4 コート・シールド
エリナは苦笑してみせると、話を続けた。
「貧富の格差は大きいと言ったが、実はガロリアは貴族が少ない国だ。ガロリア独立の時、ほとんどの貴族は既得権益があるから皇国側についた。それで敵対した貴族に対しては、レオンハルトは容赦なく一族を全滅させた。今でも、帝国に恭順の意を示した貴族は残っているが、相当の財産を没収されて以前ほどの資産はない。また、基本的には政府の要職にも貴族はそれほど多くない。皇帝は能力主義で、根回しや家柄を徹底して嫌う。これがバレて首が飛んだ役人も多い」
「……ある種、恐怖政治じゃないですか」
「しかし見方によっては公正だ、という見方もできるんだよ。そしてレオンハルトは『戦いは自由に』をモットーにし、自由競争の市場開放をうたってる。皇帝は基本的に自由を重んじるので、あまり民衆に干渉しないが、市場の独占を図るようなことだけは許さない。この方針に逆らう者、皇帝に対し、少しでも叛意があると見做された者に対して、皇帝は容赦なく潰す」
「やっぱり恐怖政治だ」
僕はちょっとげんなりした。僕の様子に、エリナが苦笑する。
「まあ、そうかもな。恐怖によって、自由を維持する――という不思議な治世だ。よくも悪くもだが、政府はそれほど民衆に干渉しない。その代わり、警察力は弱くて治安は世界最悪。……の、おかげで私たちみたいな正体の判らん者が、身分証を入手できるわけだ」
「なるほど――ファフニールについては、どうなんですか?」
僕は、疑問に思ったことをエリナに訊ねた。
「皇帝は、帝国を強大にする試みならなんでも許す――というのが、基本的な行政スタイルだ。その中で生まれてきたのが、特務機関ファフニール。しかしこの研究機関はかなりの問題組織だ。
降天歴950年、ルワイス皇国、ガロリア帝国、真聖皇国アルサマード、この三大強国に加え、南方のザッカル連邦を巻き込んだ三十年戦争が始まる。この戦争により多くの魔動工学兵器が投入されたため、『魔動大戦』とも呼ばれてる戦争だ。
その戦争の終盤に現れたのが、『怨機獣デゾン』という兵器で、これを開発したのがファフニールだ。怨機獣デゾンは人を喰って自己増殖する巨大な怪物――だったらしいのだが、この『災厄の死神』は30万人もの被害者を出して暴走し続けた。結局、『愛の剣士』キッス・グラハートが、光刃剣アークライザーによって倒した――と、歴史書には書いてある」
「ファフニールは自分たちが作ったものも制止できなかったって事ですか? 最悪の連中じゃないですか」
「けど、このデゾン開発の功績で、帝国内でのファフニールの権力は拡大中――という事らしいんだな。ちなみにこれは、カサンドラからの話」
……考えてみれば。僕たちは自分が生き延びるのに必死だったけど、あの片眼鏡は、その間も新しい転生者を呼んで、不必要だと判断したら処分する――みたいな事をずっと続けてるんだ。何人が犠牲になったか判らない。
「やっぱり、最悪だ」
僕は思わず顔を歪めた。
「で、僕らにとってファフニールは敵であるとしても、政府全体を敵にまわすかどうは判らない。それは皇帝の意向次第、と」
「そう。けど、皇帝を敵に回すことは到底、賢明とは言えない。もし皇帝が私たちを敵視したら――」
思わず、息を止めて話を聞いた。
「正直、この国から逃げたほうがいい……と、思う」
「……やっぱり最悪だ」
僕は席を立って、食べ終わったケーキ皿を洗った。
そのまま表へ向かう。
「クオンくん、どっか行くのかい?」
「ちょっと外で、トレーニングしてきます」
僕はそう言って外へと出た。
――もっと強くならなくちゃダメだ。
これは他でもない、カサンドラと戦ってから感じていたことだ。
カサンドラはめちゃくちゃに強かった。たまたまブランケッツ・アタックで勝ったが、一対一の勝負なら100%負けてた。勝負にならなかったろう。
