いやだって敵だったし
「ナギ様を……ナギ様を助けて下さい!」
と言いながら僕に縋りついてくるこの紅白豚合戦優勝者のなんとかさんを、どうしようか。正直展開に付いて行けず、困っている僕である。凪君を助けてくれと言われても……仮に僕が彼を助けるとして、今彼がどういう状況でどうピンチなのかも分からない。そもそも、僕がそれをするだけの対価があるのかどうかも微妙な所だよね。
僕にとっては正直顔も見たくはない存在、巫女セシル。
まぁ既に色々な決着というか、こいつ含む勇者一行のやったことに関しては既に片を付けたし、後腐れない様に容赦なくボコボコにさせてもらったから、無駄に突っぱねたりはしないけれど……こいつがトラウマである僕の下へやって来て、此処まで必死に懇願するってことは、マジの大ピンチなんだろうか?
止めてよそういうの。勇者は問題起こすと碌なことがないんだ、主に僕への波寄せが来るから。今回もそうなら、もう魔王もいないことだし幽閉してしまってもいいんじゃないかな。
とはいえ、この場において僕と巫女との因縁を知らない人もいるんだし……話くらいは聞こうかな。もしかしたら僕にとっても不味い状況かもしれないし……なにより、神奈ちゃんを押しつける対象がいなくなったら僕が面倒だ。
「とりあえず落ち着いて深呼吸。吸って吸って吸って吸って吸って吸って吸って吸って―――」
「すぅーーーーーーーーーーーーー………っ……っ……!」
「よし、吐く」
「ぷふぅーー………」
「前に吸って」
「紛らわしいです!!」
巫女を落ち着かせる為に、一弄り。青筋を立てて突っ込んできたけれど、まぁ落ちついたようでなにより。
「キーキーうるさいよ、何? ナギサマが死んじゃった? おお、死んでしまうとは情けない」
「死んでません! そうならない為に助けを求めに来たんじゃないですか!!」
「あれ、助けを求める態度ってこんなんだったかな……」
更に弄ったら巫女は顔を真っ赤にして僕の胸ぐらを掴んできた。うわ、怖い。この子ってさ、やってることは腹黒いけど顔は普通に美人だからね。怒ってる美女ってめっちゃ怖いんだぜ、これテストに出る。
とはいえ、大分余裕が出て来たらしい。でもまぁこいつが感情的になるのも珍しいな、普段は冷静に状況を把握して上手く立ち回る様な奴なのに。
余程焦っているのか、切羽詰まっているのか……どちらにせよ、こいつのこんな姿はそう見られないね。内心で楽しんでおこう。今は話を聞かないとね。
「で、本題は?」
「っ……こほんっ……ナギ様が、最近おかしくなってしまわれたのは御存じでしょうか?」
さっきアリシアちゃんの話に出てきた奴か。視線でアリシアちゃんにアイコンタクトを取ると、彼女は軽く溜め息を吐いた後アイリスちゃんとオリヴィアちゃんを連れて席を外してくれた。察しが良くて何よりだ。
国の王族として、この王座の間で聞いた話は内容によって、それ相応の対応をすることになる。知ってしまっても良い話と知ってしまっては面倒な話の判断で、今回は魔王討伐の件もあり、今代勇者の件を後者の話と判断したわけだ。故に、勇者の件は僕に任せてくれた。
「うん、知ってるよ。危険な迷宮に入っては踏破してるんだってね」
「そうです……初めの内はまだ良かった……ナギ様も自分の実力を考慮して万全の状態を整えてから攻略に挑んでいたので……でも」
「今はそうじゃない?」
「はい……ナギ様は段々とおかしくなっていきました。眠っている間は呻き声を上げるほど魘され、迷宮を踏破しても、違うと言って頭を抱えていました……そして最近ではもう、私達の声さえ……届かなくなりました」
凪君頭おかしくなったのか、前からそうだったけど最早仲間すら見えなくなったんだねぇ、笑える。まぁ十中八九原因は僕だろうな。凪君の持っていた矜持も誇りも絆も全部纏めてぶっ壊したんだしね。
