6 カサンドラの告白
振り向かなくても判った。それはカサンドラだった。
けど、僕はゆっくりとカサンドラの方に向き直った。
カサンドラは、白いゆったりとしたワンピースのドレスを見につけていた。
紅い髪は以前のように波打ってはおらず、すんなりとまとまっている。
少し別人のように見えた。
「――戦争を大人げない、などと言いながら、お前は戦闘訓練をしている。何故だ?」
カサンドラは、少し責めるような眼で僕を見つめた。
僕はそれに静かに答えた。
「キャルを守るためだ」
カサンドラの顔に、驚きが走る。
「……それだけか?」
「それだけだよ。別に戦うのは好きじゃない。ただ……今のところモンスターと戦う冒険者くらいしか、稼ぐ方法がない。それと、キャルを狙う者から、キャルを守るため――それが僕の戦う理由だ」
僕の言葉を聞くと、カサンドラは斜め下を向いて目を伏せた。
「……他の仲間が反対する中――お前だけが、私を治癒することを主張したと……あの娘――キャルという子から聞いた」
僕は、黙ってカサンドラを見つめた。
カサンドラの紅い髪が、風に揺れる。
眼を伏せたまま、カサンドラは言葉を続けた。
「お前は最初から、兵士たちを殺さぬように仲間に指示していた……。それに、私に途中で降参するようにも言った。お前は……何故、敵にまで優しさを与える?」
カサンドラが、顔を上げて僕に訊ねる。
僕は答えた。
「転生者、だと言ったでしょう? 僕の元いた世界では、人が人を簡単に殺したりしないんだ」
「……そうなのか?」
何故か、泣きそうな顔のカサンドラに、僕は続けた。
「だからと言って、戦争がないわけじゃない。人殺しがないわけでもない。人を踏みにじる奴もいるし、女性を犯す奴もいる。決して楽園なんかじゃない。けど……それでも、人に優しく生きていこう――と思えるくらいの世界ではあった。それだけだよ、多分」
「私は……」
カサンドラが、うつむいて口を開いた。
「軍人の家系に生まれた……。父親も、兄も軍人だった。けど、期待を一身に背負っていた兄が――訓練中に自殺した。その時の上官からは……大した説明もなかった。ただ『訓練に耐えられずに自死するとは、軍人としての恥だ』と、父の前で言ったのだ」
僕は顔をしかめた。……ひどい話だ。殺した側が、死んだ人に責任をなすりつけた上、侮辱までしている。
「父はそれ以降、心を病み、外に出なくなった。私は――父を再起させるために、兄の代わりになって軍人になることを決意した。……死ぬほどの努力をして、ようやく今の地位にたどり着いた。しかし――三年前に死んだ父は、私のことを褒めたことはなかった……」
カサンドラは泣きそうな顔をあげると、僕の方に歩み寄ってきた。
「何のために、何をしてるのか――私にはもう、判らなくなっていたのだ。お前に会う前から……。だが私は、命じられるがままに戦い続けた。それが私の――カサンドラ・レグナの生き方だと――そう思ってきたのだ」
僕は、何も言わずにただカサンドラの顔を見ていた。
「私の家は、『黒炎のガントレット』を家宝として受け継いできた。あれは……魔力を相当に高めるが、戦闘本能を解放させる呪いがかかった呪具なのだ。あの『黒炎のガントレット』を奪われて……私はどこかで安堵している…」
カサンドラはそう言うと、深く息を吐いた。
多分……この人は、そんな気持ちを自覚することも、そんな気持ちを人に言うことも、今までなかったのだろう。
「――やめたらいいんじゃないですかね」
僕の言葉に、カサンドラが驚いたように顔をあげた。
「苦しい事は、やめていいと思うんですよ。一回死んだ僕が言うのもなんだけど、人生って基本は一度きりなんで。人に合わせて苦しむなんて、無駄使いなんですよ……。自分の目的や、大切にしたいもののために努力する。――それは必要かもしれないけど、人は楽しんで生きていった方がいいと思う。僕だって、本当はスローライフを望んでる」
「スローライフ?」
「ゆっくり生きていく、って事です。まあ……現状、あまりできてないけど」
苦笑する僕の言葉に、カサンドラは寂しそうに微笑した。
「スローライフか……それは、私には縁遠そうなものだ。今さら……それが許されるとも思えない」
「誰が許さないんですか? お父さん? それとも、部下の兵士たち?」
「……多分、皆だ」
「誰も、あなたが苦しむことなんか望んでないですよ。それに、自分のエゴを丸出しにするのと、自分自身を大事にすることは違うと思うから……。あなたはもっと――自分を大事にしてもいい」
僕がそう言うと、カサンドラは僕を見つめた。
紅い長い髪が、風になびく。
そしてカサンドラは、視線を逸らした。
「――私を助けてくれて、ありがとう。……クオン」
カサンドラはそう言うと、涙を隠すように背を向けて、家へ戻っていった。
「僕のこと……名前で呼んだな」
僕はふと、独り言を言った。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦
「稲妻剣!」
赤髪の剣士、ランスロットがそう叫ぶと、ランスロットは全身に稲妻を帯びてブラック・バイソンを急襲した。
ブラック・バイソンは体長5m、体高も3mはある猛牛モンスターである。
その凄まじい突進をガドがアックスで抑えている隙を狙い、ランスロットが必殺剣を繰り出したのだった。
向かってくるランスロットを察し、ガドが転がって避ける。そのバイソンの顔の傍を、稲妻が駆け抜けた。
ぼとり、とバイソンの首が落ちる。
ランスロットは少し離れた場所で、振り抜いた剣をピタリと止めていた。
「やったね、ランスロット!」
金色の巻き髪をした魔導士のミレニアが声をあげる。
藍色の長い髪をした霊術士のスーも、細い目に笑みをたたえながら近寄ってきた。
「もう、体長は万全そうですね」
スーの言葉に、ランスロットは頷く。
「ああ。もう大丈夫だ。心配かけたな、みんな」
「べつに心配なんか、してないしー。ランスロットのことだから、すぐに復帰するって思ってたから」
ミレニアが、片目をつぶりながら軽口をたたく。
その後にガドが声をあげた。
「しかし――また腕を上げたんじゃないか、ランスロット? 以前より、速さも威力も増してる感じがした」
「ああ。あの女隊長と全力で戦った事で、新たな感じを掴んだと思う。まあ、悔しいがまだ、あっちの方が実力は上だ。だが、すぐに追い越してみせるさ」
ランスロットはそう言って笑った。
「――ほぅ、あの女隊長は、そんな実力者だったのかい?」
不意にそこに響いた声に、ランスロットたちは身を堅くして周囲を見回した。
周囲の森から現れたのは、黒牙のマスクをした男だった。
「誰だ、お前は!」
黒牙のマスクに続いて、他にもぞろぞろと悪党面の男たちが現れる。
「嘘……こんなにいるのに、わたくしが気配に気づかないなんて――」
「それはボクが、みんなの気配を消してたからだよー」
驚くスーの言葉に、最後に現れた色の白い少女が言った。
薄緑の髪で、緑色の瞳を持った少女。
その小柄な姿を見た時、スーがびくり、と身体を震わせた。
「な……何者ですの――あなた……?」
「ネラ」
少女が、三日月形に口を開く。その緑の瞳が紅く染まった。
「ぐっ…ぎッ――」
突如、スーの身体が締め付けられ、宙に浮く。
スーの声にならない呻き声に、戦慄が走った。
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