3 カリヤの罠
僕は、カサンドラに言ったことの背景を少し説明した。
「……僕自身が、『そうでなきゃいけない』って思ってた事に、ずっと縛られてた、と思う。学校に行かなきゃいけない、勉強しなきゃいけない、友達がいなきゃいけない、親の期待に応えなきゃいけない――なんか、そんな『そうでなきゃいけない』と思うと、『そうできてきない』自分に苦しめられるんだ。……だから『そうでなくてもいい』って思える今は、すごくラクなんだ」
僕はそう話した。キャルが頷いている。
エリナも深く息を吐いた。
「そうだな……そうでなきゃいけないって気持ちに縛られるってこと、あるよ。けど、本当は自分が作り出した鎖なんだな。無論、他人の要求や視線、無言の圧力みたいのもあるだろうけど。一番はだけど、自分の気持ちだ。――私は異世界に来て、死にそうになったけど、今はブランケッツで結構幸せだ」
「うん、わたしも。今は凄く…いい感じ」
エリナの言葉にキャルも同意する。
僕も頷いた。
確かに色々あって、全てが順調とは言えないだろうけど――
「僕も……二人に会えてよかった」
僕がそう言うと、二人が微笑んだ。
雰囲気をとりなすように、エリナが声をあげる。
「うん。今は美味しい食事にもありついてるしな! お、夕飯が冷めてしまったな。あっため直すか」
「そうですね」
僕たちはそう笑い合うと、食事を再開した。
*
翌朝、僕たちは朝御飯の準備をしていたが、カサンドラをどうしようかな、と思っていた。
呼びにくべきか、それとも食事を持っていくか。
そんな事を想っていると、カサンドラが部屋から出てきた。
白いワンピースを揺らしながら、歩いてくる。
「おはようございます」
「お、おはようございます」
カサンドラは、少し恥ずかしそうな顔をしている。少し眼が腫れている。よほど泣いたのだろう。
「……その…君たちがよければ、だが――朝御飯を一緒に食べたいな…と思ったのだが……」
カサンドラは顔を赤らめて、そう言った。
僕はキャルとエリナを見た。二人とも微笑している。
「もちろんですよ。座ってください」
「……ありがとう」
カサンドラは顔を上げると、晴れやかな笑顔を見せた。
この人って、こんなに美人だったっけ?
強くて恐い印象しかなかったのが、少し変わった。
「それじゃあ――「「「「いただきます!」」」」
みんなでそう声を揃えると、僕らは一緒に朝食をとった。
「――ちょっと、ギルドの様子を見てくるよ」
朝食が終わると、僕は二人にそう告げて、一人で街へと出向いた。
走りながら、僕は新しい走法をイメージする。
今までは堅いゴムのイメージだったけど、今度はもっと硬度のある金属のバネのイメージ。それくらい強度があって、ビン、と返る力の強い脚をイメージしてみる。
また、速くなった気がした。これはバネ脚と名付けよう。
ギルドに到着すると、不意に近づく気配がある。
見ると、薄緑の髪をした少女だ。
「お兄ちゃんが、クオン?」
「え? ああ、そうだけど」
その色の白い美少女は、微笑みながら言った。
「赤い髪の剣士さんから言付けを預かったの」
「そう、なんて?」
ランスロットか。なんだろう?
「あのね『俺は捕まってる。おとなしくしてくれないと殺される』――だって」
「え? なんだって!?」
「じゃあねー」
僕の驚愕をよそに、少女は手を振って去っていった。
……一体、なんだ? どういう事なんだ?
ランスロットに何かあったのか? 何にしろ、もっと情報が必要だ。
僕はギルドに入った。
ギルドに入った瞬間、違和感を感じた。
一斉に室内が静まり返り、視線が僕に集中している。
「クオンさん……」
奥のカウンターにいる受付のミリアさんが、泣きそうな声で呟くのが聞こえるくらいだ。――一体、どうしたっていうんだ?
その時、一人の男性が僕の前に歩いてきた。
「君がクオン・チトーだね?」
「そうですが……貴方は?」
長身で整った顔立ちの騎士風の男は、僕に言った。
「私はハルト。太守の命によって、君を捕らえにきた」
「僕を捕まえる? なんで?」
「政府の兵士を惨殺した罪だ」
違う! あれは――
と言いかけて、僕はハルトの後ろ側から近寄ってきた男に気付いた。
黒い牙が彫られた金属製のマスク。黒いコートの下には金色の鎧。
雰囲気が変わってる。しかしその顔は見間違えようもない。
「――カリヤ………」
「俺は知ってるんだぜ、クオン」
カリヤが近寄って来る。
「お前たちがファフニールの依頼を受けた特別部隊と戦ったことをな。そして連中を皆殺しにした」
「違う! 僕たちはそんな事はしない!」
僕が叫ぶと、カリヤは黒牙マスクの前に、人差し指をたててみせた。
静かにしろ、ということか? 黙れ、という意味か。
「俺が駆け付けた時には、大勢がもう森ジャッカルに喰われちまっていたがな。その中で、女隊長のカサンドラだけが息があった。俺は彼女から聞いたんだ。自分たちを襲ったのが、クオンっていう奴だと。そして彼女は、涙ながらに俺にこのガントレットを譲った」
カリヤはコートを翻すと、左腕にはめた黒炎のガントレットを見せた。
こいつ……よくも、いけしゃあしゃあと、こんな嘘を――
「お前が殺したんだ、クオン。あの女隊長は泣いてたぜ、可哀そうによ」
カリヤはそう言うと、僕に顔を近づけてきた。こいつは……
「せめて黙って捕まることだな。でないと…周りが大変なことになるぜ」
カリヤがそう囁いた。
まさか。
僕は周囲を見回す。ランスロットたちボルト・スパイクの顔はない。
――既に捕まっていて、それをネタに僕を脅してる、という事か。
と、ハルトがさらに僕に声をあげた。
「しかも、クオン。君には山火事を起こした嫌疑もかけられている」
「山火事? 何故、僕が?」
僕はハルトに眼を向けた。
「自分たちで禁猟指定の青霊鳥を獲った挙句、山火事にいち早く駆け付けることで報酬を得る。自作自演の消火行為だが、その調査にいったファフニールの部隊を、都合が悪いために襲った――というのが、我々の見方だ」
「そんなバカな!」
「しかし、そうでも考えなければ、君たちの到着が早すぎる――という事実も掴んでいるのだよ」
僕は抗弁しようとして、周りの視線に気が付いた。
冒険者たちが、僕に疑惑の視線を向けている。違う、僕じゃない。
だが、何か言おうとした時、カリヤが掌を向けた。
「だから、おとなしくしろって言ってんだよ。…こっちは、本気なんだぜ?」
カリヤが眼を細めた。ふと、その後ろに、さっき会った少女が現れる。
この子は――カリヤの仲間なのか? こいつは……本当に、ランスロットたちを、今にでも殺す事ができる。その本気の顔だった。
「正直に答えな。女隊長の部隊と戦ったのは、お前だろ!」
……どう考えるべきだ? 本当にカリヤはランスロットたちを人質にとってるのか? それとも罠なのか……どう考えるべきなんだ?




