2 復活の希望
リビングに集まった僕らは、皆、死んだように黙り込んでいた。
……僕だって…何も言うことができなかった。
キャルがさらわれたのだ。何を言えというのだ。
守れなかった――キャルを。
あれだけキャルに約束しておきながら……僕は――
自分の無力さに腹が立つ。いや――憎悪が沸いてくる。
少しばかり強くなったつもりで僕は……
何も変わってない、無力なイジメられっ子から――
少しも前に進めてない……
「いやあ、疲れたよお」
カサンドラを治癒していたエリナが、治癒を終えたらしく声をあげる。
カサンドラが一番の重傷だったのに、最後まで「自分は後でいい」って突っぱねてたんだ。
「エリナ……すまない」
「いやあ、黙って治癒されてるカサンドラが可愛くて、このまま襲おうかと思っちゃったよ」
エリナがそう言って笑う。――けど…正直、今の僕にはエリナの軽口を笑う余裕もない。
それは口にしたエリナも判ったようで、言った後に気まずそうに黙った。
「いやあ……まるでお通夜だねえ」
「すいません、エリナさん。エリナさんにみんな治癒してもらったのに――感謝はしてるんです」
僕はエリナに言った。
「まあ……無理もねえよ。オレたち全員でかかって――ワンにやられて、キャルちゃんを連れていかれたんだ。特にクオンに、落ち込むなって言う方が無理だぜ」
シグマが口を開くと、そう言った。
こんな時に悪いんだけど、シグマにこんな気遣いの精神があるなんて思ってなかった分……沁みた。ちょっと泣きそうだった。
「あたし……無理だよ」
不意に、スルーが声をあげた。
みんながその声に注目する。スルーはうつむいて、肩を抱いて震えていた。
「やっぱり……あたし、戦ったりするの、そんなに得意じゃない……。出版社の手伝いはできるけど――キャルを助けるために戦うつもりなら……あたしは、手伝えない……」
スルーは涙ぐんでいた。
と、ハルトが声をあげる。
「我々の意志がどうあれ――現実問題として……ワンには我々では勝てない。打つ手がない……」
ハルトはうつむいたままそう呟いた。
皆、黙る。が――僕はそこで立ち上がった。
「僕はキャルを助けに行く……。勝てないとしても――僕は行く。それだけだ」
「私も無論、同行する」
カサンドラが立つ。カサンドラは毅然とした態度で告げた。
「ワンに敗北した事は悔しいが――それより、キャルを取り戻したい。たとえ勝てなくても……キャルを取り戻す術があるはずだ」
カサンドラがそう言って、僕を見た。
やっぱり――カサンドラは仲間だ。こんなにも心強い仲間が…僕にはいる。
「いやぁ~、勝てると思いますけどねぇ」
その時、スレイルが拍子抜けするような声で口を開いた。
皆が唖然とする。
「は? あんた、マジで言ってんの?」
カエデはダルそうな目に、少し憤りを含ませて言った。
けど、スレイルは一向、気にした様子もない。
「ええ、カサンドラさんなら――次に戦えば勝てますよ」
スレイルがにっこり微笑む。だが、その微笑みに、一番当惑してるのは、当のカサンドラだ。
「いやスレイルさん……私をかってくれるのは有難いが――ワンのあの異能には、私はなす術がなかった」
「『なかった、』でしょう?」
スレイルは人差し指をたてる。
「まさか、カサンドラが勝つ方法があるの? スレイルさん?」
エリナが勢い込んで訊いた。と、スレイルは微笑んだまま答える。
「ええ。異能の正体が判れば、簡単です。まず、カサンドラさんは剣技でワンに勝っている。そして、ワンの第一の異能、『一秒の予知』を、領域を狭めることで追い詰めた。これは実に、素晴らしい戦術でした」
笑いながらそう述べるスレイルに、カサンドラが問うた。
「しかし……第二の異能『一秒の巻き戻し』には、なす術がない。たとえ斬っても、それをリセットされてしまう。――どうしろと言うんだ?」
「まず重要な事ですが――ぼくたちは皆、ワンが時間を巻き戻した事を知ってますよね?」
「確かに、そうだが……」
カサンドラが当惑気味に答えたのに対し、スレイルは確信を持った顔で言った。
「そこが重要です! つまり巻き戻されても、その直後、それを自覚できる」
「それは……そうだが――」
スレイルは人差し指を立てて、にこやかに言った。
「ワンの能力は、まず斬られる剣線を予知すること。そしてそれを上回れて斬られても、それを無効化できる。無効化した上で、相手の攻撃を凌ぐ剣線で斬る――それがワンの力です」
「それが――攻略できない理由だが……」
「剣線だから、ワンはそれを上回ることができる。だが、それが剣線ではなく、防御不可能な技だったら? そう――カサンドラさんの気功域に火炎魔法を加えた攻防一体の秘儀、名付けて『火攻域』だったらどうです?」
スレイルの言葉に、カサンドラは驚きの表情を浮かべた。
スレイルはそこに、言葉を加えた。
「無論、巻き戻った時は攻撃の最中ですが、その瞬間に火攻域を展開できたら――という前提ですが」
「いや……可能だと思う」
考えながら、カサンドラは言った。
「そうか……そんな手があったか――」
「ワンが攻撃を無効化して反撃を仕掛ける瞬間、火攻域を発動すれば、ワンを攻撃できます。ワンはダメージを与えることはできないが、カサンドラはダメージを与えられる。……勝てますよ、カサンドラなら」
「そうか……カサンドラなら――」
僕は思わず呟いた。
僕は希望の眼をもって、カサンドラを見つめた。
カサンドラ自身も驚いていたが、やがて僕を見てしっかりと頷く。
そして、スレイルの方を見て言った。
「スレイルさん、やっぱり貴方は……天才だな」
「よく言われます。けど、言ったでしょ? 総合的な戦闘力は、ぼくより上だって」
スレイルはカサンドラに、にっこりと微笑んで見せた。
と、シグマが声をあげる。
「いいじゃねえか! 勝ちの目が見えてきたぜ! ワンはカサンドラに任すとして、それ以外の障害物もあるだろう。オレもキャルちゃんの救出作戦に参加するぜ!」
シグマに続いて、ハルトが声をあげた。
「うむ……作戦をたてて行けるなら、微力ながら私も手伝おう」
「アタシもね。ちょっとは役に立つでしょ」
カエデもそう声をあげる。が、スルーはうつむいたままだ。
と、スレイルが、スルーの方を見て言った。
「そこで救出作戦をするなら、という話ですが……スルーさん、実はあなたが入ると、非常にやりやすくなる、とぼくは思うのですが」
「え……あたしなんか――何の役にも立たないよ」
スルーが顔をあげて言う。そこにスレイルが言った。
「確か、物体をすり抜ける異能をお持ちですよね?」
「そう……だけど」
「クオンくんの属性変化、エリナさんのゼロライズ同様、周囲が同調できれば、それは集団で使えるのでは?」
皆、あ、という顔になった。
「今まで――試したことなかったけど……」
「もし、それが使えるなら、軽化して移動し、透明化して接近し、壁をすり抜けて自在に何処でも出入りできる。そしてキャルさんを救出できるはずです。あなたの参加が、キーになることは間違いない」
スレイルさんは、少し力づけるような表情で言った。
スルーの顔に、生気が戻る。
「あたし……役にたてるの?」
「ええ」
スレイルは自信ありげに頷いた。
ちょっとヘンな人だけど――やっぱり、この人はAランクパーティーに属する、天才魔導士だ。スレイル……凄い人だと僕は改めて思った。




