2 天才の風景
僕はエリナに訊いてみた。
「それで、僕は何をしたらいいんです?」
「とりあえず、スレイルの修理が一番最優先だからそれを手伝ってもらいたいけど――その前に、私たちを街に送ってもらえないか」
エリナの言葉に従って、僕はブランケッツ号を引いて走った。乗ったのはカサンドラとスレイル以外の全員だ。
街に出ると、エリナは言った。
「クオンくんは戻って、スレイルの手伝いをして。帰りは自力で戻るからよろしく」
そう言われて僕は、一人でパーティーハウスに戻った。
で、スレイルの様子を見てみると――
「え!? ――なんですか、これ? 精密画?」
スレイルが画用紙に向かって、凄い勢いで鉛筆を動かしている。
それは絵を描いているという感じではなく、機械が画像をコピーするような感じだった。
というのも、その絵が絵画という感じより、写真に近い正確なものだったからだ。
「スレイルさん、凄いですね……。恐ろしいほど正確だ――」
「うん、見たものがそのまま脳に映像として残るんだよ。それを描き写してるだけだ。いわゆる絵画の才能はまったくない。――よし、まあこれでバラす前の現状は把握できた。後はバラしていくだけだが――」
スレイルは機械の前に立って、指を差した。
「この機械が複数の機能を複合した、実に見事な機械なんだ。この部分は、原稿を読み取り、それを映像記録する箇所だ。束で置いた原稿を、自動でページめくりをし、画像を記録する機能がついてる」
「はあ」
「そしてその画像記録が、この内部で印刷されるのだが、面白いのは此処だ。此処には普通のインクを入れるのだが、これを熱魔法で乾かして粉にする装置がついている」
「粉に? なんでですか?」
「画像――例えば文字を、光をあててその影で印刷する箇所を特定し、その隙間に粉上のインクを熱魔法で焼き付ける。いや~、こんな方法で印刷するとは……。正直、考えた事もなかった」
スレイルは感心している。僕もよくは判らないが、恐らくレーザープリンターの原理なんだろう。ウェポンは、そんな事まで知っていて、それを『兵器』として作ったんだ。
「それではバラすとしよう。この家にはドライバーが何本あるかな? できたら、あるだけ持ってきてほしいのだが」
そう、このノワルドにもネジはあって、ただし全部マイナスネジだった。それ用のドライバーもちゃんとある。
「確か二本くらいはありましたが――必要なら、作りますけど。何本いるんです?」
「なに!? キミがそんな事ができるのか?」
「ええ。素材を軟化させて加工するんで、すぐにできますよ。鉄の塊は少しあるし」
「じゃあ、8本ほど作れるかな?」
「判りました」
僕は以前に、鉄くずを集めて購入し、それを一塊の鉄材にしておいといたのだ。
それを軟化させて少し切り取ると、手とナイフでちょいちょいとマイナスドライバーに加工した。
「おお! なんと! 凄いなキミの異能は!! 鉄がまるで粘土のようだ!」
「できましたよ、どうぞ」
「うん、これはいい感じだ」
スレイルはそう言うと、置いてあるドライバーに両手を向ける。
と、ドライバーが宙に浮き、すぐに印刷機に向かって飛んでいった。
「え? えぇ!?」
ドライバーたちはネジ頭に嵌まりこむと、高速回転している。驚いたことに、8本すべてを正確に操り、細かい解体作業に使っているのだ。しかも恐ろしいスピードで、どんどんネジを外していく。外したネジが、正確に並べられて置かれていく。
「す……凄いです、スレイルさん――」
僕は呆然とするしかなかった。僕の異能なんかより、よっぽど凄い能力だ。
どういう頭の中身をしていると、この複雑な機械の細部をきちんと把握して、八本のドライバーと外したネジの回収までやるれるのか、正直、見当もつかない。
と、スレイルはかなりバラしたとこで、ある部分の機械に顔を寄せるようにして眺め始めた。
「う~ん、ここのパーツを引き抜くことができるみたいなんだが、重たいな。手伝ってくれないか?」
「あ、それなら僕がやりますよ」
僕はその小さなドラム缶みたいなパーツを軽化して引っ張り出した。
「なんと! そうか、物体を軽くできるんだったな。いやあ、キミは凄いな!」
