表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

67/239

2 カサンドラの逡巡


 震える声で、カサンドラはそう言った。


「……こんな屈辱のなかで…生きていけるものか――」


 手で覆う奥の眼から、涙がこぼれていた。

 あれほど強かったこの女性が、こんな風に涙を流すなんて――


「じゃあ、死んでもいいです。ただし……あなたたちを皆殺しにした人物を、ギルドに証言してから」


 僕の言葉に、カサンドラは顔の手を外した。

 涙に濡れたままの眼が、大きく開かれている。


「あなたが証言しないと、僕たちが疑われる可能性がある。だから証言してください。生きていけないと思うなら――その後で、自死すればいい」


 カサンドラはキッと僕を睨むと、歯を食いしばった。


「……貴様は、自分たちのためだけに私を助けたのか? 身勝手な奴め!」

「あなたに言われる筋合いじゃない」


 僕は静かに言った。


「それに、死にたい気持ちも判ります。僕は何年間も殴られ蹴られ罵られ――もう毎日死にたいと思って生きてた。誰かに踏みにじられ、自分の尊厳なんて無いもののように扱われ、屈辱に苦しむ毎日……。僕がそれでも死ねなかったのは、結局、恐かっただけだ。あなたに勇気があるなら、死を選ぶのもいいでしょう。ただ、その前に証言してくれ――と頼んでるだけです。そうでないと、あなたの部下たちも、誰に殺されたのかも知られることのないままになる」


 僕の言葉を聞いているうちに、カサンドラの涙が止まっていた。

 恐ろしく真面目な顔をして、カサンドラは口を開いた。


「そもそも……お前たちは、何者だ?」

「僕はクオン。――こっちはエリナで、こっちがキャル。僕たちは『ブランケッツ』という冒険者のパーティーです」


 カサンドラが眼を見開いた。


「あの男が言っていたぞ……私を刺した、黒マスクの男が。私たちを全滅させたことを、『クオンの仕業』としてギュゲスに報告すると」

「黒マスクの男? そいつがあなたたちを全滅させた犯人ですね?」

「ああ……カリヤ――カリヤ・ダイヤモンドと名乗った」


 今度は僕が驚愕する番だった。

 だが、微かに予感はしていた。そうではないか、と。


 カサンドラは細い指を紅い髪に分け入れると、震える声で言った。


「あいつは私を犯し……ガントレットも奪っていった。隊員たちは、あいつとその部下二人に殺されていったんだ」


 カリヤが――そこまでする奴だったろうか?

 ……いや、そこまでする奴になったのは、恐らくこの前、僕が叩きのめしたせいだ。


 僕の暴力が、カリヤをより凶暴な人間に変貌させた。

 あいつは多分……もう、モンスターだ。


「――そのギュゲスというのは、もしかしてファフニールの片眼鏡のことかな?」


 僕の後ろから、エリナが声をあげた。

 カサンドラが顔を上げると、頷いた。


「そうだ。ギュゲス・ネイ。特務機関ファフニールの支局長だ」

「あなたもファフニールの人なの?」

「いや、ファフニールは研究機関だ。私は軍の人間として、政府機関からの要望に応えたにすぎない」


 僕は後ろを振り返って、エリナに訊ねた。


「エリナさん、いつの間にそんな事を知ったんですか?」

「この前、ジョレーヌに色々この世界と国の事を聞いたんだよ。その中で――私たちを殺そうとした機関のことを知った」


 僕とエリナは、黙って見つめ合った。

 エリナの言いたい事が判った。これは、この人に話すべきことだと。


「僕とエリナは――ファフニールによってこの世界に呼び出された転生者です」


 僕はカサンドラにそう告げた。

 カサンドラの眼が、大きく開かれる。


「けれど僕らは能力が低かったので、『不用品』として処分されかけた。巨大ワニの棲む地下水道に放り込まれたんだ。そこで僕は、目の前で他の人が喰われるのを見た。僕たちはたまたま、異能が目覚めて生き延びたけど……。あなたはファフニールが、そういう研究機関だって知ってて協力してるんですか?」


