4 さよなら、帝都
帝都祭を終えて、エリナはレオンハルトの元を訪れていた。
「――オーレムに戻ることになりました」
エリナは笑顔で、レオンハルトに言った。
レオンハルトの表情に驚きはない。
「そうか……。そなたの『片づけるべき事』がすぐに片付くといいがな」
「どうでしょうね?」
エリナは微かに苦笑した。
レオンハルトは立って、エリナの傍へ行く。
「そなたも――余を待たせるか? 50年も待つのは勘弁してほしいものだが」
「そんなに待たせませんよ! ……多分」
すぐに返答した後で、自信なさげに答えるエリナ。レオンハルトは微笑むと、手を差し出して見せた。
その掌に、緑の結晶が嵌まったペンダントが乗っている。
「そなたにこれを贈りたい。『緑の息吹』だ」
「綺麗な宝石ですね。ありがとうございます――つけてもらえます?」
エリナは背中を向けた。その背中に寄り添うようにレオンハルトは近づき、ペンダントを前に回して、細い鎖を首の後ろでとめる。
そのまま――レオンハルトはエリナをそっと抱きしめた。
「……行ってしまうのか?」
「はい――」
エリナは背中から回されたレオンハルトの手に、そっと触れた。
と、耳元でレオンハルトの笑みを洩らす息を感じる。
「フフ……自由に生きよ。そなたはそれが面白い」
「おおせのままに」
エリナはレオンハルトの腕の中で、くるりと身体を回す。
一瞬、みつめあったと思う間もなく、エリナはレオンハルトに口づけた。
「――」
レオンハルトが驚きながらもエリナを抱きしめようとした時、その姿が急に消えた。エリナはもう、部屋の何処にもいない。
「行ったか……風のように自由な女よ」
レオンハルトは満足げに微笑んだ。
* * *
カサンドラはノウレムの処に来て、帝都を離れる旨を伝えていた。
「そうですか。けど、貴女は卒業試験も果たしてくれた。ありがとう、この一ヶ月、わたくしもとても有意義で――楽しみました」
ノウレムの言葉に、カサンドラは頭を下げた。
「先生、先生のおかげで上級魔法を使えるようになり――それ以上に、多くのことを学びました。ありがとうございます」
頭を上げたカサンドラは、寂しそうに微笑みながらカサンドラに訊いた。
「それで、いつ出立するの?」
「今夜には出発したいと思います。事態は緊急を要するのです」
「そう……それでは、貴女にこれを贈りたいの」
ノウレムはそう言うと、棚から筒のようなものを持ってきた。
「先生、それは?」
「魔道具で『メビウス・チェーン』というものよ」
ノウレムが差し出す筒を、カサンドラは受け取った。
先端の円筒部分をとると、その部分が抜けて鎖でつながっている。
少し伸ばすが、鎖は非常に軽い。
「先生、これ、どのくらい伸ばせるんでしょう?」
「判らないのよ」
ノウレムは微笑んだ。カサンドラは首を傾げる。
「判らないって――え? 何処までも伸ばせるってことですか?」
「多分、限界はあるでしょうけどね。その円筒内部は亜次元になっていて、とてつもなく長い鎖が収納されてる――らしいの。使い道がないから保管していたのだけど……貴女なら、使い道があるんじゃないかしら?」
ノウレムの言葉に、カサンドラはあっと気付くと、頭を下げた。
「先生、ありがとうございます!」
「――身体に気を付けてね。貴女はあまり無理をしないように。真面目に、なんでも思いつめるたちだから」
ノウレムはそう言って微笑する。カサンドラも、それに笑って返した。
その日の夜、ガルドレッドが手配してくれた馬車を前に、エリナとカサンドラは集まった皆に別れの挨拶をしていた。
「みんな、お世話になりました。ありがとね」
エリナがそう言って微笑む。もう涙ぐんでるコニーが、エリナを見た。
「色々、ありがとうございました、エリナさん。元気で頑張ってください」
「頑張るのはキミのほうだよ、コニーくん! アルデちゃん、よろしくね」
「え……あ、はい………」
戸惑いながらも、赤くなって下を向いたアルデは、そっとコニーを見た。
コニーはアルデと目線が合うと、慌てて涙をぬぐう。
と、クロイドが声をあげた。
「エリナ! もっとオレはもっと強くなって――あんたに認めてもらえるような男になるぜ!」
「おう! 楽しみに待ってるぞ、クロイド!」
エリナはにっと笑ってみせた。
傍らでは、カサンドラが道場生と帝都警護隊の面々に囲まれていた。
「カサンドラ師範――教えをいただき、ありがとうございました!」
「カサンドラ、あんたとの訓練は勉強になった。みんな感謝してる」
カサンドラは感慨深げに、皆をみつめた。
「ありがとう、みんな――私も、みんなから多くのものを貰い学ぶことができた。感謝してる。ありがとう」
頭を下げたカサンドラの後ろから、突然、エリナが抱きしめる。
「堅いなあ、カサンドラは! まあ、帝都なんてすぐだし、また会いに来るよ!」
「そうだな。――よし、急ごう、エリナ。おじ様、何から何まで、本当にお世話になりました」
カサンドラは傍で静観していたガルドレッドに頭を下げた。
エリナも一緒に、頭を下げる。
「うむ。またいつでも来るがいい。皆――待ってるからな」
ガルドレッドは白い口髭を触りながら言った。
エリナとカサンドラは馬車に乗りこむ。
その窓から顔を出して、手を振りながらエリナは声をあげた。
「さよなら、帝都! また来るよ!」
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
「――と、いうわけで、オーレムに戻ってきたら、君達はもう出発してて、慌ててキグノスフィア迷宮に追っかけていったのだ!」
エリナはそう話すと、なんか知らないけど自慢げに胸を張って見せた。
かいつまんだ話を聞いただけだけど――
「……なんか、情報量が多くて整理できません。とりあえず、カサンドラは上級剣士で上級魔導士になったと」
「そうだな」
傍にいた古書店店主のジョレーヌが驚きを通り越したように呟く。
「そんな人、聴いたことないわ……どんだけ?」
「それで――エリナさんは、小太刀二刀をマスターして、皇帝と友達になったと」
「そんなところだね」
ジョレーヌが、ちょっと引いたようにまた呟く。
「皇帝と友人……なにそれ? そんなことある?」
「それから――帝都祭の動乱はブラック・ダイヤモンドの仕業だけど、背後には奴隷拘束派とバルギラ公爵がいる。で、その幹部二人はやっつけた、と」
「そうだね」
軽く答えるエリナに、ジョレーヌは遂に呟くのをやめた。
「ちょっとエリナ! あんた、裏で何やってるの!? あんた、地味な美人ってだけじゃなくて、とんでもないじゃない!」
「いやあ……やはり派手な美人のカサンドラがいるからだね、やっぱり原稿にする時はカサンドラメインでいきたいんだよ」
「私をネタにするのはやめろ」
「とりあえず異世界来てからの事は原稿にしといたからさ。こっちは美少年と美少女がメインだ」
「ちょっと! それってまさか、僕とキャルじゃないでしょうね!」
「無論、そうだけど」
「なんか、間違ったイメージが広がってるんで、これ以上やめてください!」
「いいじゃないか、純真な少年と少女の出会いの物語だよ」
「あれ……恥ずかしいんだけど…」
月光堂書店の中がわちゃわちゃするなか、店に入ってきた人が声をあげる。
「お、なんか雰囲気のある本屋だな! それに賑やかだ!」
そう言って入ってきたのは、シグマを先頭にしたディギナーズの面子だった。




