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【書籍化】異世界来ちゃったけど帰り道何処?  作者: こいし
第十三章 魔王の消えた世界で勇者は
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勇者と勇者

 かつて、300年は昔のこと。魔王の降臨に人間達が召喚した初代勇者――高柳神奈はこの世界に降り立った。召喚された当時は、伝説通り冷静に状況を判断し、そしてすぐにこの世界に適応してみせた。


 勇者として召喚された当初から固有スキルを発現させており、剣を握らせれば最早敵など全くいない程に強くなった。仲間達は彼女を信頼し、彼女も仲間達に信頼を寄せていた。魔王城までの旅路は1年半程続き、そして魔王との戦いは三日三晩に及んだ。

 正直、魔王を倒せば異世界に戻れると聞いていた彼女は、この世界で魔王を倒すこと以外に目的に出来るものがなかったのだ。だからさっさと魔王を倒して、元の世界に帰ろうというのが彼女の意志であった。


 そんな彼女の旅路に存在した仲間達――その中でも、彼女と姉妹の様に仲が良かった少女がいた。初代勇者のパーティに奴隷でありながら存在した伝説の少女、アイ。

 彼女の名前を付けたのは、何を隠そう高柳神奈だ。奴隷として売られていた彼女を買い、そして桔音と同じように大切な家族として扱った。仲間、そして家族、妹の様に可愛がり、魔王との戦いにも共に挑んだ幼き少女。

 彼女は魔王との戦いで死んでおり、生き延びていても寿命的に生きている可能性はもうないのだが、この現代に復活した初代勇者、高柳神奈はアイという少女だけでなく、共に戦った仲間達がもう死んでいる、という事実に、少なからずショックを受けてはいた様だが、300年も経った今となれば、既にその心の整理は付いている。


 今の彼女はもう、元の世界に帰りたいという、切実な願いだけを頼りに桔音に会いに来たのだ。仲間は死に、魔王も死に、そして無様にも生き残ってしまった。300年も経っていれば元の世界に帰った所で自分の居場所は無いだろうが……それでも自分の生まれた世界をまた、もう一度だけでも、見てみたかった。


「……ふーん、それで?」

「きーくんにも手伝って貰えないかなって」

「その呼び名は確定なんだ? ……まぁ良いけど、僕も元の世界に帰ろうとしている訳だし」


 話を聞いて、桔音は彼女に協力することは別に吝かではないと告げた。まぁ目的が同じなら、実力者の協力を得られるのは桔音にとっても得なことである。まして初代勇者は歴史上では最初にこの世界にきた異世界人。彼女の話から何かヒントを得られる可能性もあるかもしれない。


 とはいえ、桔音は彼女をパーティに入れるつもりはなかった。ドランがいなくなった穴を、彼女で埋める様な感じがして気が進まなかったのだ。しかも、ドランのいた穴を彼女が埋められるなどと、到底思えなかった。

 故に、桔音は彼女に元の世界に帰る為に協力してくれそうな存在を紹介することにした。

 

「本当か? やった、凄い困ってたんだ」

「うん困ってたなら困ってた空気出そう? 全然そんな風に見えない……ま、それなら打って付けの存在がいるよ」

「?」

「今代勇者……えーと、名前は凪君だったかな?」


 桔音の言葉に、神奈はああなるほど、と手を打った。その様子がまた天然っぽくて桔音は少し笑う。厳格だと思っていた少女が、実はこんなにも茶目っ気に溢れる少女であったことのギャップがおかしかったのだろう。

 今代勇者と初代勇者、この2人が出会うことでなにかしらの良い化学反応が起こってくれないかなぁという心もあったりする。今代の勇者は、桔音との戦いの末に、称号『殺戮の勇者』を会得している。桔音の『異世界人』という称号の運命力を考えれば、『勇者』という称号にはかなり大きな因果と運命が絡んでいることは明瞭だろう。そこに『殺戮の』、なんて付いた日にはどんな運命を背負わされたのか、想像出来ない。


 桔音は神奈のステータスを見てみた所、彼女のステータスには『天恵の勇者』という称号が付いていた。彼女も凪と同じで、かつてはまぎれもない勇者だった何よりの証拠だ。


「凪、ね……強いのかな?」

「んー、どうだろ。この前メンタルバッキバキに圧し折ってやったから、今どうなってるか分からないや」

「仲良くしないと駄目だよ、きーくん」

「君は僕の母親か」

「お母さんじゃないよ」

「分かってるよ!」


 どうも調子が狂う、と思う桔音だった。天然系というかなんというか、どうも神奈は天然のボケ素材のようだ。パーティにいたらますますリーシェちゃんの負担が増えるなぁ、なんて考える桔音。


 すると、今度は神奈が話を変える様に視線を移した。その先に居たのは、ノエルだ。彼女は異世界人故に、幽霊という存在を知っている。だからノエルのことが見えている筈だ。魔王がノエルを見ることが出来たのも、吸収した勇者達の知識を得ていたからかもしれない。

 神奈はノエルの事を指差しながら、桔音に聞く。


「……この子って幽霊?」

「そうだよ、訳あって僕の背後霊やってる」

「ふーん……よろしく」

『ふひひひっ……♪ ノエルだよー、よろしくねっ!』


 ノエルと挨拶を交わし、神奈はまた桔音に視線を戻した。椅子に腰掛けている彼女の着ている白衣の裾が、ひらりと揺れた。その揺れに、桔音の視線が神奈の足下に向かう。すると、彼女が裸足である事に気が付いた。足先には土が付き、泥だらけだ。白衣の襟元からは神奈の胸元が覗いており、膝上位から見えている生足と合わせると、改めてかなり扇情的に見える。

