第十六話 裁判所動乱 1 ギュゲスの騙り
クオンは、その太守の答えに歯噛みした。
間髪入れず、ギュゲスが声を上げる。
「裁判長、クオン・チトーの言う事に根拠はない。どころか、このクオンは昨夜、研究所を襲撃してうちの研究員二人に重傷を負わせました。シグマ! スルー!」
ギュゲスの呼び声に応えるように、シグマとスルーの二人が入廷してきた。
裁判長が訊ねる。
「証人の二人、そこにいるクオンに昨夜、襲撃をされた。それで間違いないか?」
「「間違いありません!」」
二人は声を揃えて、証言し下がる。
その時、カリヤが立ち上がった。
「カサンドラの部隊を全滅させて皆殺しにしたのは、こいつだ! 俺はカサンドラが、死ぬ間際に泣きながら『クオンという男に殺された』というのを聞いたんだ。こいつとその仲間が、全てやりやがった事だ。間違いねえぜ!」
カリヤはクオンを指さして、大声をあげた。
クオンはカリヤを静かに睨む。
「カサンドラの遺言を聞いたというのか?」
「そうだよ! 哀れだったぜ、お前に踏みつけにされて――仲間を殺されてな!」
クオンは、眉をひそめた。
「…カリヤ、お前は本当に最低な奴だ。――出てきて下さい!」
クオンが声を上げると、三人の女性が出廷してきた。
控えの場にも見当たらなかった彼女たちは、急に姿を現した感じだった。
「誰の遺言を聞いたと言った? ……カリヤ!」
その中央にいて声をあげた女性――それはカサンドラ本人であった。
カリヤは驚愕に眼を見開いた。
「な――カサンドラ……生きていただと…?」
「お前たちに部隊を殺された後、クオンたちが戻ってきたのだ。そして私はクオンに助けられた……。私は真実を告げるために、此処へ来たのだ!」
カサンドラはそう言うと入廷し、証言台に立った。
「裁判長、私の部隊は確かにクオンたちと戦闘をした。しかしそこでは一人の死者もいなかった。弱った部隊をその後に来て皆殺しにした人物、それは――此処にいるカリヤだ!」
カサンドラはカリヤを指さし、断言した。
カリヤは眼を見開き――言葉を失っていた。
〇 ○ 〇 ○ 〇 ○ 〇 ○
さすがのカリヤも、カサンドラの出現に驚いたようだった。
当然だ、いい気になってデタラメを言っていたのだから。
僕はカリヤを見ていたが、カリヤはカサンドラに視線を奪われていた。
沈黙するカリヤをよそに、カサンドラはさらに言葉を続けた。
「そして私の部隊が戦闘になったのは、私の部隊が青霊鳥の密猟をし、それをクオンたちが止めようとしたからだ。その青霊鳥の密猟を依頼したのは、特務機関ファフニール――あそこにいるギュゲス・ネイだ!」
カサンドラは今度はギュゲスを指さした。その上で、さらに声をあげる。
「私は相応の罪に問われるべきだ。だがそれ以上に、この二人は己が罪に対する罰を受けるべきだ!」
カサンドラの言葉に、場内が騒然となる。
その喧騒を抑えるように、裁判長が声をあげた。
「カサンドラ、それが真実だとしたら、それを証だてるものはあるかね?」
「あります。此処にファフニールの秘密研究の資料がある。此処にはギュゲスのサインがあり、そしてその機材の一部を用意しました」
裁判長に答えたのは、カサンドラの傍にいたエリナだった。
エリナの隣には、キャルが大きなガラス瓶を持って立っている。
二人は揃って裁判長の前へ行くと、資料とガラス瓶をその前に置いた。
「ファフニールは青霊鳥を犠牲にして霊力を集め、異世界から転生者を召喚する実験を繰り返ししていたのです。そして召喚された転生者は、能力がないと『不用品』として殺されていた。資料によると『処分』された転生者の数は――13人」
エリナはそう言葉を続けた。
そう……これは、資料を持ち帰って知った、衝撃の事実だった。
その十三人のなかに、僕もエリナも含まれていたのだ。
――だが、僕らは生き延びた。そしてこうして、ギュゲスの前に立っている。
「転生者は一人一人が生きた個人だ。それを勝手に呼び出しておいて、勝手に殺す。こんな非道が許されるのでしょうか? ファフニールの実験は、即中止すべき質のものと訴えます」
エリナはそう言って、眼鏡の奥の眼を光らせた。
それに続けて、再びカサンドラが口を開いた。
「私も訴えておこう。ファフニールは青霊鳥を何に使うか、また実験の結果がいかなるものかを知らせることなく特別部隊に命令を出していた。そもそもだが、そのような特別部隊を、ファフニールのために用意するということ自体に問題はなかったのだろうか?」
カサンドラはアーノルド太守を見つめた。
「そ……それは…」
太守は冷や汗を拭いながら口ごもっている。
と、ギュゲスがその時、口を開いた。
「――少し重要な事実を述べなければいけませんな」
「なんですか、ギュゲス支局長?」
裁判長の促しに、ギュゲスは片眼鏡を光らせて答えた。
「そのクオン・チトーは転生者です」
こいつ!
