5 1対2万! 皇帝の黒剣の真実
窓の外に向かったザンナード子爵たちを見ても、バルギラは室内で動こうとはしなかった。代わりに声をあげる。
「遠くてぼくらじゃ見えないね。見えるようにしようか」
「できるのか?」
カリヤが問うと、バルギラは笑った。
と、不意にバルギラの傍に、二人が瞬間移動してくる。
オレンジの髪をツインテールにした少女ポートと、紫の巻き髪の美女ヴィジョンだ。胸元もあらわなヴィジョンがバルギラに微笑みかける。
「バルギラ様、お呼びですか?」
「うん。ヴィジョン、今、こっちに『皇帝の黒剣』ジュール・ノウが一機で向かって来ている。それをぼくと皆さんに見えるようにしてくれないか?」
「判りましたわ」
そう言うとヴィジョンは少し目を伏せる。そして、両手を胸の前にあげた。
空中にかなり大きな画像が浮かび上がる。ヴィジョンが瞳を開いた。
「この人物ですね」
ヴィジョンは目線を映像に向けた。そこには――
黒い飛竜に乗る、黒い鎧の剣士がいる。バルギラが呟いた。
「ジュール・ノウだ……」
バルギラは鋭い表情で眼を細めた。が、すぐに微笑を浮かべると、声をあげる。
「皆さん、中に入ってきてください。こちらで様子が見れますよ」
バルギラの呼びかけに、ザンナード子爵たちが反応する。ザンナード子爵と煌輝十二将は、室内へと戻って来た。
「これが『皇帝の黒剣』……」
「フン、小さな飛竜だね! これじゃあ、見えるはずがない」
『料理女』マルガリータの言ったように、飛竜はそれほど大きくなく、馬を少し大きくした程度のものだった。
しかし速度はかなり出ている。黒い飛竜の上に乗るジュール・ノウは、黒い兜から垂れる漆黒の髪をなびかせていた。
と、ジュール・ノウは飛竜から飛び降りた。
『シザークロー』ジャシードが、声をあげる。
「なに!? あの高さから飛び降りただと!?」
ジャシードは確認するかのように、窓の外を振り返る。
飛来してきている小さな点は、地上からかなり上空の場所を飛んでいる。
皆の眼が、画面のジュール・ノウに釘づけになるなか、飛竜はそのままUターンして、戻っていった。
地上へと飛び降りたジュール・ノウの身体が、地面に叩きつけられるかと思われた直前、全身が光り気力を放つ。その気力の球体は地面の方を凹ませ、ジュール・ノウを落下の速度から無傷で地上に降ろした。
「気力で衝撃を防いだか――」
隻眼のスゴウが呟く。
ジュール・ノウは迷わずに、2万の軍勢が待ち受けるこちらへと歩き始めた。
「バ、バカな奴でツね、こいつは! 本気で2万の軍を相手にするつもりでツか!? そっちがその気なら――全軍で迎え撃つのでありまツ!」
ザンナード子爵はそう声をあげると、窓の外へ出ていき、眼下の軍隊に命令を出した。
「全軍、黒い鎧の剣士が来たら一斉攻撃をかけるのでツ! まず、弓矢隊が総出で狙い撃ちにするのでツ!」
ザンナード子爵の命で、砦の上方で待機していた弓兵が弓矢を引き絞る。弓兵は500人の体制で砦に配置されていた。
もう、黒い鎧の剣士が近づく様が、見える距離になる。
「放てっ!!」
ザンナード子爵が声をあげた。
矢が一斉に放たれる。
ジュール・ノウは歩みを止めない。その一人の剣士に全ての矢が襲い掛かるその瞬間――突然、ジュール・ノウの周囲が紫色の煙のようなものに覆われた。
「な、なんでツか!?」
紫色の煙は、ジュール・ノウを中心に瞬く間に広がっていく。
半径100mの空間を、ジュール・ノウが放った紫の煙が占めた。
「こ……これは何だ…?」
画面を見ていたスゴウが、驚愕を抑えきれない様子で呻く。
紫の空間に触れた矢が――空中で止まっている。
