3 暴魔竜グルジオラス
初めて見るネラの怯えた様子に、カリヤは眼を細めた。
「ネラ、人間じゃないとは……どういう事だ?」
「霊格が違う……違いすぎるよ! オマエ、なんなんだよ!」
叫ぶ少女姿のネラを見て、黒髪をストレートに伸ばしたグルジオラスと名乗った男は微笑んだ。
「へえ、僕の事を察知できる人がいるなんてね。これは失礼。じゃあ、少し抑えようか」
そう言うと、前髪を眼の上で切り揃えたグルジオラスは、両手を少し広げる。
他の者は反応しなかったが、ネラだけが息をついた。
すらりとした細身に、黒のロングコートを羽織っているグルジオラスは、ネラを見て微笑んだ。
「君もちょっと違う感じ――この世界の人じゃないだろ?」
カリヤはネラを見る。
「お前、転生者だったのか?」
「そうだよ。言ってなかったっけ?」
ネラは薄笑いを浮かべた。
カリヤは息をつくと、グルジオラスの方に視線を変える。
「――で、お前は何者なんだ? そして、何が目的だ?」
「順番に答えよう。僕は竜だ」
その時、部屋の隅にいた眼鏡の会計係――グレールが立ち上がった。
「まさか! ――暴魔竜グルジオラス…?」
グレールが眼鏡の奥の眼を、驚愕に見開いている。
その様子に、グルジオラスは笑った。
「僕の事を知ってくれてましたか。嬉しいなあ」
「……約千五百年前――魔龍王ガイノトラキスが、双子の皇子を唆して始まった魔龍大戦は、二十年にわたる戦乱の時代を巻き起こした。その中でガイノトラキスの一の眷属、暴魔竜グルジオラスは、人の姿に擬態し、人々の間に混乱と疑心、そして争いを生み出した張本人だ――それが、歴史書にある暴魔竜グルジオラスの記述です」
グレールが、青ざめた表情でそう告げる。
と、グルジオラスはにっこりと微笑した。
「まあ、当たらずとも遠からずだね。よく調べてる」
「けど――グルジオラスは、魔龍王ガイノトラキスが封印される時に、一緒に封印されたはずです!」
グレールの悲痛な声に、グルジオラスは肩をすくめて苦笑してみせた。
「そうなんだよ! うっかり逃げ損ねて封印されちゃってさあ、ほんとに参ったよ」
「……封印を解いた――ってことですか?」
グレールは恐る恐る訊いた。しかし、その問いにはグルジオラスは首を振る。
「いいや、封印は頑丈だったね、無理だった。それで僕は考えたのさ、封印を解く方法じゃなくて、僕だけが脱出する方法を。そして思いついた――魔龍王様の命力をいただけばいいんだって! それで僕は魔龍王様の命力を喰って、自分だけなんとか外に出てきたのさ!」
そう言うと、グルジオラスは上機嫌に微笑むと、話を続けた。
「ところがさあ! いざ外に出て来てみたらなんと! 千五百年も経ってるわけだよ、判る? この驚き。いやあ、ホントにビックリしたね~。けどね……もっと
驚いたことがあったのさ」
グルジオラスは、そこで真顔になった。
「龍王たちの寿命が近づいてるんだよ。龍王にも寿命があったんだねえ、驚いたさ。そして龍王たちは、次の龍王――分体を生み出す段階に入ってた。龍王は子を作るんじゃない。君たちの言葉で言えば、コピーを生み出すのに近いんだ。――そこで僕の目的を教えよう。僕の目的はね……この分体を吸収することで、自分が龍王になることだ!」
グルジオラスは、そういうと笑みを浮かべた。
あまりの内容に、グレールは絶句している。その中で、カリヤが口を開いた。
「それがお前の目的なら、勝手に喰えばいい。俺たちには関係ない」
「ところが、そうじゃないんだな!」
グルジオラスは腰に手をあてると、もう一方の手の人差し指を立ててみせた。
「分体が生み出された事を知って、僕は可能な限り調べてみた。通常は自分の分身である分体は、龍王が自分の元で育てる。まあ、そうしてる龍王が大半だ。しかしどういう訳か、二体もの龍王が、自分の分体をヒトに預けてるようなんだ。それが、君もよく知ってる人物なんだよ」
グルジオラスは薄笑いを浮かべながら、カリヤの眼を覗き込む。
カリヤもその目つきに、息を呑んだ。
「まさか……」
