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2 そうじゃなきゃいけない、なんてことはない


   ♦   ♦   ♦   ♦   ♦   ♦   ♦   ♦


「こっちの方に、気配がするね」


 ネラの案内の元に、カリヤたちは森を進んだ。

 と、地面に倒れているランスロットがいる。カリヤが声をあげた。


「チッ……女を逃がしやがったか」

「女の方は霊術士だ。気配を消していて、察知できないよ。このパーティー、全員がそれなりの実力者だったね。もうBランクに上がっていいくらいだ」


 ネラの言葉に、カリヤは苛立たしそうに鼻息を吹いた。


「フン、余計な手間をとらせやがって。――おい!」


 カリヤは倒れているランスロットの腹を蹴った。


「ぐっ!」

「ざまあねえな。お前、いつか俺に偉そうに説教した奴だな。その説教代をくれてやるぜ」


 カリヤはそう言うと、続けて四発、ランスロットの腹と顔に蹴りをいれた。


「殺すなら……ひと思いに殺せ…」


 口の端から血を流しながら、ランスロットが声を洩らす。

 カリヤしゃがみこむと、ランスロットの赤い髪を掴んで、その顔を覗き込んだ。


「心配しなくても、いずれ殺してやる。ただし、クオンを痛めつけるためのエサになってもらってからな」

「や……やめろ…」


 カリヤが手を離すと、ばさりとランスロットの顔が地面に落ちた。

 カリヤは薄笑いを浮かべると、立ち上がる。


「なあ、カリヤ。この戦力なら、面倒なことしねえで、クオンの奴らをそのまま襲えばいんじゃねえか?」


 ゲイルの言葉に、カリヤはじろり、と黒マスクの上の眼を向けた。


「馬鹿野郎! そんな事で、俺が受けた屈辱が晴らせると思ってのか!」


 カリヤの剣幕に、ゲイルはたじろいだ。


「クオンが受けた称賛や、名誉――それを全部、地に落として踏みにじった上で、合法的に処刑してやる……。その時の処刑人は俺だ!」


 カリヤはギラつく眼で、虚空を睨んだ。



   〇   〇   〇   〇   〇   〇   〇   〇



「身体を起こしても大丈夫なら、一緒に夕飯をどうですか?」


 僕はそう言って、カサンドラをリビングに招いた。

 カサンドラは少し落ち着かない様子で、リビングへとやってくる。


「あ、ただし椅子はないですけど。大丈夫です?」


 僕の問いに、カサンドラはこくん、と頷く。

 キャルが気を利かせて、ソファからクッションを持ってくる。


 手製のテーブルを皆で囲む。今日の夕飯は、魚介たっぷりのブイヤベースと、パン、デザートにプリン……のメニューだ。


「それじゃあ――「「「いただきます!」」」


 僕らが声をあげると、カサンドラが驚いた顔をした。


「な、なんだ、その『いただきます』というのは?」


 エリナが笑いながら答える。


「私とクオンくんの故郷の風習なんだ。食事というものに感謝をする気持ちを表す言葉だ。食事というのは、基本的に命をいただく。その事に感謝をして『いただきます』と言うんだ」


 カサンドラはポカンとした顔をしていた。


「食料に――感謝をする? ……弱いものが喰われ、強いものが喰う――という事ではないのか?」

「まあ、私たちの元世界でも、そういう考え方はあったけど。人間が生命の頂点で、後の生物は人間より下。だから当然、食べてもいい――というようなね。植物はその命にカウントしなかったり、人間のように知性のある動物だけ特別視するとか、そういう考えも含まれてたけど――」


 エリナは少し微笑した。


「けどさ。そもそも、植物だって命だろう? 知性があってもなくても命だろう。命をいただくことに代わりはない。私たちは、他の生き物のおかげで生きている。それは罪深いことかもしれないが、それを直視するのを避けるより、正面から見つめて、得られる糧に感謝をする……それが、私とクオンくんのいた国の風習の、根底にある気持ちだ」


 エリナがそう微笑すると、カサンドラは驚きに包まれていた。


「ま、そういう訳で、美味しくいただこうじゃないか」


 エリナは軽くそう言うと、夕飯にとりかかった。

 僕とキャルは、眼を合わせて微笑むと、やはり食事を始めた。


「美味いな、クオンくん! 料理の腕が上がってるんじゃないのか?」

「毎日やると、ちょっとコツが判ってきますよね。けど、キャルのパスタには、まだまだ及ばない」

「ふふ……美味しく食べてもらえると、それだけで嬉しいよね」


 僕らは歓談しながら、夕食をいただいた。

 カサンドラは呆然としながら、少しずつ夕飯を食べている。が――


「むっ……んぅ………」


 突然、カサンドラが席を立って、駆け出して部屋に飛び込んだ。


僕らは顔を見合わせて、カサンドラの後を追う。

部屋にいたカサンドラは、ベッドに顔を埋めて泣いていた。


「どうしたんです? 突然……」


 カサンドラは少し声を殺して泣いていたが、やがて顔をあげた。


「私は……君たちと食卓を囲む資格はない!」


 カサンドラは、泣きながら、そう声をあげた。


「君たちと戦った時、私は『殺しても構わん』と命令したんだ……。私は、君たちから、あの平和で満ち足りた夕食の時間を奪おうとした――そんな私に、君たちと食事を共にする資格など……あろうはずもない……」


 カサンドラは、シーツを震える手で握りしめて、涙をこぼし続けていた。


「――もう、いいじゃないですか」


 僕は言った。

 カサンドラの背中が、ぴくりと震える。


「資格なんて、誰にもありませんよ。僕たちが、食事をしたい人と――一緒に食事する。それだけですよ」

「だが、私は――」


 カサンドラが振り向いて、泣き顔を見せた。


「そうじゃなきゃいけない――って、思い過ぎてるんじゃないですか?」


 僕は、カサンドラが何か言う前に、そっと告げた。


「……ああであるべきだ、こうじゃなきゃいけない。そんな風に思うから、資格がないとか思う。けど、それは生き辛いんじゃないですかね? 思うんだけど……そうじゃなくてもいいんですよ。ああでもいいし、こうでもいい。人が押し付けることよりも……自分の気持ちが大事だと――僕は思いますけど」


「私の……気持ち…?」


 カサンドラは泣き顔でうつむくと、視線を逸らした。


「すまないが……独りにしてもらえないだろうか…」

「判りました――」


僕らはカサンドラにそう答えると、部屋を後にした。

リビングに戻り、食卓に着く。


 なんとなく、落ち着かない気分だった。が、キャルが不意に口を開いた。


「クオンの言う事……凄くよく判った――気がする」


 僕は、キャルを見つめた。


「わたしは…一族の中である『役目』を背負わされてた。そのせいで、自由はなく、自分の意志も聞いてもらえることはなかった。――けど、その一族が全滅させられたの」


 僕は、その内容に驚愕を隠し切れなかった。


「……そしてわたしは奴隷にされた…。けどね、奴隷になって思ったの。『あんまり変わらない』って。――わたし、一族の中にいて、自由も意志もない奴隷と、変わりがなかったんだって、はじめて気づいた」


 キャル――

 僕は、呆然とするばかりで何も言えなかった。


「けど、クオンが――わたしにも、自由と、意志があるって気づかせてくれたの」


 キャルがそう言って微笑んだ。


「クオンのおかげ。……ありがとう、クオン」


 僕はそんな――。僕はただ、戸惑うばかりだった。



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