4 ノワルドの書物界
驚き顔のエリナが、ジョレーヌに問い返す。
「私が――執筆を?」
「うん。なんか、君ならできそうーーというか、君、できるだろ?」
エリナは目を丸くしながらも、否定はしなかった。
そこでジョレーヌは、さらに言葉を続けた。
「実は今、書物の世界が変わろうとしているんだ」
「え? そんなデカい話?」
「うん。今まで書物というのは、部数も限られてて一部の人間しか所有することはできなかった。書物それ自体の単価も高価だった。書物になるのは有益な知識のみで、娯楽のための読み物などはごくごく少数だった」
なるほど。まあ、日本も江戸時代以前はそんな感じだったかも。
「それが戦争の情報伝達の必要性から紙の大量生産が始まり、紙は安価で大量につくられるようになった。しかし印刷技術は、まだとても難易度の高いものだった――が、ここに来て魔導工学の発達により、魔法光学による印刷器が開発されたんだ」
「そうなのか……」
エリナが驚いた顔で息を呑んだ。
「で、あたしたちも君にこの前渡したような読み物を試しに作ってみたのだが、これが実に好評で購入してでも欲しいという人が、そこそこいる。そこであたしたちは考えた。娯楽の空想物語だけでなく、今、もっとも興味を惹く素材で読み物を書ける人――そこに今日、君が現れたわけだ」
ジョレーヌは眼鏡の奥から、エリナを覗き込んだ。
「この試みが成功したら、書物の世界が大きく変わる。書物を出版することが商売として成立し、読み物を書く人が職業として成立するかもしれない。そんな文化的な変化の――転換期にさしかかっていると、あたしは考えてる」
ジョレーヌの話を聞くと、エリナは眼鏡の奥の眼を輝かせた。
「確かに――それはきっと大きな変化になるだろう。実際、私たちのいた世界――リワルドでは、空想的な物語を書く人が職業作家として収入を得て、尊敬すらされていた。それに情報の革命も起きる。新聞は毎日発行され全国に流通し、正確な情報を求める読者のために、それを送り出す記者たちが、より詳細な事実を知ろうと事件の現場を取材する――そういう世界になる…だろう」
今度はジョレーヌが眼を開く番だった。
「そうなのか! もうちょっとその辺の話を詳しく聞かせてくれないか?」
「ああ、もちろんだが――」
エリナはちら、とこちらを見る。うん、そりゃあ長くなる話だよね?
「じゃあ、エリナさんは此処でゆっくりしていって。僕らは街に出て必要な買い物したり、ギルドにちょっと寄ってみるから」
「そうか! 悪いな、クオンくん」
「いえいえ」
なんか嬉しそうなエリナを見ると、いいんじゃないかと思う。
そうして僕とキャルは、月光堂書店を後にした。
*
「なんか、やり始めそうだね、エリナ」
表に出ると、キャルがそう口を開いた。
「そうだね。まあ、いいんじゃないかな。ジョレーヌとは仲いいし、好きなことさせてあげれば」
「そうだよね……うん」
キャルが微笑する。
――なんて可愛いんだろう、と改めて思う。
「じゃあ…買い物にでも、行こうか」
「うん」
僕とキャルは並んで街を歩いた。
二人きりだ――と、思うとなんか緊張して話す言葉が見つからない。
僕は、慌てる気持ちを抑えるように、口を開いた。
「な、なんか久しぶりだね――二人で歩くの」
「うん、そうだね」
キャルがこっちを向いて、微笑んだ。
ぐっ――と、心がわしづかみになる。
“君たちは恋人同士と書かれているぞ”
不意にジョレーヌの言葉を想い出して、僕は一人で赤くなった。
「きょ、今日の夕飯の食材――買いに行こうか!」
「うん」
それから僕らは市場で食材を買って、それからラモン武具店に行って冒険に必要なものを買った。そこまで買い物をすると、ちょっと疲れたのでキャルに言った。
「お茶でも飲んで、休憩する?」
「うん」
キャルが微笑む。
街の通りにあるカフェに入り、僕はコーヒー、キャルはミルクティーを頼んだ。二人でケーキを選んで、僕はチョコレートケーキ、キャルはフルーツロールを頼む。
ケーキを口にすると、僕たちは微笑みあった。
「美味しいね」
「ホントだ、凄く美味しい」
「……クオンのチョコケーキも美味しそう」
「一口食べる?」
僕はなんとなく言った後で、不意に気付いた。
なんか……ちょっと『恋人同士』みたいなやりとりだ。
「う……うん。じゃあ、もらうね」
キャルがそう言うと、僕が差し出した皿から、チョコケーキを一口だけフォークで切り取る。
口に入れて、キャルが微笑んだ。
「すっごく美味しい。ね、クオンもこっちのケーキ食べてみて」
「う、うん」
キャルがフルーツロールを差し出すので、僕は一口分切り取って口にする。
フルーツの酸味とクリームの甘味が、口の中に広がった。
「すごく美味しいよ、ありがとう」
僕がそう言うと、キャルが微笑む。と、不意にキャルの表情が、素になった。
「ね……クオンは…わたしのこと、どう思う?」
「え!? ど――どうって……?」
な、なにを訊かれてるの、これ?
「わたし……意識を無くして、魔力を使ってたんだよね……。多分、暴走状態で――そんなの…恐い存在じゃない? 普通じゃないよね?」
あ……そういう…ことか。
「恐く思ったりしないよ、キャル。なにがあったって、キャルはキャルで、大事な仲間だよ。前にも言ったけど、そんなこと気にしなくていいんだよ」
僕はそう笑顔でそう言った。そう、そんな事で、僕のキャルに対する気持ちは変わらない。
けど、キャルは少しうつむいたまま、僕に言った。
「仲間ならいいけど……恋人…とかは、ちょっとないよね…?」
「そ、そんな事ないよ! 僕は――」
必死にそう言いかけて、僕は――なんて言おうとしてる?
『キャルが恋人だったら、最高だ』
そう、僕の脳裏に言葉が浮かんだ。
いやいやいや! この流れで? 此処で? 今? 告白する?
ええぇ? そんな事――
「――よう、クオンとキャルじゃねえか! なんだ、二人でデートか?」
「はあっ!?」
突然かけられた声に、僕は横を向いた。
ガドだ。ガドの巨体が、いつの間にか横にいる。
「ちょっと、ガド! 悪いですわよ、デートの邪魔しちゃ」
後ろから細目のスーが出てくる。
「いや、あの…あの――」
デートじゃない、と否定すべきか? いや、それはどうなんだ?
そんな事言ってキャルとのデートしたくない、みたいに聞こえてほしくない。
かと言って、デートだと認めてるのも、キャルに無許可で恋人同士を偽ってる感じがする! ――ような気がする!
ああ、僕はどうしたらいいんだ!?
「あの……ガドとスーは…デートなの?」
キャルが顔を赤くしながら、ガドとスーに問うた。
と、ガドが突然、顔を赤くして判りやすく動揺する。
「ななななな何を言ってるんだ! こ、これはパーティーの買い出しだ!」
「…だ、そうです」
スーはにっこりと笑う。なんだスー、余裕だなあ。
「そ、そういえばレース形式のダンジョン・クエストが出てたぜ! ランスロットがブランケッツが参加するのかどうか気にしてたぜ!」
ガドの大きな声に、僕はちょっと心の余裕を取り戻した。




