表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

225/239

4 運命の朝


 その日の朝、パーティーハウスのテーブルは、多くの人で賑わっていた。

 僕とエリナとキャル、そしてディギナーズのシグマ、ハルト、くわえてスレイルがテーブルを囲んでいる。


 その中で、エリナが声をあげた。


「え!? 君、マンガを描けるのか!?」

「ああ、以前にプロだったからな」


 そう答えたのは――シグマだ。シグマは先に出てきたコーヒーを飲みながら、言った。僕は訊ねる。


「あれ? 前に、スーツアクターだって、言ってませんでした?」

「それは、漫画家をやめた後な。転職したんだよ」

「なんで止めたのか、訊いてもいいかい?」


 エリナが興味津々といった様子で、眼鏡の奥の眼を向ける。

 シグマは少し、思い出すような口調で言った。


「デビュー作がヒットして、アニメ化されたりして――もう有頂天になったよ。けどさ……そうなると、連載が終われないわけ。で、オレが描きたいことがあっても、『それはウケないから止めましょう』とか言って編集者に止められる。で、仕方ないんで言いなりになって描いてるうちに……『あれ? オレって何がやりたかったんだっけ?』とか、思ったわけよ」


 テーブルの皆が、視線を集中してシグマの話を聞いている。

 こんな事、なかなか無い場面だ。


「……で、思ったわけ。オレはそもそもヒーローになりたかったんだ! って。ヒーローを描くのもよかったけど、オレは本当はヒーローになりたかったんだと気づいたんだよ。で、編集者の意向を無視して連載を終了させ、漫画家としてホされるのも一向に構わず、スーツアクターの養成所に入った。それが……20歳の時かな」


「ちょっと待って? シグマって、何歳の時にデビューしたの?」

「17。当時、高校生だった。高校生なのにすげぇ印税入ってきて驚いた。けど、使う暇なかったけどな」


 僕らは正直、唖然とした。と、僕は我に返って、シグマに訊ねた。


「それで、シグマの描いてた作品って何?」


 僕が知ってる作品だろうか?


「ああ。『鳳凰星拳』っていう、ファンタジー格闘漫画だけど」


 ――『鳳凰星拳』!?


「ウソ! 『鳳凰星拳』って、男子の間でバイブルでしたよ! みんな読んでた――小学生から中学の頃」

「10年くらい前だもんな、そんな感じか」


 シグマは笑う。が、笑ってない人が、隣にいた。

 エリナが全身を震わせている。


「そ……そんな…こんな間近に神が――神がおられるとは――」

「いや、神じゃねえけど。ただの漫画家だし――しかも昔の」

「信じられない!!」


 エリナは飛びついて、シグマの手を握った。


「サインしてください、志威間ソン先生!」


 その眼にはぶわぁっと涙まで出ている。


「いや、オレなんか別に――一発屋だし、もう止めてるし」

「『鳳凰星拳』の、アスカ零士は私の青春の恋人でした!」


 あ~、イケメンライバルのね。いたな~…って、主役の鳳ショウじゃないんだ。

 とか思ったが、もうエリナの勢いが止まらない。


「いや、そんな事より、漫画描きましょう、漫画! いいですか!? この出版社計画は、そもそもがこの世界にオタク文化を広めるのが最終目標なんです!」

「そ……そうなの?」

「そうです! まあ、言ってみれば『眼鏡美人の転生者は、オタクライフを望んでる!』です! そのために流通網を整備して、出版社を作ろうとしているのです。後は書き手! そして描き手を育てる事! これをどうしようかと思ってたけど――ああ、なんて事! やはり天は私に、オタク世界を作らせようとしている! 漫画がない事が、この計画の最大のネックだったけど、志威魔ソン先生がいるなら、ここを発信源にして漫画文化を広めることができる!」