「なに……これ? 時間停止の魔法か何か?」
赤い眼鏡の『虹の魔女』ケーラも、驚きの声をあげた。
煌輝十二将全員が、理解不能な現象に声を失っている。
「――『重気界』というらしいですよ」
不意に響いたバルギラの声に、皆の視線が集まった。
「重気界?」
「外に発散した気力を、重くできるらしいです」
バルギラの言葉を聞き、皆がまた画面に視線を戻す。
矢は止まっているのではなく、僅かに動いている。飛んでいく方向に動いているが、それが極端に遅い。
500の矢がジュールに届く前に、ジュールは動いた。
ジュールが前に走るだけで、矢の軌道から外れる。
ジュールが動くとともに、紫のエリア――重気界が移動する。
ジュールは2万の軍勢の手前まで来ていた。
「こ、攻撃! 一斉攻撃でツ!」
ザンナード子爵が叫ぶ。その命で、全ての兵が、一人の剣士に向かって襲い掛かった。
しかし――重気界に触れた瞬間、兵の動きが止まる。
いや、正確には止まったように見えるほど遅くなる。どれだけ大勢の兵が群がっても、誰もジュールの傍までたどり着けない。
その中でただ一人、ジュールが自由に歩いている。
剣を抜く。
その剣は異常に細く、刀身が黒い片刃の刀だった。
ジュールは無造作に剣を横に振った。
するとその剣から、光の線が走る。光の線はジュールのはるか先まで伸び、扇形に兵士たちの間をすり抜けた。
兵士たちに動きはない。相変わらず止まった状態である。
が。ジュールがその止まった兵士たちの中を進み、脇の兵士たち重気界から出た時――
兵士たちの身体が真っ二つになって、上半身が転げ落ちた。
「な……なに…あれ……?」
女霊術士が、怯えた表情で声を洩らした。
ジュールは剣の一振りで、50人ほどの兵士を両断している。
しかもジュールは傷一つなく、それどころか――誰もジュール・ノウに近づくことすらできていない。
「こ――これが世界最強の剣士…『皇帝の黒剣』――」
画面の中のジュールは、無人の荒野を歩むがごとく、剣を振っては進んでいく。
その度に一度に50人以上の兵が減っていく。いや――集団で押し寄せる兵士たちは、その度に重気界に囚われ動けない。一振りで受ける減らされる兵は、さらに増大していた。
「な……なんとしても、あいつを止めるのでツ! あいつの重気界に対抗できる者はおらんのでツか!」
ザンナード子爵が苛立ちのあまり金切声を出す。
スゴウが口を開いた。
「俺が行きます。――俺の気力で対抗できるかどうかは判らないが」
「ハン! あいつはわたしが殺ってやるよ!」
料理女がそう口にした後で、ふと赤眼鏡のケーラの方を見る。
「あ、そういえばあんた、『剣士なんかあたしの爆裂魔法で一撃』とか言ってなかったっけ?」
「い、今撃ったら、味方の兵まで巻き添えになるから撃たないだけよ!」
カラフル衣装のケーラは、そう言って体裁を繕うとする。
しかし、そこでザンナードが声をあげた。
「構わないのでツ! 爆裂魔法を撃ちなさい!」
「え、いや…しかし――」
「どうせこのままでも、兵士たちはあいつによって殺されまツ! それくらいなら、味方の攻撃で死んだ方が、甲斐があるというものでツ!」
ザンナード子爵の言葉を聴いて、ケーラはごくりと唾を呑んだ。
「そう……そこまで言うなら、あたしの爆裂魔法を見せてあげるわ。――どうなっても知らないわよ」
ケーラは外に出ると、七色に塗った派手な魔法杖を取り出し、天空に掲げる。
「今、此処に召喚す! 大地に眠りし炎の息吹――目覚めて天空より放たれる、極大の煉獄の炎となれ! ジェノサイド・バースト!」
大空が真っ暗になったかと思われた瞬間、巨大な炎の球が地上へと降り注いだ。




