2 ネラは何に怯えるのか
ひとしきり話が済むと、ハルトがエリナに言った。
「ところで、私はこのまま残って事業立ち上げの準備をした方がいいのかな?」
するとエリナが考える。
「ん~、いや、一度戻って、社長や経理とも相談して、ビジョンと計画を練ってから来てもらうことにしましょう。一度、みんなオーレムに戻ろうか」
エリナは笑ってそう言い、僕らは頷いた。
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テレポートしたカリヤは、とりあえず戦場から離れた街の外れへと来ていた。
「テレポートは一瞬でオーレムに帰れるほど便利じゃないか……。しかも俺のガントレットは有限回数だ。これでテレポートの使用回数は、残り6。チッ、ポートとバルギラには制限回数がないからテレポートを繰り返してりゃラクに帰れるんだろうが――」
カリヤは忌々しそうに息を吐く。
ふと、視界の端に街道を走る二頭立ての馬車が写った。
「あいつをいただくか……」
カリヤはゆっくりと歩いて行った。馬車がそのまま街道を向かって来る。
街道の真ん中を歩くカリヤを見て、馭者が慌てた顔をした。
「おい! そこの奴、どかないと怪我をするぞ!」
馭者は大声で怒鳴った。
が、カリヤは意に介した様子もなく平然としている。
「おい! 轢き殺されたいのか!」
「うるさい奴だ」
カリヤは左手を前に出した。と、その掌から黒炎の業火が発射される。
100mにも及ぶ黒炎の業火が、馬車を引く馬を驚かせた。
馬がいななきをあげて上半身をあげて止まる。
すると後ろの荷台から、声が上がって三人の男が降りてきた。
「何事だ!」
「おかしな奴がいます! 盗賊の類かと」
馭者が応える。降りてきたのは鎧を着て武装をした、用心棒たちだった。
「なんだ、一人じゃねえか」
「油断するな、周囲に仲間がいるかもしれんぞ!」
三人の男たちの二人が剣を抜き、一人は魔法杖を取り出した。
眼の前にいるのは、黒いマントを金の鎧の上に着込み、黒い金属製のマスクを着けた不気味な男である。
三人がカリヤを睨みつける中、カリヤがマスクの中から声をあげた。
「荷物はなんだ?」
三人のうちのリーダー格らしい長剣の男が答える。
「お前に答える必要はない」
「まあ……答えなくても、お前たちを片付けて調べてみれば判ることだがな」
カリヤは可笑しそうに苦笑した。
その様子に、用心棒たちがいきりたつ。
「貴様、俺たちを片付けるだと? 片づけられるのは――お前の方だ!」
そう怒鳴ると同時に、魔導士が魔法杖から氷魔法を発射した。
巨大な氷柱がミサイルのように何本も飛来してくる。
氷柱がカリヤに直撃すると思われた瞬間、カリヤの身体を黒い炎が包んだ。
氷柱はその黒炎にすべて溶かされる。魔導士が歯噛みをした。
「くっ、なんて炎だ!」
「オレがやってやる!」
剣士の一人が飛び出して、カリヤに斬りかかる。
が、黒炎をまとったカリヤも剣を抜き、相手の剣と剣を合わせた。
「くっ――」
剣士が歯を食いしばる――が、次の瞬間、黒炎をまとった剣は相手の剣を斬り割り、剣士を袈裟斬りにした。
「があぁぁっ!」
斬られた剣士の身体に黒い炎が燃え移り、みるみるうちに焼け焦げていく。
「おのれっ!」
「……面倒だな」
カリヤは向かってこようとするリーダー剣士と魔導士に、剣の切先を向けた。
「地獄の黒炎」
七条に発射された黒い火炎放射が、渦を巻いて巨大化する。
その巨大な黒い炎の竜巻は、剣士と魔導士を呑み込んだ。
「ヒ――」
二人は声をあげる間もなく、焼けただれ、消し炭となって消えていった。
「ヒッ……ヒィィィッ!」
馭者が恐怖の悲鳴をあげた。カリヤはゆっくりと近づいていく。
「おい、荷物はなんだ?」
「ヒッ……食料品や衣料品、あと宝石類や魔晶石です」
「フン、そんな物のために命を落としたのか。バカな奴らだ。おい、オーレムまで俺を運べ。妙な真似をしたら、次に消し炭になるのは、お前だ」
カリヤは恐怖で引きつる馭者を見もせず、荷台に乗り込んだ。
数時間かけて夜のオーレムに着いたカリヤは、アジトに馬車を着かせる。馭者は恐怖の顔でカリヤに訊いた。
「こ、此処でいいんですか?」
「ああ。もういいぞ、行け」
馭者は慌てて逃げようとするが、その背中にカリヤは黒炎を放った。
アジトに入ると、組員がカリヤに頭を下げる。
「「「「総帥、お帰りなさいませ」」」」
カリヤは面白くもなさそうな顔をして、主室に入った。
そこには薄緑の髪をセミロングにした、年端もいかない細い少女がいる。
ネラであった。
「カリヤ、お帰り。――面白いものは見れたの?」
「ああ。……しかし、最悪だ。あれほどの化物とは――バルギラの奴は、何を考えてるんだ?」
肌の白いネラは、唇を三日月のように吊り上げて笑う。
「ね、何を見たのか教えてよ」
「『皇帝の黒剣』ジュール・ノウの戦いぶりを見た……。あれは――怪物だ。お前でも相手になるかどうか判らないぜ」
「へ~……凄く興味あるね」
ネラは薄気味悪い笑みを浮かべる。
そこに目に星型のペイントをしたゲイルと、鼻ピアスをしたカザンが入ってきた。
「カリヤ、帝都からやっと詳細の報告がきたが――やっぱりヒモグラー隊200人は全滅したらしいぜ」
「どうやら殺ったのは、あの紅髪の女剣士とブランケッツの眼鏡女らしい」
ゲイルとカザンが、順にそう報告する。それに続けて、ゲイルが言った。
「それにジェットとザビーの奴も……殺されたらしい」
ゲイルは声を落とす。が、カリヤは鼻で笑った。
「フン、あいつらは移植手術の副作用で、かなり人間の部分が無くなってたからな。扱いに困ってたからちょうどいいタイミングだ」
「カリヤ……」
少し不満そうな顔をしたゲイルを、カリヤは黒マスクの上の目で睨みつけた。
「何か文句でもあるのか?」
「いや――ないぜ」
ゲイルは横を向いて目を伏せた。カザンがそこへ口を出す。
「カリヤ、代わりじゃあねえが、街で面白い奴を拾ったぜ」
「面白い、だと?」
「ああ。街でブラック・ダイヤモンドの事を嗅ぎまわってる奴がいるというんで、ヒモグラー三人ほどで捕まえさせようとしたんだ。そしたらその三人が半殺しにされて、逆に『総帥に合わせろ』と言って来た。オレが会ってみたが――仲間に入りたいらしい。肝の据わった、雰囲気のある奴だ」
カリヤは面白くもなさそうに目をやったが、一言言った。
「連れて来い」
「――おい、入りな!」
カザンに呼ばれて、入って来たのは――カザンからそう聞いてなければ、美女と見間違えそうな端正な顔立ちの男だった。黒髪をストレートに伸ばし、後ろは腰まで、前髪は眼の上で綺麗に切り揃えられている。
「やっと会えたよ、カリヤさん。――僕はグルジオラス、よろしくね」
男はそう名乗ると、微笑した。――と、ネラが急に後ろに引いて眼を見開く。
「……そいつは――人間じゃない」




