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第三十八話 最後の一人  1 終幕と展望


 バルギラとカリヤが消えた後に残されたザンナード子爵たちは、呆然となってその空間を見つめた。


「ど――どういう事でツか……」


 その時、赤い眼鏡のケーラが叫ぶ。


「どうだっていい! 早く逃げないと、アタシたちもヤバいよ!」


 その瞬間、遂に床が縦に傾いた。

 その場にいた者が悲鳴をあげる。――が、その悲鳴も途中で止んだ。


 全ての者が、ジュール・ノウの重気界に呑まれたのだった。

 崩れかけの砦も、落下していくケーラ、ザンナード子爵たちも、ゆっくりと動いている。


 その場に光の線が数回走った。

 悲鳴をあげる事はできなかったが、ザンナード子爵も残りの将も、抵抗する術もなく斬られたのだった。


 やがて、重気界が離れて、時間の流れが戻る。

 その瞬間に、ザンナード達は血しぶきをあげて両断され、砦は瓦礫となって崩れ落ちた。


 2万いた兵士たちは、半数以上がその場で骸と化し、運がよかった者がそこから逃走していた。


「帰るか……」


 ジュール・ノウがそう呟くと、黒い飛竜が飛んでくる。

地上に近い低空飛行をしてきたところで、ジュール・ノウは飛竜に飛び乗った。


 そのまま上空へと上がり、ジュール・ノウは凄惨な戦場を後にした。

 が、ふと後ろを振り返る。


「……気のせいか?」


 そう呟いたが、ジュール・ノウを乗せた黒い飛竜は、そのまま飛び去っていった。



○  ○   ○   ○   ○   ○   ○   ○



 黒い飛竜が飛び去った後に、僕はやっと息をついてエリナに言った。


「ちょっと! 今、ジュール・ノウ、こっちに気付いてませんでした?」

「う~ん……大丈夫だと思うんだけど――」


 そう言うと、エリナがゼロライズを解除する。

 と、途端に空中に浮かぶ僕たちの姿が、露わになった。


 エリナは苦笑していた。経緯はこうだ。


 ――センディームに足止めされた僕らは、思案にくれていた。

 そこへ、上空を飛ぶ黒い飛竜が目撃される。

エリナが声をあげた。


「クオンくん! あれは怪しい、何かある! 取材に行こう!」

「え? ちょっと、この先は戦場になるんじゃないんですか? 危ないですよ」

「じゃあ、透明化――ゼロライズで行こう。そうすれば、誰にも見つからない」


 エリナはにぃと笑う。


「仕方ないな――」


 そう言うと、僕とエリナ、キャル、ハルトの四人でブランケッツ・アタックの飛行体勢で飛んできたのだ。


 姿を消して上空から見下ろす。眼下にいたのは――凄まじい大軍だった。

 