けど政府の方では、カサンドラみたいな強敵がうじゃうじゃいるんだ。
それこそ、皇帝がその気になったら、僕らなんかあっという間に潰せるんだろう。
……けど、ただで潰されるわけにはいかない。
もっと強くならないと。
「まず、新しいコートの使い方だよ」
僕は買ってきた新しいコートを着てみた。少し大きい。
けど、これくらい大きいと、翻した時に全身を覆える。
僕はコートの端をもって翻した。
「硬化!」
コートが強度の硬化をとげ、ガチガチになる。これなら、かなりの強度だ。
もしかしたら、カサンドラの黒炎みたいな魔法を少しだけでも軽減できるかもしれない。
なにせ僕には、魔法に対する耐性がまったくないから。
僕は翻しで身体全体をうまく覆うのと、硬化のタイミングを合わせるのを練習した。
「……クオン」
ふと気づくと、キャルが表に出てきていた。
「――どうかした?」
「ううん。……ただ、クオンが怒ってるように見えたから…」
キャルが心配そうに僕を見る。
……心配をかけたんだな。
「ごめん、キャル。ただ――自分が非力なことを、今さらながら悔しいと思っただけなんだ」
「クオンは……充分強いと思うよ」
キャルの言葉に僕は首を振った。
「ううん。全然、足らないよ。カサンドラを見てて凄くそう思ったし……。そもそも、僕は気力や魔力がないから、魔法みたいな攻撃を防ぐ方法がないだろ? それを少しでも補えないかと思って練習してたんだ」
「そうだったの」
僕はキャルの微笑を見て、ふと思いついた。
「そうだ! キャル、僕に魔法攻撃をしてよ」
「えぇっ!?」
「いや! もちろん、手加減してね。キャルが本気になったらやられちゃうし。ただ、このコートのシールドでどれくらいの火力が防げるか、検証したいんだ」
僕の言葉に、キャルは頷いた。
キャルと対峙して立つ。キャルが指先を向けた。
「じゃあ、行くよ」
「うん、来て!」
「火炎弾!」
キャルの指先から、火炎弾が飛んでくる。僕はコートを翻した。
コートを硬化!
コートのシールドに火炎弾が当たって爆発する。
衝撃が伝わるが、僕自身も重硬化しているので、それにも耐えられる。
「うん、いい感じだ。キャル、もうちょっと威力上げてみて」
「うん、判った」
それから僕は、キャルと一緒にコートの防御を練習した。
いい感じだった。これは――コート・シールドと名付けよう。
……やっぱり、ネーミング・センスは微妙かもしれないけど。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦
「――チッ、疼くじゃねえか」
カリヤはそう言いながら、ベッドから身を起こした。
ずきずきと疼く口を抑えながら、カリヤはドクター・ロウに眼を向けた。
「おい、ドクロ! これで歯が戻るんだろうな?」
「それは判らんのう、ヒッヒッ」
ロウは眼をギョロギョロさせながら、薄気味悪い笑い声をあげる。
「運がよければ、歯が定着するじゃろう」
「チッ、バクチじゃなねえか。まあいい――おい! 次はお前らだ!」
カリヤは黒マスクを着けながら、傍にいたゲイルとカザンに声をあげた。
「い、いや……おれたちは悪いところないから――」
「あ、ああ……遠慮しとくぜ」
「馬鹿野郎!」
尻込みする二人を、カリヤは怒鳴りつけた。
「てめえらは、だから三流なんだ! なにか? 今から素振りとかスクワットでもして、鍛える気あるのか? ねえだろうが!」
カリヤの怒鳴り声に、二人は身をすくめる。
「そんな殊勝な奴なら、今頃もう一流になってる。それができねえから、三流なんだろうが! いいか、お前らみたいな奴が上に上がろうとするなら、賭けしかねえんだよ! ……お前ら、あの時、覚悟を決めたんじゃねえのか」
カリヤはそう言うと、黒牙マスクの姿で凄んで見せた。