一斉にどよめきが起こり、場内の視線が僕に集中した。
「そして転生者は異能――ディギアを持つことがある。このクオン・チトーの異能……それは『魅了』!」
は? 何を言い出してるんだ、こいつは!?
「このクオン・チトーの異能力、『魅了』によって、そこのカサンドラ隊長はすっかりクオン・チトーに『洗脳』されてる状態なのです。それでクオン・チトーに吹きこまれた作り話を述べているものと思われます。このクオン・チトーについての調査を、我々は極秘に行っていた。その証拠資料は、後に提出します」
「デタラメを言うなっ! ギュゲス!!」
僕はあまりの物言いに、憤激して声をあげた。
「そうだ! 私は洗脳などされていない! ……ちょっと魅了はあるかもだが」
ちょっと! 何言ってます!?
しかしその時、裁判所の入り口が開いて入ってきた人がある。
「――私にも、カサンドラ隊長が洗脳されてるとは思えないのだがね」
低く渋い男性の声。
声の主は白い口髭を蓄え、白髪を短く切り揃えた一目で判るいぶし銀の軍人。
「貴方は……獅子王戦騎団、ガルドレッド将軍!」
裁判長の驚きをよそに、ガルドレッドは落ち着いた様子で裁判所中央まで歩いてきた。その脇には逞しい軍人二人が、護衛らしく寄り添っている。
そしてそのさらに後ろから姿を現したのは――
「ランスロット! みんな!」
赤髪の剣士ランスロットを筆頭に、ボルト・スパイクの面々だった。
ボルト・スパイクがガルドレッド将軍をこの場に連れてきてくれたのだ。
間に合ってよかった。
「おじ様――いえ、将軍。わざわざのお越し、ありがとうございます」
カサンドラが頭を下げる。ガルドレッドはその姿を見て、力強く頷いた。
「何より気になっているのは、ファフニール・オーレム支局が転生実験をしている――という報告だ。それは事実かね、ギュゲス・ネイ支局長?」
ギュゲスは質問をされて、そのまま黙って応えようとしない。
「転生実験は、皇帝の意向で10年前から禁止されている」
僕はガルドレッドの言葉に息を呑んだ。
なんだって? ……禁止されている?
じゃあ、何故、僕たちは呼び出されたんだ。
「度重なる召喚の儀の際、霊術士が霊力を使い果たし死亡する事故が相次いだためだ。皇帝は自国民の犠牲を好まない。ゆえに転生の儀は禁止となった――そしてファフニール本部に問い合わせたところ……」
ガルドレッドはギュゲスを静かな瞳で見つめた。
「……本部では実験は行っておらず、支局の実験も認めていない、との答えだった」
場内が静まった。
もし本当なら……ギュゲスの単独判断。それも――
皇帝の意向に反しての行為。
「ギュゲス支局長、聞かせていただこう。皇帝の意に背いたか――否か」




