽の様に輝いていた。
◇ ◇ ◇
図書館の研究室、そこであの大魔法使いも入学試験の様子を見ていた。遠見の魔法を使って、頬杖を付きながら目を閉じている。だが、頭の中にイメージとして映し出された試験の様子に、大魔法使いは大分飽きがきていた。例年落ちて来ている受験生の質に、大魔法使いとしても退屈を禁じ得ないのだ。
欠伸をしながら、脳内に映った入学試験の映像を切り替え、待機場所の中を覗いた。サラッと見てみると、そこには大量の受験生達がいて、その中に大魔法使いの目当ての人物もいた。
「……へぇ、本当に生きてたんだ。しかも五体満足、眼球も失くす前と変わらない様子だし……どんな手段を使ったんだか」
桔音だ。人ごみの中で、薄ら笑いを浮かべている桔音の様子は、五体満足、眼球もちゃんと元に戻っている。彼女は桔音の四肢と眼球を確実に消し飛ばした。それは確実であるし、消し飛ばした四肢は元に戻せないことは彼女の魔法使いとしての自信が証明している。なのに、桔音はその欠損を元通りに戻して、かつ特に何もなかったかのように復活を遂げている。
大魔法使いは学園長の前でこそ不敵に笑みを浮かべて見せたものの、実はそのプライドを圧し折られた様な気分だった。つまり、桔音に対して少々の不満と怒りを抱いているということだ。
「ふふふ、でもだからこそ面白い」
だがしかし、桔音の姿を見て彼女の退屈に塗れた日常に変化が訪れたようだった。
大魔法使いは、桔音に興味を抱いたのだ。自分の魔法をたった一度でも凌いでみせた桔音は、やはり大魔法使いとしても異常に見える。それに、映像越しに見ても不気味な気配を感じされる桔音は、冒険者と言われても全く信じられない。寧ろ、人間と言われても嘘だろうと言ってしまいそうな程だ。
「この入学試験は……ま、私からの試験とでも思ってね。その為に試験内容にちょっと手を加えたのだからね」
大魔法使いは不敵に笑う。桔音という人間を試す、それが彼女がやる桔音への最初のアプローチだ。
試験内容に手を加えた、それは彼女が桔音という人間を試す為のもの。他の受験生達に関しては、学園長の方からある程度採点基準を落とすよう教師陣に手を回している様だが、それだけの無理を押し通した大魔法使いは、何の悪びれも無く不敵に笑った。
「さぁ、見せて頂戴? 貴方の底を見定めてあげる」
大魔法使いの手は少しずつ、桔音に伸びていく。