でも、迷宮を踏破し続けられているってことはそれだけ実力も上がったってことだ。巫女や他の剣士とかが、力づくにでも止めてやれば良いんじゃないのかな。休息も強くなる事には必要だし、そんなに精神がまともじゃないのなら、ますます休ませるべきだとは思う。
まぁ僕としては彼が破綻しようがどうでもいいんだけどさ。
巫女は続きを話しだす。
「ナギ様は今……1人でAランク迷宮中最大最高難度の迷宮……『出入り口』に潜っています……あそこはBランク以上の魔獣しか出て来ず、踏破出来ればSランク迷宮へ挑戦する実力があると見做されます……いくらナギ様でも、あんな状態では命を落とす可能性の方が高いのです」
「引き止めれば良かったんじゃないの?」
巫女の言葉に、フィニアちゃんが口を挟む。今のフィニアちゃんはこの巫女のことを覚えていないから、あまり敵意は感じられない。
でも、言ってることは確かにそうだ。それなら無理矢理にでも引き止めれば良かった話だ。しかも、1人で潜っているってますます危険すぎるだろう。寧ろなんで巫女は此処にいるんだよ。探しに行けばいいじゃないか、そのナギ様を。
「勿論それが出来ればそうしています……ですが、ナギ様は私達の予想を遥かに超える速度で強くなっています……引き止めようにも、ナギ様は私達の手を振り払って行ってしまわれたのです……何かに取り憑かれるように……」
「うわー自己中過ぎだな、流石勇者気取り」
「ッ……現在は、ジークとシルフィがナギ様を追って迷宮に入っています。私はナギ様を護るために助けを呼べと……2人はそう言って、ナギ様を追いました」
戦力外通告受けてんじゃんこいつ。
「幸い、『出入り口』はルークスハイド王国の近くにあるダンジョンだったので……この国に助けを求めようと思って来たら……貴方がいました」
「それで、僕に凪君を助けろって?」
「っ……はい……お願いします、出来ることなら何でもします……! お願いします……!」
頭を深く下げて、絞り出すような声でそう言った彼女。
うーん、まぁ片は付いたことだし、いつまでも昔のことを気にするのも大人げないしなぁ。そもそもこの状況を引き起こしたのだって僕が原因だろうし、神奈ちゃんを押しつけるアテに死なれても困る。助けた方が恩も売れるし、この巫女もこの先僕に頭が上がらないだろう。コキ使って憂さ晴らしをするのも楽しそうだ。
まぁ、迷宮に対して、僕は瘴気という凄まじく相性の良いスキルを持っているから、特に危険も無いだろうし、こっちの戦力なら十分通用するだろう。
そうだね……まぁ元々凪君に用があったんだし、危険はあってもあまりデメリットはなさそうだし、助けに行くのも吝かじゃないかな。
そう思い、頭を下げる巫女に視線を向ける。そして、薄ら笑いと共にこう言った。
「やだ」
それは、拒否の言葉。巫女が頭を下げたまま息を飲んだのが分かった。僕はそれを無視して続ける。
「頼み方が違うだろ? とりあえず土下座してちゃんとお願いしなよ……さっき君が言ったことを実践してくれれば、助けなくもないよ?」
「きーくん…………何があったか知らないけど、最低だねぇ……」
「うわぁ……」
「ひっ……!」
「きつねさん、流石に酷い気がするよー……」
リーシェちゃんとノエルちゃん以外のメンバーにドン引きされたけど、後悔はしていない。こういうのは誠意が必要だと思うんだ僕。
ぶっちゃけた話、巫女に頭下げられた程度でお願いを聞くのは癪だった。
◇ ◇ ◇
うふふっ☆ 楽しみだなぁ、楽しみだなぁ! 私のお友達になってくれるかなぁ! うふふふふふっ☆
どんな子だろう? 優しいのかな? 無口なのかな? 怒りっぽいのかな? 怖いのかな? 無愛想なのかな? それとも元気な子なのかな? うふふふふっ☆ 楽しみ楽しみ、体中がワクワクしちゃう!