 それもそうだろう、彼女は復活した時素っ裸であり、その上に白衣を着ただけなのだから。今の彼女は白衣を脱げばすぐにすっぽんぽんになるということである。パンツやブラなんかも当然していないので、胸は直ぐに揺れるし、裾が広がればかなり際どい所まで内股が見えていた。


 桔音はそれを見て、良く良く考えればこの子良くこんな格好で街を歩けたなと、逆に感心してしまった。羞恥心に乏しいのか、それともあまり気が付いていなかったのかは分からないけれど、桔音は神奈のことを、簡単に『変人』と認識することにした。


「それで、その凪君は何処に居るの?」

「いや此処にはいないけど」

「え、いないのか? 同じ異世界人なのに?」

「異世界人だから困ってるんだよ……」


 主に称号的な意味で、と桔音は内心で呟く。

 同時に、桔音は神奈の言葉にふと考えた。そういえば、あの勇者一行は何をしているのだろうか、と。精神的にバッキバキに圧し折った挙句、肉体もボコボコにしたのだから、再起不能と言ってもおかしくは無いと考えるものの……これで復活していたとしたら、今頃もう少し強くなっているのかもしれないと考えられる。

 スキル『天賦の才』による成長補正が掛かった彼は、その成長速度が常人の数倍にも跳ね上がる。アレから大分時間も経っている、強くなるには十分過ぎる時間が。


「まぁいいや、ともかく……その凪君の所へ連れていってくれるか?」

「えー……何処に居るかは分からないし、出来れば会いたくないんだけどなぁ……」


 桔音はそう言って渋るものの、内心ではそれも良いかもしれないと思っていた。魔王が死んだ今、凪に戦う理由は無くなったと言って良い。ならば、再度戦う必要などないだろうし、なんなら遠くからあの男と教えて、神奈だけを行かせても良い。

 それに、そろそろこの国を出ようとも思っていた。目指すのはルークスハイド王国―――桔音が人類の敵となったあの因縁の国だ。


 二度と帰って来るつもりはなかったけれど、称号が消えた今なら戻ることも出来る。桔音としても、アリシア達と微妙な確執を残したまま此処までやってきたのは、少しばかり悔やまれることだったのだ。

 ルークスハイド王国へ戻り、そして仲直り位はしておこうと考えた。王女達との繋がりがあるというのは、桔音にとっても大きな力になるし、コネはそのまま世界中で動き回るのに役立つ。それに、現在の勇者達一行がいる場所も知っているかもしれない。


「そうだねぇ、それじゃあ少しの間一緒に行動するかな」

「うん、1人は寂しいからな。今はもうアイもいないし……」

「アイって確か奴隷の子だっけ? 姉妹みたいに仲良かったっていう」

「そう、良い子だったよ。甘えん坊でね、私以外の人には大分冷たい態度を取るんだけど……ちょっと攻めてあげればすぐに折れて負けを認める子だったなぁ」


 何処かの芸人みたいだな、とは言わない桔音である。

 とはいえ、こうして桔音のパーティに初代勇者高柳神奈が加わった。今代の勇者に引き渡すまでの一時的な間であり、ドランの穴埋めというつもりは桔音には無い。


 だが、魔王との戦いを終えて半月―――桔音は新たに行動を開始することを決めた。



 ◇ ◇ ◇



 ―――そして、その頃のことだ。


「はぁッ……はぁッ……はぁッ……!」


 薄暗い迷宮の中、ひたすらに剣を振るう少年がいた。少年の名前は、芹沢凪。この世界に召喚された、魔王の対抗存在―――6代目勇者である。汗だくになり、そして召喚当初とは似ても似つかぬ濁った瞳で魔獣達と戦っていた。

 彼が居る迷宮……この迷宮は、ジグヴェリア共和国からしばらく進んだ先にある国、"マギア帝国"の中に存在する迷宮だ。


 その名は『蟲毒の恐災』、Aランク相当の超危険迷宮である。


 蟲系の魔獣が大量に出てくる迷宮であり、そして何よりまるで何か別の生物の腹の中に入った様な肉の通路、漂う生臭い匂い、ギチギチと聞こえてくる蟲の金切り声が、なんとも不気味な迷宮であった。


 彼はその迷宮の中でただひたすらに剣を振るっていた。魔獣を倒し、濁り切った瞳でただ強さを求めて剣を振るっていた。


「魔王も……きつねも……俺がこの手で、この手でこの手でこの手で殺す殺す殺す殺す……セシルの仇で戦わないと……何もかも俺が壊す壊す壊す壊す、全部全部ぶっ壊して、殺して、終わらせてやる……」


 ブツブツと呟いている凪の姿は、凄まじく狂気的で、そして何より恐ろしかった。強さを求めて、何もかもを投げ捨てた様な、勇者とは到底思えない様な姿だった。

 傷付いた身体は治すこともせず、包帯でぐるぐる巻きにされた腕や、生傷でいっぱいの肉体、引き締まった筋肉が躍動し、煌めく刃が蟲の魔獣達を殺して行く。


 ドスドスと蟲達の毒針が刺さっても、怯むことなく動きを止めない。まるで、痛みなど感じていないかのように、傷を無視して戦う。


「全部―――殺戮の後なら残らないさ」


 狂気に支配されている今の彼は……完全に壊れてしまっていた。



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