3 スレイルの過去
エリナが出版計画を発表してから三日目。朝からエリナは僕とキャルに言った。
「今日はハルトさんを連れて、ゲンシムに行こうと思ってる。一日仕事になるよ」
最近知ったのだが、ガロリア帝国には五大都市というのがある。まずは皇帝のいる帝都ケイム、そして僕らの住む開都オーレム。
それから西に向かって順に、ガレム、センディーム、ゲンシムと離れていく。ゲンシムと言えば、五大都市の中でも一番遠くだ。
「ゲンシムって、相当に遠いですよね」
「1200キロくらいだな。ブランケッツ号の最大速度で行っても、10時間くらいかかるんじゃないか? 途中のセンディームで一泊しようと思ってる」
それでも、普通に馬車で行くのと比べると――って事か。僕は納得した。
「こんな長距離は始めてですね。前はゴム脚だったけど、今はバネ脚にできるんで、速度は上がってるはずですよ」
「そうか。まあ、休み休み行こう」
そう言うと、エリナ、キャル、ハルトがブランケッツ号に乗り込んだ。
軽化すると、ふわりと荷車が浮く。そして眼の前に、バリアができる。
「じゃあ、行きますよ」
僕はそう言うと、駆け出した。
しばらくは順調――だったが。
さすがに二時間も走ると疲れが出てきた。いくら脚力を使ってないとはいえ、姿勢を維持する筋肉は使っている。さすがに疲労した。
バリアを作るキャル、車を浮かせてるエリナも疲れが出てきてる。魔力も霊力も、軽いとはいえ使えば疲労する。ハルトも途中で替わっていた。
街と街の間は、草原や平野などの開発が進んでない土地だ。そういう処は全速力で飛ばし、中都市・小都市は休憩するためなら立ちより、そうでなければ迂回した。
そうして7時間も走った頃、今日の宿泊予定都市のセンディームの手前に、小さな街に到着する。僕らはそこに立ち寄ったが、そこから出ようとする時、街の城門で騒ぎが起きていた。
「センディームは封鎖されてるぞ!」
「軍隊が出ていて、先に進めない!」
そんな声が飛び交っている。
「どうしたというんだ?」
ハルトが渋い顔をみせた。エリナが、そこにいた男に話しかける。
「ねえ、一体、どうなってるの?」
「ああ、センディームの郊外に軍隊が一万は出てる。あれは開都警護隊だ。昨日、帝国駐留軍を、開都警護隊が急襲したっていう話だ」
男の言葉に、僕らは呆然とする他はなかった。
「もしそれが事実なら……これは、内乱になるぞ」
ハルトがそう呟く。内乱って、つまり――
「戦争が起こるって……こと?」
エリナが、深刻な面持ちで口にした。
△ △ △ △ △ △ △ △
カサンドラは、原稿に向かいながら、まったく進まないことに苛立っていた。
原因は判っている。
『ノウレムの魔力は大体、25000で、僅かに足らなかったはずだ。その5000を、上級魔導士なりたてのキミが埋めた』
『ぼくは27000ってところかな』
頭の中で、スレイルの言葉が渦巻いていた。
上級魔導士になって、相応の実力を得たつもりでいた。しかしスレイルの計算が合ってるならば、師であるノウレムのまだ五分の一程度の力しかない。
そしてあの神経質そうな細身のヘンな男――スレイルは、そのノウレムより自分の方が上だと言った。――そんな事があるのか?
