6 バルギラ公爵
ミゲル――あるいはバルギラ公爵と名乗った男は、にっこりと微笑んだ。
「公爵様が、こんな処になんの用だ?」
「フム……ぼくのことはギュゲス君から聞いてないようだね」
バルギラはそう言うと、顎に拳をあてて息をついた。
「ギュゲスから? どういう関係だ?」
「ギュゲス君の友人だよ。そして、ぼくが探している少女――白い猫耳の少女の探索を依頼したのも、ぼくさ」
カリヤはふと、以前のギュゲスとのやりとりを思い出して、ネラの方を見た。
ネラは薄緑の髪を少し揺らして微笑んだ。
「そっかあ、キミがギュゲスのボス……だね?」
「――きみは誰かな?」
「ネラ」
少女の姿のネラは、眼をつぶるように微笑んだ。
その笑顔に呼応するように、バルギラも微笑む。
「そうか。きみがネラか。話には聞いているよ。カリヤ君の――大変、力強い仲間だそうだね?」
ネラは笑ったまま答えない。カリヤは焦れて声を上げた。
「それで――ギュゲスのボスが何の用だ?」
「ギュゲス君のボスだなんて、とんでもない! ぼくはただ少し彼の研究を支援させてもらっているだけの、しがない貴族だよ。ぼくはね、将来の見込みがありそうな人に、投資をするのが好きなんだ」
バルギラはそう言って、カリヤに話しかけた。
「白い猫耳なら、クオンと一緒だ。ハルトたちが逃がしちまったがな。あいつを痛めつけて場所を吐かせるつもりだった」
「恐いなあ、カリヤ君は。けど、目的のために手段を選ばない人は…嫌いじゃない」
バルギラの眼がすっと細められ、表情が一瞬、素に戻る。
が、それはほんの一瞬だった。
「白い猫耳少女の捕獲は、引き続きお願いしたい。もし捕獲できたら――5億ワルド払おう」
「「5億!」」
カリヤは声をあげなかったが、周りにいたゲイルとカザンが思わず声をあげる。
カリヤは二人を睨みつけた。
「す、すまねえ……」
謝る二人を見て、カリヤは眼をバルギラに戻した。
「フン、随分とご執心だな。あの猫耳に、そんな価値があるのか?」
「うん、ぼくは眼を着けたものには金を惜しまない主義でね。ただし、猫耳少女は、ぼくのチームも追っているんだ。もしチームの方が先に捕獲したら、報酬はないよ」
微笑むバルギラに、カリヤはうろんな眼を向けた。
「……いいだろう。それが要件か?」
「いいや。こんな事は、ほぼどうだっていい事だ。君には別の頼みがあってきたんだよ」
そう言ったバルギラの微笑みに――凶悪な色が混ざった。
「君には太守――アーノルド公の命を貰ってほしい」
さすがのカリヤも、眼が一瞬、見開いた。
「お前……正気か?」
「無論、正気だ。成功したら――30億ワルド出そう」
「「30億!」」
また声をあげるゲイルとカザンを、カリヤは睨んで黙らせた。
と、ネラが無邪気そうな笑みを浮かべて声をあげる。
「ふ~ん、やっぱりそういう人なんだね。面白いね! ねえ、カリヤ、その頼み事、引き受けようよ」
カリヤは黙ったままバルギラを睨む。
バルギラは不敵な笑みを浮かべたままだった。
「――50億だ」
カリヤが、そう言い放った。
バルギラがそれを聴いて微笑む。
「いいねえ、カリヤ君! 君はやっぱり、面白い男だ。此処に来て正解だったよ。成功したら、50億ワルド出そう」
「フン」
と、鼻で笑いながら、カリヤは黒マスクの中で、口の端を吊り上げた。
「それじゃあ、おいとまするかな。もう夜も遅いしね」
バルギラがそう言った瞬間、バルギラの隣に急に人が現れた。
オレンジ色の髪をツインテールにした少女である。
「なに!?」
