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5 動乱の終息


「キャル!」


 僕は倒れようとするキャルの身体を、慌てて抱き支えた。

 顔を見ると、意識が完全にない。


 多分、過大な魔力を使った反動なんだろう。


「キャル……」


 その時、突然に裁判所の扉を開いて、新たな部隊が侵入してきた。


「私はバルギラ公爵だ! ここで動乱が起きていると知って参上した! 騒ぎを起こしている者は、全員、逮捕する!」


 誰だ? 『全員』ってなんだ? 僕らもそれに含まれてるのか?


 声の主を見ると、それは貴族の高価な衣装を身に着けた男で、水色の髪を後ろで結んでいる。

 そいつの背後から、兵たちが流れ込んできた。


 と同時くらいに、突如として辺りを紫色の煙が包み込む。


「……なんだ、これは?」


 僕がそう思った瞬間、何処からか声が上がった。


「毒ガスだ!」


 マジか! 僕は慌ててキャルをコートで包む。僕自身も、袖で口を覆って、しゃがみ込んだ。比重が軽いガスなら、下の方が安全だが――


「野郎ども、撤収しろ!」


 紫の煙の中、カリヤの怒鳴り声が聞こえる。

 あいつ、逃げるつもりだ。


 口惜しい気持ちはあるが、この状況じゃカリヤを追えない。

 やがて煙が鎮まり始め、辺りは鎮静化した。


 既にカリヤ一味はおらず、一人も捕まっていなかった。


 バルギラ公爵と名乗った男は、裁判官たちの傍にいる。

 三人の裁判官は、バルギラ公爵に手を合わさんばかりに感謝していた。


「よくぞ、事態を収束してくれたバルギラ公爵」

「貴殿がいなかったら、この動乱は大変なことになっていたじゃろう」


 バルギラ公爵は爽やかな笑顔で、それに答えていた。


「いいえ、地方貴族として、地域の治安維持に協力したまでですよ。太守と裁判長はどうしましたか?」

「それが――」


 裁判官は床に転がるレヴィエス裁判長の遺骸を指さした。

 と、別の場所から声があがる。


「アーノルド太守の遺体があります! 顔が――半分なくなっています!」

「なんて事だ……」


 報告を聴いて、バルギラ公爵は顔を覆った。

 裁判官たちが、青ざめた顔で声をあげた。


「太守が殺されるなど前代未聞だ……」

「この地域は、一体どうなるんだ?」

「これが皇帝の耳に入ったら――」


 怯えた表情の裁判官たちに、バルギラが言った。


「裁判官の皆さんの承認がいただけるなら、私が太守代理として公務を代行いたしますが、いかがですかな?」


 バルギラの言葉を聞き、裁判官たちは顔を見合わせる。


「バルギラ公爵ならば、元々、この地域の領主だった方。お任せするのに、適任ではないか?」

「うむ。皇帝も認めた数少ない『貴族』だ。よろしいのでは?」

「しかし、中央政府の承認を得た方がよいのでは――」


 裁判官一人の異論を聴くと、バルギラ公爵は振り返って声をあげた。


「ガルドレッド将軍!」


 呼ばれたガルドレッド将軍が、カサンドラと一緒に歩いてくる。

 カサンドラはどうやら、騒ぎの最中は将軍の護衛をしてたらしい。


「おお、バルギラ公爵。この動乱を鎮めたこと、深く感謝しますぞ」

「いえ、高名なガルドレッド将軍にお目にかかれた事、光栄の至りでございます。どうやら放置しておいては、この地域の行政に差し触りが出るだけでなく、新たな動乱の呼び水ともなりかねません。速やかに行政機能を回復させることは肝要かと存じます」


 バルギラの滑らかな言葉に、ガルドレッド将軍は、うむ、と言って頷く。


「つきましては、今、この地域の裁判官たちとも話していたのですが、亡くなられたアーノルド公の代行として――さしでがましくはありますが、私が太守代理を務めさせてもらえないかと申し出ましたところです」