けれど……あの集中力を見ると、本当のような気がした。何より、カサンドラでは全く判らない魔導工学にも、スレイルが造詣が深いことは明白だった。
それに『暁の波濤』グエンナードと親しくしているというのも、引っかかった。グエンナードは皇帝レオンハルトを除けば、帝国――いや、世界最高峰の魔導士である。
その歳は恐らく70歳を超える。灰色の総髪、長い顎鬚、トレードマークのような樹の節目の残る魔導杖。グエンナードはカサンドラの幼き頃から、ほとんど伝説上の人物だった。
それをあのスレイルは――
まるで茶飲み友達かなにかのように話し、そして師匠のノウレムに対してもそうだが、呼び捨てだ。自分が神のように感じてる偉人を、まるで軽く扱われてるようで、どうにも胸がもやもやする。
「……なんだというんだ」
カサンドラは一人、ぼやいた。
スレイルが気に入らないわけではない。ただ、何か納得できないような気持が胸にあって、それが集中を妨げる。
「――ん…もう、こんな時間か」
気付くと、もう昼近くであった。カサンドラは部屋の外にでたが、ハウスには誰もいない。ふと外の様子を見ると、昨日と変わらずスレイルが作業に没頭している。
「……昼食をつくるか」
カサンドラは昼食を作った。オリーブオイルで鶏肉を香草焼きにし、それを刻んでパンにはさむ。それを両面焼きにしてホットサンドにした。
そしてポテトサラダと野菜スープを添えると、カサンドラはスレイルを呼びにいった。
「スレイル……さん、昼食を作ったのだが」
昨日と違い、たまたま作業の合間だったらしいスレイルは、にこやかにカサンドラに言った。
「あ、そうなのかい。ありがとう、今日もご馳走になるよ」
スレイルは微笑むと屋内に入り、カサンドラと向かい合って食卓についた。
ホットサンドにかぶりつく。
「美味い! いやあ美味いな。こんな食事に慣れると、もうパーティーに帰れなくなるかもしれん。」
「そんな、大げさな」
「いやいや、本当の事だ。はっきり判ったが、うちのパーティーには料理上手がいないんだな。――上位のものがあるという事を知るというのは、残酷なものだ」
「あなたがそれを言いますか」
カサンドラは、ふと唇をついて出た言葉に、自らはっとなった。
「あ……すまない」
「ん? 何が?」
気にした様子もなく口をもごもごさせているスレイルを見て、カサンドラはため息とともに苦笑した。
「いや……私が昨日、あなたの話を聞いてショックを受けたばかりだったから。つい――」
「ショック? 何故、キミがショックを受ける必要がある?」
「――自分の…至らなさを自覚して、だな」
カサンドラは苦笑して見せた。が、スレイルは妙なものを見る目つきをしている。
「キミのどこが至らない? 上級魔導士で上級剣士で、料理も上手くて、おまけに美人なのだろう? バランスのとれた、素晴らしい資質ではないか」
「いや、私は……ノウレム先生やあなたと比べれば、全然、まだまだなんだと自覚しただけだ――それにしても不思議なのだが、何故、あなたほどの実力者が冒険者を? あなたは宮廷魔導士でもおかしくない実力なのでは?」
それを聞いたスレイルは、こともなげに言った。
「宮廷魔導士だったよ。もう、10年くらい前の話だけど」
「10年前? ……あの、スレイルさんは今、幾つなんだ?」
「27。14歳で上級魔導士になり、15歳の時に宮廷魔導士になった」
スレイルは野菜スープを呑みながら、なんでもないようにそう語る。
「は!? 14歳で上級魔導士? ……天才すぎる…」
「いやあ、けど嫌がらせとか政治的謀略があって辞めたんだ」
スレイルはそう言って苦笑した。と、カサンドラは憤慨する。
「そんな! 真に実力がある者を登用すべきなのに! まったく間違ってる」
「いやあ……そうでもないと、ぼくは思うよ」
スレイルはそう言って自嘲気味に笑った。
「15歳の頃のぼくは、自分が頭がいいのを鼻にかけて、周りを小馬鹿にし、全く周囲とうまくやろうなんて考えもしないクソガキだった。そんな奴とうまくやれないのは当然だ。嫌がらせもするし、謀略もして、ぼくを追い出したくなるのは当然だろう」
「……それで、あなたはいいのか?」
「いいも悪いもない。ぼくは誰からも相手にされなくなって宮廷を出た。正直言うと――人と関係を作るのは、今でも苦手だ。ぶっちゃけて言うと、あのグイグイ来る眼鏡の女性は、少し苦手だ」
苦笑気味にそう告白するスレイルに、カサンドラは目を丸くした。
「エリナが苦手? …あなたが?」
「ああ。ナイショにしておいてくれ」
少し間をおいて、カサンドラは笑い出した。それを見て、スレイルも微笑む。
「ぼくは確かに秀でたところがあるかもしれないが、バランスが危うい。そこへ行くと、キミはトータルで秀でていてバランスがとれている。素晴らしい資質だ――羨ましく思うよ」