「いや、スレイルさんほどじゃないですけど」
僕は苦笑するしかなかった。けど、出番はそのくらいだった。
スレイルは少しバラしては、正確な絵を描いていく。凄いスピードで、何枚も描いていく。それをたどれば、バラした順序が完全に判るようにだ。
僕はその一心不乱に作業しているスレイルを見守るばかりだった。
その集中力の高さ――ちょっと真似できるものじゃない。天才って、こういう感じなんだと初めて知った。
「――おい、そろそろ休憩したらどうだ? 昼食ができたぞ」
不意に声がして振り返ると、カサンドラがエプロン姿で立っていた。
見慣れない分、新鮮だ。しかし本人は別に気にした様子もない。
「スレイルさん、ご飯にしましょうよ」
僕はそうスレイルに声をかけた。が、スレイルは気づく様子がない。完全に絵に集中している。
僕はカサンドラに言った。
「少し、待ってあげて」
「うむ……判った」
僕らは少し、スレイルが図面を描く様を静かに見守った。
やがてその一枚が描き終わった時、僕は声をかける。
「スレイルさん、ご飯ができたそうですよ」
「あ、ああ、そうか。そうだな、そういえば、お腹も空いた」
スレイルはご機嫌な様子で、室内に入っていく。
僕とカサンドラは顔を合わすと、苦笑してその後をついていった。
「カサンドラ、原稿の調子はどう?」
「……あんな風に集中して書けたらいいが――途中で煮詰まったので、昼食を作ったんだ」
カサンドラはそう言うと、苦笑してみせた。けど、そのカサンドラの昼食は凄く美味しかった。
トマトとキノコのパスタをメインに、サラダとデザートのプリンがついている、完璧な仕上がりだ。僕はカサンドラに言った。
「カサンドラ、凄く美味しいよ」
「それならよかった」
「うん、確かに美味い――そうか。キミがカサンドラ・レグナか」
スレイルが不意に、カサンドラの顔を見て言う。
「私のことを知ってるのか?」
「知ってるさ、今やキミは魔法界では有名人だ。ノウレムと共同ではあるが、皇帝の魔法『ホール』を実現したろう?」
「……僅か数日前の話だが」
カサンドラが驚いたように言う。よく判らないが、凄いことなのだろう。
けど、カサンドラは帝都の出来事をスレイルが知ってることに驚いたようだ。
「知り合いが帝都にいてね。グエンナードというんだが」
「グエンナード!? まさかあの…獅子王戦騎団の大魔導士『曙の波濤』グエンナード!?」
「あ~、なんかそんな仰々しい仇名あったな。それだ。彼と魔導通信の実験機器を共有していて、その彼から『ホール』の話を聞いたんだ。キミ、なかなか優秀だな」
カサンドラは、唖然としてすぐに喋れない。が、ようやく口を開いた。
「それで……私のことは、どんな話に?」
「最近、上級魔導士になった優秀な弟子がいるって事さ。そうだな――普通の下級魔導士が10とすると、普通の上級魔導士は1000だ。皇帝レオンハルトは50000――といったところか」
は? なんの話をしているんだ、この人は? 魔力?
だとすると皇帝というのは――上級魔導士50人分の力?
「『ホール』に必要な魔力は、おおよそ30000。ノウレムの魔力は大体、25000で、僅かに足らなかったはずだ。その5000を、上級魔導士なりたてのキミが埋めた。随分と優秀な弟子だと話してたんだよ」
スレイルはそう言いながら笑っている。――聞いているカサンドラの顔は、引きつっている。
……悪気はないんだろうけど――スレイルの話は、カサンドラにとって刺激が強すぎたんじゃ――
「……参考までに聞きたいが、貴殿の魔力は?」
「ん~、27000ってところかな。少し、ノウレムより高い程度だ。ぼくも一人では、『ホール』を使うことはできない」
スレイルはそう言うと、にっこりと笑ってみせた。
しかしカサンドラはそれを聴くと、黙って席をたった。食べかけのパスタ皿を持って、カサンドラは消えていく。スレイルが僕に訊いてきた。
「ぼく、何か気に障るようなこと言ったか?」
「いや……スレイルさんが悪いんじゃないと思いますけど――」
けど、ちょっと受け入れるのが難しかったんだろう。カサンドラの気持ちが判るような気がした。
スレイルは首を傾げると、また美味しそうに昼食を食べ始めた。




