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3 ケーキと歴史


 ランスロットは神妙な顔つきをした。


「報告はありのままを伝えたが……。これは結構、難しい問題になりそうだ」

「難しいって――どういう?」


 ランスロットが、僕の問いに答える。


「冒険者ギルドは政府の承認を受けてるとはいえ、民間団体だ。禁猟生物の指定は、ギルドからの上申で政府の条例として定められている。あの女隊長がどれだけ政府関係者だと言ったところで、やはり法律違反なのには変わりがない。それを民間団体のギルドから、訴える――という形になるわけだ」


「政府対民間、の構図になっちゃうって事?」

「そういう事だ。事は非常に大きな問題になりかねない。それにギルドは何処に訴えるべきかも考えている」


「何処かに訴えるって、裁判所とかじゃないの?」

「裁判所なんて、そもそも大した権限がないからな。あまり現実的じゃない。問題なのは、地方単位で訴えるか、それとも中央政府に――極端な話、皇帝の耳に入れるかどうかだ」

「皇帝……このガロリア帝国の?」


 ランスロットは少し強張った顔で頷いた。


「皇帝はこの帝国では絶対だ。皇帝に背いたら、何者であろうと速攻でつぶされる……。皇帝が恐ろしい存在だというのは、誰もが知ってる。今回の件を訴えることが、皇帝に対する批判になるか、それとも皇帝のあずかり知らぬ事をお伝えすることになるか――」


 ランスロットは息をついた。


「――ギルドはその方針を見極めるために調査中だ。まあ、もしかしたら全く事を荒立てない可能性もある。けど、クエスト報酬はギルドの方から出してくれるみたいだから、それは受け取っておけよ」

「そう。色々ありがとう、ランスロット」


 僕がそう言うと、ランスロットは笑ってみせた。


 僕はギルド報酬を受け取ると、少し街に出て食料品などの買い物をした。

 帰りにイリアの洋服店に寄る。


「あら、お久しぶりですね! ご活躍してるのは耳に入ってますよ」


 ギルドのミリアそっくりの美人エルフ・イリアが素晴らしい笑顔で出迎えてくれた。


「ちょっと、コートが欲しくて――見させてもらいます」


 僕は少しコートを見ると、ブラウンのロングコートを一着選んだ。


「おや、それになさいますか? クオンさんには、ちょっと大きいように思いますけど……」

「うん、大きいのが欲しかったんです」


 僕は笑って見せると、そのコートを購入した。

 それから隣のラモン武具店で、また端材をもらう。

それからお菓子屋さんでケーキを買うと、僕は帰宅した。


 家に戻るとエリナとキャルに、おみやげにケーキを買ってきた事を伝えた。


「わお! いいじゃないか! さっそくお茶にしよう」


 エリナがケーキを選り分けようとして、声をあげた。


「二種類ある。苺ショートとモンブランだ。キャルちゃん、どっちがいい?」

「わたし、苺ショート!」


 キャルがほぼ即答した。ふふ、キャルにこんな一面があるなんて、可愛すぎる。


「じゃあ、私はモンブランをいただこう。クオンくんは?」

「僕は苺ショートで」


 エリナはケーキを皿にとると、声をあげた。


「ん? カサンドラの分も買って来たんだね?」

「ああ、うん。部屋に持って行ってもらっていいかな」

「わたし持っていくわ」


 キャルが立ち上がって、微笑んだ。


「なあんだ、おみやげは彼女を気遣ってか」


 エリナが含み笑いをしてみせる。


「そういう訳じゃあないけど……。たまたまだよ、買うんならあの人の分も、って思っただけ」


 キャルが戻ってきて、僕らはミントティーとケーキを前に手を合わせた。

 僕は白いクリームのケーキ生地を一口口にして、その甘さに恍惚となる。


「美味しい~」


 キャルが声をあげる。まったく同意見だ。

 しばらく僕らはケーキを食べていたが、ギルドの対応の様子などを二人に話した。


 それで僕は、改めてエリナとキャルに訊いてみた。


「この国――ガロリア帝国の皇帝って、どういう人なの?」

「その辺の歴史や国際情勢だね、今、調べてるところなんだ」


 エリナは眼鏡を抑えつつ、そう口にした。


「買ってきた歴史書の記述によると、降天歴、というのがこの世界――ノワルドでの標準的な歴史時間らしい。その降天歴789年に、ガロリア紛争というのが起きている。そもそもだが、まず地図を見ようか」