 カサンドラは、驚きの表情のまま首を振った。


「じゃあ、ファフニールが青霊鳥を獲る理由は?」

「それも……知らない」


 僕は少し厳しい口調で言った。


「何も知らないんですね? 自分がどんな機関に所属してるのか。自分が受けた命令が、どんなものか? 何も知らないで、言われたことをホイホイと実行するわけだ。それでどの口が『国のため』とか言ったんですか? 何も知らないのに、何のためになるとか断言できるわけないでしょう? あなたはただ、考えるのを放棄して非人道的な命令を実行してただけだ」

「黙れっ!」


 カサンドラが怒りの声をあげた。


「私は――軍人として、命令に従っただけだ……」


 カサンドラが、苦悩に満ちた顔でうなだれた。

 僕はまだ――追い打ちをかける。


「思うんですが……戦争って、大の大人がやることですかね?」


 カサンドラが驚きの顔をあげた。


「……戦って、勝った負けた、どっちが強い。それで他人の物と取るとか威張るとか――幼稚でしょう? 親にやりなさいって言われたら、なんでもやる。あの子を叩いてきなさい、あれを獲ってきなさい。親に言われたら、考えもなしに何でもやるのは未成熟な証ですよ」


 カサンドラは、呆然とした顔で僕の言葉を聞いていた。


「大半の人は、ちょっと豊かな暮らしがしたいだけですよ。人殺ししてまで、何かを得ようとかいうのは強欲です。けど、そういう強欲な命令に従う人間がいるから、命令する側も命令ができる。『これが自分たちの利益』とか、もっともらしい理屈をつける。けど、自分たちの利益が一番なんてことは、世界征服を狙う悪の組織だって言えることですよ。『国』って言い換えたって、所詮、エゴが一番だと言ってるにすぎない。……そんな処に『正しさ』は1gだってないんだ」


 僕は苛立っていた。

 この弱っている人を、こんな風に責めるのは過酷な仕打ちかもしれない。

 けど、自分のしたことも知らずに、ただ自分が被害者でいると思ってるのは間違いだ。


 僕は背を向けて、部屋を出ることにした。

 と、背中にカサンドラの声が響く。


「お前は! ……私をどうするつもりだ!?」


 僕は振り返った。


「どうもしません。何かを強制したりとか嫌いなんで」

「じゃあ……私はどうすればいいんだ?」


カサンドラは、ほとんど泣きそうな声で僕に訊いた。


「それが――あなた自身が考えるべき事なんじゃないんですか?」


 そういう話をしてたんだけど――と、言いたくなったがやめておいた。

 僕の後ろから、エリナとキャルがついてくる。リビングに集まってから、僕は二人に言った。


「悪いんだけど――二人はあの人に優しく看護してもらえないですか」

「それは構わないが……やっぱり、わざと厳しい言い方をしたのかい?」


 エリナの問いに、僕は苦笑した。


「わざとって訳でもないんですけどね。やっぱり、目的のために手段を選ばない人って嫌いだし。……何が本当に大事なことか、考えてみてほしいと思ったんです。自分が傷ついた今なら、判るかもって。――ただ、ヘタに慰められるより、目的とか次にやることが判ってる方が、立ち直りが速いんじゃないかな、とは思ったんです。強そうな人だし……。まあ、実際、強かったんですけど」


 僕の言葉に、エリナは頷いた。


「うん、そうだな。確かに、強い人だったけど……やっぱり、ケアは必要だって思ってるんだろう?」

「心が折れる時って、どんな人でもあるでしょうから。あとデリケートな事なんで、女性にしか判らないこともあるだろうし……」


 僕がそう言うと、キャルが口を開いた。


「判ったよ、クオン。あの人の事は任せて」

「うん、頼むよ。――僕はちょっとギルドに顔出してきます。事態の経緯も気になるんで」


 僕はそれだけ言うと、カサンドラの事を二人に任せて、一人で街に行った。

 ギルドに顔を出すと、ちょうどランスロットの顔を見つけた。僕はそのテーブルの向かいに腰を下ろした。


「お、クオン! あの女隊長の具合はどうだ?」

「うん、身体の方はもう大丈夫だと思う。ただ、心の方がね――回復には時間がかかるかも。ランスロットは大丈夫?」


 ランスロットは少し苦笑した。


「いや、ダメージは残ってるな。あいつの最後の技は死ぬほど強力だった。あんな敵に会ったのは初めてだよ――今日はそれでも、事の経緯を報告しないといけないんで出てきたのさ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