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逆襲

 何をしたのか、分かった訳じゃない。

 でも、何かをしたのは分かった。それが白昼夢ではないことも、幻でも、幻覚でも、錯覚でもないことは、私の手に握られた私の剣が証明している。握る手に力を込めると、固い柄の感触が返って来る。

 確かに今、私『が』何かをしたのだ。そしてそれは、この先の私の力となる物。私が無意識に掴み取っていた可能性。理解しなければならない、理解出来れば私はもっと強くなれる。


「コロすころス殺殺ズ……!!」

「……形勢逆転とまではいかないが、戦況は変わったか」


 私の手には剣があり、ドランさんの手にはない。

 これは先程の私とドランさんの立ち場が逆転した形になる。剣を持った以上、リーチの差も私に分があり、ドランさんの攻撃の殺傷性も低下した。圧倒的に優勢だ。


 そしてこの状態ならば、私にも大分余裕が出てくる。手加減とまではいかないが、ドランさんを殺さずに済むかもしれない。

 私にはドランさんを元に戻すことは出来ないが、きつねやレイラは魔王を相手にしている。もしかしたらドランさんを元に戻す方法があるのかもしれない。

 であれば、この優勢な戦況下だ、私がここでドランさんを拘束出来れば……彼を助けられる可能性は見えてくるかもしれない。


「……試す可能性があるなら、やるだけやってみるか」


 その為には、まず―――彼の足を斬る。そして機動力を失って動けなくした後、拘束しよう。


 『可能性』、私が最も好きな言葉だ。


 ああ、きつねが移ったかな。笑ってしまうなぁ全く。きつねの言動、行動、普段の態度などとても認められたものではないけれど、どうやら私はアイツにかなり影響されているらしい。


「なぁドランさん」

「あかアかカガかカっかカカあアカかか赤あかカぁぁああ!!」


 私は剣を構えて、言葉にならない咆哮を振り撒きながら恐ろしい形相で迫って来るドランさんに、ぽつりと呟く。

 おそらくは聞こえていないだろう。意味も、伝わってはいないだろう。彼は我を失っているし、自我もない。魔王の仕業でこんな無残な姿を晒されている、哀れな冒険者の獣。


 動きが見える。良い感じに集中出来ている。


 ドランさんの足が、私から3歩程の所に踏み込んだ。そこは、私の剣がギリギリ届く距離。



「私は―――僅かな可能性でも、諦めたくはないらしい」



 動く。腰を低く落として、ドランさんに向けて1歩踏み出す。完全に、剣の芯が届く領域に入った―――!


 振り抜け、狙うのはドランさんの足。


 最悪、ドランさんが冒険者として生きていけなくなったとしても構わない。恨んでくれても構わない。その時は、何度だって頭を下げよう。それ位しか出来ないが、許して欲しい。


 全力で、斬り落とすつもりで、私は剣を振り抜いた。


「はぁぁああああ!!」

「っろぉぉぉおおォォぉオオ゛お゛お゛ズぁぁあああ!!!」


 ドランさんの拳がすれすれで私の頭上を通り、括っていた髪留めに僅かに触れた。その拍子に、私の髪が解かれる。

 だが、気にせず前へ踏み込み、私はその手の刃をドランさんの足の肉へと突き立てる。


 手応えがあった。

 浅くではなく、深く肉を切り裂く感触。魔獣とは違う、人間の筋肉と神経、そして微かに骨を削る感覚。その感触に、私は苦虫を噛み潰す様な表情を浮かべる。

 

 でも、それでも、此処でこの感触に負けてはならない。この感覚を忘れてはならないが、それでもやると決めたからには負けてはならない。中途半端な覚悟で、人を傷付ける事は何よりの侮辱だ。


「ぁぁあああああああ!!!」


 人を斬る恐怖を、叫び声とも言える大声を上げて振り払い、ブチブチと肉と血管を斬る感触を味わいながら、斬り抜けた。

 熱く赤い血液が飛び散り、私の手を赤く染める。でも、斬り抜けた。出し得る限りの速度で距離を取り、出来るだけ早く振りかえってドランさんに視線を戻す。


 すると、ドランさんの左腿が深く切り裂かれていた。溢れる血液が地面を赤黒く濡らし、ドランさんの身体がガクッと地面へ沈む。立てないのだろう。足を斬り落とさんばかりに、力いっぱいやったのだから、当然かもしれないが。


