2 そうじゃなきゃいけない、なんてことはない
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「こっちの方に、気配がするね」
ネラの案内の元に、カリヤたちは森を進んだ。
と、地面に倒れているランスロットがいる。カリヤが声をあげた。
「チッ……女を逃がしやがったか」
「女の方は霊術士だ。気配を消していて、察知できないよ。このパーティー、全員がそれなりの実力者だったね。もうBランクに上がっていいくらいだ」
ネラの言葉に、カリヤは苛立たしそうに鼻息を吹いた。
「フン、余計な手間をとらせやがって。――おい!」
カリヤは倒れているランスロットの腹を蹴った。
「ぐっ!」
「ざまあねえな。お前、いつか俺に偉そうに説教した奴だな。その説教代をくれてやるぜ」
カリヤはそう言うと、続けて四発、ランスロットの腹と顔に蹴りをいれた。
「殺すなら……ひと思いに殺せ…」
口の端から血を流しながら、ランスロットが声を洩らす。
カリヤしゃがみこむと、ランスロットの赤い髪を掴んで、その顔を覗き込んだ。
「心配しなくても、いずれ殺してやる。ただし、クオンを痛めつけるためのエサになってもらってからな」
「や……やめろ…」
カリヤが手を離すと、ばさりとランスロットの顔が地面に落ちた。
カリヤは薄笑いを浮かべると、立ち上がる。
「なあ、カリヤ。この戦力なら、面倒なことしねえで、クオンの奴らをそのまま襲えばいんじゃねえか?」
ゲイルの言葉に、カリヤはじろり、と黒マスクの上の眼を向けた。
「馬鹿野郎! そんな事で、俺が受けた屈辱が晴らせると思ってのか!」
カリヤの剣幕に、ゲイルはたじろいだ。
「クオンが受けた称賛や、名誉――それを全部、地に落として踏みにじった上で、合法的に処刑してやる……。その時の処刑人は俺だ!」
カリヤはギラつく眼で、虚空を睨んだ。
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「身体を起こしても大丈夫なら、一緒に夕飯をどうですか?」
僕はそう言って、カサンドラをリビングに招いた。
カサンドラは少し落ち着かない様子で、リビングへとやってくる。
「あ、ただし椅子はないですけど。大丈夫です?」
僕の問いに、カサンドラはこくん、と頷く。
キャルが気を利かせて、ソファからクッションを持ってくる。
手製のテーブルを皆で囲む。今日の夕飯は、魚介たっぷりのブイヤベースと、パン、デザートにプリン……のメニューだ。
「それじゃあ――「「「いただきます!」」」
僕らが声をあげると、カサンドラが驚いた顔をした。
「な、なんだ、その『いただきます』というのは?」
エリナが笑いながら答える。
「私とクオンくんの故郷の風習なんだ。食事というものに感謝をする気持ちを表す言葉だ。食事というのは、基本的に命をいただく。その事に感謝をして『いただきます』と言うんだ」
カサンドラはポカンとした顔をしていた。
「食料に――感謝をする? ……弱いものが喰われ、強いものが喰う――という事ではないのか?」
「まあ、私たちの元世界でも、そういう考え方はあったけど。人間が生命の頂点で、後の生物は人間より下。だから当然、食べてもいい――というようなね。植物はその命にカウントしなかったり、人間のように知性のある動物だけ特別視するとか、そういう考えも含まれてたけど――」
エリナは少し微笑した。
「けどさ。そもそも、植物だって命だろう? 知性があってもなくても命だろう。命をいただくことに代わりはない。私たちは、他の生き物のおかげで生きている。それは罪深いことかもしれないが、それを直視するのを避けるより、正面から見つめて、得られる糧に感謝をする……それが、私とクオンくんのいた国の風習の、根底にある気持ちだ」
エリナがそう微笑すると、カサンドラは驚きに包まれていた。
「ま、そういう訳で、美味しくいただこうじゃないか」
エリナは軽くそう言うと、夕飯にとりかかった。
僕とキャルは、眼を合わせて微笑むと、やはり食事を始めた。
「美味いな、クオンくん! 料理の腕が上がってるんじゃないのか?」
「毎日やると、ちょっとコツが判ってきますよね。けど、キャルのパスタには、まだまだ及ばない」
「ふふ……美味しく食べてもらえると、それだけで嬉しいよね」
僕らは歓談しながら、夕食をいただいた。
カサンドラは呆然としながら、少しずつ夕飯を食べている。が――
「むっ……んぅ………」
突然、カサンドラが席を立って、駆け出して部屋に飛び込んだ。
僕らは顔を見合わせて、カサンドラの後を追う。
部屋にいたカサンドラは、ベッドに顔を埋めて泣いていた。
「どうしたんです? 突然……」
カサンドラは少し声を殺して泣いていたが、やがて顔をあげた。
「私は……君たちと食卓を囲む資格はない!」
カサンドラは、泣きながら、そう声をあげた。
「君たちと戦った時、私は『殺しても構わん』と命令したんだ……。私は、君たちから、あの平和で満ち足りた夕食の時間を奪おうとした――そんな私に、君たちと食事を共にする資格など……あろうはずもない……」
カサンドラは、シーツを震える手で握りしめて、涙をこぼし続けていた。
「――もう、いいじゃないですか」
僕は言った。
カサンドラの背中が、ぴくりと震える。
「資格なんて、誰にもありませんよ。僕たちが、食事をしたい人と――一緒に食事する。それだけですよ」
「だが、私は――」
カサンドラが振り向いて、泣き顔を見せた。
「そうじゃなきゃいけない――って、思い過ぎてるんじゃないですか?」
僕は、カサンドラが何か言う前に、そっと告げた。
「……ああであるべきだ、こうじゃなきゃいけない。そんな風に思うから、資格がないとか思う。けど、それは生き辛いんじゃないですかね? 思うんだけど……そうじゃなくてもいいんですよ。ああでもいいし、こうでもいい。人が押し付けることよりも……自分の気持ちが大事だと――僕は思いますけど」
「私の……気持ち…?」
カサンドラは泣き顔でうつむくと、視線を逸らした。
「すまないが……独りにしてもらえないだろうか…」
「判りました――」
僕らはカサンドラにそう答えると、部屋を後にした。
リビングに戻り、食卓に着く。
なんとなく、落ち着かない気分だった。が、キャルが不意に口を開いた。
「クオンの言う事……凄くよく判った――気がする」
僕は、キャルを見つめた。
「わたしは…一族の中である『役目』を背負わされてた。そのせいで、自由はなく、自分の意志も聞いてもらえることはなかった。――けど、その一族が全滅させられたの」
僕は、その内容に驚愕を隠し切れなかった。
「……そしてわたしは奴隷にされた…。けどね、奴隷になって思ったの。『あんまり変わらない』って。――わたし、一族の中にいて、自由も意志もない奴隷と、変わりがなかったんだって、はじめて気づいた」
キャル――
僕は、呆然とするばかりで何も言えなかった。
「けど、クオンが――わたしにも、自由と、意志があるって気づかせてくれたの」
キャルがそう言って微笑んだ。
「クオンのおかげ。……ありがとう、クオン」
僕はそんな――。僕はただ、戸惑うばかりだった。




