2 黒牙のマスク
山火事を消化した翌日、僕たちはギルドに出向いた。
当日はもう疲れてしまって、そのまま家に帰ったのだが、帰り際にランスロットに「明日はギルドに来いよ」と言われてたのだ。
三人でギルドに入ると、ざわっと雰囲気がして、中の冒険者たちが一斉に僕らに注目した。
「おい、あれがブランケッツだぜ」
「じゃあ、あのガキが――『自在の』クオン?」
僕の名前が聞こえたので、僕はその声の方を向いた。
噂をしてた男三人は、バツの悪そうな顔をして愛想笑いを浮かべる。
……なんなんだ?
そのまま奥へ進むと、今度は別の女性の声がする。
「――じゃあ、あの眼鏡が『手裏剣』エリナ?」
「そう。それであっちのフードが、『麗花』のキャル」
声の方を見ると、今度は女性三人組がにっこりと微笑を返してきた。
僕はエリナとキャルと振り返った。
「……なんか、噂になってます?」
「どうも、そうらしいね」
エリナは苦笑して見せたが、キャルは恥ずかしそうにうつむいた。
と、不意に背後から、肩を組まれる気配がする。
「よお! クオン!」
横を見なくても判る。ランスロットだ。
「お、おはよう、ランスロット」
「おう、昨日は大活躍だったからな。皆、お前たちの噂でもちきりだぜ」
そういうと赤髪のランスロットは、にぃ、と笑ってみせた。
その後ろから、ガド、スー、ミレニアのボルト・スパイクの面子が現れる。
「あんまり、噂とかになってほしくないんだけど……」
「何言ってんだ。あれだけの活躍をしたら、あの場にいた魔導士たちから噂が広まるに決まってるだろ。みんな空飛ぶ荷車も見てるしな」
あ~、ブランケッツ号か。
「なんか、いつの間にか通り名もできてるみたいよ。
エリナは『手裏剣』エリナ。
キャルは『麗花の』キャル。
クオンは『自在の』クオン――って、もう広まってるみたい」
巻き髪のミレニアが、愉快げに微笑しながらそう解説してくれた。
「まあ、通り名が広まるってことは、いっぱしの冒険者として認知されたってことだな。お前たちは以前から注目度が高かったが、今回の事で能力の一端が知れたのが大きいだろう」
「以前は、結果だけでしたからねえ」
屈強なガドが渋い声で言うと、それに続けて細い目のスーが可笑しそうに言い添えた。
「何にしろ、お前たちは今回は英雄的活躍だからな。ま、オレたちボルト・スパイクも、少しはそれに乗っかったみたいだけど」
「とにかく、とりあえずミリアさんの処に行って来れば? 処分したファイアー・ジャッカルの魔石代金と、ギルドから特別報酬が出るみたいだから」
ランスロットに続けて、ミレニアがそう教えてくれた。
僕らはその言葉に従って、受付カウンターまで行った。
「まあ、ブランケッツの皆さん! 昨日はご活躍でした! ギルドからもお礼を言わせてもらいます」
美人エルフのミリアが、そう言うと頭を下げる。
僕は恐縮した。
「いえいえ、とんでもないです。なんか勝手に行動した感じですし……」
「いいえ。サガイ地区の皆さんも、凄く感謝してるってことですよ。それでですね、皆さんの特別報酬が感謝金として出ることになりました。お一人につき、5万ワルドですね」
「え、そんなにですか!」
エリナが嬉しそうな声をあげた。ミリアはにっこりと笑う。
「加えて、皆さんが持ち込んだファイアー・ジャッカルの魔石の代金があります」
実は火事を消した後に、倒したファイアー・ジャッカルの魔石を皆で回収したのだった。
それを全部集めてギルドに持っていき、あの場にいた17人で分けよう、という算段になっていたのだ。
「魔石は全部で243個ありました」
という事は、最低でも243匹のファイアー・ジャッカルを倒した…ってことか。
大群だったわけだ。