何を話そうかなぁ~……お名前? それとも実力? 何が出来る子なんだろう? どんな子なんだろう? 面白い子だと良いなぁ。喧嘩しちゃわないといいけどなぁ~……そうだ、宝物の見せあいっこしよう! きっと持ってるよね、宝物! だってそういう子だもんね!
そうだなぁ、それならその宝物を壊しちゃうのもいいかも☆ どんな顔をするんだろう? 泣いちゃう? 泣いちゃう? 怒っちゃう? 喧嘩になるかな? 楽しみ楽しみ!
「らーらーらー♪ 鼻歌ー♪」
あれ? 鼻歌って歌わないんだっけ? うふふふっ☆ どっちでもいいや、歌は歌よ! 美味しい物が食べたい。この前何を食べたかな? 毒キノコだった気がする。毒って美味しくない、舌がピリピリした。あ、虫がいる、なんて名前だったかな? 確かハチだったっけ? うふふっ☆ ハチの巣にある蜜は美味しいんだよね! 初めて食べた時はどうだったかな、確か吐いちゃった気がする。うふふふっ☆
どーん、ハチが消し飛んだ。面白い面白ーい! うふふふっ☆ そういえば此処何処だったかな? どこでもいっか! どっちに行こうかなぁ! あれ? 何処に向かおうとしてるんだっけ? ああ、そうそうそうそう、あの子に会いに行こうとしてるんだった。いけないいけない、忘れちゃうところだったよー。
人間さんはっけーん! 何してるんだろう? 剣を振り回してる。わー、魔獣がどんどん死んでく! 面白いね! 面白いね! 何してるんだろう? なんで魔獣殺してるんだろう? 遊んでいるのかな? うふふっ☆
うーん、この変暗いなぁ~……あ、また虫だー! うふふふっ☆ どーん、また虫が消し飛んだ。面白い面白い!
疲れた、眠いなぁ。あれ、眠くは無いか! 此処は何処だろう? あの子は何処だろう? ん? おお、外だ。空が見える! 雨? いやいや違う、晴れだ! 太陽さんこーんにーちわー!
うふふふふふっ☆ あー、なんだかお腹が痛い、気がするーだけ! 実際はそんなに痛くない。おお、キノコを見つけた。コレは食べられるキノコ? 毒キノコかもしれないね! ぱくり、むしゃむしゃ……ごくん。
うえぇええぇぇ……コレ美味しいね! 吐き出しちゃった、また何処かに生えてないかな? おお、花が咲いてる! いっぱいあるね! 確か花には蜜があるんだったかな? 美味しいのかな? 甘いのかな? 苦いのかな? どこにあるんだろう?
ちぎってみた。茎から蜜は出ない。分からないや、ぱくっ、むしゃむしゃ……花弁ってへんな食感がするなぁ……んっ? なんか粉っぽいのが付いてた、けほっけほっ!
あれ? なんだかちょっと甘かった気がする。おお、今の粉が蜜か! 粉なのに蜜? 変なの、うふふふふっ☆
飽きた、もう行こう。何しに行くんだっけ? ああそうそう、あの子に会いに行くんだった。誰だったかな? 知らないや、会えば多分分かる。男だったかな? 女だったかな? 忘れたー、うふふふっ☆
なんだろう? 舌がピリピリする、さっきのキノコ? 多分そうだ、また毒キノコかー外れ外れ~、いや当たりなのかな? いえーい! うふふふっ☆
あれ? なんだか騒がしいなぁ、幻聴? いや違う、人間さんがいっぱいいるみたい。魔獣狩り? それともキノコ狩り? うふふふっ☆ 楽しそうだね~! 私も混ぜて欲しいなぁ~! どーん、あ、人間さんが1人消し飛んだ。面白い面白ーい! 早くあの子に会いたいなぁ~、誰だか分かんないけど!
うふふふふふっ☆ あ、またキノコみーっけ! 毒キノコかな?