 エリナは立ち上がって、握りこぶしを固めた。

 と、シグマを立たせて、その手を握る。


「いいですよ、志威間先生! なん――っでも好きなもの描いてください。オールOKです! その代わり、アシスタントができそうな美術家を募集して、漫画のノウハウを教えてやってください。その人たちが育ったら、きっとオリジナル作品や、ジョレーヌ原作の小説を漫画化したりできるはず! ああ、夢が膨らんできた……」


 エリナは胸に手をあてると、一人でうっとりとした表情になった。

 と、隣でキャルが小声で僕に囁く。


「エリナ、どうしちゃったの?」

「妄想が膨らんでるんだよ、そっとしといてあげて」


 僕は笑ってみせた。

 そこへカサンドラ、スルー、カエデが朝食を持ってくる。


「は~い、またまたカサンドラ・スペシャルですよ~」


 スルーのあげた声に、皆が歓声をあげる。と、カサンドラが赤くなって口を挟む。


「普通の朝食だ……騒ぐほどのものでもない」

「けど、美味しいんだよね……」


 ぼそり、とカエデが呟く。

 エリナがご機嫌な表情で、サンドイッチの入ったバスケットを受け取った。


「いやあ、素晴らしい朝だな! 美味しい朝食ばんざ――」


 エリナがそう言いかけて、ふと黙る。

 皆、突然黙りこんだエリナを見た。


「……スルー、ハルトさん――感じてる?」


 エリナは視線を硬直させたまま、そう口を開いた。

 スルーとハルトを見ると、二人とも顔が緊張している。


「ああ……この感じ――」

「来てるわ――『ワン』が!」


 スルーがそう声をあげた瞬間、シグマが席を立って屋外へと飛び出した。

 スレイルが不思議そうな顔で訊いてくる。


「『ワン』ってのは――」

「ディギナーズ最後の一人で……最強の剣士、だそうです!」


 僕もそう答えながら、表へ出た。


 シグマが既に、立っている。

 その向うから、一人の男が歩いて来ていた。


 少し長めの――青い髪の男だ。

 近くまで来るとその顔が、端正でありながらも厳しい、隙のないものだと判った。


「ワン! 此処に何しに来た!」


 シグマが声をあげた。

 青い髪の男は、静かに答えた。


「判っているだろう、シグマ」


 ワンはシグマをじっと見つめる。シグマはそれだけで気圧されながらも言った。


「待て! オレたちはバルギラに操られていたんだ! その洗脳を解けば、戦う理由は無くなる!」

「お前たちはそうかもしれないが……私は違う」


 ワンは横を向いてみせた。その耳の後ろに――黒い呪具がない。


「私は戦いを与えてくれるギュゲスやバルギラに、自ら従っているのだ。意志のなかったお前たちとは違う」


 ワンがそう言った時、家から他のメンバーが出てきた。

 ワンがその一角に眼を止める。僕は振り返った。


 ワンの視線の先は――キャルだ。


「お前たちとは戦うつもりはない。バルギラも、もうお前たちを必要とはしていない。お前たちを連れていくつもりはない」

「じゃあ……やはりキャルちゃんを連れていくつもりだな」


 シグマが身構えながら、ワンを睨む。


「そうだ。しかしお前たちがそれを妨害するというのなら――戦うまでだ」

「クオン!」


 シグマが振り返って、僕を呼ぶ。


「なんだ?」

「お前たちには世話になった。いや――これからもなるつもりだ。だからここは……オレたちに任せてくれ!」


 シグマがそう言った瞬間、僕の横をすり抜けて、ハルトとスルー、カエデが前に出る。


「そうそう、大事な就職先だからね」

「社長に色々教わったんだよ」


 スルーとカエデが、そう口にする。しかし、その顔には緊張がありありと浮かんでいた。

 と、ハルトが口を開く。


「ワン、聞いてくれ。ギュゲスやバルギラのやろうとしてる事は、道義的に見て不正義だ。君の剣の道は、その不正義に加担して成すようなものなのか?」


 さすが教師だ、諭して説得しようとしてる。けど、ワンは答えた。


「戦いの理由には善悪がある。だが――戦いそのものには、善悪などない」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