「ぅぅぅぅぐぐぁぁああああ………!!」


 足を抑え、痛みに呻き声を上げるドランさん。

 あの左腿の深い傷跡が、私が人を斬った事実。初めて人を斬ったけれど、やはり魔獣とは違う。この背中に圧し掛かる様な重み、人を殺す覚悟は決めたつもりだったが、やはりどこか迷いがあったらしい。

 まぁ、魔獣も魔族も同じ命だけど、その辺はやはり意識の違いなんだろうな。

 そう思いながらも、私はドランさんの剣を拾い上げ、悶え苦しむドランさんに近づく。


「……悪いな、ドランさん」

「ガッ……!?」


 私は、1つ謝りながらドランさんの身体を横から蹴飛ばして、仰向けに倒す。そしてそのまま両手を2本の剣で地面に縫い付けた。足に力が入らない以上動けないだろうが、それでも両手を自由にさせておくのは危険だ。今のドランさんは、何を仕出かすか分からないからな。


 なんとか、拘束出来た。安心は出来ないが、大きく息を吐く。


 そしてそれと同時にガクッと足から力が抜けて、尻もちを付いた。


「ッ……っはは……はぁ……はぁ……流石にちょっと、限界超えてたな……!」


 戦いが終わった安心感からか、先程までの戦いで溜まった疲労が一気に襲い掛かって来たらしい。立つ事もままならない。全身の筋肉が疲弊している。

 不味いな、今気が付いたが心臓の鼓動が物凄く早い。全身が汗で濡れているし、剣を振るっていた腕は若干筋肉が軋んでいる気がする。


「はぁ……はぁ……良くここまで戦えたな……はぁ……!」


 でも、まだ休むわけにはいかないな。きつね達はまだ戦っている、少し休んで、動けるようになったら、ドランさんを連れて移動しよう。そうだな、ギルド辺りが妥当か……あそこなら、もしドランさんが暴れても、他の冒険者もいるんだ、抑え込む事も楽に出来るだろう。まぁ、しばらくは動けそうにないがな。


「それにしても……さっきのは何だったんだ……? いつの間にか手に剣が……」


 あの時、私はドランさんが振るう私の剣に手を伸ばした。そこまでは覚えている……でも、そこからどうなったのかは覚えていない。

 分かっているのは、私が剣に手を伸ばして、『どうにかして』剣を奪い取ったということ。でも、ドランさんの手にあった剣を、どうやって……しかも、ドランさんの様子からして、あっちも剣を奪われた事には気が付いていなかった様だった。


「……考えても分からない、か……きつねは無事だろうか……」


 分からない事は、後回しだ。そう思って、きつね達の居る時計塔の方を見る。



 その時―――



 轟音と共に、時計塔が崩れ落ちた。




 ◇ ◇ ◇




「ッ……!?」

「なっ……!」


 桔音も魔王も、驚愕に目を見開いていた。

 何故なら、この両者の戦いは別の存在の介入によって、強制的に中断させられたからだ。その別の存在とは、言うまでもない、この場において桔音でも、魔王でもないとなれば、ただ1人―――レイラ・ヴァーミリオンだ。

 

 彼女は桔音から離れることを拒否したが、その理由は桔音から離れたくないというモノであったが、それだけではなかったのだ。

 

 思い出して欲しい。


 彼女、レイラ・ヴァーミリオンが『赤い夜』であった頃のことを。彼女は、中途半端な魔族だった。自我もなく欲望のままに人を襲う、魔族というよりは魔獣らしい怪物だった。

 だが、彼女は桔音に出会って変わった。自分でも自覚しているだろう……彼女は桔音と出会い、彼に捕食対象として強い執着を持ったことで、『完全な魔族』へと変貌を遂げた。

 つまりは、『赤い夜(ウイルス)』とレイラ・ヴァーミリオンの肉体の適合性の高さに加えて、そこに強い『執着心』を持つ事で、『瘴気操作』と『淫蕩精神』という固有スキルを発現させ、その身を魔族へと昇華させるに至った。『瘴気』を操作する魔族に成るに至った。


 理由としては、単純明快。


 『赤い夜』というウイルスの魔族が固有スキルを発現させたから、その力に合わせて、半端だった肉体が魔族へと変化したのだ。


 では、此処で今のレイラに戻ろう。

 彼女は魔族へと昇華した後、その強い執着心を持ったまま桔音と共に行動してきた。その中で、桔音と過ごしている内に、その捕食対象への執着心と同等以上の『恋心』が生まれた。