「え……? 1万とか――2万とかいる?」

「多分、そのくらいですね。ライブ会場でしか見た事ない人数だ」


 ハルトがそう呟く。

 そう言ってる間に、さっき上空を飛んでいった黒い飛竜から、人が飛び降りた。


「え……」


 背中でキャルが絶句してる。しかしその人物は、地上寸前で光を放ち、無傷で地面に降り立った。


「あれ……ジュール様だわ――」


 エリナが呟く。


「ジュール様というと――この世界の三大剣士、あるいは最強の剣士として名高い『皇帝の黒剣』ジュール・ノウか?」

「そうよ。ジュールさ――」


 エリナが、その後に展開された眼下の光景に絶句する。

 それは僕らも――一緒だった。


 ジュール・ノウはたった一人で、二万もの兵士に向かって進んでいく。


「え……? まさかあの人――一人であの人数と戦うつもりなの?」

「ま、まさか……」


 だが、そのまさかだった。

紫の煙みたいなものをドーム状に張り出したジュール・ノウの周りで、襲い掛かる矢、兵士たちの動きが止まる。


「動きが止まってる。なんだあれ――」


 そう思った刹那――惨劇が開始された。

 それはもはや、戦いとすら呼べない一方的な殺戮に見えた。


 ジュール・ノウが剣を一振りするたびに、兵士が50人単位で真っ二つにされていく。

 誰一人、ジュール・ノウの進撃を止めることができない。


「くぅ……」


 泣きそうな呻き声を、背中のキャルがあげる。

 と、ガクン、と僕らの身体が落ちた。キャルがショックで、僕らの身体を支え切れなくなってる。


「ハルトさん、念動力でキャルの代わりに僕らを支えてください!」

「判った」


 落ちそうになる僕らの身体が、空中で止まる。

 キャルが僕の背中に顔を埋めた。声を殺して泣いている。


 ……無理もない。こんな惨劇を眼の前にして、平気でいられるわけはない。

 きっと――一族が襲われた時のことを想い出してるんだ。


 ジュール・ノウは襲い掛かる特別な戦闘士たちを、あっさり退けると、砦を破壊した。砦は崩壊し、敵兵は全て敗残した。2万対1の戦いは――無残なほど、たった一人の剣士、『皇帝の黒剣』ジュール・ノウによって敗れ去ったのだった。


「この混乱の中では、センディーヌに立ち寄るのは難しいだろう。一度戻った方がいいのではないか?」


 ハルトがそう口にするのに、エリナが応えた。


「そうだね……。いや、もうここを抜けてゲンシムまで行こう。多分、さっきの街は足止めをくらった人たちで宿もいっぱいだと思う」

「確かに、その可能性は高いな」


 ハルトもエリナの言葉に頷く。


「この上空を飛んでいこう。ある程度いったらまたブランケッツ号にしよう」

「判りました」


 それから僕らは少し飛んで、やがてブランケッツ号で走り始めた。

 ブランケッツ号に乗ったキャルが、沈んだ顔をしている。ショックが大きかったんだろう。


 なんとか夕方にゲンシムにたどり着くと、僕らは宿を見つけて宿泊した。

 ゲンシムではエリナが教えてもらっていた製紙工場に行き、取引の話をする。


 その現場責任者がハルトになる予定で、ハルトは相手と細かい打ち合わせをしたりしている。

 それから輸送方法の確保のために、ゲンシムの運送業者を紹介してもらうが、ハルト的にはあまり満足のいく感じではなかったらしい。


 オープンカフェで昼食を取りながら、ハルトはエリナに言った。


「定期便はないし、街道には盗賊が出る危険性もあって、用心棒を雇うと結構な高額になるらしい。高額取引でないと輸送コストがかかりすぎて利益が出ないようだ」

「あまり都市間の流通がないってことだね。けど、それは――」


 エリナが言いかけた言葉を察して、ハルトが静かに微笑んだ。


「そうだ。この世界では輸送ルートの開拓をすれば、輸送業が大きなビジネスチャンスになる。しかもほとんど手を付けられておらず、それに我々が先鞭をつけられる。これは――大変なことになるぞ」


 ハルトが静かだが、凄く意気込んで言った。

 凄いこと? 凄い事なのか?


 いまいち、よく判ってない僕とキャルに、ハルトは言った。


「私たちの世界では高速道路があって、トラックの定期便があって、鉄道網や飛行機、船が絶え間なく荷物を運んでいる。もし、これらのものを一手に担う会社があったとしたら――どうだい?」


 エリナがこちらを見て、微笑んでいる。

 言ってる意味がやっと判った。明治に入ってから鉄道王だとかいう人たちが登場し、大変な財産を築いたはずだ。


「僕らが――月光堂出版が、その流通の会社にもなるってことですよね!」

「そうだな……もう、それは別事業として将来的には分けた方がいいだろうね。月光堂グループとして、色んな事業にとりかかることができるはずだ。製紙業も、もっと大規模工場にする必要が恐らく出てくる。そういう未来の展望が必要だ」


 ハルトの言葉に、エリナは大きく頷いた。


「そうだね! やっぱり、ハルトさん頼れそうだわ。よろしくお願いね!」


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