「それを17人で分けて、一人あたり14個分。ファイアー・ジャッカルの魔石は一個あたり5000ワルドです」
「ヒモグラと比べると、高いんですね」
僕は少し驚いて言った。ミリアが微笑む。
「ファイアー・ジャッカルの魔石は上質な上に大きいですからね。群れで行動するので、倒すのが難しく、あまり採取されないという事もあります」
「そうなんですか」
「それでですね、14×5000の70000ワルドずつ支給されるんですが、端数の5個に関しては、ブランケッツにつけてくれ、というのが魔導士団の希望でしたので、皆さんにはプラス25000万ワルド支給します。つまり70000×3の210000プラス25000、235000ワルドですね」
僕はちょっと驚いて、エリナとキャルを振り返った。
二人とも少し驚いた顔をしたが、やがて僕らは笑いあった。
僕たちはその報酬をギルドに預けて、一人10万ワルドだけ卸して街へ出ることにした。
元々、昨日はお金を卸して、街へ出るつもりだったのだ。
ギルドを出ようとすると、数人の魔導士が僕らの前にやってきた。
「ブランケッツ、昨日はご苦労様。あなたたちのおかげで、私たちも特別報酬にありついたわ」
「街の火事も防げたしな。あんたたちは、英雄だよ」
女性魔導士と、男性魔導士がそれぞれに口を開く。
「いえ、あの場にいた皆さんが、火事を消したし、ジャッカルも倒してくれたんです。僕らはちょっと早く着いただけですから」
「それが大事なポイントだろ。謙遜しなくていいぜ」
「そうそう。あの不思議な空飛ぶ荷車。今度、わたしも乗ってみたいわ」
「表に置いてるの見たけど――普通の荷車だよな? どういう原理なんだ?」
気づくと、なんか大勢の人が集まってきてる。
なんか色々な人に色々言われそうで、僕は慌てて声をあげた。
「あ、あの、僕たちこれから街に出かけるので――それでは皆さん、昨日はご苦労さまでした!」
一礼だけすると、逃げるようにして、僕らはギルドを後にした。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦
「――グアアァァッ!」
大声を上げながら、カリヤは目覚めた。
汗をびっしょりかいている。カリヤは辺りを見回した。
「ここは……何処だ?」
「――起きたか」
声のした方を見ると、椅子に腰かけた白衣の男がいる。
顔がやせ細り、眼だけがギョロギョロとデカい。白髪は伸び放題に拡散している。
「誰だ、お前?」
「挨拶じゃのう。わしはお前を助けた医者じゃ。ドクター・ロウと呼んでくれ」
「ドク…ロ?」
カリヤは妙に納得した。
そして聞いたことがあった。冒険者に裏で頼られる闇医者ドクター・ロウの名を。
「――オレはどうしたんだ?」
「お前の手下どもに連れられて現場に行って応急処置、それから此処へ運んで入院じゃ。お前さん、丸一日寝ておったぞ」
カリヤは顔をしかめた。
(そうだ……オレはクオンにやられて瀕死の重傷だった。ゲイルに治癒士を呼ばせたんだった)
カリヤはそう考えながら、口元を触った。と、違和感に気付く。
「は、歯がねぇっ! オレの歯がねえじゃねえかっ!!」
「そりゃあ、治癒術では傷は治せるが、切れた腕を生やしたりできんのと同様、折れた歯も戻せんからのう」
カリヤの声を聴き、ロウは愉快そうに笑った。
手近にあった鏡をとってみると、前歯が四本なくなっている。
「このヤブ医者! オレの歯を戻せ!」
「だから、できんと言うとるが」
「クソ! …こんな口で表へ出られるか!」
「じゃあ、こいつでも着けておくかの?」
ロウはそう言うと、棚から何か取り出した。
それは牙を彫った、黒い金属製のマスクだった。




