4 運命の朝
その日の朝、パーティーハウスのテーブルは、多くの人で賑わっていた。
僕とエリナとキャル、そしてディギナーズのシグマ、ハルト、くわえてスレイルがテーブルを囲んでいる。
その中で、エリナが声をあげた。
「え!? 君、マンガを描けるのか!?」
「ああ、以前にプロだったからな」
そう答えたのは――シグマだ。シグマは先に出てきたコーヒーを飲みながら、言った。僕は訊ねる。
「あれ? 前に、スーツアクターだって、言ってませんでした?」
「それは、漫画家をやめた後な。転職したんだよ」
「なんで止めたのか、訊いてもいいかい?」
エリナが興味津々といった様子で、眼鏡の奥の眼を向ける。
シグマは少し、思い出すような口調で言った。
「デビュー作がヒットして、アニメ化されたりして――もう有頂天になったよ。けどさ……そうなると、連載が終われないわけ。で、オレが描きたいことがあっても、『それはウケないから止めましょう』とか言って編集者に止められる。で、仕方ないんで言いなりになって描いてるうちに……『あれ? オレって何がやりたかったんだっけ?』とか、思ったわけよ」
テーブルの皆が、視線を集中してシグマの話を聞いている。
こんな事、なかなか無い場面だ。
「……で、思ったわけ。オレはそもそもヒーローになりたかったんだ! って。ヒーローを描くのもよかったけど、オレは本当はヒーローになりたかったんだと気づいたんだよ。で、編集者の意向を無視して連載を終了させ、漫画家としてホされるのも一向に構わず、スーツアクターの養成所に入った。それが……20歳の時かな」
「ちょっと待って? シグマって、何歳の時にデビューしたの?」
「17。当時、高校生だった。高校生なのにすげぇ印税入ってきて驚いた。けど、使う暇なかったけどな」
僕らは正直、唖然とした。と、僕は我に返って、シグマに訊ねた。
「それで、シグマの描いてた作品って何?」
僕が知ってる作品だろうか?
「ああ。『鳳凰星拳』っていう、ファンタジー格闘漫画だけど」
――『鳳凰星拳』!?
「ウソ! 『鳳凰星拳』って、男子の間でバイブルでしたよ! みんな読んでた――小学生から中学の頃」
「10年くらい前だもんな、そんな感じか」
シグマは笑う。が、笑ってない人が、隣にいた。
エリナが全身を震わせている。
「そ……そんな…こんな間近に神が――神がおられるとは――」
「いや、神じゃねえけど。ただの漫画家だし――しかも昔の」
「信じられない!!」
エリナは飛びついて、シグマの手を握った。
「サインしてください、志威間ソン先生!」
その眼にはぶわぁっと涙まで出ている。
「いや、オレなんか別に――一発屋だし、もう止めてるし」
「『鳳凰星拳』の、アスカ零士は私の青春の恋人でした!」
あ~、イケメンライバルのね。いたな~…って、主役の鳳ショウじゃないんだ。
とか思ったが、もうエリナの勢いが止まらない。
「いや、そんな事より、漫画描きましょう、漫画! いいですか!? この出版社計画は、そもそもがこの世界にオタク文化を広めるのが最終目標なんです!」
「そ……そうなの?」
「そうです! まあ、言ってみれば『眼鏡美人の転生者は、オタクライフを望んでる!』です! そのために流通網を整備して、出版社を作ろうとしているのです。後は書き手! そして描き手を育てる事! これをどうしようかと思ってたけど――ああ、なんて事! やはり天は私に、オタク世界を作らせようとしている! 漫画がない事が、この計画の最大のネックだったけど、志威魔ソン先生がいるなら、ここを発信源にして漫画文化を広めることができる!」
エリナは立ち上がって、握りこぶしを固めた。
と、シグマを立たせて、その手を握る。