 『恋愛感情』とは、魔族というよりは人間らしい感情だ。


 そしてそれを理解したレイラは、一切の迷いを振り払い、生まれ変わった。魔族でありながら、人間の恋愛感情をとても純粋な形で理解した。

 おそらくは、レイラの肉体が元々人間だった事もあるのだろう。

 その身体が完全に魔族の物なったといっても、元々は『レイラ・ヴァーミリオンという少女』のモノだった。そこには、人間だった『レイラ』の固有スキルが眠っていた筈なのだ。固有スキルは、誰もが持っている特別な力なのだから。


 つまり何が言いたいかというと、レイラは、その『人間だったレイラに肉体に元々宿っていた』固有スキルを発現させたのだ。


 その、純粋なまでの『恋愛感情』が人間のレイラの固有スキルを目覚めさせたのだろう。


「あはっ♪」


 レイラは、楽しそうに笑って時計塔を破壊した。その拳を地面に叩き付け、時計塔自体を破壊したのだ。

 足場が崩れた結果、桔音も魔王も崩壊に巻き込まれて地面へと落ちていく。驚愕の表情はレイラへと向けられていたが、迫る地面に、着地の姿勢を取る。


 しかし、



「ねぇ―――恋って知ってる?」



 レイラは、瘴気で作った足場に乗りながら、桔音と魔王を見下ろしてそう言った。



「私は知ってるよ♪ 特別で、大切で、とっても素敵な想いなの♡」



 レイラの周囲に真っ黒い瘴気が現れる。

 そしてその瘴気は、レイラの身体へと集まり―――漆黒のコートになった。下に着ていた黒いワンピース以上に、深く濃い黒。

 桔音も魔王も、瞬間的に察した。アレはヤバいと。


 レイラが足場を蹴って、未だ空中に居る魔王へと迫る。魔王は1つ舌打ちを入れて、共に落ちて行く時計塔の瓦礫を蹴り、レイラから逃げるように地面へと着地した。

 そして、迫るレイラに対して拳を振るった。しかも、全力だ。あの黒いコートが何なのかは分からないが、とにかくレイラ自身を早めに無力化しておいて損はないと思ったのだ。


 そう、思っていたのだが―――


「うふふうふふふ♪」

「ッ……!」


 レイラはその拳をコートに覆われた腕を盾にする事で防いでいた。

 しかも、そのコートの下の腕は無傷。何のダメージも与えられていなかった、魔王の全力の拳であったのに、だ。それは、まさしく桔音の防御力にも劣っていない様ではないか。


「……その服か?」

「私の力は結構応用が利くんだよ♪ まぁコレはどうやってるのか分からないけど、なんとなく感覚で出来ると思ったの♪」


 魔王の拳ですらも防ぐあの瘴気のコート、名付けるのなら『瘴気の黒套(ゲノムクローク)』。


 これは、桔音が瘴気(ウイルス)の性質から増殖法を生み出した様に、レイラが感覚で生み出した、いわば瘴気の楯だ。

 ウイルスには、エンベロープと呼ばれる膜状の構造がある。それは、生物にウイルスが感染する際に、生物の免疫や生体防御機能を回避する役割を持った、いわばウイルスにとっての防御膜だ。レイラは、それをウイルスの本体を自分に見立て、服の形にして創り上げたのだ。


 ウイルスにとって害悪である免疫や生体防御機能を防ぐ防御膜(エンベロープ)


 これが、レイラにとって害悪となる攻撃を防ぐ、外套(エンベロープ)として生まれたのだ。そして、桔音の代わりに魔王に対峙したレイラは、赤い舌で妖艶に舌舐めずりしながら赤い瞳を煌めかせる。

 右眼は閉じているが、その魔族の治癒力で血は既に止まっているので、まるでウインクの様にも見えた。魔王と戦う気満々だ。



「きつね君、此処は私に任せてリーシェの所に行って♪ 大丈夫―――」



 そしてそこで言葉を切ったレイラは、視線を桔音に移し、にっこり笑って続けた。




「―――私、今負ける気しないの♡」


 


ドランさん拘束、レイラちゃんが覚醒しました。

魔王VS赤い夜 第2ラウンド開始。さて、やられた分やり返せるか!?

そして新たな瘴気の使い方:『瘴気の黒套(ゲノムクローク)』でした。

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