突然の少女の出現に、バルギラ以外のその場の者が全員、驚愕した。
「それじゃあ、カリヤ君、よろしく頼むよ」
バルギラが挨拶をすると、オレンジツインの少女がバルギラの腕をとる。
と、二人の姿が一瞬にして消えた。
バルギラが去った部屋には、静寂だけが取り残された。
「……バルギラ公爵か――。何を考えてるのか知らねえが…いいだろう。その話に乗ってやるぜ!」
*
夜が明けると、早朝からカリヤはハルトの訪いを受けた。
「何の用だ?」
「カリヤ、ギュゲス様がお呼びだ。というか、正確にはギュゲス様も太守に呼ばれている。――クオン・チトーが出頭して、裁判所と太守に訴えを起こしたらしい」
「……なんだと?」
カリヤは眉をひそめた。
裁判所に出向くと、既に片眼鏡のギュゲスがいる。
カリヤが近寄ると、ギュゲスが耳元で囁いた。
「昨夜、研究所が襲撃を受けた。ディギナーズの二人が重傷を負い、捕らえていた青霊鳥が全て奪われた」
「……なんだと」
カリヤは悟った。それが全てクオンの仕業であると。
(クソ……あいつめ、オレたちじゃなく、研究所に行ったのか。何か仕掛けるだろうとは思ったが、向うだったか)
「しかし心配はいらない。むしろ襲撃された二人を証人として呼んであるから、奴らは不法侵入・暴行、窃盗罪の犯人だ。合法的に捕らえることができる」
「フン、奴が出てきたからには、何か企みがあるに違いない。奴を甘く見ない方がいい」
カリヤの言葉に、ギュゲスは軽くせせら笑いを浮かべただけだった。
「随分と『能なし』に怯えたものだね、カリヤ君」
「なに!」
カリヤはギュゲスを睨みつけた。しかしギュゲスは薄笑いをやめない。
カリヤは舌打ちすると、裁判所へと向かっていった。
裁判所に入ると、正面に高い席が設けられている。そこには太守であるアーノルド公、そして裁判長のレヴィエスをはじめとする裁判官五人が、正面に座っていた。
円形になってる傍聴席には、多くの人が座っている。その中にはギルドマスターのカールや、受付のミリア、その他多くの冒険者たちも傍聴に来ていた。
そして、横の原告席にはクオンがいる。
「クオン! ――貴様…」
クオンはカリヤの姿に気付いて一瞥したが、声を上げることもなく冷たい視線を向けただけだった。
「クオン・チトー、申し立てを述べてみよ」
裁判長レヴィエスの声に、クオンは立ち上がり声をあげた。
「申し上げます。僕は先日、ファフニールの使者で太守の命を受けたという二人から、拘束されて監禁されました。その時の罪状は、女隊長カサンドラの率いる部隊を皆殺しにしたという事。それは山火事を起こしたのが僕であることを隠蔽するため、調査に行った部隊の口封じをするため――という事でした」
「それに異議があると?」
レヴィエスの促しに、クオンは頷いた。
「はい。まず、カサンドラ隊と戦闘はしましたが、一人も殺してはいません。そして青霊鳥を密猟したのは僕らではなくて、ファフニールです。そして確認したいのですが、僕を逮捕に来た二人は『太守の命で』と言ってました。太守がそのような命令を出したのかどうか、お聞かせ願いますか」
クオンの言葉を受けて、裁判長が太守アーノルドに質問する。
「太守殿、そのような命令を出した覚えは?」
「それは――」
アーノルド太守が口ごもっていると、ギュゲスが声をあげた。
「太守殿、慣例として太守の命を手続き上、借用することはよくある事ですよね?」
「あ、ああ……そう…だな」
中年太りしたアーノルド太守は、ハンカチで汗を拭きながらそう口にした。