「いいですよ、志威間先生! なん――っでも好きなもの描いてください。オールOKです! その代わり、アシスタントができそうな美術家を募集して、漫画のノウハウを教えてやってください。その人たちが育ったら、きっとオリジナル作品や、ジョレーヌ原作の小説を漫画化したりできるはず! ああ、夢が膨らんできた……」
エリナは胸に手をあてると、一人でうっとりとした表情になった。
と、隣でキャルが小声で僕に囁く。
「エリナ、どうしちゃったの?」
「妄想が膨らんでるんだよ、そっとしといてあげて」
僕は笑ってみせた。
そこへカサンドラ、スルー、カエデが朝食を持ってくる。
「は~い、またまたカサンドラ・スペシャルですよ~」
スルーのあげた声に、皆が歓声をあげる。と、カサンドラが赤くなって口を挟む。
「普通の朝食だ……騒ぐほどのものでもない」
「けど、美味しいんだよね……」
ぼそり、とカエデが呟く。
エリナがご機嫌な表情で、サンドイッチの入ったバスケットを受け取った。
「いやあ、素晴らしい朝だな! 美味しい朝食ばんざ――」
エリナがそう言いかけて、ふと黙る。
皆、突然黙りこんだエリナを見た。
「……スルー、ハルトさん――感じてる?」
エリナは視線を硬直させたまま、そう口を開いた。
スルーとハルトを見ると、二人とも顔が緊張している。
「ああ……この感じ――」
「来てるわ――『ワン』が!」
スルーがそう声をあげた瞬間、シグマが席を立って屋外へと飛び出した。
スレイルが不思議そうな顔で訊いてくる。
「『ワン』ってのは――」
「ディギナーズ最後の一人で……最強の剣士、だそうです!」
僕もそう答えながら、表へ出た。
シグマが既に、立っている。
その向うから、一人の男が歩いて来ていた。
少し長めの――青い髪の男だ。
近くまで来るとその顔が、端正でありながらも厳しい、隙のないものだと判った。
「ワン! 此処に何しに来た!」
シグマが声をあげた。
青い髪の男は、静かに答えた。
「判っているだろう、シグマ」
ワンはシグマをじっと見つめる。シグマはそれだけで気圧されながらも言った。
「待て! オレたちはバルギラに操られていたんだ! その洗脳を解けば、戦う理由は無くなる!」
「お前たちはそうかもしれないが……私は違う」
ワンは横を向いてみせた。その耳の後ろに――黒い呪具がない。
「私は戦いを与えてくれるギュゲスやバルギラに、自ら従っているのだ。意志のなかったお前たちとは違う」
ワンがそう言った時、家から他のメンバーが出てきた。
ワンがその一角に眼を止める。僕は振り返った。
ワンの視線の先は――キャルだ。
「お前たちとは戦うつもりはない。バルギラも、もうお前たちを必要とはしていない。お前たちを連れていくつもりはない」
「じゃあ……やはりキャルちゃんを連れていくつもりだな」
シグマが身構えながら、ワンを睨む。
「そうだ。しかしお前たちがそれを妨害するというのなら――戦うまでだ」
「クオン!」
シグマが振り返って、僕を呼ぶ。
「なんだ?」
「お前たちには世話になった。いや――これからもなるつもりだ。だからここは……オレたちに任せてくれ!」
シグマがそう言った瞬間、僕の横をすり抜けて、ハルトとスルー、カエデが前に出る。
「そうそう、大事な就職先だからね」
「社長に色々教わったんだよ」
スルーとカエデが、そう口にする。しかし、その顔には緊張がありありと浮かんでいた。
と、ハルトが口を開く。
「ワン、聞いてくれ。ギュゲスやバルギラのやろうとしてる事は、道義的に見て不正義だ。君の剣の道は、その不正義に加担して成すようなものなのか?」
さすが教師だ、諭して説得しようとしてる。けど、ワンは答えた。
「戦いの理由には善悪がある。だが――戦いそのものには、善悪などない」