「そう、そのまさかだよ。――クオン・チトー。この人物と、それからその恋人か仲間のキャル・ポッツ。この二人が、海龍王マルヴラシアンと、氷龍王キグノスフィアの分体を傍に置いてる」
カリヤは眼を見開いた。
「クオンの野郎が……? しかし、それならそれで、お前が行ってその分体とやらを喰えばいいだけだろう」
「判ってないな! 龍王が分体を預けたって事は、それなりの人物だ。僕が直接襲いにいったら、返り討ちにされる可能性もある。こういう時はね、敵対する人間の手を借りて攻略するのが一番なんだ」
グルジオラスは、狡猾そうな笑みを浮かべて、その本性を垣間見せた。
「俺たちを利用するつもりか……?」
「これはねえ、運命なんだよ。君が着けている黒炎のガントレット」
グルジオラスはそう言うと、カリヤの左腕のガントレットを指さした。
「それは魔龍王ガイノトラキス様が生み出した、龍王甲でできたガントレットだ。それを持つ君と僕が手を組む。――どうだい、巡り合わせだとは思わないかい?」
カリヤは黙ってグルジオラスを見ていたが、やがて椅子から立ち上がって言った。
「……いいだろう。お前をブラック・ダイヤモンドの幹部に迎える」
「「「カリヤ!」」」
「ただし、組織にいる以上は俺の命令に従ってもらう。――それが条件だ」
カリヤがそう言うと、グルジオラスは満足げに笑った。
「いいですねえ、ヒトってのは。その傲岸さが、たまらなくいい! 判りましたよ、カリヤ総帥。このグルジオラス、存分に働いてみせましょう」
グルジオラスはそう言うと、胸に手をあてて頭を下げてみせる。
しかしその俯いた顔には、残忍な笑みが浮かんでいた。
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ジュール・ノウが内乱を鎮めるのを見た後、僕らはオーレムへの帰路へ着いた。
しかしそのまま帰っても紙が入手できてない。途中にあるガレムに寄り、紙を扱ってそうな処に立ちより片っ端から紙を集める。
それをオーレムに帰ってからも行い、なんとか一回発行分の紙を入手した。
パーティーハウスに戻ったエリナは、スレイルに訊ねた。
「どうだい? 印刷機は使えそうかい?」
「もちろんだ。ただ――金属疲労で劣化した部品がある。これをクオンくんに直してほしいのだが」
僕がスレイルの出したパーツを見ると、歯車をはじめとして四つほど、小さなパーツを持っている。
僕は直す形を聴いた後、部品を軟化させて加工し、損傷を直した。
「素晴らしいぞ、クオンくん! これで後は組み上げて復元するわけだが、それも手伝ってもらえるかな?」
「もちろんですよ、スレイルさん」
僕がそう答えると、その場にカサンドラがやってきた。カサンドラは、エリナに声をかける。
「エリナ、一応、原稿はあがったのだが――」
カサンドラが少し不安な顔つきで、エリナに原稿を渡す。
エリナはそれを受け取って読んでいる。カサンドラは言った。
「一応、ジョレーヌには大丈夫と言われたのだが……」
「満点だよ、カサンドラ! バッチリだ!」
エリナはカサンドラにウィンクをしてみせた。カサンドラは、安堵したようホッと息をつく。
するとスレイルが、カサンドラに言った。
「よかったな、カサンドラくん! これで一安心だろう」
「ありがとう、スレイルさん。そうだ――私も組み上げの方を手伝おうか?」
あれ?
……なんかちょっと――二人の距離が知らない間に、近くなってる感じ?
「あ、スレイルさん、だったら僕は他の人の原稿集めがあるんで、カサンドラに頼んでいいかな?」
「ああ。ぼくは少し人手があると助かるというだけだ。カサンドラなら、無論、文句はない」
スレイルさんがそう言うと、カサンドラが目を丸くして赤くなった。
「じゃあ、そういう事でいいかな、エリナさん?」
「うん、いいんじゃないかな」
エリナが僕に、意味深な笑みを見せる。やっぱり、エリナも気づいたんだ。
そして翌日の朝、ディギナーズも揃ったところで、発行の話をする段になった。
だが、それが――運命の朝だった。