「うむ、よいのではないか」


 ガルドレッド将軍が頷くと、バルギラは爽やかな笑顔を浮かべた。


「ガルドレッド将軍に御承認いただき、まことに有難く存じます。裁判官どの、これで中央の承認も得たことになるのでは?」

「おお、まさに! 将軍の承認ならば間違いない!」

「では、引き継ぎの行政手続きを、迅速に進めましょう」


 バルギラは裁判官たちの安堵の顔を、笑顔で眺めている。

 その様子を傍から見ていた僕は、何か違和感を感じていた。


 が、その僕に向かって、バルギラ公爵が歩いてくる。


「そこの君――その少女は大丈夫なのかね?」


 バルギラ公爵は、僕が腕に抱えているキャルを見て、そう声をかけた。


「さしつかえなければ、我が家の治癒士に診させるが、いかがね?」


 人懐っこい笑顔を浮かべるバルギラ公爵。

 けど、僕は――何かこの人に、なんとも言えない感じを覚えていた。


 そう……こういうクラスメートがいた。今の今まで忘れていたけど。


「ひどいよね、狩谷くんは。ぼくが、先生に言っとこうか?」


 そう言ってきた男子生徒――あれは、並木くんだ。

 顔がよくてクラスの女子にも人気者。頭もよくて、運動もできる。

 僕なんかと話すことは、滅多にないような生徒だった。


 その並木くんが、校舎の陰で泣いている僕に、不意に話しかけてきたのだ。

 僕はただ戸惑って、返事ができなかった。

 彼は爽やかに笑った。


「まあ、あんまりムリしないようにね」


 彼はそれだけ言うと、その場を去っていった。それだけだった。

 何か変化があったわけでもなく、彼もそれ以降、話しかけてくることはなかった。


 彼にとっては、気休めになる慰めを言ったにすぎない。

 その笑顔は、ただ人から好かれるためのうわべだ。

 僕を本当に心配したわけじゃなく、誰にでもうわべのつきあいを実践できる――ただ、そういう人なんだと理解した。


 ――このバルギラ公爵の笑顔は、あの時の並木くんに似ている。

 無論、思い過ごしかもしれない。本当にキャルを心配してくれてるのかもしれない。


 けど、ねじけた根性が身についてるのか、この人の事をすぐには信用できない。


「……いえ、負傷もしてませんし、魔力の使い過ぎで気絶してるだけですから――僕が家に連れ帰って休ませます」


 そう答えると、バルギラ公爵は笑顔を崩さないまま答えた。


「そう。ならばいんだけど。君も、この動乱に巻き込まれたんだよね? 名前を訊いていいかな」

「……クオン・チトーです」


「そうか、クオンくんか。私はバルギラ公爵。何か困ったことがあったら、訪ねてくれるといい」

「ありがとうございます」


 僕はそれだけ言って、その場を離れた。


   *


 動乱騒ぎの翌日、アーノルド太守とファフニール支局長ギュゲス・ネイの死亡が伝えられた。

 この世界にも新聞は存在するが、毎日、家に届くようなものではなく、街頭で売ってるものが主流だ。むしろ、江戸時代のかわら版に近い。


 その新聞情報では、死亡したアーノルド太守の代行として、騒乱を収めたバルギラ公爵が公務を司ることになったとあった。


 その場に居合わせたギルドマスターは僕の無罪を了解し、その旨をミリアを通して伝えてくれた。


 そして――騒乱の元凶であるカリヤ一味については、行方が判らない。一人も逮捕できてない、というのが事件から三日経った現状だった。


 そして、事件以降、カサンドラには会ってない。

 事件の時に、「おじ様を護衛していく」と言って、カサンドラはその場を去った。


 キャルはあの後、家で目覚めたが、青い炎を出した時のことは覚えてなかった。


「……あの時のキャルは、凄い魔力だった。けど、全然、我を忘れてる感じだったよ。一体、どうしたの?」

「わたしは……一族の禁断の力を封印されてるの――」


 キャルは、重い口を無理に開くように話し始めた。


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