 エリナは世界地図を広げた。

 なんか大きな眼玉が二つと、大口を開けてる感じの大陸が一つ――という印象の地図が。その鼻にあたる小さな島を、エリナは指さした。


「地図上では何処か判らないが、伝承では人々は『始まりの島』アルケイア島から誕生した、という事になっている。で、その島を脱出してたどり着いたのがここ、ノズソーク島と、すぐ傍のノズトラール島だ。この二つの島に最初の国『ルワイス皇国』ができる」


 僕はエリナに訊いた。


「僕らがいるのは何処?」

「こっちの大口――スマーク大陸の西――左側がガロリア帝国で、ラウニードという小国を挟んで、東側がアルサマード共和国。我々はガロリア帝国の海沿いの街、オーレムにいる」


 エリナは右前歯あたりの場所をさした。と、人差し指をたてる。


「そもそもアルサマードもガロリアも、ルワイス皇国が大陸に進出してできた『神聖帝国ルワイス』の一部だったんだ。その後、双子の兄弟による内部分裂から、大陸の東側が神聖帝国から分裂し、『真聖皇国アルサマード』を名乗って独立する。これには実は魔龍王がからんでいたという事で、『魔龍大戦』と呼ばれている」


 へ~、と思ったが、なかなかガロリア帝国の話にならない。ちょっと焦れてきた。


「で、このガロリアはアルサマードが独立してもまだ神聖帝国の領地だったんだが、その本国であるノズトラルの皇国に対して独立戦争が起きる。それが『ガロリア紛争』。この紛争はかなり長い間、戦争になるんだけど、降天歴853年――確認される中で一番最初のレオンハルトについての記述が見つかる。これが後の魔人皇帝レオンハルトだ」


 僕は、エリナの顔を見つめた。


「レオンハルトは一介の傭兵だった。しかしその中でめきめきと頭角を現し、多くの兵士を従えるようになった。そして帝国の支配に嫌気がさしていた民衆を率いて、863年――レオンハルトはガロリアの独立を果たす。ガロリアはガロリア帝国と名乗り、レオンハルトは自らを皇帝と呼んだ。『魔人皇帝』というのは、本人が魔人族である事からの俗称だ。――ここまでの話で、なにか間違ってる事とかあるかな、キャルちゃん?」


 エリナの言葉にキャルは首を振った。


「ううん。わたし、歴史なんて真面目に勉強しなかったから――凄くよく判った」

「あの……ところで、今は降天歴の何年なんですか?」


 僕は根本的な疑問を口にした。


「今は1015年よ」

「え? じゃあ、ガロリア帝国ができてから――150年くらい? まだ若い国だね。それで、今の皇帝は何代目なの?」

「それがな……魔人皇帝レオンハルトは代替わりしていない」


 え? 僕は思わず息を呑んだ。


「どういう事ですか?」

「なんでも、不死らしい。魔人皇帝レオンハルトは、その魔人としての魔能――マギアで、死なないらしいんだ」

「そ……そんな事あるんですか?」


 僕は絶句した。


「それから皇帝の片腕と呼ばれている剣士、『皇帝の黒剣』ジュール・ノウは、皇帝から若返りの秘術を受けてるために、こちらも独立当時のままだそうだ。ちなみにジュール・ノウは世界三大剣士の一人で、『北域最強の剣士』と呼ばれている」


「ちなみに……残りの二人は?」

「南域最強の剣士『鏡の騎士』デュバル・ローゼンハイムと、海域最強の剣士『白銀(しろがね)の閃光』ミシェル・ブライトだ」

「よく判らないけど……強そうですね」


 エリナは少し微笑すると、話を続けた。


「レオンハルトは、離島から圧制を行う皇国の貴族たちに対する反発を拾い上げ、民衆を味方にしてガロリア帝国をつくりあげた。レオンハルトが一番重要に掲げてる信条は『自由』だ。ガロリア帝国では福祉はほとんどなく、貧富の格差はかなりのものだ。が、独占的な市場経済を禁止し、経済構造の流動化が大きいので、誰もにチャンスがある。実は民衆の支持は意外に厚い」


「……けど、『能なき者は去れ』なんでしょ?」

「そうだな。それは皇帝の戴冠式に、レオンハルトが就任演説で言った有名な言葉だ。まあ、野心ある者は、自分が『能ある者』だと思ってガロリアに来るわけさ」


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